『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』 作:夜幻
この作品は『五等分の花嫁』を原作とした二次創作作品です。
原作を読んでいる中で、「もしも、物語の結末や未来を知っている人物が、五つ子たちのすぐそばにいたら?」という発想から、この物語を始めることにしました。
主人公は、前世で『五等分の花嫁』を読んでいた記憶を持つ転生者――神城蓮。
武術にも学問にも秀でた、いわゆる「最強主人公」です。
しかし、何でもできるからといって、すべてを思い通りにできるわけではありません。
原作を知っているからこそ、変えてはいけない未来に悩み。
大切な人を守りたいからこそ、余計な介入をしてしまう。
そして何より――。
神城蓮自身が、一人の人間として中野五月に惹かれていきます。
真面目で、不器用で、努力家で。
時々、食欲に負けてしまうほど人間味のある五女。
そんな五月と蓮が出会うことで、原作の物語は少しずつ変化していきます。
一花、二乃、三玖、四葉、五月。
五人の姉妹が笑っていられる未来を。
そして、蓮自身が心から大切にしたいと思った少女の未来を。
原作を知る転生者だからこそできること。
逆に、知っているからこそ迷ってしまうこと。
その両方を描きながら、原作とは異なる「もう一つの五等分の花嫁」を紡いでいきたいと思います。
なお、本作品には原作と異なる展開、オリジナルキャラクター、独自設定、バタフライエフェクトが多数含まれます。
原作の雰囲気を大切にしながらも、二次創作ならではの「もしも」を楽しんでいただければ幸いです。
それでは――。
五つ子たちの新しい物語を、どうぞお楽しみください。
春。
桜の花びらが舞う通学路を、神城蓮は一人歩いていた。
「……来た」
見慣れた高校の校門を前にして、蓮は足を止める。
その顔には、緊張と興奮が入り混じっていた。
「本当に……来たんだよな」
胸に手を当てる。
ドクン、ドクン。
心臓がうるさい。
「落ち着け、俺。普通の高校生活だ。普通の……」
そこで蓮は、拳を握った。
「――いや、普通じゃねえ!」
小声で叫ぶ。
前世の記憶。
『五等分の花嫁』。
蓮は、その物語を知っている。
そして、この学校には――五人の少女がいる。
中野一花。
中野二乃。
中野三玖。
中野四葉。
中野五月。
「……本当に会えるのか」
そう呟いた瞬間。
「おーい、そこの君!」
背後から声がした。
蓮が振り返る。
そこにいたのは、薄いピンク色のショートヘアの少女だった。
左右非対称に整えられた髪。
右耳には、小さなピアス。
少女は蓮の前まで歩いてくると、少し首を傾げた。
「もしかして、新入生?」
「え? あ、はい」
「そっかぁ」
少女はニコッと笑う。
どこか大人びた、余裕のある笑顔。
「私は中野一花。よろしくね」
「……中野、一花」
蓮の目が大きく開く。
「ん?」
「いや……」
やばい。
本物だ。
本物の一花だ。
「よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げる。
「おお、礼儀正しい」
一花はクスクスと笑った。
「そんなに緊張しなくてもいいぞ?」
「……!」
蓮は固まった。
その言葉。
その雰囲気。
間違いない。
「一花さん……」
「うん?」
「もしかして、すごく面倒見がいい人?」
「おっ?」
一花の目が楽しそうに細くなる。
「初対面なのに、よく分かったね」
「いや、なんとなく!」
「ふーん?」
一花は蓮の顔を覗き込む。
「君、面白いね」
「そ、そうですか?」
「うん。お姉さん、君のこと気に入っちゃうかも」
「……っ」
蓮の顔が赤くなる。
「からかわないでください!」
「あはは。可愛い反応」
「もう!」
一花は笑いながら、その場を離れていった。
「じゃあね、神城君」
「はい!」
数歩進んだところで、一花が振り返る。
「――また学校でね」
「はい!」
その姿を見送り、蓮は胸を押さえた。
「……危なかった」
「何がだよ……」
自分で呟きながら、頬を叩く。
「次だ、次!」
ところが。
「――ちょっと」
今度は横から鋭い声が飛んできた。
「?」
振り向く。
黒いリボンで髪を蝶のように結んだ少女が立っていた。
長い髪。
整った顔。
そして、見るからに機嫌が悪そうな目。
「さっき一花と何話してたの?」
「え?」
「聞こえなかった?」
少女は腕を組む。
「あたしは二乃。中野二乃」
「……二乃」
またしても、蓮の顔が固まった。
「何よ」
「いや……」
原作そのままだ。
いや、当たり前なのだが。
「綺麗だなって」
「――は?」
二乃の眉が跳ね上がる。
「い、いきなり何言ってんのよ!」
顔が赤くなる。
「す、すみません!」
「謝るくらいなら言わないで!」
「はい!」
「……ったく」
二乃はため息をついた。
それから蓮をじっと見る。
「一花に変なことされてないでしょうね?」
「されてません!」
「ならいいけど」
二乃はそっぽを向く。
「あんた、変な奴ね」
「それ、今日二回目です」
「知らないわよ」
二乃はそう言いながらも、少しだけ口元を緩めていた。
「じゃ、あたし急いでるから」
「はい!」
二乃が歩き出す。
しかし、数歩進んだところで振り返った。
「……あと」
「?」
「一花のこと、あんまり甘やかさないでよ」
「え?」
「……なんでもない!」
そう言って、二乃は足早に去っていった。
蓮はその背中を見ながら、思わず笑った。
「姉妹思いなんだな」
その直後。
「……何が?」
「うわっ!」
突然、隣から声がした。
「いつからいたんですか!?」
そこにいたのは、首にヘッドホンを掛けた少女。
右目を少し隠すセミロングの髪。
視線はどこか伏し目がちだった。
「……三玖」
蓮が呟く。
少女は少しだけ顔を上げた。
「私?」
「い、いや!」
また口が滑った。
「名前……ですよね?」
「そうだけど」
少女は蓮を見つめる。
「中野三玖」
「神城蓮です」
「……よろしく」
「よろしく!」
短い会話。
三玖はヘッドホンを指で触りながら、蓮の顔をじっと見る。
「……変な人」
「三人目です!」
「……そうなんだ」
「納得しないでください!」
三玖の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……面白い」
「三玖さんまで……」
「じゃあ」
三玖は歩き出す。
「また」
「はい!」
彼女が去ったあと。
「次は誰だ……」
蓮が辺りを見回した。
すると。
「神城さーん!」
元気いっぱいの声。
「はい!?」
振り向いた瞬間。
オレンジ色のボブヘアーが目の前を横切った。
頭には、大きな緑色のうさ耳リボン。
少女は蓮の前で急停止した。
「危なっ!」
「すみませーん!」
少女は笑顔で頭を下げる。
「私、中野四葉です!」
「……四葉」
「はい!」
満面の笑み。
「神城さん、新入生ですよね?」
「そうだけど」
「じゃあ一緒に行きましょう!」
「え?」
四葉は蓮の手を取った。
「案内します!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「大丈夫です!」
「いや、俺まだ何も――」
「えへへ!」
四葉は楽しそうに笑う。
「困っている人を放っておけないんです!」
「……」
蓮は一瞬、黙った。
知っている。
この子が、どれだけ人のために動く少女なのか。
だからこそ。
蓮は自然と笑った。
「……そっか」
「はい!」
「じゃあ、お願いするよ」
「任せてください!」
四葉が胸を張る。
その姿があまりにも眩しくて。
蓮は目を細めた。
そして。
四葉と並んで歩き始めたところで――。
「……あれ?」
四葉が立ち止まった。
「どうした?」
「あっ!」
四葉が何かに気づく。
「五月ちゃん!」
「五月?」
蓮の心臓が跳ねた。
四葉の視線の先。
そこには、一人の少女が立っていた。
赤みの強い、ウェーブのかかった長い髪。
頭頂部には、ぴょこんと跳ねた大きなアホ毛。
そして、両サイドの髪には星型のヘアピン。
蓮は息を呑んだ。
「……」
五月は本を抱えながら、こちらを見ていた。
「四葉。何をしているのですか?」
「新しいお友達です!」
「お友達?」
五月の視線が蓮へ向く。
蓮の全身が硬直した。
――本物だ。
中野五月。
ずっと前から知っていた少女。
けれど。
実際に目の前にすると、何も言えない。
「……あの?」
五月が首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「……」
「神城さん?」
「――はっ!」
蓮は慌てて背筋を伸ばした。
「は、初めまして!」
「初めまして」
五月も丁寧に頭を下げる。
「中野五月です」
「神城蓮です!」
「よろしくお願いします。神城さん」
「よろしく、五月!」
「……?」
五月が首を傾げた。
「なぜ私の名前を?」
「あ」
蓮の顔が青ざめる。
「……しまった」
「?」
「いや、その!」
蓮は必死に頭を回す。
しかし。
「ええっと……」
何も思いつかない。
「四葉が今、呼んでたから!」
「ああ」
五月は納得したように頷いた。
「そういうことでしたか」
「そ、そうです!」
蓮は胸を撫で下ろす。
危なかった。
前世から知っています、なんて言えるわけがない。
「神城さんは、四葉とお知り合いなのですか?」
「今日初めて会いました!」
「えへへ、そうなんですよ!」
四葉が嬉しそうに笑う。
「でも、もうお友達です!」
「気が早いですね、四葉は」
五月は呆れたように言った。
けれど、その表情は柔らかい。
蓮はその顔を見て、思わず笑った。
「……いい姉妹だな」
「え?」
五月が蓮を見る。
「いや」
蓮は照れながら頭を掻いた。
「なんか、見てて安心する」
「……そうですか?」
五月は少し考えるように目を伏せた。
「ありがとうございます」
その言葉は、思っていたよりずっと優しかった。
蓮の胸が熱くなる。
「……」
「神城さん?」
「……いや」
蓮は満面の笑みを浮かべた。
「会えてよかった」
「……?」
五月は不思議そうな顔をする。
「変な方ですね」
「今日四回目!」
蓮が頭を抱える。
四葉が楽しそうに笑った。
「えへへ! 神城さん、面白い人ですね!」
五月も小さく笑う。
「そうですね」
「五月まで!」
蓮が叫ぶ。
五人の中で、まだ四人しか揃っていない。
それでも。
蓮には分かった。
この日を境に、自分の人生は大きく変わる。
原作では存在しなかった自分が、この物語に入り込んだ。
ならば。
未来がどう変わるかなんて、まだ分からない。
それでも――。
「……俺、やっぱりこの子たちを放っておけないな」
蓮は五つ子を見ながら、そう思った。
特に。
「……五月」
赤い長い髪。
星型のヘアピン。
そして、真面目で少し不器用な少女。
「……絶対、大切にする」
小さな呟きは、春風に溶けて消えた。
まだ、五月には届かない。
けれど。
これが、神城蓮と五つ子たちの物語――最初の一歩だった。