遠征から無事に帰還し疲れを癒すために一浴びしようと入渠ドックへと向かった。
脱衣所の扉を開けるとそこには思いがけない光景があった
脱衣かごの上には人数分きれいに畳まれた清潔なタオルと、入浴用の備品が揃えられて置かれていたのだ。
「これ、提督ちゃんが置いてくれたんだ」
鈴谷がタオルを手に取り、パチパチと目を丸くする。
「私たちが鎮守府に戻ってる間に、準備してくれていたのね」
加賀が静かにそのタオルを見つめた。
出撃中の指示を飛ばしていた時は「加賀!右!」「金剛、お願い!」と必死に叫んでいたのに、港で出迎えた時は途端におどおどして「みんな…怪我、ない……?」と気まずそうにしていた絵名の姿が思い出される。
「ふん。指示出すときは『満潮!』とか生意気に呼び捨てにしてたくせに、戻ってきたら急に大人しくなっちゃってさ」
満潮が少し口を尖らせながらも、用意されたタオルを大事そうに抱え込んだ。
入渠を終え、さっぱりした一行はそのまま鎮守府の食堂へと集まった。
テーブルの上には、缶詰を開けただけのオカズと、少し焦げの混じった白いご飯、そして具の少ないお味噌汁が並んでいる
遠征に行く前に準備をしていたのだ。
「今日の当番、アタシと鈴谷だったからさ! 式典みたいなご馳走は無理だけど許してよね〜!」
川内が笑いながらお椀を配る。
「ううん、全然…! 準備してくれてありがとう、川内さん」
絵名はそう言って、丁寧にお辞儀をした。
どこかよそよそしく「さん」を付けて呼ぶ絵名に川内や満潮は少し拍子抜けしたような顔を見せる。
「‥あの、私、料理自体は家で少し作ったりしてたから、本当なら私がみんなの分も作れたらよかったんだけど。まだ厨房の仕組みとか、どこに何があるのか完全に把握できてなくて…今日は何もできなくてごめんなさい」
「なーに言ってんの、提督!」
金剛が豪快に絵名の肩を叩いた。
「提督は執務室でお勉強と指揮をするのが仕事デス! 厨房のことはこれからゆっくり覚えればいいのデスよ!」
「あ…はい、金剛さん……」
絵名はおずおずとお味噌汁のお椀を手に取り、一口そっと口に含んだ。
出汁の薄い、お味噌汁。…けれど、ずっと一人で冷たい白紙に向き合っていた絵名にとって
それはじんわりと身体に染み渡る温もりだった。
「……あったかい……」
絵名の口から、ぽろりと小さな本音がこぼれ落ちる。
「でしょ。みんなで食べれば温かいのよ」
満潮がぷいと横を向きながら、ご飯を口に運んだ。
指揮を執る時の必死な、呼び捨て。
普段の申し訳なさそうな「さん付け」。
まだお互いに一歩引いた距離感ではあるけど
用意されたタオルと温かいお味噌汁を通じて、小さな温もりが確かに伝わった夜だった。