絵名と加賀が大本営へ向かってから、数時間が経過していた。
いつもなら賑やかな鎮守府の食堂や執務室周辺は、どこか嫌な静けさに包まれている。
「‥遅いわね。大本営なんてどうせロクな用件じゃないのに」
満潮が、腕を組んで窓の外を睨みつけていた。
テーブルの上には、彼女が淹れたお茶が二つ
すっかり冷め切って置かれている。
「まーまー、満潮! 加賀が一緒デショ? 何があっても彼女が提督を守りマスよ!」
金剛が元気づけるように明るく振る舞うが、その表情にはいつもの豪快さはなく眉が少し下がっていた。
「そういう問題じゃないのよ!あの娘頼りないくせに妙に頑固なんだから。大本営の奴らにボロカス言われて、一人で抱え込んで泣いてるんじゃないかって…」
満潮は悔しそうに唇を噛む。
以前の提督なら、大本営に呼ばれようがどうなろうが知ったこっちゃなかった。
けれど今の提督は自分たちのために睡眠時間を削って勉強し、出撃となれば泣きそうな顔で無事を祈り、帰ってくれば不器用にお茶を淹れて待っているような少女なのだ。
「鈴谷ちょっと港の様子見てくる!川内も行こ?」
「了解! アタシもじっとしてるの性に合わないし見張ってくる!」
川内と鈴谷が弾かれたように部屋を飛び出していく。
_____港の桟橋。
夕暮れの赤に染まる海を見つめながら、鈴谷がぽつりと呟いた。
「ねえ、川内。提督ちゃん大丈夫かな。大本営の頭の固いオジサンたちに、ひどいこと言われて傷ついてないといいけど」
「…大丈夫だよ。あいつ、見た目はヤワだけどさ。根っこは相当頑固でタフだからね。……それに」
川内は海風に髪をなびかせながら、ニッと笑った。
「加賀さんがついてんだ。あの人が提督を一人で泣かせるわけないでしょ」
その時、遠くの水平線から小さな連絡船の影が見えた。
「——帰ってきた!」
二人が駆け寄ると、船から降りてきたのはどこか晴れやかな顔をした加賀と、疲れてはいるけれどまっすぐ前を見つめている絵名の姿だった。
「みんな…! 待っててくれたの?」
絵名が駆け寄ってくると、知らせを聞いた満潮たちもドタバタと港へ走り込んでくる。
「アンタねぇ! 遅いからみんな心配したんだからね、大本営で何か言われたの!?」
満潮が半べそで詰め寄ると絵名は驚いたように目を丸くし、それからふっと柔らかく微笑んだ。
「ううん。いろいろ言われたけど、大丈夫。
加賀さん....加賀がね、守ってくれたの」
「加賀さんじゃなくて、加賀……?」
すかさず気づいた川内がニヤリと笑う。
絵名は顔を真っ赤にして「あっ...えっと、その...!」と狼狽えるが、加賀は静かに立ち尽くしたまま咎めることもなく二人を見守っていた。
大本営の冷たい風に晒されても、この鎮守府には温かい居場所が確かにあった。