カードの精霊が見えるプレイヤー相手に、『コントロール奪取』戦法をヤッたら絵面が酷すぎる件について 作:コイントスは先行が良い
――ここは保健室。小中高一貫校に一室しか設けられていない場所は、よほど運が悪ければ大勢の児童生徒がごった返す地獄と化す。
と言っても、そのような事態が数年に一回というレベルであり、ベッドもそれなりの個数は確保されている。
その内の一つに、私達が何とか運び込んできた九条院さんが寝かされていた。
白衣を羽織った女性の養護教諭が、軽く九条院さんの容態を確認していく。
「貧血か疲れが溜まっているだけね。安静にしてれば、そのうち目を覚ますはずよ」
「……ありがとうございます、先生」
「良いのよ、それが私の仕事なんだから。それで、貴女達は授業はどうするの?」
「私は九条院さんが目覚めるまで、ここにいます。どうせ今から行っても遅刻ですし」
「そっちの貴女は?」
「わ、私も同じです」
「ええ、分かったわ。私はあっちの方にいるから、もしも何かあったらすぐに呼びなさい」
そう言って、養護教諭は目隠しのカーテンを潜って出ていった。後に残されたのは、私と女子生徒と眠ったままの九条院さんだけ。
運動場で体育の授業がないせいか、九条院さんの落ち着き始めた呼吸音がやけに大きく聞こえ、消毒液の匂いが鼻につく。
沈黙に耐え切れずに、私の方から同じように所在なさげにしていた女子生徒に声をかける。
「九条院さんを一緒に運ぶのを手伝ってくれてありがとう……あっ、名前」
色々とあって、名前を尋ねるという基礎中の基礎を失念していた。口が止まってしまう。
私のその様子がおかしかったのか、今までどこか固かった表情が柔らかくなる。若干不本意に思っていると、口元を片手で隠しながら彼女は答えてくれた。
「いえいえ、その程度のこと気にしないでください。……では、自己紹介を――私の名前は、水野シオリです。
改めて、先ほどのことに関してお礼を述べさせてください。貴女のお陰で、私の大事なカードを失わずに済みました。本当に感謝しても、しきれません。私にできることだったら、何でもさせてください」
「何でもって言われても……」
女子生徒――水野さんのお礼をしたいという提案に、言葉を濁しながらも答える。
「……九条院さんとの件は気にしないで。勝手に私が首を突っ込んだだけだから。……それに、結局私一人の力じゃ何もできなかった。お礼を言うんだったら、あの初等部の子に言ってあげて」
「……それはもちろんです。彼女にも、後で必ず。……ですが、一番最初に私を助けようとしてくれたのは貴女です。その事実だけは揺らぎません」
水野さんも引く様子は見せず、彼女の鋭い視線が私に向けられる。それが気不味くて、私は目線を逸らしてしまう。
……というか、水野さんって意外と頑固な一面があることに驚く。九条院さんにカードを奪われそうになっていた場面が初対面であるせいか、彼女の第一印象は気弱そうなイメージで固定されていた。
心の中のメモに追加で、そのことについて書き記す。
それと並行して、必死に頭を回転させ何とか水野さんが納得し、私も胸が痛まない良案を考える。うう……誰も悪くないのに、突き刺さる視線に何故か良心を抉られる。
それから、さらに数分間の静寂が耳鳴りを誘発しようとしてくる。そのタイミングで、天啓を得たかのような良い考えが浮かんできた。
それを伝えるべく、私は水野さんに向き直る。
「……だったら、私と友達になってくれる? 水野さん」
……恥ずかしいながらこの学校には転入してきたばかりで、広く浅い交友関係しか持っておらず、特別に親しい間柄の人間はまだいない。
「えっ、そんなことで――いえ、分かりました。私の方からもお願いします。……あっ、せっかくお友達になったんですから、私のことは苗字ではなくシオリと呼んでください。後、そろそろ貴女の名前を教えてくれませんか?」
「……桜井カナデ。私のこともカナデって呼んで」
「はいっ、よろしくお願いします……カナデさん」
私の名前を噛み締め、嬉しそうにはにかむ水野さん――ではなくシオリ。彼女の笑顔に思わず見惚れてしまい、再び目線を逸らす……まではいかなかったが、あちこちに泳いでしまう。
私は少しむず痒い空気を変える為に、慌てて別の話題を切り出した。その必死さというか空回り加減が、より一層シオリの表情や視線が微笑ましいものを見るものに変わっている気はするが努めて心から排除する。
「……それで、シオリはどういった経緯で九条院さん達に目を付けられたの?」
意識がないとはいえ、実際の加害者がいる場所で話すことを躊躇われたせいもあり、隣のベッドに移動し小声で話す。
話題を切り替える為ではあるが、純粋な疑問でもあった。とんでもない本性を隠していたとはいえ、優等生の仮面をほぼ完璧に演じきっていた九条院さん。
その彼女の標的がただの無作為、通り魔的な犯行とは思いづらかった。何かしらの理由があるはずだ。
そして、それは恐らく私……ではなく、名前の知らない初等部の少女が取り戻してくれたシオリの一枚のカード。返却された時の彼女の様子から、それが大切な物であるかは推測することは容易で、その心情は
しかし、九条院さんにシオリの事情は関係ない。あの少女が使役していた、『レゾナンス・バトル』の禁忌を易々と破ってのけた《契約喰らいの魔女パンドーラー》。
返り討ちにあう結果に終わったものの、九条院さんが少女とのバトルを了解したのもあの《魔女》のカードを見てからであった。
シオリのカードには、同じぐらいの価値や強さがあるのかもしれない。
もちろん別の可能性もあるが。
「そうですね……カナデさんなら言っても大丈夫でしょうか。私自身、バトルは苦手であまりそっち方面の知識には明るくはないんですが、このカードはどうやら強い? 方らしく、どこからその話を聞きつけた九条院さん達に――という感じになります」
どうやら私の推測は当たっていたらしい。まあ、だからと言って他人に言いふらすつもりも、その必要性もない。そんなことをしたら、また九条院さんのような手合いを不用意に招くだけだ。
その後、小声で友達の間で交わす、取り留めのない会話で九条院さんが起きるのを待ち続ける。残りの午後の授業を丸ごと欠席することになってしまったが、それに関して特に咎められることはなかった。
九条院さんの意識が戻るまで待ちたいという私達の意思を汲んでくれたのか、偶々短縮授業であり、授業数が少ないため黙認してくれたのか。
ただ単に面倒くさかったのか。まあ私達にとって都合が良かったので、わざわざ尋ねることはしなかった。
だが、いつまで経っても彼女の目が覚めることはなかった。
呼吸や寝顔も連れて来た当初に比べたら、格段に穏やかなものになっている。念の為に養護教諭に何回か診てもらったが、その度に異常なしとしか言わない。
まるで何かを誤魔化しているようにも感じられる。本当に大丈夫なのだろうか。
そうこうしている内に日は傾き始め、最終下校を告げるチャイムが校舎中に鳴り響く。それが鳴り終わったタイミングで、目隠しのカーテンが少し開けられ、その隙間から養護教諭が顔を覗かせる。
「貴女達はもう帰りなさい。九条院さんのお家には、私の方から連絡をしておくから」
ここまで待った手前、せめてお迎えが来るまではいさせてほしいと私とシオリは二人揃って頼み込んだのだが、養護教諭には無情にも切り捨てられる。
「貴女達のことはきちんと伝えておいてあげるから。彼女と話し合いたいことがあるんだったら、明日にしなさい」
そう強めに主張されると、一生徒でしかない私達は従わざるを得ない。渋々と二人で昇降口へと向かい、そこで靴に履き替え、茜色から闇色に染まりつつある運動場に繰り出す。
正門付近には、部活動帰りであろう生徒達の姿が疎らにあった。その中に私達も混じりつつ、通学路を歩いていく。
「あっ、そういえばシオリの家もこっちの方向なんだ」
「はい。朝も一緒に登校できそうですね」
そんな会話を互いに笑みながら重ね、帰路を歩む。九条院さんやあの初等部の少女、私にだけ聞こえた謎の『声』。いくつもの問題を未来の自分に丸投げをして。
◆
「――いい加減に起きたら、どうかしら九条院さん。とっくに目は覚ましているんでしょう? あの二人なら、さっきもう帰ったわ」
狸寝入りを完全に見抜いていた養護教諭の言葉に応じるように、
それでも、完璧な『九条院レイカ』を被り直す。たとえ中途半端な出来栄えで、本調子にほど遠かったとしても。『それ』に縋らないと、銀髪の『お姉さん』に会う前の弱かった私が出てきてしまいそうだから。
ちなみに寝た振りをしていたのも、虐げようとした私をわざわざ保健室まで運んでくれた二人に顔を会わせづらかった。そんな小さな子供じみた理由だった。
しかし、何故だろう。意識を取り戻してから、胸に大きな『穴』が空いてしまったような喪失感があった。これが体の不調に関係しているのは分かるが、その原因について心当たりは……ないことはない。
いや、今はそれよりも――。
「……ご配慮、ありがとうございますわ」
「一応教職の端くれとして、何があったのかは尋ねても良いかしら?」
純粋な心配からか、後々厄介事に発展した際の保身の為か。普段ならば、そのどっちつかずの態度に少し思う所があったかもしれないが、正直に言えば今はどうでも良い。当たり障りのない返事をする。
「……ちょっとした行き違いで言い争いになってしまい、その際に私が立ちくらみで倒れてしまっただけですわ」
「一先ずはそういうことにしておきましょうか。お家の方への連絡は?」
「私の方からしておきますわ」
「それなら、お迎えが来るまでここで――」
「大丈夫ですわ。正門の近くで待つことにします。気分転換に、外の空気を吸っておきたいので」
そう尤もらしい言い訳をし、養護教諭に深く頭を下げてから保健室を退出する。そこから少し歩き、人気が無い階段の踊り場にて携帯電話――ではなく、懐のデッキケースに締まっていた自分のデッキを取り出す。
非常口を示す誘導灯の緑色や夕焼けの赤色の光を頼りに、一枚、一枚カードをチェックしていく。気絶してしまった時に、紛失した――あるいは盗られてしまったカードがないかを確認する為に。
心の『欠落』。その要因をはっきりとさせる為に。
だが、そんな私の思いとは裏腹に、今日
私の切り札であり、銀髪の『お姉さん』との唯一の繋がりである《白銀の戦乙女エリシア》のカードも含めて。
その事実が明確となり、『喪失感』はただの気のせいであったと安堵――などできる訳がない。
ある種の確信を持って、私は右手に嵌めたままの『レゾナンス・ギア』を起動。
『ソリティアモード』――デッキ調整用の機能――を選択し、一枚のカードを。《白銀の戦乙女エリシア》を読み込ませる。
通常であれば、限定的な小規模の『バトルフィールド』内に読み込ませたカードの立体映像が投影される――はずなのだが。
『――エラー、エラー。そのカードはバトルで使用することはできません』
温度が一切感じられない機械音声が、私でも初めて聞くメッセージを淡々と告げてくる。おかしい、あの少女とのバトルが終わるまでは問題なく使えていたはずなのに。
突きつけられる現実を受け入れ切れず、私は狂ったように《白銀の戦乙女エリシア》を読み込ませ――『お姉さん』との繋がりを求め続けた。
◆
――今日も一日お疲れ様、パンドーラー。
よーし、寝る前にデッキ調整でもしよっか。……あれ?
偶にあることだけど、やっぱり怖いな……まあ、害がある訳じゃないから良いか。で、肝心の効果は――。
当然のように、『彼女』からの返事はない。
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