後方腕組みで傍観を決め込む背景モブの僕、【怪文書】の差出人だと密かにバレて破滅予定の悪役令嬢に粘着された。 作:ぜんはいざ
「……なんで僕は、こんなストーカーみたいなことをしているんだよ」
気づけば僕は、わざわざヴァイオレットの後をつけ、校舎奥の図書室まで来ていた。
ここには王国の内外を問わずありとあらゆる書物が収められており、多くの学者も足繁く訪れている。
もちろん王立学院の生徒達も、ここで試験勉強などのために利用していた。
で、肝心のヴァイオレットはというと、多くの書物を机の上に置き、必死に猛勉強しているわけで。
(というか、定期試験はこの前終わったところだし、何をそんなに……)
不思議に思い、目を凝らして書物のタイトルを確認すると、授業では習わないような、政治経済にまつわるものばかり。中には関係ないと思われる、農学や帝王学なんて代物も。
カヴェンディッシュ公爵の子供は、ヴァイオレットとエステルの二人のみ。それを踏まえれば、後継者となるべく勉学に励んでいるということだろうか。
僕はもう少し
そして。
「……わたくしがカヴェンディッシュ家の実権さえ手に入れれば、エステルを守れますのよ。だから、もっともっと頑張りませんと」
「っ!?」
勉強に集中しているからこそ不意に
彼女が努力する理由。それはエステルのため、だったってことか……?
「い、いや、そんな馬鹿な」
僕の知る『すてでき』のヴァイオレットは、エステルをどこまでも見下し、ぞんざいに扱ってきた。
だから、決して腹違いの妹のために、こんな努力をするはずがない。
でも。
「その全てが、実は演技だったとしたら……?」
一つだけ、思い当たる節がある。
そう――『すてでき』最終話の断罪のシーンで見せた、ヴァイオレットの寂しげな微笑み。
怒り狂うわけでも、嘆き悲しむわけでも、諦めるわけでもなく。
父親であるカヴェンディッシュ公爵も、母親も、これ以上なく取り乱している中で。
とはいえ、だ。
いずれにせよ。
「……僕には、関係ない」
引き続き勉強に集中するヴァイオレットを書架の陰から見つめ、僕は絞り出すような声でそう
◇◆◇◆◇
図書室でヴァイオレットが勉強に励む姿を目撃してから、一週間が過ぎた。
僕は相変わらず壁際モブとして、波風を立てることなく平穏無事に過ごしている……ことは事実なんだが。
「あー……やっぱり、そういうことなのかー……」
昼休みの中庭で、僕は一人ベンチに腰掛け、空を仰ぎ見る。
ヴァイオレットのことを調べれば調べるほど、彼女の行動には全て
先日の図書室での勉強はもちろんのこと、高位貴族の令嬢達と積極的に交友を深めようとする一方で、今後敵になると
つまり、将来カヴェンディッシュ公爵の座を手に入れた時のための、地盤作りをしていたというわけだ。
やっていることは勉強を除けば悪役令嬢の
「理解できないのは、どうしてそれらが『エステルのため』になるのか、なんだよな」
もし彼女のためだと言うのなら、何故ヴァイオレットは、あんなにも
最初からエステルに優しくしてやればいいだろって思うし、色々と矛盾している。
本人に聞くのが手っ取り早いことは重々承知しているが、生憎僕は面倒事に関わるつもりも、ましてや『すてでき』のメインキャラに接触する気も一切ない。
ヴァイオレットのことを調べたのだって、あくまでも最終話のシーンが気になっていた、僕の好奇心でしかないのだ。
なので。
「まあ、既に死に戻っているんだから、主人公が救われることは確定しているからな。放っておいても、どうとでもなるだろ」
エステルが困った状況になれば、オズワルドをはじめイケメンヒーロー達が都合よく現れて手助けしてくれるだろうし、正直ヴァイオレットのやっていることに意味はない。
というかヴァイオレットは、このままだとその妹の手によって破滅の道を
などと心の中で盛大なツッコミを入れつつ、これ以上は余計なことをせずに、今度こそ傍観者に戻ろう。
自分自身にそう言い聞かせていると。
「……三日後が楽しみだな」
「え、ええ……」
……ひょっとして僕は、メインキャラとの強制エンカウントというデバフにかかっているのだろうか。
ことごとく『すてでき』のキャラと遭遇するんだが。
大体、ここは多くの生徒達が行き交う中庭なんだぞ。そういう悪巧みみたいな会話は、もっと人気のないところでやれよ。
あれか? 所詮僕は背景モブだから、聞かれても構わないってことか? それとも、最初から僕の存在に気づいていないってこと? 泣くぞこの野郎。
クソデカ溜息を吐きつつ、声のするほうへそれとなく視線を向ける。
案の定エステルとオズワルドが、並んで中庭を眺めていた。
「浮かない顔をしているな。あれだけ自分を
「…………………………」
うつむくエステルの顔を、オズワルドが
彼女のことを心配しているようで、それでいて何か探りを入れているように感じた。
ストーリー序盤ということを考えれば、まだ二人の関係がそこまで進展しないだろうからな。
現時点では、あくまでも利害関係が一致しているに過ぎない。
「……ひょっとして、ヴァイオレットを
「っ!? そんなわけ……ありません……」
オズワルドの一言に、エステルは勢いよく反論しようとするが、言葉が尻すぼみになりうつむく。
「ならいい。君は忘れてはいけない。あの女が、君にした仕打ちを」
「…………………………」
「そして、君の復讐を果たすためには、この私が次期国王の座を手に入れる必要があることも、な」
「分かっています……」
まさかとは思うけど、エステルはまだヴァイオレットに対して未練のようなものがあるってことか?
『すてでき』の死に戻る前の最期のシーンで、継母にささやかれ、実は彼女を冤罪に追い込んだのがヴァイオレットだと知り、絶望して毒を
もしそうなのだとしたら、お人好しにも程がある。
(なんだよ、それ……)
妹を救うため、わざと悪役令嬢を演じて努力するヴァイオレット。
姉の手によって死んだにもかかわらず、
こんなの――
「とにかく、今度の新入生歓迎パーティーでヴァイオレットに失態を演じさせ、それを通じてカヴェンディッシュ家を
「…………………………」
「父上とより不仲になれば、あの男は間違いなく国政から遠ざけられることになる。その機に乗じて、我々は一気に追い詰めるのだ」
ああうん、その企みは全部知ってる。
伊達にアニメを五回も観たわけじゃないからな。
特に新入生の歓迎パーティーでヴァイオレットを
ただ。
「気に入らない」
まだほんの少しとはいえ、主人公と悪役令嬢の二人の想いに触れてしまい、このままじゃ素直に『すてでき』のストーリーを楽しめない。
エステルがヴァイオレットを一方的にざまぁする様を眺めても、今の僕はアニメを観ていた時のようなカタルシスを覚えることはないだろう。
「エステル、忘れるな。これは、君が始めたことなのだということを。そして……もう、引き返せないのだということを」
「分かって、います……っ」
苦しそうな表情を浮かべるエステルを置き去りにし、オズワルドが去っていく。
彼女もしばらくは立ち尽くしていたが、やがて覚悟を決めた表情で、中庭から離れた。
そして、残された僕は。
「クッソ……ふざけんなよ」
その日の夜、前世の記憶を取り戻して以来、僕は十年ぶりに【怪文書】を送った。
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