東雲の海に、君は筆を執る   作:とばりん

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19話 文字と叫びで描く命の交差陣

」

 

 

翌日、嵐の夜。

 

近海に突如現れた深海棲艦の小規模艦隊。

夜戦の暗闇の中、5隻編成の穴を突こうとする敵に対し、執務室の絵名は無線機に向かって叫んでいた。

 

 

 

「川内!右斜め15度で突っ込みなさい あなたの回避の癖なら、その角度が一番攻撃を避けられる!」

『えっ!?なんでアタシの癖知ってんの!?』

 

 

「加賀!川内が右に振ったら、左に体を開いて弓を構えなさい! あなたの射撃姿勢の隙を、川内の波で隠すの!」

『……了解』

 

 

 

デスクの上に広げられているのは、戦術図面の絵でもない。

あの「描けない」苦しみの中で血を吐くような思いで書き殴ったメモだった。

 

 

 

絵が描けない。

 

線が引けない。

 

 

けれど、彼女の「対象を観察し、理解する」という芸術家としての本能は死んでいなかった。

描けない苛立ちをすべて「仲間を観察する執念」に変えて、絵名は5人の癖と動きを完全に頭の中で組み合わせる。

 

 

「金剛は中央で火力を集中的に叩き込んで! 鈴谷と満潮は右後方、交差するようにカバーし合いなさい!!」

『YES!提督の指示通りにぶちのめすデース!』

『はいよー、鈴谷お任せ〜』

『任されなくてもやってるわよ! 敵軽巡、撃

破!』

 

 

 

無駄のない完璧な連携。

教科書通りではない、5人の「生きた人間としての癖」を繋ぎ合わせた陣形が、暗闇の中で敵を次々と打ち砕いていく。

 

 

 

 

『敵艦隊、全滅!こちら艦隊被害なし!!』

 

 

 

 

大淀の叫びとともに、戦闘は終わった。

 

数時間後、無事に帰還した艦娘たち。

執務室で、出撃の汚れを拭った満潮が絵名の前に歩み寄ってきた。

その手に持っていたのは、この前の買い出しの時に見かけた小さな箱——発色の良い

「水彩絵の具セット」だった。

 

 

「はい、これ。遠征のときついでに拾った…ううん、買ってきたのよ」

「……え? これ……っ」

 

絵名は目を見開く。

 

 

「アンタさ...昨日、描けないって泣いてたんでしょ。加賀から聞いたわよ」

 

満潮はプイッと横を向いて、耳まで真っ赤にしながら言葉を紡ぐ。

 

 

「絵なんて、今すぐ描けなくたっていいじゃない。アンタが描けるようになるまで、私たちが何回でも出撃して、資材でも何でも拾ってきてあげるわよ。だから…そんな顔しないでよね」

 

「満潮……っ」

「……ふん! 勘違いしないでよね! アンタに泣かれると、調子が狂うからなんだから!」

 

 

鈴谷や金剛、川内も笑いながら絵名の周りに集まってくる。

「そうだよ提督ちゃん!焦んなくていーの!私たちのカッコいい姿、いつか描いてくれれば十分だからさ!」

 

 

絵名は手の中の絵の具セットをぎゅっと抱きしめた。

 

 

まだ手は震える。

 

まだ絵は描けない。

 

トラウマは消えていない。

 

(……でも)

 

 

 

「私ずっと怖かった。でも…みんなが居てくれるなら、私……焦らないで、もう一度自分と向き合ってみる」

 

涙を拭い、絵名はまっすぐな笑顔を浮かべた。

 

 

 

「ありがとう……みんな。私、絶対にいつか…みんなのこと、世界で一番綺麗に描いてみせるから」

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