カードの精霊が見えるプレイヤー相手に、『コントロール奪取』戦法をヤッたら絵面が酷すぎる件について 作:コイントスは先行が良い
――私の意識が確立したのは、とある一人の少女との出会いが切っかけだった。その少女の名前は『九条院レイカ』であり、私は《白銀の戦乙女エリシア》と呼ばれる一枚のカードである。
だが、私と出会ってからしばらくもしない内に、好きだった少女の瞳は徐々にその面影を失っていった。
少女――レイカは、期待と孤独という名の地獄にいた。牢獄に囚われていた。幼い身に余る重責を背負わされ、なまじ同年代よりも優秀で成果を出し続けてしまう。
それが却って、彼女にとって不幸を招いたように私には見えた。始めから才能がなければ早々に諦めがつき、もっと身近な幸せに目を向けることができたろうに。
レイカは周囲の期待にもっと応えようとして。愛されるという実感をさらに求めようとして――その才能は頭打ちになってしまう。
過剰になっていた
人間ではない私でも、レイカを取り囲む環境が普通ではない――子供の情操教育には何一つ良い影響をもたらさないと。
そして、レイカは自らの殻に閉じ籠もってしまう。深く、深く。
その痛々しい、誰かの温もりを欲している姿はとても見ていられるものではない。
しかし、所詮私はカードに宿る実体なき霞の如き存在。レイカの傍に近寄って慰めの言葉をかけてあげることや、寄り添うことすらできない。
レイカの絶望が深まる度に、
――レイカが他者から見捨てられ、あの家とも言えない場所で孤立するようになって、どのくらいの月日が経ったのだろうか。
自分のベッドの上で両手で膝を抱え、限界まで背中を丸め、さらには分厚い毛布を頭から深く被った状態で、レイカはただ呆然と時間を無為に過ごしていた。
見放されたと言っても、命に関わるレベルでの世話を放置された訳ではない。例えば使用人が部屋の扉の前に、食事の皿を一日に三回配膳に来ている。
だが、その食事すら碌に摂っておらず、私が見ている限り睡眠も不充分。将来の大輪の花を予感させていた蕾は、すっかりと萎れ枯れかかっていた。
このままでは死にはしないにしても、それ同然の状態で幸せになるべき生涯を無駄にすることに我慢ならなかった。
――その時、不思議なことが起きた。そうとしか表現できない現象が。『奇跡』が成立する。端的に言うと、どういう力が働いたのか、私は生身の肉体を持った状態でレイカの前に顕現していた。
脳内に溢れ出す大量の疑問符や、急に生えてきた五感から勝手に取得される情報の波に翻弄される。カードの状態であれば、決して経験することのなかったはずの急激な立ちくらみや吐き気を催す。
だが、突如として鍵のかかった部屋に現れた
絶望に染まり、暗く淀んだ瞳に頼りない私の姿が映し出される。
――しかし、レイカはそれ以上の行動を起こそうとはしなかった。私でもなければ、命の危険があるかもしれないというのに。
その危機感のなさを心配すると同時に、彼女の心がそれだけ壊れかけている事実を改めて思い知らされる。
自分は出会ってから、常に彼女の近くにいたというのに何もすることができていない……!
動かしたこともない体を無意識の内に動かし、呆然と私を見やるだけのレイカに駆け寄る。近づくと、私はぎゅっと彼女を抱きしめた。
今まで何もできなかった分の埋め合わせをするように。貴女を見ている人はいるってことを伝える為に。それが通じたのか、レイカは心の奥に堆積していた不安や悲しみを感情のままにぶち撒ける。
「わ、わた……し、あれだけいっぱい頑張ったのに、パパやママも……誰も見てくれなくて……!」
私はただそれを黙って聞き、時折レイカの震える頭や背中、肩を優しく撫でてあげる。それが効いたのか、彼女は私に身を委ねるようにして寝入っていた。
それでも、私はレイカの休む傍から離れようとはしなかった。
レイカと直接触れ合える、まさに『奇跡』としか言いようのない時間。それがもうすぐ終わることを。それが今回の一回限りであることを直感的に察する。
夢から覚めるまでの、残り僅かな『奇跡』。もっと有効的な使い方、過ごし方があっただろう。
けれど、私はそのまま腕の中で、一時的とはいえ重責から解放され安らかな寝顔を浮かべるレイカに寄り添い続けることを選択した。どうか、この泡沫の一時が彼女の立ち直る一助になりますように――。
その祈りとともに、仮初めの肉体は消失し、音を立てずに一枚のカードがゆっくりと床に落ちていった。
そんな私の切実な願いは届いたのか、『レゾナンス・バトル』という新しい道へと進み出たレイカ。彼女の才能はまるで水を得た魚のように他の追随を許さず、連戦連勝を重ねていく。
私もそんな彼女の切り札として、幾多の敵を斬り伏せてきた。たとえ言葉をもう二度と交わすことができなくとも、彼女の傍にいられるのなら。彼女の生気を取り戻し、生き生きとした表情を見られるのであれば、もう何も望まない。
……だが、いつからだろうか。純粋にレイカの幸福な未来を願った祈りが、呪いへと転じたのは。
『レゾナンス・バトル』の若手の名プレイヤーの一人として華々しい活躍をいくつも修め、名家・九条院家の末席に名を連なれることを許されたレイカ。
当然彼女の取り巻く環境は以前とは打って変わり、あらゆる設備やサービスの質が上がり、向けられる視線も期待だけではなく羨望の類が入り混じるようになる。
食事や睡眠といった生活習慣やストレスが根本的に取り除かれ、肉付きも良くなり年相応な健康的な体へと戻っていた。
学業や交友関係も卒なくこなし、全てが順風満帆だった。ある一点を除けば、だが。
「――足りません。これでは、全然足りませんわ……!?」
使用人が引っ込み一人だけになった広い室内に、レイカの切羽詰まったような声が響く。その様子に、すっかりと自然体となったはずの優雅なお嬢様然とした『九条院レイカ』の姿はどこにも見られない。
目は血走り、声を荒げていた。感情の昂りが、物に当たるという形で発露される。壁や床に叩きつけられた小物は音を立てて傷を作り、中には壊れて使い物にならない物も出てくる始末だ。
最近、人目がない時のレイカはずっとこの調子だった。いや人目の有無は関係なく、まるで自分を痛めつけるようにバトルに身を投じていく。
カードとして普段から一緒にいる私をしても、彼女がここまで荒れ狂う理由が分からなかった。
だって、レイカは満ち足りた生活を送っていても、もう孤独ではない。幸せになってほしいという私の願いは叶っていたはずなのに、一体何が彼女を駆り立てるのか――。
「……『お姉さん』に会えない。あの『お姉さん』に私は……」
レイカの口から、ぽつりと言葉が溢れ落ちる。状況から察するに、レイカの暴走に関係している人物なのだろう。
しかし私が把握している限り、レイカに深い影響力を与えた『お姉さん』に該当する存在に心当たりがない。……羨ましい。こんなにも彼女に想われている『お姉さん』とやらに。
あの『奇跡』が終わった時に、整理がついたはずの感情が。醜い嫉妬の火種が燻り――。
「ねえ……どこにいるの? ……もう一度会いたいよぉ、
――すぐに消えることになる。バラバラの点と点が繋がるような感覚だった。実体化した時の自分の髪色は何色であっただろうか。
もしかして、レイカの言う『お姉さん』とは私のこと……? つまりは、私自身がレイカの幸せを邪魔していることに他ならない。
衝撃の事実に、思考が追いつかない。けれど、そんな私を置き去りにするように、どんどんと状況は最悪なものに推移していく。
「――もっと、もっと強くならないと」
以前よりも、もっと暗い深淵のような瞳で、まるで良いことを思いついたのかのように、レイカは口角を歪に持ち上げながら言う。
「――私だけで足りないのなら、他の人達からほんの少しお力をお借りすれば良いんですわ。何で、こんな簡単なことを思いつかなかったんでしょう!」
――所詮、私はカードに宿る思念体。偶然の『奇跡』がない限り、持ち主と触れ合うどころか言葉を届けることすら不可能だ。
致命的に間違っている努力であると――私はここにいますと伝えることは以ての外。
……要するに、私にできることは
――私は多くの無辜の民に、幾多の悲劇をもたらした。数え切れない離別を生み出した。
そして、その果てに――私は一人の《魔女》の手に堕ちることになる。レイカに剣を向ける手を制止しようとして――それができないことに絶望し、私の意識は閉ざされた。
◆
(ん……ここは……?)
私という自我が成立してから、初めて味わう『気絶』という現象。微睡みと覚醒の境界を彷徨いながら、何とか状況の把握に努めようとする。
何故かバトルの際に作り出される虚像ではない、あの『奇跡』以来の生身の肉体――に近いものを保持していた。その状態で、私の体は粘着性のある脈動する『何か』によって拘束されていた。
一歩も動くことはできず、辺りを見渡してみれば暗い小部屋のような場所。心当たりは一切ない。
(……確か私はレイカに挑んできた少女と戦って、彼女が召喚した《魔女》に操られて――っ!? レイカは一体どうなって――)
そんな私の思考を遮るように、私以外に誰もいなかったはずの空間に一つの気配が出現――反射的に目を向けた先にはあの《魔女》が悠然と立っていた。
頭から被られた黒のヴェールの隙間から、冷たい無表情が覗いていた。
「――やあ、おはよう。ご気分は如何かしら、戦乙女様?」
「お前は……っ!? レイカは無事なんだろうなっ!?」
矢継ぎ早に質問する私に対して、表情と変わらない温度感――いや、どこか喜悦を含む声色で答える。
「あらあら、まだまだ全然元気そうねえ……ああ、貴女のご主人様なら無事よ。そもそも『私』の力じゃ、
レイカの無事を伝えられ、内心安堵の息を吐く。もちろん《魔女》の言葉を鵜呑みにする訳にはいかないが、囚われの身では真偽を確かめる術はない。
「……それで、お前は私をどうするつもりなんだ? こんな悪趣味な場所に閉じ込めて」
ダメ元で答えは期待していなかったが、意外なことに《魔女》は邪悪な笑みを浮かべながらも口を開く。片手で二本の指を立てると、その内の一本を折り曲げた。
「『私』達と敵対した貴女には二つの選択肢があるわ。一つは、『私』達の為に『
まるで当然のように、こちらの意思を無視した決定事項を告げてくる《魔女》。彼女は、もう一本の指がゆっくりと曲げられる。
「もう一つは、このまま大人しくしているか。
『私』としては、個人的には後者がおすすめかしら。まず『お人形さん』の入手機会も限られるから貴重なんだけど、せっかく新しい『お人形さん』を手に入れても、
――『人形』が
その発言の意図は何だ。さっきの話と違うのではないか。そう強く問い詰めようとした次の瞬間には、《魔女》の様子は一変した。
絶対零度の視線が私を射抜き、動きを制止させる。その声には、どことなく苛立ちが感じられた。
「……もしも前者である場合も、『私』は歓迎するけどねえ? 首を突っ込んだのは『私』達の方とはいえ、『私』の大事なあの子に刃を向けたんですもの。
まあ、つまり『私』はどっちに転んだって構わない訳なの。……ただ、あんな別れは二度と御免なだけ。精々、貴女も賢い選択をすることねえ。『先輩』からの忠告よ」
◆
――ふむふむ……良いシナジーがあるけど、この突然増えたカードを使えるのって、結局ボクにアンティルールを仕掛けてきた子と再戦するまでだからなぁ。
特に今回はあのお姉さん達の事情に割って入った形だし、こうなるって想像してなかった。
まあ、短い間だけどよろしくね。ああ、もちろんボクにとっての一番はパンドーラーだよ?
……でも不思議だよねー。流石に何回か経験したら嫌でも慣れてきたけど、こういうカードがある限り似たイラストのカードが使えなくなるのって、どういうカラクリなんだろう? ドッペルゲンガー的なオカルトの類? ただの『レゾナンス・ギア』の故障か欠陥?
既に転生っていうファンタジーを経験済みだし、カードが一枚ぐらい増えたり消えたり、一時的なエラーになるのは少し驚くだけだけど……まさかカードの精霊がいて、全部パンドーラーの仕業だったりする?
……それこそ、あり得ないか。もしもカードの精霊がいるんだったら、パンドーラーのことをこれだけ想っているボクがお話できないはずもないし。それに厳密には違うかもしれないけど、そもそも他人のカードを奪うような真似は絶対にさせないよ。
――だって、善人だろうと悪人だろうとお気に入りのカードとの離別は辛いから。それはボクも『君』も経験済みだしね。
あー……そういえば、あのお嬢様っぽいお姉さんは何年生だろう? 明日は朝一番でボクの方から行かないと、きっとお姉さんもカードが使えなくなって困ってるだろうし。
えーと、制服の感じからして中等部だと思うけど……。先生に尋ねたら分かるかな?
当然のように、『彼女』からの返事はない。
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