『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』   作:夜幻

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第4話 放課後、二人だけの勉強会

翌日の放課後。

 

「……よし」

 

神城蓮は、教室の時計を見上げた。

 

時刻は午後四時。

 

終礼が終わってから、まだ五分も経っていない。

 

それなのに蓮は、まるで大事な試合でも控えているかのように落ち着かなかった。

 

「……落ち着け、俺」

 

机の上には教科書とノート。

 

そして、昨日五月と一緒に食べたコロッケの包み紙。

 

……ではない。

 

さすがにそんなものを持って帰ってきてはいない。

 

「いや、何を緊張してるんだよ俺……」

 

昨日、五月に言われた。

 

『明日も、勉強を教えていただけませんか?』

 

それだけだ。

 

ただ、それだけなのだ。

 

「……でも、五月と二人で勉強か」

 

思わず頬が緩む。

 

「……へへ」

 

「何ニヤニヤしてんの?」

 

「うおっ!?」

 

突然、背後から声をかけられ、蓮は椅子から飛び上がった。

 

振り返る。

 

そこには一花が立っていた。

 

「お、お前か……」

 

「お前かってひどくない?」

 

一花は頬を膨らませながら、蓮の机を覗き込む。

 

「なになに? ずいぶん嬉しそうじゃん」

 

「別に」

 

「ふーん?」

 

一花はニヤリと笑った。

 

「もしかして、誰かと待ち合わせ?」

 

「……まあ」

 

「女の子?」

 

「……」

 

「図星だ」

 

「うるさい」

 

「えー、お姉さんにも教えてよ」

 

一花が楽しそうに顔を近づけてくる。

 

「誰? 誰?」

 

「……五月」

 

「へぇ」

 

一花の目が細くなる。

 

「五月かぁ」

 

「なんだよ」

 

「いやいや。昨日も一緒に帰ってたよね?」

 

「たまたまだ」

 

「ふーん」

 

「本当にたまたまだって」

 

「でも、今日は自分から残って待ってる」

 

「……」

 

痛いところを突かれた。

 

「神城君って、意外と分かりやすいね」

 

「……そうか?」

 

「うん。顔に出るタイプ」

 

「マジか……」

 

蓮は両手で顔を覆った。

 

「やばいな、俺」

 

「ふふっ」

 

一花が楽しそうに笑う。

 

「まあ、頑張ってね」

 

「何をだよ」

 

「さあ?」

 

そう言い残して、一花は教室を出ていった。

 

「……なんなんだよ」

 

蓮はため息をつく。

 

その直後。

 

廊下から、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「神城君!」

 

蓮が顔を上げる。

 

教室の入り口に立っていたのは――五月だった。

 

赤みの強い長い髪。

 

毛先にかけて柔らかく波打つ髪。

 

そして、ぴょこんと跳ねた大きなアホ毛。

 

両側の髪には、星型のヘアピン。

 

「……」

 

蓮は一瞬、言葉を失った。

 

昨日も見たはずなのに。

 

どうしてだろう。

 

今日は、昨日より少しだけ可愛く見えた。

 

「……神城君?」

 

「え?」

 

「どうしました?」

 

「いや……」

 

蓮は慌てて目を逸らす。

 

「なんでもない」

 

「そうですか?」

 

五月は不思議そうに首を傾げた。

 

「では、勉強を……」

 

「おう!」

 

蓮は勢いよく立ち上がった。

 

「やろう!」

 

「……元気ですね」

 

「まあな!」

 

「昨日はもっと落ち着いていた気がしますが」

 

「気のせいだ!」

 

「そうでしょうか」

 

五月は少しだけ笑った。

 

その笑顔を見て、蓮の心臓が跳ねる。

 

――やっぱり。

 

俺、この子のこと……。

 

「……?」

 

「どうしました?」

 

「いや、なんでもない」

 

「今日、そればかりですね」

 

五月が小さく笑う。

 

蓮は頭を掻いた。

 

二人は昨日と同じように、空いている教室の窓際の席に向かった。

 

五月が椅子に座り、教科書を開く。

 

「今日は数学です」

 

「おう」

 

「昨日の続きからお願いします」

 

「任せろ」

 

蓮も隣の席に座った。

 

距離が近い。

 

肩を少し動かせば触れそうな距離。

 

「……」

 

「……」

 

二人とも、なぜか少しだけ黙る。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「近くないですか?」

 

「え?」

 

「昨日より……」

 

五月が自分たちの距離を見る。

 

「……確かに」

 

蓮も気づく。

 

机を二つ並べているせいで、かなり近かった。

 

「じゃあ、少し離れるか?」

 

「……いえ」

 

五月が小さく首を横に振った。

 

「このほうが教科書を見やすいので」

 

「そ、そうか」

 

「はい」

 

五月は平然としている。

 

しかし。

 

耳が少し赤い。

 

蓮も気づいた。

 

そして、自分の耳もきっと赤い。

 

「……よし」

 

蓮は誤魔化すように教科書を指差した。

 

「じゃあ、この問題な」

 

「はい」

 

「昨日やった公式を使う」

 

「ここですね」

 

「そう。それで――」

 

蓮はノートに式を書いていく。

 

五月は真剣な表情でそれを見つめている。

 

「ここまでは分かりますか?」

 

「はい」

 

「じゃあ、この次は?」

 

「……」

 

五月は鉛筆を持ったまま止まった。

 

「……分かりません」

 

「おしい」

 

「おしい?」

 

「うん。考え方は合ってる」

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

蓮は五月のノートに少しだけ書き足す。

 

「ここをこうして……」

 

「……あ」

 

「ほら」

 

「分かりました」

 

五月の目が輝いた。

 

「なるほど……!」

 

「だろ?」

 

「はい!」

 

嬉しそうに笑う。

 

「神城君は、教えるのが上手ですね」

 

「……」

 

今度こそ。

 

蓮は固まった。

 

「……どうしました?」

 

「いや」

 

「?」

 

「……褒められると、照れるな」

 

「え?」

 

「俺、こういうの慣れてないんだよ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ」

 

五月は少し考えるように首を傾げた。

 

「意外ですね」

 

「何が?」

 

「神城君は、もっと自信がある人だと思っていました」

 

「まあ、勉強とか運動はそこそこできるけど」

 

「そこそこ?」

 

「……いや、まあ」

 

蓮は視線を逸らす。

 

前世の知識がある。

 

さらに転生してからの努力もある。

 

だが。

 

「俺だって普通の高校生だからな」

 

「……そうですね」

 

五月が柔らかく笑った。

 

「それなら、安心しました」

 

「安心?」

 

「はい」

 

「なんで?」

 

五月は少しだけ恥ずかしそうに目を伏せる。

 

「……私だけが不器用なのではないと思えるので」

 

「……」

 

蓮は目を丸くした。

 

「五月」

 

「はい」

 

「そんなことないぞ」

 

「え?」

 

「お前は不器用かもしれないけど……」

 

蓮は五月のノートを見る。

 

何度も書き直された跡。

 

消しゴムで消した跡。

 

途中で諦めずに解こうとした跡。

 

「ちゃんと頑張ってるじゃん」

 

「……」

 

五月の手が止まった。

 

「昨日だって、分からないところをそのままにしなかっただろ」

 

「……はい」

 

「分かるまでやろうとしてる」

 

「……」

 

「それって、結構すごいことだと思うぞ」

 

五月はしばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「……ありがとうございます」

 

小さな声だった。

 

「神城君にそう言っていただけると……なんだか、頑張れそうです」

 

「……そっか」

 

蓮は笑った。

 

「じゃあ、今日も頑張るか」

 

「はい!」

 

――そのとき。

 

ぐぅぅぅぅ。

 

教室に響く音。

 

「……」

 

「……」

 

蓮と五月の視線が交差する。

 

五月の顔が、一気に赤くなる。

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「五月」

 

「なんでしょう」

 

「腹減った?」

 

「……違います」

 

「いや、今の音――」

 

「違います」

 

「でも――」

 

「違います!」

 

五月は顔を真っ赤にしたまま、机を叩いた。

 

「これは、その……!」

 

「うん」

 

「身体が勝手に……!」

 

「うん」

 

「仕方のないことなのです!」

 

「うんうん」

 

「笑わないでください!」

 

「笑ってないって」

 

蓮は必死に笑いを堪えていた。

 

「……ぷっ」

 

「笑っているではありませんか!」

 

「ごめん、ごめん!」

 

五月は頬を膨らませる。

 

「……もう」

 

その姿があまりにも可愛らしくて。

 

蓮はますます笑ってしまう。

 

「……仕方ないな」

 

「?」

 

蓮は鞄を開けた。

 

「これ食べる?」

 

取り出したのは、小さなパンだった。

 

五月の目が一瞬でパンに向く。

 

「……」

 

「……」

 

「いただいても?」

 

「もちろん」

 

「ありがとうございます!」

 

五月は両手でパンを受け取った。

 

その瞬間。

 

ぱぁっと表情が明るくなる。

 

「……」

 

蓮は思った。

 

分かりやすい。

 

ものすごく分かりやすい。

 

「五月ってさ」

 

「はい?」

 

「食べ物の前だと、すごく素直になるよな」

 

「……」

 

五月が固まった。

 

「……それは、褒めていますか?」

 

「もちろん」

 

「なら、許します」

 

「許すんだ」

 

「はい」

 

五月は袋を開ける。

 

そして一口。

 

「……おいしいです」

 

「だろ?」

 

「はい」

 

二口目。

 

「……」

 

三口目。

 

「……」

 

あっという間に半分。

 

「早っ」

 

「……?」

 

「いや、なんでもない」

 

五月はパンを食べながら首を傾げる。

 

その頬が少し膨らんでいる。

 

蓮は思わず笑った。

 

「……何か?」

 

「いや」

 

「?」

 

「なんか、安心するなと思って」

 

「安心?」

 

「うん」

 

蓮は窓の外を見る。

 

夕暮れの光が、教室の床を赤く染めている。

 

「こういう普通の時間って、いいなって」

 

五月は少しだけ黙った。

 

「……私も」

 

「え?」

 

「私も、そう思います」

 

五月はパンを持ったまま、窓の外を見る。

 

「五人でいるのも楽しいです」

 

「うん」

 

「ですが……」

 

少しだけ間を置く。

 

「こうして誰かと二人で勉強するのも、悪くありません」

 

「……」

 

蓮の胸が、また跳ねた。

 

「……そっか」

 

「はい」

 

五月は微笑む。

 

「ですから……」

 

「ん?」

 

「明日も、お願いします」

 

蓮は笑った。

 

「ああ」

 

「明後日も」

 

「おう」

 

「その次も……」

 

「もちろん」

 

「……本当に?」

 

「本当に」

 

五月の顔が、嬉しそうに綻ぶ。

 

「……ありがとうございます」

 

その笑顔を見て。

 

蓮は思った。

 

原作を知っているから守りたい。

 

未来を変えたい。

 

そう思って、この世界に来た。

 

でも。

 

今はもう、それだけじゃない。

 

五月が笑っている。

 

ただ、それだけのことが。

 

自分には嬉しかった。

 

「じゃあ、もう一問やるか」

 

「はい!」

 

「この問題、解けたらご褒美な」

 

「ご褒美?」

 

「そう」

 

五月の目が輝く。

 

「何でしょう?」

 

蓮は少し考えて。

 

「……明日、好きなもの奢ってやる」

 

「!」

 

五月が勢いよく顔を上げる。

 

「本当ですか!?」

 

「ああ」

 

「では、頑張ります!」

 

「現金だなあ……」

 

「食事は大切です!」

 

「はいはい」

 

「では、この問題を解けばいいのですね?」

 

「そう」

 

五月は鉛筆を握り直した。

 

「絶対に解きます!」

 

「その意気だ」

 

夕暮れの教室。

 

二人の勉強会は、もうしばらく続いた。

 

そして。

 

その翌日から。

 

放課後になると。

 

一人の少年と、一人の少女が。

 

自然と同じ教室に集まるようになった。

 

それはまだ。

 

恋と呼ぶには、少し早い。

 

けれど。

 

確かに二人の間には。

 

昨日までにはなかった「特別な時間」が、少しずつ生まれ始めていた。

 

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