鎮守府の資料室にえなと大淀は居た。
「絵名さん。あなたがなぜ、あの子たちにここまで警戒されているのか……その理由をお話しします」
暗い資料室で、大淀が静かに語り出す。
「かつてこの鎮守府には、今のあなたのように優秀な『旗艦』がいました。彼女は戦況を瞬時に判断し、仲間を救うための戦術を自ら組み立てて見事に戦い抜いていた…ですが、前の提督はそれが面白くなかったのです」
「……え?」
「『自分より優秀な兵器など不要だ。指示に従わない危険な個体だ』と前提督は大本営へ偽りの報告を上げました。そして大本営はそれを承認した。作戦中、彼女が大破しているにもかかわらず撤退を許可せず、進撃を命じたのです
公的な『轟沈』という名の、事実上の処刑でした」
絵名は言葉を失い、息をのむ。
「だから、加賀さんたちは恐れているのです
あなたが素晴らしい戦術を見せれば見せるほど、大本営に目をつけられ、あの『6隻目』と同じ目にあわされるのではないかと」
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大淀の足音が遠ざかり、部屋には重い静寂だけが残った。
前提督の嫉妬、歪んだ報告、そして大破進撃という名の処刑——。
聞かされた事実の恐ろしさに、絵名の指先は冷たく震えていた。
(最低だ……。自分のプライドのために仲間を殺すなんて、人間として絶対に許されない)
湧き上がる激しい怒り。
……けれど、その怒りのすぐ後ろから
ぬめりとした冷たい罪悪感が胸を締め付けてくる。
(……でも)
頭をよぎるのは自分を突き放した父親の背中。
そして、圧倒的な才能を持ちながら、どこか壊れそうな目でを向けているまふゆの顔。
(分かっちゃうのよ。自分がどれだけ努力しても届かない才能が目の前に現れた時、自分の存在価値が揺らいで、その才能を消してしまいたくなるような......あの醜い嫉妬が)
自分だって「描けない苦しみ」の極限にいた時、才能を持つ者たちを妬み、恨めしく思ったことが何度のあったことか。
前提督のしたことは最悪だ。
だけど、その根底にある「才能への恐怖と嫉妬」は自分の中にも確かに存在していた。
(私…あの最低な前提督と、根っこの部分は同じだったんじゃないの……?)
自分の内側にある醜さに気づいて怖くなり、抱え込んだ膝に顔をうずめる。
(……ううん、違う)
絵名は顔を上げた。
(私は知ってるじゃない。まふゆだって完璧に見える才能の裏で息もできないくらい苦しんでた。父親だって苦しみながら、何かを削りながら描いてた。
......天才だからって、苦しくないわけがない。むしろ、誰にも理解されない深い孤独の中にいるんだってことを、私は一番近くで見てきたじゃない……!)
あの前提督は才能の表面だけを見て嫉妬し
その陰で彼女がどれだけの重圧に耐えて戦術を考え、仲間を守ろうとしていたかという苦悩を、何ひとつ見ようとしなかった。
(私は絶対にそんな奴と同じにはならない)
絵名は立ち上がり、拳を強く握りしめる。
(才能があるからって無敵じゃない。天才たちだって傷つくし怖がる、血の通った人間なんだから。
…だったら私がやるべきことは嫉妬することでも、恐れることでもない。
あの子たちの強さも苦悩も全部逃げずに受け止めて……今度こそ、私が守り抜く)
暗闇の中で、絵名の瞳に力強い光が宿る。