大本営からの初出撃命令は、唐突であまるに理不尽なものだった
着任早々ろくな引き継ぎも訓練もないまま出された命令。大本営の使者は冷酷に言い放った。
私は徹夜で頭に叩き込んだ戦術書の知識を必死に思い出しながら、執務室で指示を出していた。
基本編成は6隻。
戦力としては大淀を含めてちょうど6隻いる。大淀は軽巡洋艦だから、彼女が旗艦か護衛に入って——。
「では提督、出撃隊の準備が整いましたので見送りへ参りましょう」
デスクの書類を綺麗に整え、大淀が静かに一礼した。
その言葉に、私は思わず首をかしげる。
「え? 見送りって、大淀は出撃しないの? あなたも軽巡洋艦でしょ? 6隻で編成しないと戦力が——」
「私は司令部要員としてここに残ります。
出撃するのは、加賀、金剛、鈴谷、川内、満潮の『5隻』です」
大淀の眼鏡の奥の瞳が、ふっと冷たく濁った。
「提督、大本営からお聞きになっていませんか? 姿形は人に似ていても、私たちは兵器です。
それに、今のこの鎮守府には海に出せる艦娘は5隻しかおりません」
「え……」
出撃前の埠頭。冷たい海風が吹き抜ける場所で、私は言葉を失った。
徹夜で勉強した陣形も、6隻いることを前提とした基本戦術も、全部意味をなさない。
目の前では、私よりも背が低く小さな少女——満潮が、巨大で重々しい砲身を背負い、私と目を合わせることすら拒んで立ち去っていく。
話しかけることすら許されない空気の中、金剛が静かに近づいてきた。
「Hey、提督。そんな顔をしないでネ」
いつもの陽気さを少し潜めた金剛が、自らの肩に鎮座する巨大な鉄の塊をぽんぽんと叩く。
「驚くのも無理はないネ。私たちは人間と同じように喋り、喜怒哀楽もあるけど戦場に立つ時は、この鉄を背負う『兵器』なのデス。あなたたちの世界とは、生きている領分が違うのヨ」
「でも…5隻じゃ……!」
「見送ってくれれば、それで十分ネ」
金剛は寂しげな、けれど覚悟の決まった笑みを残し海へと向かった。
次の瞬間——ザザァ……ッ!と大きな水飛沫が上がった。
彼女たちは重い鉄を背負ったまま、人間にはあり得ない速度で波を切り裂き、海の上を滑るように進んでいく
冷たい海風に髪をなびかせ、水平線を目指すその背中は、あまりにも圧倒的でそして—恐ろしかった。
さっきまで同じ足場にいたはずの少女たちが、一瞬にして「人間とはかけ離れた、未知の戦力」へと変貌を遂げている。
大本営が言っていた『彼女たちは兵器だ』という言葉。
そして、勉強したはずの知識すら通用しない
この鎮守府のいびつな現状
__私と同じ人間じゃない。私には到底理解できない、過酷な宿命を背負った存在。
足がすくむ、
手が震える、
あんな圧倒的な異形たちを、たった5隻で素人の私が指揮しなければいけないの?
水平線の彼方へ消えていく小さな影を見送りながら、私は恐れと無力感に苛まれ、ただただ呆然と立ち尽くしていた。