後方腕組みで傍観を決め込む背景モブの僕、【怪文書】の差出人だと密かにバレて破滅予定の悪役令嬢に粘着された。 作:ぜんはいざ
■ヴァイオレット=カヴェンディッシュ視点
「あら」
差出人不明の手紙が届いた日から三日後の朝の、教室前の廊下。
わたくしの前を歩く一人の男子生徒が、これ見よがしにハンカチを落とされましたわ。
さて……これ、拾って差し上げるべきかしら。
ですけど、そんなことをしていてはトマスに逢う時間が減ってしまいますわ。
残念ながら、授業が始まるまでの短い朝の時間は貴重ですのよ。
そういうことですので、あえて落ちたハンカチを素通りしようとした……のですけど。
――ドン。
「キャッ!?」
突然、前を歩いていた赤毛の男子生徒が方向を変えたために、ぶつかってしまい、勢い余って倒れてしまいましたわ。
「あの! だ、大丈夫ですか……?」
男子生徒は駆け寄り、左手を差し伸べます。
前髪のせいで表情は隠れておりますが、相当焦っているように見受けられますわね。
ですけど……フフ、こんな時だっていうのに、ついトマスのことを思い出してしまいましたわ。
だって彼もまた、目の前の男子生徒と同じように、長い前髪で目元が隠れているんですもの。
「ええ、おかげさまで」
わたくしは微笑を浮かべつつ、立ち上がって制服のスカートを手で払います。
もちろん、差し出された手を軽々しく取ったりなんかしませんわ。万が一にも、トマスに勘違いされては困りますもの。
「ですけど、できればもう少し周りに気を配っていただきたいですわね。そうすれば、このようなことはなかったでしょうし」
「あ、あはは……そうですね……」
皮肉を込めてそう告げると、男子生徒は頭を
自分が
(トマスでしたら、
歓迎パーティーの三日後に初めて彼とお茶をした時、卑屈とも思えるような態度を取っておきながら、その灰色の瞳からは、決して折れることのない強さが感じられましたわ。
この十七年間、どのように生きてきたのかは分かりませんけど、きっと平坦ではなかったのだと思われます。
少なくとも、目の前の男のような
(そんな彼の強さに、あれからたくさん背中を押してもらいましたわね)
わたくしがそのことを話しても、トマスは
彼の姿を想像すると、どうしても口元が緩んでしまいますわ……って。
「ああ、ごめんなさい。それで、もうよろしいかしら?」
いけない。トマスのことを考えてしまったせいで、男子生徒を無視してしまいました。
おかげで彼、完全に空気でしたわね。
「え、ええ。……その、もしよければ、お詫びをしたいのですが……」
「結構ですわ」
「あ……っ」
男子生徒の伸ばす手を無視し、わたくしはトマスの教室を目指して再び歩き出します。
一分に満たないとはいえ、時間を無駄にしてしまいましたわ。
ところが。
「ま、待ってください!」
男子生徒は性懲りもなく、回り込んで急ぐわたくしを足止めする。
「……まだ何か?」
「やはりこのまま何の謝罪もなしというのは、僕の気が収まりません。ですから、どうかお詫びを……」
「あなたが今すぐこの場から去ってくれたら、それが何よりの謝罪ですわよ」
食い下がる彼に、わたくしは
ハア……早くトマスのところに行きませんと。
ですけど、そう上手くはいかないようで。
「お姉様、どうかなさったのですか?」
現れたのは、エステル。
わたくしと男子生徒を交互に見つめ、不思議そうな表情で尋ねます。
「別にどうもしませんわ。ただ、ぶつかっただけですわよ」
手をひらひらさせ、わたくしはこれ以上話すことはないとばかりに歩を進めます。
お母様の手前、わざとエステルを
それに、幸いなことにこの場にマライアとジュリアはいませんわ。
なら、彼女を相手にしなかったとしても、お母様に余計なことを報告されることもないので、したくもないことをする必要はありませんもの。
なのに。
「そんな……っ」
どうしてあなたは、そんな驚いた表情をしているのかしら。
まるでこのわたくしが、とても悪いことをしたみたいじゃない。
「その……お姉様はご存知ではないかもしれませんけど、こちらの御方は……」
「エステル」
「っ!? でも……」
何かを告げようとしたエステルを、男子生徒が低い声で制止する。
それでも彼女は納得がいかないのか、唇を噛んだ。
そのやり取りから、彼には秘密があって、エステルはそれを知っているということ。
きっとわたくしにとって、とても都合の悪いことなのでしょうね。
何より、本当は彼の秘密を告げるつもりもないのに、そんな思わせぶりな態度を見せるなんて、いつからエステルは、こんなしたたかな女になったのかしら。
それより。
「ところであなた。オズワルド殿下だけでなく、他の殿方とも仲が良いのね」
「っ!?」
ただの知り合いとはどう見ても思えない二人に向かって、そう言い放ちます。
トマスと一緒にいたわたくしに苦言を呈しておきながら、あなたは一体何をやっているのかしら。
他の生徒と仲良くするなとは言わないけど、少々節操がないのではなくて? さすがに姉として心配だわ。
「ア、〝アル〟とは別にそういうわけでは……」
「ふうん……彼、アルって名前なのね」
……せっかく心配して教えてくださったのに、ごめんなさい。
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