」
翌日、嵐の夜。
近海に突如現れた深海棲艦の小規模艦隊。
夜戦の暗闇の中、5隻編成の穴を突こうとする敵に対し、執務室の絵名は無線機に向かって叫んでいた。
「川内!右斜め15度で突っ込みなさい あなたの回避の癖なら、その角度が一番攻撃を避けられる!」
『えっ!?なんでアタシの癖知ってんの!?』
「加賀!川内が右に振ったら、左に体を開いて弓を構えなさい! あなたの射撃姿勢の隙を、川内の波で隠すの!」
『……了解』
デスクの上に広げられているのは、戦術図面の絵でもない。
あの「描けない」苦しみの中で血を吐くような思いで書き殴ったメモだった。
絵が描けない。
線が引けない。
けれど、彼女の「対象を観察し、理解する」という芸術家としての本能は死んでいなかった。
描けない苛立ちをすべて「仲間を観察する執念」に変えて、絵名は5人の癖と動きを完全に頭の中で組み合わせる。
「金剛は中央で火力を集中的に叩き込んで! 鈴谷と満潮は右後方、交差するようにカバーし合いなさい!!」
『YES!提督の指示通りにぶちのめすデース!』
『はいよー、鈴谷お任せ〜』
『任されなくてもやってるわよ! 敵軽巡、撃
破!』
無駄のない完璧な連携。
教科書通りではない、5人の「生きた人間としての癖」を繋ぎ合わせた陣形が、暗闇の中で敵を次々と打ち砕いていく。
『敵艦隊、全滅!こちら艦隊被害なし!!』
大淀の叫びとともに、戦闘は終わった。
数時間後、無事に帰還した艦娘たち。
執務室で、出撃の汚れを拭った満潮が絵名の前に歩み寄ってきた。
その手に持っていたのは、この前の買い出しの時に見かけた小さな箱——発色の良い
「水彩絵の具セット」だった。
「はい、これ。遠征のときついでに拾った…ううん、買ってきたのよ」
「……え? これ……っ」
絵名は目を見開く。
「アンタさ...昨日、描けないって泣いてたんでしょ。加賀から聞いたわよ」
満潮はプイッと横を向いて、耳まで真っ赤にしながら言葉を紡ぐ。
「絵なんて、今すぐ描けなくたっていいじゃない。アンタが描けるようになるまで、私たちが何回でも出撃して、資材でも何でも拾ってきてあげるわよ。だから…そんな顔しないでよね」
「満潮……っ」
「……ふん! 勘違いしないでよね! アンタに泣かれると、調子が狂うからなんだから!」
鈴谷や金剛、川内も笑いながら絵名の周りに集まってくる。
「そうだよ提督ちゃん!焦んなくていーの!私たちのカッコいい姿、いつか描いてくれれば十分だからさ!」
絵名は手の中の絵の具セットをぎゅっと抱きしめた。
まだ手は震える。
まだ絵は描けない。
トラウマは消えていない。
(……でも)
「私ずっと怖かった。でも…みんなが居てくれるなら、私……焦らないで、もう一度自分と向き合ってみる」
涙を拭い、絵名はまっすぐな笑顔を浮かべた。
「ありがとう……みんな。私、絶対にいつか…みんなのこと、世界で一番綺麗に描いてみせるから」