——これは、過酷な激戦や数々の試練を乗り越えた先にある、とある穏やかな一日の記録。
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午前六時。
朝靄に包まれた鎮守府に、澄んだ鳥のさえずりが響く。
自室で目を覚ました加賀は寸分の狂いもない動作で身なりを整えると、弓と艤装の手入れを終えて廊下へ出た。
食堂からは金剛の陽気な声と、それにツンツンと毒を吐きながらも朝食の準備を手伝う満潮のやり取りが聞こえてくる。
廊下の向こうでは川内が鈴谷を連れだしてトレーニング行くよー!と騒ぎながら走り抜けていった。
そして中庭では阿武隈が他の艦娘たちと柔らかい笑顔で談笑している。
(……良い朝だわ)
かつては「兵器」として戦うことしか知らなかった自分たちに、この温かい日常をもたらしてくれたのは、たった一人の不器用な少女だった。
加賀は静かな足取りで執務室の前へ立ち
ノックをしてドアを開ける。
「提督。朝ですよ」
かつては「提督として気を張らなければ」と、朝早くからびしっと服を着込んで机に向かっていた絵名だったが——
いまの執務室の光景は少し違っていた。
「んぅ……あと五分……」
机に突っ伏し、パジャマ姿のままボサボサの髪で爆睡している絵名がいた。
自分を「指揮官」として取り繕うことをやめ、艦娘たちにようやく、素の自分を見せられるようになった証拠だった。
加賀は呆れたように小さく息を吐くと、そっと自身の羽織を絵名の肩にかけてやる。
「まったく昨夜も遅くまで絵を描いていたのね」
「……ううん、...」
むにゃむにゃと絵名は加賀の服の袖をぎゅっと掴んで再び目を閉じてしまう。
その甘えるような無防備な姿に加賀の唇の端がほんのわずかに緩んだ。
昼過ぎ。
仕事を片付けた執務室には窓からあたたかな
陽光が差し込んでいた。
「ねえ、加賀。ちょっとそのまま動かないで!」
デスクの向こうで、絵名が目を輝かせながらスケッチブックと鉛筆を握りしめている。
かつての絵名は、絵に対する深い苦悩とトラウマからペンを握ることすら怖がり、
簡単なクロッキーすら満足に描けずにいた。
けれど、命がけで自分を守ってくれた艦娘たちの「生きている証」を残したいという強い衝動が、彼女の止まっていた時間を動かしたのだ。
「…こうですか?」
加賀が姿勢を正すと、絵名は「ううん、もっと自然でいいの。いつもみんなを見守ってくれてる顔!」と言いながら夢中で筆を走らせている
「絵を描いているときのあなたは、本当に良い顔をしますね」
「えっ……? なっ、なに急に言ってるのよっ!」
加賀の言葉に、絵名は顔を真っ赤にしてスケッチブックで顔を隠した。
照れ隠しにツンとする姿は、歳相応の可愛い女の子そのものだった。
夜。
執務室の灯りを落とし、二人は静かな廊下を歩いていた。
「今日もありがとう、加賀。
加賀が秘書官で、私本当によかった」
自室の前で立ち止まった絵名が柔らかく満ち足りた笑顔で加賀を見上げる。
「おやすみなさい、提督」
「うん、おやすみ加賀」
そう言って部屋に入っていく絵名の背中を見送り、加賀もまた自室へと戻った。
月明かりが差し込む部屋で加賀は静かに海を見つめる。
この平穏を守りたい____
あの子の描く未来を、絶対に途絶えさせたくない。心からそう思える一日だった。
(……この穏やかな時間が、どうかずっと続きますように)
加賀は祈るように胸に手を当て、静かに目を閉じた。