『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』   作:夜幻

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第3話 五月は、やっぱり頑張り屋

「……お腹が空きました」

 

夕暮れの商店街。

 

中野五月は、ぽつりと呟いた。

 

その隣を歩いていた神城蓮は、思わず吹き出した。

 

「ははっ!」

 

「……何がおかしいのですか?」

 

「いや、ごめん!」

 

蓮は笑いを堪えようとする。

 

けれど。

 

五月の視線が、商店街の惣菜店へ吸い寄せられている。

 

「……」

 

「五月」

 

「何でしょう?」

 

「さっきからずっと、あの店見てるよな?」

 

「見ていません」

 

即答。

 

しかし視線は店から離れない。

 

「見てるじゃん!」

 

「……」

 

五月の頬が少し膨らむ。

 

「確認していただけです」

 

「何を?」

 

「夕食の参考です」

 

「なるほど」

 

蓮は頷いた。

 

そして店の前で立ち止まる。

 

「じゃあ、買おう」

 

「え?」

 

五月が振り返る。

 

「何をですか?」

 

「コロッケ」

 

店先に並ぶ揚げたてのコロッケ。

 

衣から、香ばしい匂いが漂ってくる。

 

五月の目が輝いた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「五月?」

 

「……いえ」

 

五月は視線を逸らした。

 

「私は、別に……」

 

その腹から。

 

ぐぅぅぅぅ。

 

「…………」

 

「…………」

 

蓮は固まった。

 

五月も固まった。

 

「……今のは」

 

「お腹の音ですね」

 

「言わないでください!」

 

五月の顔が真っ赤になる。

 

「す、すみません!」

 

蓮も慌てて頭を下げる。

 

「でも、これは仕方ない!」

 

「何がですか?」

 

「腹が減るのは人間の本能だ!」

 

「……意味が分かりません」

 

「とにかく!」

 

蓮は店に入った。

 

「俺が買うよ」

 

「いけません!」

 

五月が慌てて追いかける。

 

「自分の分は自分で払います!」

 

「いいって」

 

「よくありません!」

 

「じゃあ……」

 

蓮は少し考える。

 

「半分こ」

 

「……」

 

五月が黙った。

 

「一つを半分ずつ食べればいいだろ?」

 

「それなら……」

 

五月は少し考えた。

 

「……分かりました」

 

二人でコロッケを買う。

 

店先のベンチに座る。

 

「いただきます」

 

五月が両手を合わせる。

 

「いただきます!」

 

蓮も元気よく言った。

 

一口。

 

サクッ。

 

熱々の衣。

 

その中から、じゃがいもの甘みと肉の旨味が広がる。

 

「うまっ!」

 

蓮の目が輝いた。

 

「これは美味い!」

 

「……」

 

五月も一口食べる。

 

そして。

 

「……美味しいです」

 

頬が緩んだ。

 

蓮はその表情を見て、嬉しくなる。

 

「だろ?」

 

「はい」

 

「もっと食べる?」

 

「……いいのですか?」

 

「もちろん」

 

「では……」

 

五月が二口目。

 

三口目。

 

四口目。

 

「……」

 

蓮は無言になった。

 

「五月」

 

「はい?」

 

「半分こって言ったよな?」

 

「はい」

 

「俺の分が消えてるんだけど」

 

五月が手元を見る。

 

残っているのは、小さな一欠片。

 

「……」

 

「……」

 

「……申し訳ありません」

 

五月がしゅんと肩を落とした。

 

蓮は思わず笑った。

 

「いいよ」

 

「ですが……」

 

「美味しそうに食べてたから」

 

「……」

 

五月が顔を上げる。

 

「神城さんは、優しいですね」

 

「え?」

 

突然褒められて。

 

蓮の顔が真っ赤になる。

 

「そ、そんなことないって!」

 

「顔が赤いですよ?」

 

「暑いんだよ!」

 

「もう夕方ですよ?」

 

「……」

 

蓮は両手で顔を覆った。

 

「褒められるの弱いんだよ、俺……」

 

五月が小さく笑う。

 

「ふふっ」

 

「笑ったな!」

 

「すみません」

 

「絶対悪いと思ってないだろ!」

 

「はい」

 

「正直!」

 

二人の笑い声が商店街に響く。

 

少しして。

 

五月が鞄から一冊の参考書を取り出した。

 

「……ところで」

 

「ん?」

 

「数学が、どうしても理解できないのです」

 

「数学?」

 

「はい」

 

五月は眉を寄せる。

 

「勉強しているのですが、どうしても点数が伸びません」

 

蓮は参考書を覗き込む。

 

「どこが分からない?」

 

「この問題です」

 

五月が指を差す。

 

蓮は問題を見る。

 

「……ああ」

 

数秒。

 

「ここは公式を覚えるより――」

 

蓮は地面に落ちていた小さな紙袋を裏返し、簡単な図を書いた。

 

「こう考えたほうが分かりやすい」

 

「……」

 

五月は真剣に見つめる。

 

「ここをこうして……」

 

「はい」

 

「だから答えは――」

 

「……あ」

 

五月の目が見開かれた。

 

「分かりました」

 

「本当?」

 

「はい!」

 

五月の顔がぱっと明るくなる。

 

「ありがとうございます!」

 

「よかった!」

 

蓮も嬉しくなって拳を握る。

 

「やった!」

 

二人で顔を見合わせる。

 

「……ふふっ」

 

五月が笑う。

 

「神城さんは、本当に楽しそうですね」

 

「そりゃそうだろ!」

 

蓮は胸を張った。

 

「誰かが分からなかったことを分かるようになったら、嬉しいじゃん!」

 

「……」

 

五月は少し黙った。

 

「私も」

 

「ん?」

 

「そんなふうに、誰かを助けられる人になりたいです」

 

その言葉には、強い意志が込められていた。

 

蓮は五月を見る。

 

「なれるよ」

 

「……簡単に言わないでください」

 

「簡単じゃない」

 

蓮は真っ直ぐ答えた。

 

「五月が今まで頑張ってきたの、俺は知らない」

 

「……」

 

「でも、頑張ってる人の顔くらい分かる」

 

五月の瞳が揺れる。

 

「だから」

 

蓮は笑った。

 

「焦らなくていいんじゃないかな」

 

「……」

 

五月は参考書を胸に抱いた。

 

「……ありがとうございます」

 

「うん」

 

「神城さん」

 

「何?」

 

「明日も……」

 

五月が言葉を止める。

 

頬が少し赤くなる。

 

「もしよければ、勉強を教えていただけませんか?」

 

蓮の顔が一瞬で輝いた。

 

「もちろん!」

 

「本当ですか?」

 

「大歓迎!」

 

「では……よろしくお願いします」

 

「任せて!」

 

蓮はガッツポーズをする。

 

五月はそんな蓮を見て、少しだけ笑った。

 

その笑顔を見ながら。

 

蓮は胸の奥で思った。

 

――もっと、この子のことを知りたい。

 

原作を知っているからではない。

 

未来を変えたいからでもない。

 

ただ。

 

目の前で嬉しそうに笑っている五月を、もっと笑わせたい。

 

その気持ちだけは。

 

前世の記憶とは関係のない、神城蓮自身のものだった。

 

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