胸に刺した薄桃色のかんざしが、歩くたびに微かに揺れていた
提督が自分のお給料で選んでくれた___
私だけの特別な宝物。
その優しさに触れれば触れるほど、私の手元にある一通の「定期報告書」が氷のように冷たく重く感じられた。
(これを大本営に提出すれば、私は務めを果たせる。でも……)
その時だった____
鎮守府の海域に、見たこともない重厚な軍艦の響きが轟いたのは。
黒塗りの巨大な戦艦から降り立ってきたのは
大本営から派遣された「査定監察官」
_________そして、
その護衛として随行してきた艦娘たちだった
「報告通りだな。ろくな装備も整えず新米の小娘が遊び半分で指揮を執っているとは」
高圧的な冷たい声が、響き渡る。
監察官の男は、足蹴にするように叩いた。
「東雲提督。貴女の指揮能力、および本鎮守府の存在価値は『不可』と判定された。
本日をもって貴女の指揮権を剥奪し、この鎮守府の艦娘たちは解体・再配置とする」
「な……解体!?そんなの勝手すぎるわよ!」
満潮が怒りで拳を握りしめ、川内も鋭い眼光で監察官を睨みつける。
けれど、監察官は嘲笑うように一枚の書類を突きつけた。
「勝手? ハッ、何を勘違いしている。この査定は、貴様らの内部から送られていた『正確な報告書』に基づいたものだ」
——内部の報告書。
その言葉に、執務室の空気が氷結した。
「誰よりも正確に、この少女の無能さと鎮守府の欠陥を記録してくれた優秀なスパイがいてね。……なぁ、阿武隈」
「……っ!?」
監察官の視線が、私に向けられる。
加賀さんの、みなさんのそして——
東雲提督の視線が一斉に私に集まった。
「阿武隈……? アンタ、まさか……」
満潮の声が震えている。
監察官は懐から封筒を取り出し、ひらひらと揺らした。
「彼女は最初から、大本営が貴様らを監視するために送り込んだスパイだ。
この少女がどれだけ素人で、戦力を浪費しているか、全て大本営に筒抜けだったのだよ」
_________
頭の中が、真っ白になった。
阿武隈さんが...スパイ……?
大本営に、私たちのことを報告していた……?
(うそ・・・だって、あの時……秘密を打ち明けた時にあんなに優しく首を振ってくれたのに……)
「阿武隈、よくやった。これで任務完了だ。
そっちの小娘たちから離れ、こちらへ来なさい」
監察官の声に促され、阿武隈さんがゆっくりと足を踏み出した。
下を向き、表情は見えない。
髪には昨日私が渡したばかりの、あの薄桃色のかんざしが刺さったままだ。
加賀たちの間に、絶望と不信感が広がっていくのが分かった。
___居場所が壊れていく。
私が恐れていた「秘密と裏切り」が、
一番最悪な形で目の前に突きつけられている。
阿武隈は監察官の前に立つと、静かに頭を下げた。
「……報告書を、お納めください」
「ふん、手際が良いな。これでこの素人提督も終わりに——」
パシッ!!
澄んだ音が、室内に響いた。
阿武隈が差し出したのは報告書ではなく——大本営から与えられていたスパイの証である報告書を自ら地面に叩きつけた音だった。
「な……何をしている、阿武隈!?」
監察官が怒声を上げる中、阿武隈はゆっくりと顔を上げた。
その目には、迷いなどひとかけらもなかった。
「……大本営に報告いたします」
阿武隈さんは凛とした声で、監察官の目をまっすぐに見据えた。
「東雲提督は……軍術書で人を測るような、あなた方とは違います。
私たち一人ひとりの痛みに寄り添い、傷つきながらも命懸けで私たちを導いてくださる
……世界でたった一人の、最高の提督です!」
「気でも狂ったか!兵器の分際で大本営に盾突く気か!?」
「兵器ではありません!!」
阿武隈さんの叫びが、部屋全体を震わせた。
彼女は自分の髪に刺さったかんざしをそっと撫で、私の前へと立ちはだかった。
「私たちは1人の人間として、この人に名前を
居場所を、愛をもらったのです!この人を傷つける者は……大本営であれ、私が許しません!」
「阿武隈さん……っ!」
私の目から、溢れ出しそうなほどの涙が零れ落ちた。
阿武隈さんはスパイだった。
私を騙していたかもしれない。
けれど——彼女が今、自分の全てを捨てて私を守ろうとしてくれているその姿は紛れもない本物だった。
「…ふん、全員まとめて処分だな。
構わん、護衛艦隊この反乱分子どもを——」
監察官が合図を出そうとした瞬間、加賀が静かに弓を構え、川内が金剛が鈴谷が満潮が阿武隈の隣に並び立った。
「言わせておけば、好き勝手言ってくれるじゃない」
満潮が照れくさそうに吐き捨てる。
「アンタがスパイだったのはムカつくけど……提督をそこまで言われたら、黙ってられないわよ!」