「うぅ...あっ、あのっ!
軽巡洋艦の阿武隈ですっ!ぜ、前線鎮守府から転属を命じられたんですけど、、、わっ、私、ドジで戦力になれるかどうか…うわわっ!?」
お辞儀をしたあと床に置いた荷物を慌てて拾おうとしてデスクの角に頭をぶつける阿武隈。
「だ、大丈夫!?怪我はない!?」
絵名は慌てて駆け寄り、阿武隈の手をとって立ち上がらせる。
「あ、ありがとう、ございます、提督さん……」
「東雲絵名よ。6隻も揃うなんて心強いよ。よろしくね、阿武隈ちゃん」
絵名は安心させるように柔らかく微笑む。
だが、後ろに控えていた加賀、満潮、川内、金剛、鈴谷の空気は凍りつくように冷たかった。
「提督。戦力補強の件、事前に大本営からの正式な電文は届いていたのですか?」
加賀が感情の削ぎ落とされた声で問う。
「え? あ、うん。『前回の演習結果に鑑み、編成の最適化のため一隻増員する』って大淀さん経由で……」
「……ちっ。大本営の奴ら、勝手なことばっかり」
満潮が不快そうに顔を背け、吐き捨てるように呟いた。
阿武隈は「ひっ...ご、ごめんなさい……っ」と体を小さく縮こまらせる。
「ちょっと、満潮!そんな言い方しないでよ。
阿武隈ちゃんが悪いわけじゃないでしょ?」
絵名が庇うように間に入ると、満潮は唇を噛み締め、怒りと悲しみが混ざった瞳で絵名を睨みつけた。
「何も知らないくせに。…アンタだって、あの席に座るのがどういうことか分かってないでしょ!」
満潮はそれだけ言うと、執務室を飛び出していった。
(……分かってるよ。分かってるつもりだった……)
一人になった廊下で、絵名は大本営から届いた配属書類をギュッと抱きしめる。
彼女たちの不器用な優しさは痛いほど伝わっていた。
5人が頑なに「6隻目」の話題を避け、阿武隈に対して過剰なまでに警戒し、刺々しい態度をとってしまう理由。
大淀から事前に聞いていたのだ。「前の6隻目」の艦娘に起きた惨劇を。
(みんな、怖いのよね・・・
阿武隈ちゃんが来たことであの時の傷が抉られてる。……それにもし私が演習で成果を挙げたことが大本営にバレたら、私も『前の6隻目』と同じように排除されるんじゃないかって……私を庇おうとしてくれてる)
でも、と絵名は胸の奥で拳を握りしめる。
(だからって、何も知らずに送り込まれてきた阿武隈ちゃんを仲間外れにするなんて、絶対間違ってる。…あのコだって怯えてるじゃない
私がちゃんとしなきゃ。5人のトラウマも、阿武隈ちゃんの居場所も、私が全部守る!)
夜十一時。鎮守府が静まり返った頃。
自室で阿武隈は昼間の面影を完全に消し去っていた。
無表情な手つきで暗号器を操作し大本営への打電を作成する。
「東雲絵名。軍術の素養なし。
しかし艦娘の特性を見抜く異常な観察眼あり。本日、未知の異世界端末を秘匿しているのを確認。また、旧6隻目の件により、既存5隻との間に感情的溝あり。潜入調査を継続する」
送信ボタンを押そうとした、その時。
トントン、とドアのノック音が響いた。
「阿武隈ちゃん?まだ起きてる? 温かいミルク持ってきたんだけど……」
絵名の声だ。
阿武隈は一瞬で目つきを変え、暗号器を素早くデスクの引き出しに隠すと前髪を乱して「ひゃいっ!?」と情けない声をあげた。
「はいっ!え、絵名提督!?す、すいません、私また何か失敗しちゃいましたかっ!?」
ドアを開けて入ってきた絵名は、トレイに乗せたマグカップを置き、呆れたようにでも温かく微笑む。
「失敗なんてしてないわよ。昼間は、満潮たちがごめんね。あの子たち、悪気があるわけじゃないの。ちょっと……色々あってね...」
絵名は阿武隈の前にかがみ込み、目線を合わせる。
「でも安心して。私が提督である限りあなたを
道具みたいに扱ったり、理不尽にどこかへ追いやったり絶対にさせないから。私を信じて」
「……絵名……提督……」
絵名の真っ直ぐで純粋な瞳。
阿武隈は一瞬、完璧に作り上げた仮面が揺らぎ、言葉を詰まらせる。
大本営の冷酷な指令。
5人の痛切な視線と警戒。
そして、目の前で自分を必死に守ろうとする、一般人の小さな少女。
(……この人は、一体……なんなの……?)
フル編成となった鎮守府の夜は、静かに、しかし激しく動き始めていた。