大本営からの命令で急遽執務室に届いた一通の電言。
それは、近隣の「第一旗艦鎮守府」——大本営で設立された精鋭ばかりが集まる大型鎮守府との「演習」の通知だった。
「演習……? 私たちが、あの大型鎮守府と?」
絵名が呆然と通知書を見つめる横で、大淀が複雑な表情で眼鏡のフチを上げた。
「はい。あちらの提督は大本営のエリートで所有する艦娘の数も装備も桁違いです。大本営は、新米である貴女の指導力と、この鎮守府の価値を『テスト』するつもりでしょう」
演習当日。指定された海域に現れた相手チームの編成を見て、川内たちは息を飲んだ。
戦艦:大和(旗艦)
戦艦:長門
正規空母:赤城
正規空母:翔鶴
駆逐艦:雪風
駆逐艦:島風
圧倒的な威容を誇る大和型・長門型戦艦の重砲器。空母二隻の圧倒的な艦載機群。
そして屈指の戦績を誇るエリート駆逐艦二人。
文字通りの「最強の6隻」だった。
「あら……?相手はたったの5隻? しかも駆逐艦や軽巡が混ざった手荒な編成ね」
相手方のベテラン提督が、上から目線で絵名を見下ろしながら鼻で笑う。
「階級すらまともについていないような若い娘を提督にして、6隻目も揃えられないなんて、
大本営も酔狂ね。捨て駒の鎮守府とはいえ、
もう少しマシな演習相手を用意してほしかったわ」
「な……ッ! なんですって!?」
満潮が激昂して前に出ようとする。
「満潮、やめて」
絵名が静かに、けれど力強い声で満潮の制服の裾を掴んだ。
絵名は相手の提督をじっと見つめ返し毅然と言い放つ。
「階級なんて称号どうでもいいんです。それに…『たったの5隻』じゃない。この5人は私にとって完璧な艦隊です。馬鹿にしないでもらえます?」
「ふん…威勢だけは一人前ね。文字通り『兵器』の扱いも知らない素人がどこまで保つか、拝見させてもらうわ」
______________
『演習開始!!』
開始の合図とともに、相手の正規空母、赤城と翔鶴から一斉に艦載機が飛び立った。
空を埋め尽くすような爆撃機の群れ。
さらに大和と長門の巨砲が空を切り裂くような重低音を響かせる。
「くっ…なんという火力……!陣形を保てません」
加賀の弓から放たれた矢が空中の艦載機を射ち落とすものの、数の暴力にじりじりと押されていく。
相手の陣形は完璧だった。
大和と長門が中央で圧倒的な壁となり両脇を爆速の島風と幸運の雪風が固め、後方から空母陣が隙なくアウトレンジ攻撃を仕掛けてくる。
教科書通りの、一分の隙もない「6隻陣形」
(強い……圧倒的に…!普通に戦ったら一瞬で潰される……!)
絵名は冷や汗で全身を濡らしながら、胸を強く締め付けられた。
(・・・描けない図面も、相手の動きのスケッチも……やっぱり手が一筋も動かない……っ!)
頭の中をよぎるトラウマ。スケッチブックを開く恐怖。だが、絵名は震える拳を自分の胸に叩きつけた。
(絵が描けなくたって関係ない!私は……この
目がある!!相手がどんなに完璧でも、人間が動いている以上、絶対に『癖』と『歪み』はある!!)
絵名は瞳孔を開き、相手の6隻の動きを恐ろしい集中力で凝視した。
相手の完璧すぎる陣形の中に生じる、
ほんのわずかな違和感——。
「……見えた!!」
絵名は通信機を掴み、喉が切れるほどの声で叫んだ。
「加賀!相手の赤城は後方の翔鶴を気庇うように、弓を構えるタイミングを半歩遅らせてる! 翔鶴の左舷へ向けて牽制の矢を放ちなさい! 赤城の意識が絶対にそっちへ引っ張られる!」
『!....了解』
加賀の矢が翔鶴の至近に刺さった瞬間相手の赤城がわずかに動揺し、空へのカバーが一瞬途切れた。
「川内、今よ!島風のスピードに付き合わないで!彼女は旋回するとき、右足に重心をかけすぎる癖がある! 右の波に飛び込んで全速力で交差して!」
『よっしゃあ!見切ったよ超高速少女!!』
「満潮、鈴谷!大和と長門の砲撃間隔は正確すぎる!正確だからこそ、装填の3秒間のスキが完璧に予測できるわ! 交互に煙幕を張りながら、長門の左死角へ潜り込みなさい!」
『な……なんでそんな細かところまで分かっちゃうのよ!?』
『提督ちゃんマジでバケモノ!行くよ満潮!』
絵名の指示を受けた5人は、まるで相手の動きを「未来予知」しているかのような精密さで隙を突き始めた。
マニュアル通りの完璧な大和たちの陣形が、絵名の「人間観察による攻略」によって少しずつ確実に崩れていく。
「な、何なのあいつら!? 6隻目の空席を狙っているはずなのに、なんで攻撃が全部かわされるの!?」
相手のベテラン提督が青ざめて叫ぶ。
「・・・提督。あの少女……ただ者ではありません」
相手の旗艦・大和が、冷や汗を流しながら絵名見つめていた。
「彼女は…軍術書を読んでいるのではありません。私たち一人ひとりの『癖』と『生き方』を……あの恐ろしいまでの観察眼で『解剖』しているのです……!」