大本営から届いた一通の電波は冷ややかな紙片となって執務室の机に叩きつけられた。
『指定海域への即時出撃、および深海棲艦拠点の撃滅を命ず』
提示された座標は、以前から「絶対防衛線」として封鎖されていた死地だった。過剰なまでの敵戦力がひしめき補給線すら途切れる孤立海域。経験の浅い指揮官と6隻の艦娘だけで攻略するなど自殺行為以外の何物でもない。
「……ハッ、わかりやすすぎるのよ」
満潮が噛みつかんばかりの勢いで吐き捨てる。
「完全に私たちを処理しに来てるわね。大本営のクソ連中……!」
阿武隈は蒼白な顔のまま、息を呑んで立ち尽くしていた。
自分が送った「異常なし」という報告書。
大本営はその報告を額面通りに受け取るどころか最初から阿武隈の報告など期待せず、この鎮守府ごと「不確定要素」を海に沈める裁定を下したのだ。
(私が…生半可な迷いを見せたから?)
阿武隈の胸を激しい後悔と罪悪感が苛む。
しかし——デスクの端で膝を激しく震わせていた絵名が、ゆっくりと立ち上がった。
呼吸を必死に整えながら、絵名は机の上に溜め込まれていたすべての「資材申請書」と「開発資材」の束を握りしめる。
「……逃げない」
「提督……?」
鈴谷が目を見開く。絵名の瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの青く静かな執念が宿っていた。
「大本営が何を考えてようが関係ない。あいつらが私たちを捨て駒だと思ってるなら...その汚い鼻を明かしてやる。
誰も死なせない。誰一人として…この海に置いていったりしない」
絵名は震える指先で、工廠の稼働レバーを強く引き下ろした。
「...…加賀、金剛、鈴谷、川内、満潮
あなたたちの艤装を、いま持てるすべての技術で『改』へと強化する」
「なっ……正気ですか提督!?」
阿武隈が思わず叫ぶ。
「一気に5隻の改造なんて、どれほどの負担がかかるか!大本営の許可だって——」「許可なんて知らない!」
絵名は阿武隈の言葉を真っ向から遮った。
絵描きとして自分の作品を、自分の大切なものを土足で踏みにじられることだけは絶対に許せない。
幾度となく壁にぶつかり、血を吐く思いでキャンバスに叫んできた絵名だからこそ...
「大本営の顔色なんて伺うために、私はここにいるんじゃない!あなたたちの命を守るためなら、ルールも権限も全部破ってやるわよ!!」
その叫びは、静かな執務室に強く、重く響き渡った。
満潮が不敵に唇を歪める。
「言ってくれるわね。……いいわよ、乗ってあげる」
「...フッ、いい顔をするようになりましたね...
提督」
加賀もまた穏やかだが揺るぎない眼差しで絵名を見つめ、静かに頭を下げた。
「提督の覚悟受け取りました。参りましょう」
工廠の扉が開き、奔流のような青い光が溢れ出す。
重厚な機械音が響き渡る中、艤装が解体され
より強固で美しい装甲と高火力の主砲へと再構築されていく。
それは単なる兵器のアップグレードではなかった。
「いつ捨てられるか分からない」という恐怖に怯えていた艦娘たちが、なりふり構わず自分たちの命に固執してくれる少女のために、自らの意思で「力」を纏う儀式だった。
光の中から、一歩を踏み出す5隻______
装甲の重厚さを増し弓を力強く引き絞る加賀。
洗練された金色と威容を纏う金剛。
より軽やかに、けれど鋭い刃のような存在感を放つ鈴谷と川内。
ツンとした顔の裏に強い誇りを秘めた満潮。
5隻の「改」としての覚悟の姿がそこにあった。
「…...すごい」
阿武隈は言葉を失っていた。
大本営で見てきた改造はどれも効率と数値を追求した機械的な作業に過ぎなかった。
いま目の前にある光景は違う。互いの信頼と執念が引き寄せた進化だった。
「阿武隈さん」
絵名が阿武隈に向き直る。
「阿武隈さんは『改』の先輩でしょ?頼りにしてるね」
その不器用で真っ直ぐな言葉に阿武隈の胸の奥で「パリン」と何かが割れる音がした。
大本営のスパイという仮面が、完全に粉々に砕け散った瞬間だった。
(……ああ、そうか)
阿武隈はそっと拳を握り締める。
(私は最初から...この人に救われてたんだ)
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大本営直属、査察部隊特命艦。
「阿武隈からの定期連絡が途絶えましたね」
黒い軍服を模した特殊な艤装を纏ったその艦娘は、冷徹な瞳で遠く鎮守府の方角を見つめていた。
「あの落ちこぼれ鎮守府も、阿武隈もまとめて『処分』の対象とします」