『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』   作:夜幻

2 / 10
第2話 五人の姉妹と、ひとつの約束

 

「……疲れた」

 

放課後。

 

神城蓮は机に突っ伏していた。

 

「初日から疲れすぎだろ、俺……」

 

窓の外では、部活動に向かう生徒たちの声が聞こえている。

 

教室には、もうほとんど人が残っていない。

 

蓮は顔だけを横に向けた。

 

「帰るか……」

 

そのとき。

 

「神城君?」

 

聞き覚えのある声がした。

 

顔を上げる。

 

教室の入口に立っていたのは、一花だった。

 

薄いピンクのショートヘア。

 

右耳のピアスが夕日の光を受けて、小さく輝いている。

 

「一花さん?」

 

「うん」

 

一花は教室へ入ってくると、蓮の机まで歩いてきた。

 

「まだ帰らないの?」

 

「今から帰ろうかなって」

 

「ふーん」

 

一花は机に手をついて、蓮の顔を覗き込んだ。

 

「じゃあ、お姉さんと一緒に帰る?」

 

「え?」

 

「嫌?」

 

「嫌じゃないです!」

 

即答だった。

 

「ふふっ」

 

一花が笑う。

 

「素直でよろしい」

 

「……またからかってます?」

 

「もちろん」

 

「やっぱり!」

 

蓮が頬を膨らませる。

 

一花は楽しそうに笑った。

 

「神城君って、本当に分かりやすいね」

 

「感情が顔に出るってよく言われます」

 

「それ、長所だと思うぞ」

 

「……一花さんに言われると、なんか照れるな」

 

蓮が頭を掻く。

 

そのとき。

 

「一花!」

 

鋭い声が響いた。

 

二乃だった。

 

「何してんのよ」

 

「何って、一緒に帰ろうとしてるだけ」

 

「ふーん?」

 

二乃は蓮を見る。

 

「あんたも?」

 

「はい」

 

「……まあいいけど」

 

二乃は腕を組んだ。

 

「でも寄り道は禁止だから」

 

「え?」

 

「夕飯の買い物があるのよ」

 

そう言った二乃の手には、小さな買い物袋があった。

 

「二乃って料理するの?」

 

蓮が尋ねる。

 

「するわよ」

 

二乃は当然のように答えた。

 

「姉妹の夕飯、あたしが作ることも多いし」

 

「すごいな……」

 

「別に普通でしょ」

 

「いや、俺なんてカップ麺くらいしか――」

 

「それは料理じゃない」

 

「ですよね!」

 

二乃は呆れたようにため息をついた。

 

「……今度、ちゃんとしたもの食べさせてあげるわよ」

 

「え?」

 

「な、何よ!」

 

二乃の顔が赤くなる。

 

「あたしが作ったほうがマシってだけ!」

 

「ありがとうございます!」

 

蓮の顔が一瞬で輝いた。

 

「やった!」

 

「……あんた、食べ物に釣られすぎじゃない?」

 

一花が横で笑う。

 

「だって美味しいものは正義ですよ!」

 

「ふふっ。なるほどね」

 

三人で教室を出る。

 

廊下を歩いていると、壁際に三玖が立っていた。

 

首にはいつものヘッドホン。

 

「……待ってた」

 

「三玖?」

 

「うん」

 

三玖は蓮を見る。

 

「今日、二乃が料理するって言ってた」

 

「そうなんだよ!」

 

蓮が嬉しそうに答える。

 

「何作るんだろうな!」

 

「……食いしん坊」

 

「三玖まで!」

 

「でも」

 

三玖は少しだけ蓮を見る。

 

「私も、二乃の料理は好き」

 

「おお!」

 

「……だから楽しみ」

 

三玖の声は小さい。

 

けれど、その表情は少し嬉しそうだった。

 

そんな三玖を見て、蓮は笑った。

 

「五人とも仲良しなんだな」

 

「……五人とも?」

 

三玖が首を傾げる。

 

「あ」

 

またやってしまった。

 

蓮は慌てて視線を逸らす。

 

「いや、なんとなく!」

 

「……変なの」

 

「今日何回目だよ!」

 

「知らない」

 

三玖は小さく笑った。

 

その直後。

 

「皆さん、ここにいたんですね!」

 

廊下の向こうから、四葉が走ってくる。

 

「危ないですよ!」

 

「大丈夫です!」

 

「走るなって!」

 

蓮が注意する。

 

「えへへ……すみません!」

 

四葉は止まった。

 

その頭の大きな緑色のうさ耳リボンが、勢いでぴょんと揺れる。

 

「皆さんで帰るんですか?」

 

「そうだぞ」

 

一花が答える。

 

「じゃあ私も一緒に行きます!」

 

「四葉、部活は?」

 

二乃が尋ねる。

 

「あっ」

 

四葉の顔が固まった。

 

「……忘れてました」

 

「忘れるな!」

 

全員の声が重なった。

 

「すみませーん!」

 

四葉が頭を下げる。

 

その姿がおかしくて、蓮は吹き出した。

 

「ははは!」

 

「神城さんまで!」

 

「ご、ごめん!」

 

四葉も笑う。

 

その場の空気が、自然と明るくなる。

 

そして。

 

「……あ」

 

蓮が気づいた。

 

一人足りない。

 

「五月は?」

 

その名前が出た瞬間。

 

四葉が振り返った。

 

「あっ、五月ちゃん!」

 

「先に帰ったのか?」

 

「たぶん図書室です!」

 

「図書室?」

 

蓮は少し考える。

 

「……じゃあ、俺ちょっと行ってくる」

 

「え?」

 

一花が目を細める。

 

「五月に用事?」

 

「いや、初日に会っただけだし。ちゃんと挨拶して帰ろうかなって」

 

「へぇ……」

 

一花の口元がニヤリと上がる。

 

「お姉さん、なんだか気になるぞ」

 

「何がですか!」

 

「さあ?」

 

「絶対分かってるでしょ!」

 

笑い声を背に、蓮は図書室へ向かった。

 

図書室の扉を開ける。

 

静かな空気。

 

紙の匂い。

 

夕暮れの光。

 

そして。

 

「……いました」

 

窓際の席。

 

五月が一人で勉強していた。

 

赤みの強い長い髪が肩から流れ、大きなアホ毛がぴょこんと揺れている。

 

両サイドには星型のヘアピン。

 

蓮は思わず見惚れた。

 

「……綺麗だな」

 

「何か?」

 

「うわっ!」

 

五月が顔を上げていた。

 

「いつからそこに!?」

 

「今です」

 

「びっくりした……」

 

蓮は胸を押さえる。

 

「心臓止まるかと思った」

 

「大げさです」

 

「本当にびっくりしたんだって!」

 

五月は少しだけ笑った。

 

「それで、何か御用ですか?」

 

「みんなで帰るんだけど、五月もどうかなって」

 

「……」

 

五月の視線が机の上に落ちる。

 

そこには大量の参考書。

 

「まだ勉強が終わっていません」

 

「真面目だなあ」

 

「当たり前です」

 

五月は胸を張った。

 

「私は、努力しなければいけませんから」

 

蓮はその言葉を聞いて、少しだけ笑った。

 

「じゃあさ」

 

「はい?」

 

「一緒に帰って、帰ってから勉強すればいいんじゃない?」

 

「……」

 

五月が黙る。

 

「それなら時間も無駄にならないだろ?」

 

「ですが……」

 

「腹減ってない?」

 

「……」

 

五月の目が揺れた。

 

「……なぜ、それを?」

 

「いや、なんとなく」

 

五月はしばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……少しだけ」

 

「やっぱり!」

 

蓮が笑う。

 

「よし、帰ろう!」

 

「待ってください」

 

五月が立ち上がる。

 

「私は、そんなに食いしん坊ではありません」

 

「まだ何も言ってない!」

 

「顔に書いてありました」

 

「俺の顔!?」

 

五月は小さく笑った。

 

「では、帰りましょうか」

 

「うん!」

 

二人で図書室を出る。

 

廊下を歩きながら、蓮はふと思った。

 

「五月」

 

「はい?」

 

「これからさ」

 

蓮は少し照れながら笑った。

 

「困ったことがあったら、俺にも言ってくれよ」

 

五月が足を止める。

 

「……どうしてですか?」

 

「どうしてって……」

 

蓮は頭を掻いた。

 

「友達だから」

 

「……」

 

五月は少しだけ目を伏せた。

 

そして。

 

「……ありがとうございます」

 

小さな声だった。

 

けれど、その表情は嬉しそうだった。

 

蓮も笑う。

 

「こちらこそ」

 

夕焼けに照らされた廊下を、二人で歩く。

 

その距離は、まだ少し遠い。

 

それでも。

 

今日より明日は、ほんの少しだけ近くなっている。

 

そんな気がした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。