『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』 作:夜幻
月曜日。
朝の教室。
五月は自分の席に座りながら、落ち着かない様子でそわそわしていた。
赤いウェーブのかかった長い髪が肩からさらりと流れ、両側の星型の髪飾りが朝の光を反射する。
そして、その頭の上では大きなアホ毛がいつも以上に揺れていた。
「……五月」
「はい?」
隣から声をかけられ、五月が振り向く。
そこには、一花がニヤニヤしながら立っていた。
「昨日、どこ行ってたの?」
「……っ」
五月の肩が跳ねる。
「ど、どこって……」
「休日なのに、珍しく一人で出かけてたでしょ?」
「……どうして知っているんですか?」
「妹の行動くらい、なんとなく分かるよ」
一花は楽しそうに笑った。
そこへ二乃と三玖、四葉もやってくる。
「そうそう。あんた昨日、昼過ぎに家を出てったじゃない」
「五月、どこに行ってたの?」
「私も気になります!」
「…………」
五月は黙り込んだ。
頭の中に、昨日の出来事が蘇る。
ケーキ。
公園。
本屋。
そして――。
『また一緒に勉強しましょう』
『うん。もちろん』
最後に交わした、蓮との約束。
五月は胸の前で両手を握った。
「……少し、買い物をしていただけです」
「へえ~?」
一花が目を細める。
「買い物って?」
「参考書です」
「それだけ?」
「……それだけです」
「ふーん」
一花は明らかに何かを察していた。
二乃も腕を組む。
「なんか怪しいわね」
「怪しくありません!」
「じゃあ、誰と行ったの?」
「…………」
「五月?」
「…………一人です」
答えた瞬間。
三玖がぽつりと言った。
「……嘘」
「えっ!?」
五月が勢いよく振り返る。
三玖はじっと五月を見ていた。
「五月、一人のときより……楽しそう」
「そ、そんなことは……」
「昨日、帰ってきたときも嬉しそうだった」
「……!」
五月の顔が一気に赤くなる。
「そ、それは……!」
四葉が目を輝かせた。
「もしかして!」
「違います!」
「まだ何も言ってませんよ!?」
「……っ」
四葉が首を傾げる。
「じゃあ、誰と一緒だったんですか?」
「…………」
五月は答えられなかった。
すると二乃が突然、机を叩く。
「まさか……男?」
「…………!」
「図星!?」
「ち、違います!」
「じゃあ誰よ!」
「……そ、それは……」
五月は顔を伏せる。
言えるわけがない。
蓮と一緒だった。
しかも、二人だけの秘密にしたのだ。
――秘密。
その言葉を思い出しただけで、胸が少しだけくすぐったくなる。
「……秘密です」
「え?」
四人の声が重なった。
五月は顔を上げた。
頬はまだ赤い。
けれど、今度ははっきりと言った。
「秘密です」
一花が目を丸くする。
二乃も驚いた顔をする。
三玖は静かに五月を見る。
そして四葉が――。
「おおーっ!」
「四葉、声が大きい!」
「だって五月が秘密なんて珍しいです!」
「……私だって、秘密くらいあります」
「誰との秘密ですか?」
「それは……」
言いかけたところで。
教室の入口から声がした。
「おはよう、みんな!」
神城蓮だった。
「おはよー、蓮!」
「おはようございます!」
四葉が元気に手を振る。
蓮も笑いながら教室に入ってくる。
「おはよう。今日も元気だな、四葉」
「もちろんです!」
そして蓮の視線が五月へ向く。
「おはよう、五月」
「……っ」
五月の頬が、また赤くなる。
「お、おはようございます……神城君」
その瞬間。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
四人の視線が同時に二人へ向いた。
蓮はそれに気づく。
「……何?」
「別に?」
一花が笑う。
「なんでもないわよ」
二乃がニヤニヤする。
「……?」
三玖は黙っている。
四葉だけは満面の笑みだ。
「秘密ですね!」
「何が!?」
蓮が驚く。
「な、なんでもありません!」
五月が慌てて遮った。
「そうそう。なんでもないなんでもない」
一花が楽しそうに笑う。
蓮は首を傾げた。
「……なんか今日、変じゃない?」
「気のせいよ」
二乃が即答する。
「そうです!」
四葉も即答。
「……怪しい」
「五月まで!?」
蓮が頭を抱える。
「俺、何かした?」
五月はそんな蓮を見て、思わず小さく笑った。
「……ふふ」
「?」
蓮が振り向く。
「どうした?」
「いえ……」
五月は少しだけ目を細めた。
「……なんでもありません」
その笑顔を見た蓮は、ほんの少しだけ固まった。
「……」
「神城君?」
「いや……」
蓮は頬を掻いた。
「五月って、そんな顔して笑うんだな」
「……え?」
五月の顔が赤くなる。
「か、神城君……」
「いや、なんか新鮮で」
「……そういうことを突然言うのは、ずるいです」
「え?」
「……なんでもありません!」
五月はぷいっと顔を逸らした。
蓮はますます困惑する。
「今日の五月、やっぱり変じゃない?」
「蓮」
一花が肩をぽんと叩く。
「女の子の変化には、もう少し敏感になったほうがいいぞ?」
「……?」
蓮には意味が分からなかった。
◇
放課後。
いつもの勉強会。
今日は五人全員が揃っている。
「神城! ここ分かんない!」
「蓮、こっちも!」
「神城君、この問題……」
「三玖、それは昨日やったところだろ!?」
「でも忘れた」
「早いな!?」
「神城君、ここは?」
「一花、そこは国語だから俺じゃなくても――」
「お姉さん、蓮君に教えてもらいたいなー」
「……絶対わざとだろ」
「えへへ」
「褒めても何も出ないぞ」
いつもの騒がしい勉強会。
その中で、五月は黙々と問題を解いていた。
一問。
また一問。
以前なら途中で手が止まっていた問題も、今日は最後まで自分で考えている。
そして――。
「……できました」
五月が顔を上げた。
「見せて」
蓮が答案を見る。
しばらく確認して。
「……正解」
「!」
五月の顔がぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「うん。完璧」
「……!」
五月は嬉しそうに答案を見る。
「やりました……!」
「すごいじゃん」
「……ありがとうございます」
「いや、俺が教えたからじゃないよ」
蓮は笑った。
「五月が頑張ったからだ」
「……」
五月は言葉を失った。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……神城君」
「ん?」
「私……」
五月は少し迷ってから、口を開いた。
「最近、勉強が少し楽しくなったんです」
「ほんと?」
「はい」
五月は蓮を見る。
「神城君と一緒に勉強するようになってから……」
その言葉に、蓮の心臓が跳ねた。
「……そっか」
「はい」
五月は小さく笑う。
「だから……これからも、よろしくお願いします」
「もちろん」
蓮も笑った。
「俺も五月と勉強するの、楽しいし」
「……!」
また顔が赤くなる。
「五月?」
「……なんでもありません」
「さっきからそればっかりだな」
「……神城君のせいです」
「俺!?」
そのやり取りを見ていた四人。
一花は口元を押さえ。
二乃は呆れたようにため息をつき。
三玖は静かに二人を眺め。
四葉は嬉しそうに笑っていた。
◇
勉強会が終わった。
五人が帰り支度をする。
「じゃあ、また明日」
蓮が手を振る。
「また明日です!」
「じゃあね、蓮君」
「また明日」
「……またね」
そして五月も鞄を持った。
「それでは……」
そのまま姉妹と一緒に帰ろうとしたところで。
「五月」
蓮が呼び止める。
「はい?」
「……今週末、また勉強する?」
五月は一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「……はい」
小さく頷く。
「楽しみにしています」
「俺も」
二人が笑う。
それだけ。
たったそれだけの会話だった。
けれど五月の胸は、不思議なくらい高鳴っていた。
◇
帰り道。
五つ子は横並びで歩いていた。
しばらく誰も何も言わない。
最初に口を開いたのは一花だった。
「ねえ、五月」
「はい?」
「最近、蓮君といるとき、すごく楽しそうだね」
「……!」
五月が立ち止まる。
「そ、そうでしょうか?」
「うん」
三玖も頷く。
「前より笑うようになった」
「……」
二乃が肩をすくめる。
「まあ、悪いことじゃないでしょ」
「二乃……」
「ただし」
二乃は五月の顔を見る。
「自分の気持ちくらい、自分でちゃんと考えなさいよ」
「……気持ち?」
五月は首を傾げる。
四葉が明るく笑った。
「五月は神城君のこと、好きなんですか?」
「…………」
その瞬間。
五月の足が止まった。
心臓が。
どくん、と鳴った。
昨日。
一緒に食べたケーキ。
本屋で隣を歩いたこと。
勉強を教えてくれたこと。
自分が頑張ったとき、笑って褒めてくれたこと。
そして今日。
『俺も五月と勉強するの、楽しいし』
「…………」
五月は胸に手を当てた。
「……分かりません」
姉妹が静かに見守る。
「まだ……私には、よく分かりません」
でも。
五月は少しだけ笑った。
「ただ……」
「ただ?」
「神城君といると……楽しいです」
それだけは、はっきり分かる。
「もっと一緒にいたいと思います」
「……」
「もっと話したいです」
五月は自分でも驚いたように目を瞬かせた。
「もっと……神城君のことを知りたいです」
一花が優しく笑う。
「それなら、十分じゃない?」
「……え?」
「今は、それでいいんだよ」
五月はしばらく黙っていた。
そして。
「……はい」
小さく頷いた。
◇
その夜。
自室。
五月は机の前に座っていた。
開いているのは参考書。
けれど、なかなかページが進まない。
「…………」
鉛筆を持ったまま、五月はぼんやりと窓の外を見る。
頭に浮かぶのは、今日のこと。
そして――蓮の顔。
「……神城君」
名前を口にしただけで、少しだけ胸が温かくなる。
「……おかしいですね」
自分でも分からない。
けれど。
会いたい。
話したい。
一緒に勉強したい。
できれば――。
また二人で甘いものを食べたい。
そこまで考えて。
五月は両手で顔を覆った。
「……何を考えているんでしょう、私は」
頬が熱い。
けれど。
嫌ではなかった。
むしろ――。
「……楽しみです」
週末が。
蓮と会うことが。
五月はそっと笑った。
◇
同じ頃。
蓮も自宅でベッドに寝転がっていた。
「……」
天井を見つめる。
最近、ずっと五月のことを考えている。
最初は、原作を知っているからだった。
未来を変えるため。
五つ子を守るため。
風太郎が彼女たちを支える未来を作るため。
そう思っていた。
けれど。
今は違う。
五月が笑うと嬉しい。
五月が喜ぶと嬉しい。
五月が頑張っていると、応援したくなる。
そして――。
「……会いたいな」
思わず口から出た言葉に。
蓮自身が固まった。
「……え?」
数秒後。
「うわあああああ!」
枕に顔を埋める。
「俺、完全に好きじゃん!」
ベッドの上でごろごろ転がる。
「いや待て! まだ早い! 落ち着け俺!」
一人で大騒ぎする。
そして。
しばらくして。
蓮は枕から顔を上げた。
「……でも」
口元が自然と緩む。
「……まあ、いいか」
今はまだ。
答えを出す必要なんてない。
少しずつ。
一緒にいる時間を増やしていけばいい。
そう思った。
◇
翌朝。
教室。
五月が席につく。
少しして、教室の扉が開いた。
「おはよう、五月」
「……!」
五月が顔を上げる。
そこには蓮がいた。
「おはようございます、神城君」
二人の視線が合う。
自然と笑顔になる。
「今日もよろしく」
「はい」
その瞬間。
五月は思った。
――今日も、会えて嬉しい。
そして蓮もまた。
――今日も、五月に会えてよかった。
まだ二人は知らない。
この小さな「楽しい」が。
この小さな「嬉しい」が。
やがて五人の姉妹の運命を大きく変えていくことを。
けれど今は。
そんな未来のことよりも。
「神城君」
「ん?」
「放課後……一緒に勉強しませんか?」
「もちろん」
「……よかったです」
五月は笑った。
蓮も笑った。
五人の物語は。
まだ始まったばかりだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
『五等分の花嫁 〜原作を知る最強転生者は、五つ子の未来を守りたい〜』、まずは第1話から第10話までを書き切ることができました。
今回の10話は、蓮と五つ子の出会い。
そして、その中でも五月との距離が少しずつ縮まっていく過程を中心に描きました。
最初は「原作を知っているから、五つ子を守りたい」。
そんな気持ちから始まった蓮ですが、五月と一緒に勉強したり、帰り道を歩いたり、ケーキを食べたりするうちに、少しずつ変わっていきます。
「原作を知っているから好き」ではなく、
「五月という女の子自身を好きになっていく」。
今回の10話では、そこを大切にしました。
特に五月は、真面目で頑張り屋なのに、食べることが大好きで、ちょっと不器用。
そんな彼女が蓮の前では少しずつ笑顔を見せるようになり、「もっと一緒にいたい」と思うようになる。
まだ本人は、それが恋なのかどうか分かっていません。
でも――。
「会いたい」
「話したい」
「もっと知りたい」
そう思える相手ができた。
それだけでも、五月にとっては大きな一歩だったと思います。
そして蓮もまた、原作を変えるためだけに五月を見ているわけではなくなりました。
五月が笑えば嬉しい。
五月が頑張れば応援したい。
五月と会えれば嬉しい。
気がつけば、自分自身が五月を好きになっている。
そんな蓮の変化も、これから少しずつ描いていきたいと思っています。
もちろん、物語はここで終わりではありません。
むしろ――ここからが本番です。
これから風太郎と五つ子が出会い、原作でも起こった出来事が始まっていきます。
ただし、蓮がいることで、その未来は少しずつ変わっていく。
救える出来事。
避けられるすれ違い。
原作では描かれなかった五つ子との日常。
そして、蓮自身が知らない未来。
「原作を知っているからこそ変えられる未来」と、「原作を知っているからこそ予想できない変化」。
その両方を楽しんでいただければと思います。
何より、この物語では五つ子それぞれとの姉妹としての絆も大切にしていきたいです。
一花の包容力。
二乃の強気な優しさ。
三玖の静かな一途さ。
四葉の明るさと優しさ。
そして五月の真面目さと食欲。
そこに蓮が加わることで、五人の関係がどう変化していくのか。
そして、五月との恋がどこへ向かうのか。
これから先も、ゆっくりと描いていきます。
最後まで読んでくださった皆様に、改めて感謝を。
それでは――。
次の物語で、またお会いしましょう。