『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』 作:夜幻
「……疲れた」
放課後。
神城蓮は机に突っ伏していた。
「初日から疲れすぎだろ、俺……」
窓の外では、部活動に向かう生徒たちの声が聞こえている。
教室には、もうほとんど人が残っていない。
蓮は顔だけを横に向けた。
「帰るか……」
そのとき。
「神城君?」
聞き覚えのある声がした。
顔を上げる。
教室の入口に立っていたのは、一花だった。
薄いピンクのショートヘア。
右耳のピアスが夕日の光を受けて、小さく輝いている。
「一花さん?」
「うん」
一花は教室へ入ってくると、蓮の机まで歩いてきた。
「まだ帰らないの?」
「今から帰ろうかなって」
「ふーん」
一花は机に手をついて、蓮の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、お姉さんと一緒に帰る?」
「え?」
「嫌?」
「嫌じゃないです!」
即答だった。
「ふふっ」
一花が笑う。
「素直でよろしい」
「……またからかってます?」
「もちろん」
「やっぱり!」
蓮が頬を膨らませる。
一花は楽しそうに笑った。
「神城君って、本当に分かりやすいね」
「感情が顔に出るってよく言われます」
「それ、長所だと思うぞ」
「……一花さんに言われると、なんか照れるな」
蓮が頭を掻く。
そのとき。
「一花!」
鋭い声が響いた。
二乃だった。
「何してんのよ」
「何って、一緒に帰ろうとしてるだけ」
「ふーん?」
二乃は蓮を見る。
「あんたも?」
「はい」
「……まあいいけど」
二乃は腕を組んだ。
「でも寄り道は禁止だから」
「え?」
「夕飯の買い物があるのよ」
そう言った二乃の手には、小さな買い物袋があった。
「二乃って料理するの?」
蓮が尋ねる。
「するわよ」
二乃は当然のように答えた。
「姉妹の夕飯、あたしが作ることも多いし」
「すごいな……」
「別に普通でしょ」
「いや、俺なんてカップ麺くらいしか――」
「それは料理じゃない」
「ですよね!」
二乃は呆れたようにため息をついた。
「……今度、ちゃんとしたもの食べさせてあげるわよ」
「え?」
「な、何よ!」
二乃の顔が赤くなる。
「あたしが作ったほうがマシってだけ!」
「ありがとうございます!」
蓮の顔が一瞬で輝いた。
「やった!」
「……あんた、食べ物に釣られすぎじゃない?」
一花が横で笑う。
「だって美味しいものは正義ですよ!」
「ふふっ。なるほどね」
三人で教室を出る。
廊下を歩いていると、壁際に三玖が立っていた。
首にはいつものヘッドホン。
「……待ってた」
「三玖?」
「うん」
三玖は蓮を見る。
「今日、二乃が料理するって言ってた」
「そうなんだよ!」
蓮が嬉しそうに答える。
「何作るんだろうな!」
「……食いしん坊」
「三玖まで!」
「でも」
三玖は少しだけ蓮を見る。
「私も、二乃の料理は好き」
「おお!」
「……だから楽しみ」
三玖の声は小さい。
けれど、その表情は少し嬉しそうだった。
そんな三玖を見て、蓮は笑った。
「五人とも仲良しなんだな」
「……五人とも?」
三玖が首を傾げる。
「あ」
またやってしまった。
蓮は慌てて視線を逸らす。
「いや、なんとなく!」
「……変なの」
「今日何回目だよ!」
「知らない」
三玖は小さく笑った。
その直後。
「皆さん、ここにいたんですね!」
廊下の向こうから、四葉が走ってくる。
「危ないですよ!」
「大丈夫です!」
「走るなって!」
蓮が注意する。
「えへへ……すみません!」
四葉は止まった。
その頭の大きな緑色のうさ耳リボンが、勢いでぴょんと揺れる。
「皆さんで帰るんですか?」
「そうだぞ」
一花が答える。
「じゃあ私も一緒に行きます!」
「四葉、部活は?」
二乃が尋ねる。
「あっ」
四葉の顔が固まった。
「……忘れてました」
「忘れるな!」
全員の声が重なった。
「すみませーん!」
四葉が頭を下げる。
その姿がおかしくて、蓮は吹き出した。
「ははは!」
「神城さんまで!」
「ご、ごめん!」
四葉も笑う。
その場の空気が、自然と明るくなる。
そして。
「……あ」
蓮が気づいた。
一人足りない。
「五月は?」
その名前が出た瞬間。
四葉が振り返った。
「あっ、五月ちゃん!」
「先に帰ったのか?」
「たぶん図書室です!」
「図書室?」
蓮は少し考える。
「……じゃあ、俺ちょっと行ってくる」
「え?」
一花が目を細める。
「五月に用事?」
「いや、初日に会っただけだし。ちゃんと挨拶して帰ろうかなって」
「へぇ……」
一花の口元がニヤリと上がる。
「お姉さん、なんだか気になるぞ」
「何がですか!」
「さあ?」
「絶対分かってるでしょ!」
笑い声を背に、蓮は図書室へ向かった。
図書室の扉を開ける。
静かな空気。
紙の匂い。
夕暮れの光。
そして。
「……いました」
窓際の席。
五月が一人で勉強していた。
赤みの強い長い髪が肩から流れ、大きなアホ毛がぴょこんと揺れている。
両サイドには星型のヘアピン。
蓮は思わず見惚れた。
「……綺麗だな」
「何か?」
「うわっ!」
五月が顔を上げていた。
「いつからそこに!?」
「今です」
「びっくりした……」
蓮は胸を押さえる。
「心臓止まるかと思った」
「大げさです」
「本当にびっくりしたんだって!」
五月は少しだけ笑った。
「それで、何か御用ですか?」
「みんなで帰るんだけど、五月もどうかなって」
「……」
五月の視線が机の上に落ちる。
そこには大量の参考書。
「まだ勉強が終わっていません」
「真面目だなあ」
「当たり前です」
五月は胸を張った。
「私は、努力しなければいけませんから」
蓮はその言葉を聞いて、少しだけ笑った。
「じゃあさ」
「はい?」
「一緒に帰って、帰ってから勉強すればいいんじゃない?」
「……」
五月が黙る。
「それなら時間も無駄にならないだろ?」
「ですが……」
「腹減ってない?」
「……」
五月の目が揺れた。
「……なぜ、それを?」
「いや、なんとなく」
五月はしばらく黙っていた。
そして。
「……少しだけ」
「やっぱり!」
蓮が笑う。
「よし、帰ろう!」
「待ってください」
五月が立ち上がる。
「私は、そんなに食いしん坊ではありません」
「まだ何も言ってない!」
「顔に書いてありました」
「俺の顔!?」
五月は小さく笑った。
「では、帰りましょうか」
「うん!」
二人で図書室を出る。
廊下を歩きながら、蓮はふと思った。
「五月」
「はい?」
「これからさ」
蓮は少し照れながら笑った。
「困ったことがあったら、俺にも言ってくれよ」
五月が足を止める。
「……どうしてですか?」
「どうしてって……」
蓮は頭を掻いた。
「友達だから」
「……」
五月は少しだけ目を伏せた。
そして。
「……ありがとうございます」
小さな声だった。
けれど、その表情は嬉しそうだった。
蓮も笑う。
「こちらこそ」
夕焼けに照らされた廊下を、二人で歩く。
その距離は、まだ少し遠い。
それでも。
今日より明日は、ほんの少しだけ近くなっている。
そんな気がした。