「「「制限野球拳?」」」
私含む風紀委員三人の疑問の声が重なった。
カス谷の提案したゲーム『制限野球拳』。野球拳なんて言葉が入っていることから碌なゲームでないことだけは分かるが、他二人はどうやら野球拳自体を知らなかったらしく、頭に大きなはてなマークを浮かべている。なんだか知っていた自分が恥ずかしく思えてくる。
「その様子じゃ、委員長以外は野球拳そのものをしらないみたいだね。それならまずは野球拳の説明からしようか」
そう言って勝手にしゃべりだそうとするカス谷に、慌てて私は口を挟む。
「ちょっと待って、勝手に話を進めないでくれるかしら。そもそもこちらにはそんな訳の分からないゲームを受ける筋合いはないわ」
なんで契約書を取り戻すためにわざわざ野球拳なんてしなければならないのだ。ここは断固としてあちらの口車に乗らないようにせねば。
だが、ゲームを断られたカス谷は余裕そうな表情でこちらを見つめる。まるで、もうこのゲームに参加するのは決定事項だ、とでも言うように。
「ふーん。それなら別にいいけどね。僕らはこのまま帰らせてもらおうとするよ」
カス谷はそう言うと、何事もなかったかのようにすたすたと出入り口に向かって歩き出す。カツアゲ犯を黙って逃がすわけにもいかないので、しぶしぶカス谷の腕を掴んで引き留める。
「待ちなさい」
「おーっとっと、なんですか委員長さん。そんなに強く腕を掴まれたら痛いじゃないか。乱暴はよしてくれないかな」
「そんなに強く掴んでいないでしょう。大げさな」
「それは君が強すぎるだけだろう?いじめって言うのは往々にして加害者側に傷つけた意識はないものさ。いつだって被害者が主張すればそれは問題になるのさ!」
そう言うとカス谷は偉そうに胸を張る。
なるほど、どうやらこいつは意地でも私に契約書を渡す気がないらしい。私はしぶしぶ手を放す。
「分かってくれたようで何よりだよ。うん。何事も穏便平和に会話ですませるのが大切だよね」
またもや部屋を去ろうとするカス谷。
はあ、とため息をつく。契約書を奪うことは確定事項。しかし相手は意地でもこちらに渡す気がない。奪いたければ相手のゲームに乗るしかない、か。
「待って」
私はカス谷を呼び止める。立ち止まり振り返るカス谷の顔が憎らしくて仕方がない。
「分かった。やるわ、そのゲーム。だからとっととルールを説明してくれる」
「そうこなくっちゃ」
「野球拳は簡単に言うと、負ける度服を脱がなくてはいけないじゃんけんだ。要は脱衣じゃんけんだね。先に裸になったほうが負けの一種の宴会ゲームだ」
早速説明を始めたカス谷の話を聞き、委員の二人はヒッと小さな悲鳴を上げながら自身の体を抱き寄せる。当然の反応だろう。それを今からやろうと提案されているのだ。女子なら誰だってそういう反応をするだろう。無論私も女子三人を目の前に堂々と野球拳をしようと提案してしまえる羞恥心のなさに鳥肌が立っていた。
そんなリアクションは完全に無視し、カス谷は説明を続ける。
「それじゃあ野球拳が何か分かっていただけたところで、早速このゲーム『制限野球拳』のルールについて説明させてもらおうか。まずはゲーム名にもある、制限の要素について触れよう。このゲームでは、好きな時に好きなだけ好きな手を出すことのできるじゃんけんと違い、出す手の回数を制限させてもらう。一人のプレイヤーが出すことのできる手は、グーが五回、チョキが三回、パーが二回の合計十回のみ。一度出した手は、勝敗の結果に関係なく出した時点で消費される。つまりあいこでも手は消費されるということだ。ちなみに当たり前だけれど、一回の勝負で一人が出していい手は一つまでだから。場に同時に三つ以上の手が出たら、それは無効とさせてもらうよ。そうして勝ったり負けたり、脱いだり脱がしたりを繰り返し、誰か一人が裸になるか手が無くなるまで続けるわけだ」
なるほど、回数に制限を入れることで心理戦の要素を盛り込んだわけか。
「さらに追加で、それぞれの手で勝った際に脱がせる相手の服の枚数も手によって変えさせてもらう。今のままのルールじゃあ盛り上がりにかけるからね。それぞれの手で勝った際に脱がせる相手の服の枚数は、グーは一枚、チョキは二枚、パーはなんと五枚だ」
ふむ。グーは弱い代わりにたくさん使えて、逆に強いパーはあまり使えないわけだ。バランスとしてはちょうどいい気がしてくる。それにしても……
「五枚ね。ちょっと多すぎるんじゃないかしら。」
五枚も脱がされたら一回でほぼ下着になってしまうではないか。流石にそれは勘弁願いたい。
「べ、別にいいじゃないか。僕はちまちまやって決着が付かないなんてことがないようにしているだけだよ。それに、パーで五枚の方がきりがいいじゃないか」
ピューピューとできもしない口笛を吹きながらとぼけるカス谷。間違いなく下心だろうなと私は確信するが、そんなことをこいつら相手にいちいち言っていては日が暮れてしまう。
「続きを話してくれる?」
「追加のルールはこれだけさ。後は普通の野球拳と同じように、掛け声にあわせてじゃんけんをし、グーで負けた場合は5枚、パーで負けた場合は2枚。チョキで負けた場合は一枚、負けた人物が服を脱いでもらう。プレイヤーはそれぞれ自分に与えられた10個の手を駆使し、相手の衣服をひんむくことを目的として戦う。どちらかが全裸になるか、手がなくなった時点でゲーム終了。以上が制限野球拳のルールだよ。委員長さんが僕から契約書を取り戻すためには、僕の服を全部脱がせて、その中に仕込んだ契約書を取り出させるしかないというわけだね」
そうしてカス谷は自慢げに説明を終える。
確かによくできたゲームだ。カス谷の言う通り運の要素は少ないし、何よりルールが簡単だ。私はひそかに感心し、すぐに感心した自分が嫌になる。
「何か質問はあるかな」
「手がなくなった時の勝敗はどうするの」
「別に決めなくてもいいんじゃないかな。僕は特に君を脱がしたい理由なんてないし、何より君は僕を全裸にしないと目的が達成できないわけだからね」
「そうはいかないでしょう。やると決めた以上、明確に勝敗を決めたいわ」
「強情だなあ。じゃあ、ゲームが終了した時点で全裸のプレイヤーがいなければ、その時点で一番服の枚数が少ないプレイヤーが負けでどうだい」
「それでいいわ」
茶番とはいえこの二人に負けるのだけは許せない。その辺は明確にしておかなければ。
「もう一つ質問。衣服の一枚の判定はどうなっているの」
「ああ、それね。あんまり深く考えていなかったんだけど……一アイテム一枚判定でいいんじゃない。靴とか靴下は二つセットで一個判定。後はまあ常識の範囲内でいいでしょ」
となると私の服は靴、靴下、ブレザー、シャツ、スカート、ブラ、パンツの七枚か。パーに負けるのだけは避けなければ。
「ね、ねえ風見さん。本当にやるの?よく分からないけどやめた方がいいんじゃない?」
あまりにもトントン拍子に話が進むのを恐ろしく思ったのか、委員の子が小声で私に尋ねてくる。
「ええ。確かにバカげた茶番だけど、こうでもしなければあの問題児たちから契約書をもらうなんてできないもの」
パンツの中に隠したものを取り出させるために、服を脱がす。全くあほらしい限りではあるが、これは逆にチャンスでもある。あのままのらりくらりと逃げられていたら確実に契約書を奪うことなどできなかった。それをあろうことか自らこちらに奪うチャンスを与えてきたのだ。利用しないてはない。それにこういったゲームは案外得意なのだ、私は。
「大丈夫、心配しなくてもあの二人に負けたりしないわ。それに、これは私と糟谷君の一騎打ち。あなたたちが何かされるということはないはずよ。そうでしょう」
私はカス谷に尋ねる。
「僕のほうは何人がかりでかかってきてくれても大歓迎だけどね」
そういって気持ちの悪い笑みを浮かべるカス谷を見て、二人はまたヒッと悲鳴を上げながら私の背中に隠れる。いちいち気持ちの悪い奴だな。
ムカついたので私は人差し指を上に突き立て、カス谷に提案する。
「ルールの方は先ほどのもので構わないわ。その代わり、一つ条件を追加させて」
「何かな」
これ以上は何もないと思っていたのか、怪訝な顔で問い返してくる。
「私が勝ったらあなた達、これからずっと風紀委員会の言うことに絶対服従すること。簡単な条件でしょう」
「はあ!?」
反応したのはカス谷ではなくゴミ川のほうだった。
「ふざけんなよ。そんなのそっちとこっちで負けた時のダメージが見合ってないだろ!」
「乙女にとって下着、ましてやその下を見られることは、それでも足りないくらいよ。あなたたちはせいぜい盗んだお金を取り戻されるだけなんだから、それこそ釣り合ってないでしょう」
「横暴だ!そんなの認められるか。男女平等なんだから下着の価値も同じだろ!」
そう言うのはカス谷。
「そうだそうだ!女子も気軽にパンツを見せてくれてもいいじゃないか!」
「あ゛あ゛?」
「嘘嘘じょーだん。世の中女の子の方が偉い!男女不平等ばんざーい!」
本当に毎度毎度手のひらを反す速度だけは早い奴らである。
「じゃあ、その条件でいいわね」
私はさっさと話を進めようとするが、それでも絶対服従は嫌なのか、やいのやいの言って頑なに聞き入れようとしない。
「あなた達がふっかけてきた勝負でしょう。まさか負けるのが怖いのかしら」
「それとこれとは話が別でーす。僕らはどんなことがあっても自分に不利な条件は飲まないんだよ」
煽ってみるも効果なし。いいかげん面倒くさくなってきたな。
「じゃあ一か月服従で、それでどう」
「それなら、まあ……」
このままでは埒が明かないので、期限を絞って提案してみると、ようやく納得したのか、しぶしぶといった体で頷く。当初の目論見よりは大分短くなったがまあいいだろう。新学期開始早々のトラブルが多いこの時期に、そのトラブルのほぼすべてに関わっているこいつらを大人しくさせておけるのはかなり大きい。
「はいおしまい!もうこれ以上は質問も異論も認めないから!それでいいよね!」
「ええ、かまわないわ」
これ以上難癖をつけられるのを嫌い、早口でまくし立てるカス谷に、ゆっくりと頷きを返す。
「それじゃあ最後にもう一回だけまとめるね――」
そう言うと、カス谷は最後にもう一度ルールを説明しだす。
ゲーム 『制限野球拳』
・野球拳に手数制限を追加したゲーム。じゃんけんで負けたら服を脱いでいき、誰かが裸になるか、手が無くなったらゲーム終了。
・各プレイヤーはグー五回、チョキ三回、パー二回、の合計十回の手を出すことができる。一度出した手は勝敗に関係なく消費される。
・それぞれの手が勝った際は、グーは一枚、チョキは二枚、パーは五枚、その手に負けたプレイヤーの服を脱がせる。
・一度のじゃんけんに付き、一プレイヤーが出していい手は一つまで、同時に三個以上の手が出されたら、そのじゃんけんは無効になる。
説明を終えるとカス谷は私の前に立ちはだかるようにして立ち、隣には当然のようにゴミ川が並ぶ。教室の扉は中から鍵をかけ、万が一人がやってきた時に入れないようにしておく。加えて委員の子たちには、カス谷たちの両後ろ斜めに立ってもらい、不正ができないよう見張ってもらう。
「それじゃあ早速始めようか。まずは第一ラウンドだ」