カードの精霊が見えるプレイヤー相手に、『コントロール奪取』戦法をヤッたら絵面が酷すぎる件について 作:コイントスは先行が良い
――あれから、何があったのか
覚束ない足取りで正門の近くまで行き、夕闇に染まりつつある辺りの景色やすれ違う人々の姿を一瞥もせずに、正門脇の壁に背中を預けて力を抜いていた。
迎えの車が来るまで、私はただ呆然としていた。脳内で繰り返し反響されるのは、先ほどの温度を一切感じさせない機械音声。
『――エラー、エラー。そのカードはバトルで――』。
その度に、精神がヤスリで削られていく不快感を覚える。凄まじい空虚感に襲われる。
「――レイカお嬢様。お迎えに上がりました。さあ、お乗りください」
落ち着いた調子の声が、私の意識を現実に引き戻す。僅かに歪む視界の先には、黒色の制服をきっちりと纏い、頭には同色のつば付き帽子を被った中年男性がいた。
私が小さな頃から、習い事やお稽古、学校への送迎などでお世話になっている専属の運転手だ。
彼は軽く一礼をした後、流れるような淀みない動作で送迎車の左側の扉を開けて私に乗るように促してくる。
「え、ええ……」
「……」
私は彼に気の抜けた返事をし、車へと乗り込んだ。彼は何も言わずに、そっと音を立てずに扉を閉め、運転席へと戻る。小さくエンジン音をふかしながら発車した。
「……」
「……」
周囲は帰宅ラッシュであろう車の走行音や人々の喧騒に満ちているというのに、この車内では真反対の沈黙に支配されていた。
それはいつも通りの光景であるはずなのだが、耳鳴りが聞こえそうな程に静かに感じる。
流れ行く景色を無感動に眺めていた。脳内で鳴り響く『ノイズ』から意識を逃避させる為に。
「……お嬢様、もしも差し支えなければ何があったかお話し頂けないでしょうか? 自分一人の胸の内に秘めて思い悩むよりも、きっと幾分かは楽になるでしょうから」
私の異様な様子や、連絡がいつもよりも遅かったことを不審に思ったのか、心配してくれたのか。運転手である為、振り返ることはできない彼は前を向いたまま、世間話をするような声色で話しかけてきた。
タイミングを見計らったように、車が赤信号に捕まり止まる。その際に、脱力していた私の体は座席のシートに寄りかかる形となる。
私の頭の中では、相変わらず鳴り止まない『ノイズ』。完璧な『九条院レイカ』という仮面の裏側に隠していた、
それらが複雑に混じり合い、さらなる絶望の呼び水となる。その一方で、彼が幼い私から周りの人間が離れていく中、少しでも支えようとしてくれていた数少ない一人であったことを思い出す。
……だが、彼らの立場はあくまでも九条院家に仕える者。出過ぎた真似ができるはずもなく、世界の全てに悲観していた当時の私では気づくことができなかった。
銀髪の『お姉さん』との出会い、『彼女』との再会を目標に奮起し――凶行に走るまでの、私の人生では相対的に平和であった時期。精神的な余裕ができて、『お姉さん』のことを振り返ることのついでに、ようやくその事実に思い至ることができた。
……と言っても、もう私には『お姉さん』以外の全てがどうでも良く、立ち直った――密かに暴挙を働く私からは別の意味で一部の人間は離れていったが。
その中に含まれていない彼であれば、解決には至らずとも、その糸口を見つける……気を紛らわす程度にはなるかもしれない。
バックミラー越しに私を思いやるような彼の目線に気づき、それから逃れるように再び窓の外へと視線を逸らす。けれど、胸の内で淀みとなっていた思いをぽつりぽつりと吐露し始める。
「人間関係でちょっとしたトラブルが……それ自体は私に全面的に非がありますので良くはないのですが納得はしていますわ。
……ただ、それが切っ掛けで『昔』のことを思い返すことになり、大切な人と再会する資格がないことを思い知らされ……思い出の品すらも手元にはあるのですが、別の物になってしまったというか……」
話し出したのは良いものの、纏まりのない内容は肝心の私ですら何が言いたいのか分からない。きっと彼も一割も理解はできないだろう。
それでも彼は聞き返すことなく――立場的なしがらみのせいかもしれないが――黙って、私の話を最後まで聞いてくれた。
信号はいつの間にか青に変わっており、車は走り出していた。窓の外の景色が移り変わっていく。その最中、彼は何かを振り返るように――後悔、懺悔するように口を開く。
「……お嬢様が何かに苦しんでいることは分かりました。以前と同じく、部外者でしかない私ではお力になれないだろうことも。
そんな役立たずの私の言葉でも良ければ、少しだけお耳を傾けて頂ければ……」
依然として私の目は車外にありつつも、耳だけは彼の方へと向けていた。
「――もしも問題がいくつも複雑に絡み合って、どれから手を付けて良いか分からないのであれば、目の前の小さなことでも良いです。一つずつ、時間をかけてでもそれを片付けていってください。
そうすれば、時間はかかってしまうかもしれませんが、何れは全ての問題事の解決に繋がるはずです。……しがない運転手の私に言えるのは、このぐらいのものです」
そう語り終える彼。正直に言って、この話が解決の一助となるのかすら現状では不明であるが……不思議と思考は整理され、光明が見えた気がした。
「……ありがとうございますわ」
「いえいえ、この程度は九条院家に仕える者として当然の務めですから」
……車内の静けさは、気づけば普段通りの空気に戻っていた。
◆
――その日の夜。帰宅が遅れた理由に関して、それらしい言い訳をいくつか考えていたのだが、特にその必要性はなかった。
……小さな頃から分かり切っていたことだが、家族が必要としているのは完全無欠な『九条院レイカ』。その『仮面』が剥がれ落ちることさえなければ、小言の一つすらない。裏側の
……いや、良い。私にとって一番大切な『お姉さん』だけ。『彼女』だけが……後、運転手の彼のような一部の人達がいてくれれば問題ない。
この考えの変化も、今日の
温かみのある団らんには程遠い両親との夕食を終え、その他諸々の用事を済ませていく。『九条院レイカ』として、一切の手落ちがないように。
「では、お休みなさい。お嬢様。何かご用事がございましたら、何なりとお申しつけください」
「分かりましたわ。貴女も早めに休みなさい」
「はい」
恭しく頭を下げ、音を立てることもなく部屋を退出するメイド。彼女を見送った後、私は自分のデッキとは別の、『保管』していた無数のカードを机の上に一枚、一枚並べていく。
これらのカードは、私の罪の象徴。『お姉さん』に会いたい一心で間違った方向で強さを追い求め、アンティルールで他者から奪い取ったもの。
今の私がするべきなのは、このカード達を元の所有者に返却すること。もちろん過去に私が犯した所業を償いたい――そんな殊勝な思いや罪悪感が全くない訳ではない。
だが、私の根底にあるのは変わらず『お姉さん』との再会を望むことと、《エリシア》を取り戻すこと。
とはいえ、この自己満足に近い行為が《エリシア》を取り戻すことに繋がるのすら未知数。
その上普通に考えれば、《エリシア》がエラーカードになったことへの因果関係などあるはずもないのに。それならば、今日戦った少女に原因があると考えた方がまだ自然だ。
……しかしあの少女に接触するのは、本当に困った時の最後の手段にしたい。その理由の大部分を占めるのは彼女への、深層心理に刻み込まれた恐怖心や苦手意識に因る。
(――まず最初にやるべきことは、今日の昼間にアンティルールを仕掛けた彼女達への謝罪でしょうね。受け入れられる気は微塵もしませんが)
気持ちを切り替えるように、一つの結論を出す。『保管』していたカードの元の所有者のことを思い返しつつ、仕舞っていく。
明日から、良い意味でも悪い意味でも忙しくなると予感しながら――。
◆
一晩が経過。私は身支度を整えてもらっている過程で、ここ何年ですっかりと馴染んでしまった『九条院レイカ』の『仮面』を被る。
鏡に映る『
いや、もしかしたら既に手遅れな程に大きいものかもしれない。昨日の敗北が、あの時いた取り巻き達からどのように伝わっているか不明だから。
陰口程度なら、堂々としていれば時間経過で消えるだろうが、それ以上になると私にもどれだけの悪影響を及ぼすか想像がつかない。
(……どちらにせよ、学校での私を取り巻く環境も変わりそうですわね)
そう心の中でため息を吐きながらも、『仮面』がズレないようにしつつ朝食を終え、しばらくしてから運転手の彼の送迎車へと乗り込み、学校に向かう。
その際の道中、交差点のある信号で車が止まる。彼とバックミラー越しに視線を、短く言葉を交わし合う。
「昨日に比べて、少しは顔色が良くなりましたか?」
「でしたら、それは貴方の助言のお陰様ね。……感謝していますわ」
「……私としては、そのお言葉だけで結構です。胸のつっかえも多少は取れました」
会話はそれっきりではあったが、気分は自然と凪いでいた。
正門付近で、他の生徒達の邪魔にならない位置に停車してもらい、降りる直前で背中に声がかけられる。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「ええ、いってきますわ」
私は軽く振り返り、返事をして正門を他の生徒達に混じって潜る。自分の教室に――いや、席に着いてもなお、周囲から視線が注がれている。
そのほとんどは普段通りの『九条院レイカ』に向けた羨望や嫉妬、畏怖に由来する類のもの。だが、ほんの一部――昨日までは私の取り巻きであった生徒や、それに近しい人物からは嘲りの含まれた視線が飛んできていた。
私に近寄ることはなく、私が目線を外した瞬間に見せつけるように、クスクスと陰口を叩いている。
そんな彼女達の姿に、一瞬だけ『お姉さん』に救われる前の出来事がフラッシュバックし、『仮面』が歪みそうになるのをすんでの所で堪える。
……この調子であったら、私に対するネガティブイメージは数日もせずに広がってしまうだろう。特に、生徒間では。
(……けれど、構いませんわ。元より、私がこの『仮面』を被り続けるのも『お姉さん』にもう一度会う為だけ。群れることでしか吠えられない有象無象のことなど、どうでも良いです。
お昼休みか放課後にでも、昨日の――)
「ね、ねえ……九条院さん」
そんな私の思考を遮るように、耳に届くのは一人の少女の声。彼女は取り巻き――ではなく、ただのクラスメイト。なので悪感情や皮肉も込めることなく、普通に対応する。
「何かしら?」
「あ、あの……九条院さんに用事があるって子が教室の前まで来ているんだけど……」
今の状況下で、『
こちらから会いに行く手間が省けて、助かる。浮いたリソースを別のことに使用できるから。
「ちなみに、どなたが私に?」
分かりきってはいるが、クラスメイトの少女に聞き返す。何故か答えに言い淀む彼女が指差した先は、教室の前の方の出入り口。
予想に反して一瞬だけ誰もいないと錯覚しそうになり、目線を頭一個分下に落とす。そこには、一人の少女がいた。
その姿に、思わず息が詰まりそうになってしまう。
今、最も私が相対したくない相手――《エリシア》がエラーカードになったことに一枚噛んで、あるいは元凶そのものであろう《魔女》が、「見つけた」と言わんばかりに童女のように微笑んでいた。
◆
――あー、良かったあ。お嬢様っぽいお姉さん、学校に来てくれてて。思ったよりも元気そうだし……パンドーラーも朝早くから働いてもらうかもしれないけど、一緒に頑張ろうね? いつもみたいに。
当然のように――『もちろんです、マスター。『私』の身は貴女が死せるその日まで、常に傍にいますから……それで、そこに囚われている憐れな戦乙女様。貴女のご主人様は結局どんな選択肢を取るのかしら? とっても楽しみねぇ。『私』としては、前にも言ったようにどちらでも構わないけど、
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