ザザァ……と静かに波を切る音が響く
鎮守府から離れた海域を進みながら、艦娘たちの間にはどこか冷めた雰囲気が漂っていた。
「ハァ、なんなのよ一体!あんな子供みたいな女の子が新しい提督だなんて!」
前を行く満潮が、うんざりしたように吐き捨てる。
「大本営も本気でこの鎮守府を潰す気かしらね。あんな素人に指揮が務まるわけないでしょ。…どうせ私たちのことなんて、何とも思ってないのよ」
「…満潮、私語が過ぎます」
旗艦を務める加賀が静かに咎めるが、その声にもいつものような力強さはない。
川内も苦笑いを浮かべながら、後頭部で手を組んだ。
「まあまあ。でもさ、あの提督、顔真っ青にしてアタシたちのこと見てたよね。完全にビビってたじゃん」
「ネーポン(日本)の言葉で言う『お飾り』デスね。期待するだけ無駄というものヨ」
金剛も諦めを孕んだ溜め息をつく。
彼女たちはまだ「改二」としての真の力を開花させていない。艤装も型遅れで、装備も不十分。自分たちが使い捨ての駒に過ぎないことを、誰よりも理解していた。
その時——無線の向こうから、絵名の焦った声が響いた。
『——みんな、聞こえる!? 今すぐ警戒して! そっちの海域の索敵データが……!」
「……静かにしなさい、提督。索敵はすでに終わって——」
加賀が冷ややかに言い返そうとした、その瞬間だった。
空中を切り裂くような、不気味で重厚な咆哮が海域全体に響き渡る。
分厚い暗雲を突き破り、上空から降り注ぐ巨大な影。
「なっ……!?」
川内が目を見開く。
海上に姿を現したのは、通常の巡回ルートには絶対に存在するはずのない異形——空母ヲ級を含む、大型の深海棲艦艦隊だった。
「なんで……! ここは新人提督が担当する安全な海域のはずでしょ!?」
「ヲ級だけじゃないデス! 戦艦ル級まで……! こんなの、今の私たちだけで勝てるわけないヨ!」
動揺が瞬く間に艦娘たちの間に広がる。
未改造の彼女たちの火力と装甲では、ヲ級の艦載機群とル級の巨砲を正面から受け止めることなど不可能に等しい。
『逃げて! すぐに反転して撤退して!』
執務室からの絵名の悲鳴のような指示。
だが、その叫びを聞いた満潮の瞳に、激しい蔑みと怒りが宿った。
「ハッ、笑わせないでよ!」
通信機に向かって、満潮が怒号をぶつける。
「撤退!? この距離で空母相手に背中を見せたら、追撃されて全滅するに決まってるでしょ! 勉強したとか威張っておいて、そんなことも分からないの!?」
「…満潮、落ち着きなさい」
加賀が制しようとするが、満潮の叫びは止まらない。
「落ち着いていられるわけないでしょ!あの女……ハメたのよ!ろくに知識もないフリをして、最初から私たちをここに送り込んで処理しようとしたんだわ、前の奴らと同じよ…私たちを死なせる気のよ!」
疑心暗鬼の毒が、冷たい海風に乗って出撃隊を侵食していく。絵名への不信感、死への恐怖、そして圧倒的な戦力差
敵艦載機の群れが、黒い羽ばたきと共に空を埋め尽くしていく。
絶望的な状況の中、旗艦・加賀は静かに弓を構え、震える仲間たちの前に立ち塞がった。
「全員、対空戦闘準備。……死にたくないのなら、構えなさい」