執務室で一人、通信機の叫び声を聞いていた絵名。
「ハメたのよ!」という満潮の絶望に満ちた怒号が、耳から離れない。
(違う……!私はそんなこと……っ!)
悔しさと恐怖で涙が滲む。けれど、絵名は諦めなかった。
「逃げてたまるか」——あの夜決意した言葉が脳裏をよぎる。
絵名は執務室の奥、開かずの資料棚の隙間に落ちていた、埃をかぶった一冊の古いノートを引っ張り出す
そこには、かつてこの海域で戦い、散っていった『過去の艦娘たちの戦闘記録』が記されていた。
本来なら複雑な軍事暗号や旧字体で書かれた難解な書物。
だが、あの子達を救いたいという絵名の執着と、描き手としての鋭い観察眼——そしてセカイの欠片の共鳴によって、その図面が「一枚の絵の構図」のように絵名の頭の中に浮かび上がる。
(読める…! これ、ただの陣形図じゃない__
この海域の『潮の目』と『島の影』を利用した、空母の死角に潜り込むためのルートだ……!)
敵は空母ヲ級と戦艦ル級。正面から打ち合えば改造前の5隻など一瞬で潰される。
だが、この海域の地形と狭い航路を使えば——夜戦に持ち込める...
「夜戦」を得意とするあの子の力が生きる。
絵名は通信機を強く握り締め、声を張り上げた。
『——聞きなさい、加賀! 満潮! 疑うのは後にして、今から私の言う通りに動きなさい!!」
通信の向こうで息を飲む艦娘たち。
絵名は勉強した知識と、解読した書物のルートを必死に伝える。
『ヲ級の艦載機は、西側の断崖の陰影には入り込めない! 金剛、鈴谷、全速力で西の崖沿いに展開して敵の注意を引きつけて!』
『そんなの、標的になるだけデス!』
『大丈夫、崖の逆光でル級の主砲は照準が定まらないわ! その隙に…川内!』
『——へ? アタシ!?』
『あなたならできる! 潮の流れる南の狭水道を通って、敵の懐に一気に潜り込んで! ヲ級の懐はガラ空きよ! あなたの好きな「夜戦」がくるから一気に詰めて!!』
その言葉に、川内が目を見開く。
(へっ...なんで? アタシが夜戦好きだってこと…だけじゃなくて、アタシたちの配置も、この海の地形も……全部把握してる……!?)
『満潮! 川内の援護に入りなさい! あなたの小回りならあの狭水道を抜けられる!』
「...ッ、言われなくても分かってるわよ!」
絵名の指示は、冷徹な軍人のものではなかった。
血を吐くような必死さと、5隻全員の特性を必死に理解しようとした作戦が、通信越しに痛いほど伝わってくる。
「……フッ」
不意に、川内が口元を綻ばせた。
「ねえ加賀さん。あの提督、ただの素人じゃないよ。アタシたちのこと本気で見てくれてる」
加賀は無言のまま、ゆっくりと弓を引き絞る
その瞳から迷いが消えていた。
「...提督の指示に従います。…全艦、突撃!」
解読の理由:
軍事用語としては読めなくても、普段から構図や色覚、視線誘導などを徹底的に学んでいる絵名には、「矢印の配置、地形の陰影、陣形図のバランス(構図)」から「これは敵の死角と潮の流れを利用した奇襲・離脱のルートだ」と、視覚情報(図面)として一瞬で構造を理解できたから。