後方腕組みで傍観を決め込む背景モブの僕、【怪文書】の差出人だと密かにバレて破滅予定の悪役令嬢に粘着された。 作:ぜんはいざ
「お前は本当に使えない奴だな」
「…………………………」
二十二時を過ぎようという頃、今日も僕は上司から説教されていた。
といっても、説教開始から既に三時間近く経過しているので、そろそろ終わるだろう。いつものことなので、慣れたものだ。
「何かにつけて口答えばかりするわ、ミスばかり連発するわ、お前みたいな無能が、この会社で働けるだけでもありがたいと思え」
「…………………………」
僕が目の前の唾を飛ばしまくっている上司に口答えをしたことなんて、入社してから
ミスだって、半分は終わりの見えない激務によるせいと、残る半分は他人……というかこの上司のミスを押し付けられたものだ。
もう言わなくても分かると思うが、ついていないことに僕は、新卒で就職した先が、ブラック企業だった。
入社してから三年経った今も、こうして上司に
「いいか! 明日までにやっておけよ!」
そんな捨て
仕事しないで説教するだけなら、定時にさっさと帰れよと言いたい。言ったら説教が長引くから言わないが。
息を吐き席に戻ると、遠巻きに眺めていた同僚達は一斉に顔を背け仕事に戻る。
当然だよな。下手に巻き込まれでもしたら、今度は自分が標的にされてしまう。みんなにとって上司からパワハラを受けるのは、僕だけであってほしいのだ。
そんな心配をしなくても、この最低な上司は僕にしかこんなことをするつもりはないだろうから、みんなには安心してくれと言いたい。
ん? どうして僕だけなのかって?
生理的に合わないっていうのもあるんだろうが、何より、僕が生意気だからだろうな。
何せ僕は、一年前に証拠とセットであの男の
ただ、残念なことにそれらは証拠諸共もみ消され、逆に僕が服務規程違反だのなんだのを理由に、会社から処分を受ける羽目になってしまった。
会社としても不祥事を公にはしたくないし、しかも上司は役員の息子。そういう事情もあり、悲しいかなこんな
僕が何を告発したのか、まあ気になるよな。
大したことじゃないさ。ブラック企業では一般的な、上司という立場を利用したセクハラだよ。
あ、言っておくが、セクハラを受けたのは僕じゃないぞ。
ターゲットにされたのは、一年後輩の女性社員だ。
結果はさっき言ったとおりで、冤罪を着せられた僕が処分を受けて終わり。
その流れで退職してやればよかったんだが、それはできなかった。
母子家庭で裕福じゃないのに、それでも僕を大学に行かせるために身を粉にして働いてくれた母を、悲しませるわけにはいかないからな。
ちなみに、セクハラされた後輩の女性社員は、僕が処分される直前に退職してしまい、音信不通である。
今ではとこで何をしているのか、さっぱり分からない。
結局、僕のしたことは全て無駄で、ただ自分を苦しめただけだったよ。
「ただいまー……って、誰もいないのに何を言ってるんだ」
深夜、アパートの自室に帰りそう
いつものことながら、抜けているな。
「さて、と」
僕はネクタイを外し、パソコンの電源を入れて動画配信サイトを開き、お気に入りリストにあるアイコンをクリックすると。
『相変わらず、見るに
画面に映ったのは、中世ヨーロッパ風の世界の学校で、くずおれるホワイトブロンドの美少女を見下ろして罵る、黒髪ロングの美少女。
僕が何を言っているか分からないと思うが、ありのまま話すぜ。(ポル〇レフ風)
これは、中世ヨーロッパ風の異世界恋愛ラノベ、『死に戻りの公爵令嬢は、実家を捨て氷の王子に溺愛される』、通称『すてでき』がアニメ化したものだ。
何を隠そう僕は、この『すてでき』に脳死レベルでハマっており、毎晩こうしてアニメを視聴していた。
このアニメの第一話が配信されたのは四か月前だが、既に最終話である第十二話が配信された先月から通算して、計五回も視聴済みだ。
ちなみにこの『すてでき』は、ホワイトブロンドの美少女――主人公の〝エステル=カヴェンディッシュ〟が、黒髪の美少女――腹違いの姉の〝ヴァイオレット=カヴェンディッシュ〟をはじめ家族から冷遇され、最終的に冤罪を着せられて死んでしまうところから物語がスタートする。
で、お約束というかテンプレというか、エステルは十七歳の春に死に戻り、家族への復讐を誓うんだ。死に戻る前の世界の知識と経験を活かしてな。
あとはこの国の冷血ヤンデレ王子だったり、隣国のスパダリ皇太子だったり、いずれ大魔導士と呼ばれるダウナー系魔法使いだったり、聖女並の回復魔法の使い手のチャラい神官だったりと、それはもうあらゆるイケメン達の力を借りて、見事家族にざまぁしてハッピーエンドを迎えるというストーリー……なんだが。
「冷静になって考えてみると、なんで僕は『すてでき』にハマったんだ?」
などと主人公の家族が断罪されるシーンを観ながら首を
まともな思考なんて、できるはずがないし。
あるいは、このつらい境遇から現実逃避するため、ざまぁを求めていたのかもしれない。
などとくだらないことを考えるのはこれくらいにして、アニメに集中しよう。
ただでさえ睡眠時間を削ってまで『すてでき』を観ているんだ。きっちり楽しまないと。
「それにしても……」
僕は最終話の家族への断罪シーンを観る度に、違和感を覚えていた。
父親であるカヴェンディッシュ公爵や、元
――腹違いの姉、ヴァイオレットだけが寂しく微笑んでいるから。
彼女にどんな背景や裏設定があるのか分からないが、『すてでき』のコアファンとしてこの反応は気になるところ。
寝る間も惜しんで原作も読み返してみたが、残念ながら同じシーンでのヴァイオレットの微笑みに関する描写はなかった。
「つまり、アニメオリジナルってこと?」
こういうのって、まとめサイトなどに情報があったりする場合もあるが、残念ながら検索したものの『すてでき』についてのものはなかった。
それもそのはず。この異世界恋愛ラノベ、アニメ化こそしたものの、とりわけ人気を博したわけではないのだ。
一応、電子書籍販売サイトでの単行本のレビューは星三桁を超えているものの、SNSなどでも話題に上がったという情報はない。
ネットで調べたところによれば、制作会社や出版社などの意向で人気に関係なくアニメ化するケースもあるようなので、つまりはそういうことなのだろう。
とにかく、分かったことはヴァイオレットの微笑みの理由を知ることは、これから先もないということだけ……っ!?
「う……ぐ……っ」
突然、強烈な胸の痛みに襲われ、僕はうずくまる。
冷や汗が止まらず、身動きすることもままならない。
「かあ……さ、ん……」
助けを呼ぼうと必死にスマホに手を伸ばそうとするも、その前に力尽きてしまう。
(ひょっとして、このまま死んでしまうのだろうか)
ヴァイオレットの微笑みを焼き付けたまま――僕は、意識を失った。
そして。
「相変わらず、見るに
「…………………………」
どうやら僕は、『すてでき』の世界に転生したみたいなんだが。
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