後方腕組みで傍観を決め込む背景モブの僕、【怪文書】の差出人だと密かにバレて破滅予定の悪役令嬢に粘着された。 作:ぜんはいざ
「ア、〝アル〟とは別にそういうわけでは……」
「ふうん……彼、アルって名前なのね」
指摘されて
ヴァイオレットは、僅かに口の端を上げた。
なお、実況は僕。自分の教室から少し離れた、廊下の陰からお送りしております。
「ねえアル。あなたはどこの家のご令息なのかしら?」
「……〝アンダーソン〟男爵家の三男、です」
「そう」
アルは困った表情を浮かべつつ歯切れ悪く答えると、ヴァイオレットは
「男爵家の三男にしては、良い生地の制服を着ていますわね。仕立てるのは大変だったのではなくて?」
「それは……」
「ア、アルの実家は商売で成功して、だから、普通の男爵家よりも裕福なんです」
新入生歓迎パーティーの時も思ったが、エステルは嘘も対応も下手くそ過ぎる。
あれじゃ怪しいですと自白しているようなものだろ。というか、死に戻って家族に復讐しようとしている主人公が、それでいいのか?
まあ、原作とは違って予想外の展開になっているせいで、イレギュラーが起こると臨機応変に対応できないっていうのはあるのかもしれないが。
「で? ただの知り合いに過ぎないあなたが、どうしてそこまで彼のことに詳しいのかしら」
「…………………………」
ヴァイオレットのごもっともな指摘に、エステルは押し黙る。
もう気づいていると思うが、あの男子生徒こそ『すてでき』に登場するイケメンヒーローの一人で、隣国アプスブルゴ帝国の皇太子、アルフォンソ=デ=レアル=アブスブルゴその人だ。
アルフォンソに対するエステルの態度から察するに、二人は既に協力関係にあると見て間違いないだろう。
「……まあいいわ。ですけど、これだけは言っておきますわよ」
ヴァイオレットはエステルに詰め寄り、そのアクアマリンのような水色の瞳を見つめると。
「いみじくもカヴェンディッシュ家の息女なら、そのような男に
「っ!?」
ああもう、何やってるんだよ。
既にエステルが接触済みである以上、アルフォンソを利用するのは無理かもしれないが、せめて知らぬ存ぜぬを貫きつつも、無駄に心象を悪くするような真似は避けるべきだろ、
そうすれば、アルフォンソから余計な
(本当に、どこまで損な性格をしてるんだよ……)
理由こそ分からないものの、ヴァイオレットが妹のために悪役令嬢を演じ、公爵家を手に入れようと努力していることを知っている。
ならきっと、彼女のあの態度は、エステルのことを思ってのものなのだろう。
だからこそ僕は、それによって迎える結末が
だからこそ僕は、そんな
その時。
「ヴァイオレット嬢」
現れたのは、カイル=オブライエン。
相変わらず軽薄かつ
「……何ですの? あなたはお呼びじゃないのだけれど」
「あいつと一緒にいた時と、反応が全然違う!?」
カイルに対し、まるでゴミでも見るかのような視線を向けるヴァイオレット。
彼の言う『あいつ』とは、きっと僕のことだろうな。
だけどカイルの言うとおり、ヴァイオレットが露骨にアイツを嫌っているんだが。
この前はそこまで邪険にしていた様子はなかったのに、これはどういうことだろうか。
「いやさあ……いつものエステル嬢とのやり取りはともかく、今日は『アルフォンソ殿下』が一緒だったもんで、珍しいなー、と」
「「っ!?」」
カイルから不用意に放たれた一言に、エステル、そして当の本人のアルフォンソが目を見開いた。
「……あなた、何をおっしゃってますの?」
「え? いや、そのまんまだけど?」
まるで、男子生徒の正体をみんなが知っていて当然だと言わんばかりに。
だけど、ヴァイオレットも
アルフォンソのことは、【怪文書】を読んで知っているだろうに。
「ですけど……実際のところ、どうなのかしら。今の話、とても信じられるようなものじゃないけれど、あなた達の様子を
「「…………………………」」
エステルとアルフォンソは、苦々しい表情を浮かべ、無言のまま視線を落とす。
その反応だけで、認めているようなものだが。
「ふう……色々とお尋ねしたいところですが、これは
「……そうしてくれると助かるかな」
観念したのか、アルフォンソは低い声で答え頷いた。
「かしこまりました。では、あなたはあくまでも男爵家の三男のアル、ということですわね。でしたら条件として、あなたに一つお願いがございますわ」
「何、かな……?」
含み笑いを見せるヴァイオレットを警戒してか、アルフォンソは身構え、長い前髪から鋭い視線を
「大したことではありませんわ。……ただ、今後はエステルに関わらないでちょうだい」
一変して険しい表情を浮かべたヴァイオレットが、そう言い放つ。
それにしても。
(カヴェンディッシュ家を手に入れることを目標に掲げている彼女なら、もっとしたたかに
意外にも、彼女がアルフォンソに求めたのは、エステルから離れること。
主人公がスパダリヒーローとくっつかないようにしたって意味では正解のような気もするが、そもそもここが異世界恋愛ラノベの世界だということを知らないヴァイオレット。それを踏まえれば、彼女のこの選択は悪役令嬢としては
(……いや、そんなことはないか)
彼女が悪役令嬢として振る舞うのも、カヴェンディッシュ家を手に入れようとするのも、全ては妹であるエステルのため。
なら、何を優先するかを考えたら、妹に群がる悪い虫を遠ざけようとすることもあり得る。
「……分かったよ」
「っ!? アル!?」
「君が呼んだとおり、僕の名前はアル。アンダーソン男爵家三男のアルだ」
ヴァイオレットの要求を受け入れたアルフォンソは、何かを言いたげなエステルに、抑揚のない声ではっきりと告げる。
(アプスブルゴ帝国の皇太子として、エステルではなく秘密を守るほうを選んだか)
賢明な判断だろう。もし自分の出自が王国に知られれば、両国の関係が悪くないとはいえ、下手をすれば人質にされて帝国に不利益を与える恐れがあるのだから。
「その言葉を聞いて安心しましたわ。では、ごきげんよう」
ヴァイオレットは悪役令嬢よろしく微笑むと、
だが、残念だったな。僕は廊下の物陰にいるから、教室に来ても席にはいないぞ。
で、彼女が教室に入った、そのタイミングで。
「よお。あんな感じでよかったか?」
「ああ、助かる」
こちらへとやって来たカイルに、僕は表情を変えずにサムズアップした。
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