「…はぁ。また大本営は新たな提督を寄越したのね」
静まり返った鎮守府の一角、夜の娯楽室。
重い沈黙を破ったのは、腕を組み、冷ややかな瞳で窓の外を見つめる加賀の声だった。
「見た、あれ?軍服に着せられてる感、丸出しじゃん。笑わせないでほしいわね」
満潮が苛立ちを隠そうともせず、乱暴に椅子を引いて腰を下ろす。その言葉の棘の裏には、隠しきれない怯えと激しい拒絶が透けて見えていた。
「まーまー、満潮。そう尖らなさんナ。
あんな若いGirlがこんな最前線に送られてくるなんて、彼女も被害者かもしれないデショ?」
金剛がいつもの賑やかなトーンを極力抑え静かに紅茶のカップを傾ける
だが、その瞳にいつもの陽気な輝きはない
深海のように暗い諦念が宿っていた。
「……被害者だろうが何だろうが関係ないわ。どうせあの女だって、自分の保身のために私たちを道具みたいに使い潰すのよ。前の……あの男みたいに!」
満潮の叫びが、部屋の空気をいっそう冷たく凍りつかせる。
道具。
兵器。
使い捨ての駒。
前提督がこの鎮守府に残していった爪痕は、あまりにも深かった。
無謀な作戦、整備もされないままの出撃、そして――大破したままの進撃命令。
誰も、言葉にしなかった。
だが、全員の頭の中に、ひとつの光景が嫌でも浮かんでいた。
ここにいた「6隻目」の存在。
目の前で海へと沈んでいった、かけがえのない仲間の姿。
「...6隻編成で出撃することなんて、もう二度とないんだから」
鈴谷が爪をいじりながら、ボソリと呟く
いつもなら軽快なおしゃれの話題を振りまく彼女も、今夜ばかりは笑みが完全に消えていた。
「あーあ、嫌になっちゃうね。期待なんてするだけ損、損。あの子が勝手に潰れるまで、適当に合わせておけばいいんじゃない?」
上の方で声が聞こえる忍者みたいに張り付いてる川内の声だ。
「……ええ。過度な接触は不要よ。どうせすぐに居なくなるか、私たちを殺しにかかるか…どちらかだけなのだから」
加賀が冷たく言い放ち、立ち上がる。
新しい提督、東雲絵名。
彼女がどれほど威勢のいい言葉を吐こうとも、艦娘たちの心は凍りついたままだった。
大本営への不信と、過去のトラウマという分厚い氷の壁が、絵名と彼女たちの間に立ちふさがっている。
全員が諦めと警戒を胸に、自室へと戻っていった。
漏れでたドアからの光、部屋からかすかに聞こえてくるのは、規則正しいペンの走る音と、何か分厚い本をめくる音、そして――
「……っ」
小さく漏れた、少女の泣き言のような声にもならない吐息だった。
「……ふん」
加賀は足をとめることなく、一瞬だけ執務室の扉に視線を向けると、そのまま暗闇の中へと消えていった。
どうせいつまで保つかもわからない仮初めの灯火。誰もがそう思いながら、暗い夜の底へと沈んでいく。
この不器用な少女が、どれほど必死に足掻こうとしているのかを、まだ誰も知らないまま。