東雲の海に、君は筆を執る   作:とばりん

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5話 歪な書物と、届く声

執務室で一人、通信機の叫び声を聞いていた絵名。

「ハメたのよ!」という満潮の絶望に満ちた怒号が、耳から離れない。

 

 

 

(違う……!私はそんなこと……っ!)

 

 

悔しさと恐怖で涙が滲む。けれど、絵名は諦めなかった。

「逃げてたまるか」——あの夜決意した言葉が脳裏をよぎる。

 

 

絵名は執務室の奥、開かずの資料棚の隙間に落ちていた、埃をかぶった一冊の古いノートを引っ張り出す

そこには、かつてこの海域で戦い、散っていった『過去の艦娘たちの戦闘記録』が記されていた。

 

本来なら複雑な軍事暗号や旧字体で書かれた難解な書物。

だが、あの子達を救いたいという絵名の執着と、描き手としての鋭い観察眼——そしてセカイの欠片の共鳴によって、その図面が「一枚の絵の構図」のように絵名の頭の中に浮かび上がる。

 

 

(読める…! これ、ただの陣形図じゃない__

この海域の『潮の目』と『島の影』を利用した、空母の死角に潜り込むためのルートだ……!)

 

敵は空母ヲ級と戦艦ル級。正面から打ち合えば改造前の5隻など一瞬で潰される。

だが、この海域の地形と狭い航路を使えば——夜戦に持ち込める...

「夜戦」を得意とするあの子の力が生きる。

 

 

絵名は通信機を強く握り締め、声を張り上げた。

『——聞きなさい、加賀! 満潮! 疑うのは後にして、今から私の言う通りに動きなさい!!」

 

通信の向こうで息を飲む艦娘たち。

絵名は勉強した知識と、解読した書物のルートを必死に伝える。

 

 

『ヲ級の艦載機は、西側の断崖の陰影には入り込めない! 金剛、鈴谷、全速力で西の崖沿いに展開して敵の注意を引きつけて!』

『そんなの、標的になるだけデス!』

『大丈夫、崖の逆光でル級の主砲は照準が定まらないわ! その隙に…川内!』

 

『——へ? アタシ!?』

 

『あなたならできる! 潮の流れる南の狭水道を通って、敵の懐に一気に潜り込んで! ヲ級の懐はガラ空きよ! あなたの好きな「夜戦」がくるから一気に詰めて!!』

 

その言葉に、川内が目を見開く。

 

(へっ...なんで? アタシが夜戦好きだってこと…だけじゃなくて、アタシたちの配置も、この海の地形も……全部把握してる……!?)

 

『満潮! 川内の援護に入りなさい! あなたの小回りならあの狭水道を抜けられる!』

「...ッ、言われなくても分かってるわよ!」

 

絵名の指示は、冷徹な軍人のものではなかった。

血を吐くような必死さと、5隻全員の特性を必死に理解しようとした作戦が、通信越しに痛いほど伝わってくる。

 

「……フッ」

 

不意に、川内が口元を綻ばせた。

「ねえ加賀さん。あの提督、ただの素人じゃないよ。アタシたちのこと本気で見てくれてる」

 

 

加賀は無言のまま、ゆっくりと弓を引き絞る

その瞳から迷いが消えていた。

「...提督の指示に従います。…全艦、突撃!」

 




解読の理由:

軍事用語としては読めなくても、普段から構図や色覚、視線誘導などを徹底的に学んでいる絵名には、「矢印の配置、地形の陰影、陣形図のバランス(構図)」から「これは敵の死角と潮の流れを利用した奇襲・離脱のルートだ」と、視覚情報(図面)として一瞬で構造を理解できたから。
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