東雲の海に、君は筆を執る   作:とばりん

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35話 覚醒

 

 

黒い煙が、夕暮れの鎮守府を包み込んでいた。

 

 

大本営から派遣された査定監察官率いる直属艦隊の主砲が、静かな入江を威嚇するように睨みつけている。

 

 

重巡洋艦の甲板から、監察官の高圧的な声が拡声器越しに響いた。

 

「反逆者どもに通告する!査定の結果、東雲提督の指揮能力は皆無と判定された。

本鎮守府は本日をもって解体、艦娘は接収および解体処分とする。……抵抗する者は、この場で撃沈する!」

 

 

 

「ふざけないでよ……っ!」

 

 

 

防波堤の上に立ち、指揮棒を強く握りしめる絵名の肩が激しく震えていた。

 

絵名を庇うように陣を構える加賀、川内、満潮、鈴谷、金剛の姿がある。

 

「誰が……誰が解体なんかさせるもんですか!

私が……私たちがどれだけ必死にここを守ってきたと思ってるの!?」

 

 

 

「提督、下がってください!」

 

 

 

加賀が冷静さを保ちながらも、鋭い眼光で前方を睨みつける。

「相手は大本営直属の最新鋭部隊です。正面から撃ち合えば、こちらの損害は免れません」

 

「でも、退く場所なんて最初から無いでしょ!

街の人たちもこの鎮守府も……みんなを守るために、私はここに居るんだから!!」

 

 

絵名の叫びに、川内が不敵に口元を歪めた。

 

 

「ハッ、言ってくれるじゃん提督!夜戦じゃなくても燃えてきたよ!」

 

 

「まったく、生意気な新米提督のくせに……」満潮がフンと鼻を鳴らしつつ、主砲の狙いを定める。「……でも、あんたのそういうバカなところ、キライじゃないわ!」

 

 

 

 

 

 

「全艦、打ち方始めーーッ!!」

 

 

 

絵名の甲高い指揮の声とともに、鎮守府の海戦の口火が切られた。

 

加賀の飛行甲板から飛び立った艦載機が空を裂き、川内と鈴谷が水上を滑るように疾走して敵の陣形を乱す。

満潮と金剛が正確な砲撃で敵軽巡の足を止める。

 

 

不器用で、寄せ集めだったはずの鎮守府。

だが今の彼女たちには、絵名が一人ひとりと向き合い、積み重ねてきた確かな「絆」があった。

 

 

 

予想以上の頑強な抵抗に、査定監察官の顔が歪む。

「チッ、素人の小娘一人のために……!なぜこれほどの連携ができる!?」

 

 

監察官は冷酷な目で防波堤の上の絵名を見据えた。

 

 

世界から落ちてきた、戸籍も何もない一人の少女。

だが、彼女の放つ異質な存在感——

 

 

どれだけ見下され・・・

どれだけ傷つけられても・・・

諦めない圧倒的な「情熱」が、艦娘たちの戦意を束ねる芯になっている。

 

 

 

 

 

「なるほどな。あの小娘が要か」

 

 

 

 

監察官は傍らの重巡に冷酷な指示を出した。

「艦娘相手に付き合う必要はない。

____狙いをあの提督に絞れ。頭を潰せばこの部隊は崩壊する。」

 

 

 

 

巨大な主砲の砲身が、重々しい金属音を立てて旋回した。

 

真っ直ぐに狙いを定められたのは

指揮台の上で命を削るように声を張る絵名だった。

 

 

 

「なっ……提督!? 避けてーーーッ」

 

 

加賀の悲痛な叫びが響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、人間である絵名の足では艦砲の照準から逃げ切れるはずもなかった。

 

ドドドンッ!!

 

爆音とともに放たれた大口径の砲射。空を割る火炎の塊が、絵名の頭上へ一直線に叩きつけられる。

 

 

 

「死なせ……ない……ッ!!」

旋風のように割り込んできた影があった。

ズガァァァァンッッ!!!!

激しい爆風と炎が防波堤を包み込み、視界が真っ白に染まる。

瓦礫と煙が充満する中、絵名は強烈な衝撃で地面に叩きつけられていた。

 

 

「くっ……痛……っ……」

 

 

激しく咳き込みながら顔を上げた絵名の目に飛び込んできたのは、あまりにも残酷な光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……阿武隈………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

絵名の目の前に転がっていたのは、木っ端微塵に砕け散った艤装と、血と黒煙に塗れた阿武隈の姿だった。

直撃の直前、阿武隈は己の体を盾にして絵名を完全に抱きかかえ、砲弾の威力をすべてその身で受け止めたのだ。

 

 

「阿武隈さん!阿武隈!!」

 

絵名は半狂乱で阿武隈に駆け寄り、その体を抱き起した。

阿武隈の意識は遠のき、体からは力なくオイルと炎の残り香が立ち上っている。

髪には昨日絵名が渡したばかりの、あの薄桃色のかんざしが、黒く焦げながらも辛うじて留まっていた。

 

 

 

 

「ははは!無様だな!スパイの分際で提督を庇って果てるか!」

監察官の嘲笑が海に響く

 

 

「終わりだ。自分の無力さを思い知りながら、そのスパイと一緒に吹き飛ぶがいい!」

 

 

 

 

 

「……なんで……」

 

 

絵名の膝の上に、ボロボロになった阿武隈の顔がある。

 

阿武隈は、途切れ途切れの意識の中で、

震える指先で絵名の服の裾をキュッと掴んだ。

 

 

「……て……提督……」

「喋っちゃダメ!今、すぐ救護班を、入渠をっ!」

 

「……ごめん…なさい……。私……大本営のスパイで……提督を……騙して……っ」

 

 

 

ぽろぽろと涙をこぼす阿武隈の横顔に、絵名は首を激しく横に振った。

 

「そんなの、どうでもいい!どうだって...誰が

スパイだって関係ない!」

 

 

 

絵名の涙が、阿武隈の頬に落ちる。

 

 

 

 

「あんたが私に親切にしてくれたのも、昨日あんなに嬉しそうに泣いてくれたのも…全部嘘だったの!? 違うでしょ!? 阿武隈は優しくて

暖かくて、本当は誰よりも強くて、わたしの...私の大切な艦娘なんだから!!」

 

 

 

「提督...」

 

「私は絵しか描けない・・

今は絵も描けなくなった!

戦闘も代わってあげられない!!

 

...だけどっ!!」

 

 

 

 

絵名の胸の奥で、カチリと何かが鳴った。

 

それは、彼女があっちの世界でずっと探し続けていたもの。

 

 

 

 

 

人に見下され、、

 

自分の才能の無さに絶望し、、、

 

 

 

それでも_______

 

「描きたい」「表現したい」

諦めなかった。

這いずるような圧倒的な『情熱(想い)』。

 

 

 

 

 

 

 

「私の……想いを…見くびらないでよっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

絵名の慟哭とともに彼女の胸元から、そして阿武隈の髪に刺さった『薄桃色のかんざし』から、目も眩むような桜色の光が溢れ出した!

 

 

 

 

ゴオオォォォォン……!

 

 

 

 

 

 

 

「な…なんだこの光は!? 空間の数値が崩壊している!?」

 

 

監察官の乗る艦の測定器が狂ったように警告音を鳴らし始める。

絵名の放つ「想い」のエネルギーが、

鎮守府の資材庫に残っていた極少量の最新資材と共鳴。

 

 

 

 

「改造ドックが必要」「レベルが足りない」という世界の既存のシステムを、絵名の持つ「想いが形を成す」との理が力ずくで書き換えていく

 

 

 

 

 

光の中で、絵名の頭の中に「デザイン」が浮かんでいた。

絵描きとしての彼女の視線が捉えた、阿武隈という少女の本当の美しさ。

 

守られるだけの存在ではない。

水雷戦隊の先頭に立ち、仲間を引っ張っていく真の旗艦としての凛々しい姿。

 

 

 

 

『阿武隈は……誰よりも綺麗で、強いんだから……っ!』

 

 

 

 

 

桜色の光が弾け飛ぶ。

煙が晴れたそこに立っていたのは——

黒く焦げた制服は一新され、胸元には絵名の渡したかんざしと同じ薄桃色のアクセント。

 

 

 

そして、その手には最新鋭の「甲標的」と、圧倒的な威容を誇る新たな艤装を纏った姿

 

 

 

 

 

 

 

 

——阿武隈改二。

 

 

 

 

 

 

 

「な……なんだその姿は!?改造ドックも通さずに、そんなバカなことがあってたまるか!!」

監察官が悲鳴のような声を上げる。

 

 

 

 

阿武隈は、静かに自分の両手を見つめた。

 

全身に満ち溢れるこれまでとは比べものにならない圧倒的な力。

それは大本営から与えられた兵器の力ではなく、絵名の「想い」と「愛」によって解き放たれた自分自身の本当の強さだった。

 

 

 

 

 

 

阿武隈はゆっくりと振り向き、後ろでへたり込んでいる絵名に向かってどこまでも優しく

そして誇らしく微笑んだ。

 

 

「提督。私に『愛』を教えてくれて、ありがとうございます」

 

 

阿武隈が前を向く。その瞳にはもう迷いも葛藤も微塵もなかった。

 

 

 

「水雷戦隊旗艦、阿武隈!

これより、私たちの『大切な居場所』を踏みにじる愚か者に、お仕置きを開始します!」

 

 

 

 

 

 

「全艦、阿武隈に続けーーー!」

 

 

絵名の叫びとともに、反撃の火蓋が落とされた。

 

 

改二となった阿武隈の動きはもはや敵の目の追いつくレベルではなかった。

圧倒的なスピードで水上を滑り、先制の「甲標的」から放たれた魚雷が、敵査定艦隊の前衛を瞬く間に水柱へと変えていく。

 

 

「提督、指示を!」

 

「左翼の重巡の足元を狙って!川内と満潮は右から挟み撃ち!」

「了解!!」

 

絵名の的確な指示と覚醒した阿武隈の圧倒的な戦闘力が噛み合い、大本営直属の最新鋭艦隊はみるみるうちに追い詰められていく。

 

 

 

 

最後は、阿武隈の一撃だった。

 

 

 

 

 

 

「これで……終わりです!!」

 

 

 

 

 

 

華麗な旋回から放たれた決定打の魚雷が、監察官の乗る旗艦の機関部に直撃。

大爆発とともに監察官の艦は航行不能に陥り、黒煙を上げて傾いていく。

 

 

「ひ、ひぃぃっ!撤退だ!撤退しろぉぉっ!!」

 

 

命からがら逃げ出していく査定艦隊の背中を

誰も追わなかった。

 

静けさが取り戻された入江に、夕焼けの赤い光が差し込んでいく。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……勝った……?」

 

 

絵名はその場にヘタヘタと座り込んだ。

緊張が切れ、全身の力が抜けていく

靴音が近づいてくる。

 

見上げるとそこには新品の艤装を眩しく輝かせた阿武隈が立っていた。

阿武隈は静かに絵名の前に跪くと絵名の手を優しく包み込んだ。

 

 

 

 

「...はい。私たちの勝ちです、絵名提督」

 

阿武隈の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

今度の涙は、罪悪感の涙ではなかった。

 

 

 

 

「私……大本営の指示だからって、自分を殺してずっと自分のことが嫌いでした。

でも、提督が私を見つけてくれた・・・

私に、、こんな綺麗な色をくれた……」

 

 

 

阿武隈は髪に刺さったかんざしに愛おしそうに触れた。

 

 

「私、一生あなたについていきます。

あなたが私の…たった一人の、大好きな提督です!」

 

 

 

 

 

 

 

「……バカ。大げさなんだから……」

 

 

 

 

 

絵名は照れくさそうに顔を背けたが、その瞳からはボロボロと温かい涙が溢れていた。

 

集まってきた加賀に金剛、鈴谷、川内、満潮が呆れながらも温かい笑顔で二人を囲む。

 

 

「まったく……スパイのくせに、一番おいしいところ持っていかないでよね」

満潮が口を尖らせる。

 

 

 

「フフ、でもこれで、誰も文句は言えなくなりましたね」

 

加賀が静かに微笑む。

 

 

 

 

 

絵名は涙を袖でゴシゴシと拭い、夕焼けの海を見つめた。

 

 




プロセカの世界において、強い「想い」は「セカイ」を生み出す。
人の姿や心、形すらも変える力を持つ。

その絶対的な法則が、今、艦これの世界の理(ことわり)と衝突し、強烈な干渉を引き起こし始めていた。
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