大本営からの突然の呼び出し。
遠征の成果報告と、今後の鎮守府運用の通達という名目だったが、それが素人の若い娘を査定するための嫌がらせのようなものだと、誰もが察していた。
「提督、お時間です。参りましょう」
執務室のドアを叩いたのは秘書艦を務める加賀だった。
絵名は緊張で小さく肩を震わせながら、「・・うん。加賀さん、行こう」と立ち上がる。
船に乗り椅子に座った2人は終始無言のままだった。
_____海風の音だけが鳴り響いてる
大本営の重厚な会議室。
案内された部屋の奥には厳めしい表情を浮かべた将校たちがずらりと並んでいた。
その一角には別件の事務手続きで出向していた大淀の姿もある
大淀は心配そうに絵名を見つめているが立場上声をかけることはできない。
「——ほう。これが例の新しい提督か」
冷ややかな視線が絵名に突き刺さる。
「経験も知識もない女子高生に、貴重な艦娘を任せるなど到底受け入れられん」
「前任の不祥事を埋めるための、繋ぎに過ぎんのだ。身の程を弁えたまえ」
露骨な蔑視と冷たい言葉。
絵名の胸にかつて自分の絵を拒絶された時のような、冷たい痛みが走る
悔しさに唇を噛み締め、俯きそうになる絵名。
(‥分かってる……。私なんて、何の実績もないただの女子高生だって……っ)
その時——。
スーッと、静かな足音が絵名の半歩前に躍り出た。
加賀だ。彼女は寸分の狂いもない綺麗な姿勢で敬礼を捧げると氷のように澄んだ声で言い放った。
「言葉を慎んでいただきたく存じます」
「……何だと?」
将校たちが息を飲む。加賀の射抜くような眼光に、室内が一瞬で静まり返った。
「我が提督は、兵器としての数値ではなく、私たち一人ひとりの命に向き合っておられます。
指揮を執り、私たちを無事に還されたのは紛れもなくこの方です」
加賀は一度だけ振り返り、絵名の目をじっと見つめた。
「——私たち艦娘が預けるのは、階級ではなく『命』です。不適格かどうかを決めるのは大本営のあなた達ではなく、海の上に立つ私たちです」
艦娘を兵器として扱っている大本営の将校達はただただ、呆然と絵名の前に立つ加賀を見ているだけだった.....
大本営からの帰り道。
海風が吹く鎮守府への連絡船のデッキで、二人は並んで立ち尽くしていた。
「・・・加賀さん、さっきはありがとう。私をかばってくれて」
絵名がぽつりと呟くと加賀は海を見つめたまま静かに首を振った。
「かばったわけではありません。事実を申し上げたまでです」
加賀は少しだけ間を置くと、絵名の方へ向き直った。
「提督。あなたは普段、私たちに敬語で話したりとどこか距離を置かれていますね」
「え…っ? あ、そ、それは私みたいなのが急になれなれしくしたら、迷惑かなって……」
絵名が気まずそうに視線を泳がせると加賀の唇がほんのわずかに和らいだ。
「戦場での『加賀!』という必死な声…あれは
私にとって決して嫌なものではありませんでしたよ」
「えっ......!」
「私は秘書艦です。貴方がどれほど陰で戦術書を読み込み睡眠時間を削って努力してるか知っています。だからこそ、もう少し私たちを頼ってください」
そう言って、加賀はすっと手を差し出した。
いつもの冷酷な一航戦の顔ではなく、一人の
パートナーとして絵名を見つめている。
絵名は涙で視界が滲むのを堪えながらその手をぎゅっと握り返した。
「…うん!
ありがとう…加賀さ...じゃなくて加賀」
少し照れくさそうにでも確かに一歩踏み出して名前を呼んだ絵名に、加賀は静かに頷いたのだった。