『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』 作:夜幻
翌日の放課後。
「……できました!」
五月が勢いよくノートを差し出した。
「おお!」
蓮は思わず声を上げる。
そこには、昨日まで苦戦していた数学の問題が、きちんと最後まで解かれていた。
「正解!」
「……!」
五月の顔がぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「ああ。完璧」
「……やりました!」
五月は小さく拳を握った。
「昨日、家に帰ってからも復習したんです」
「マジか」
「はい」
「偉いじゃん」
「……」
五月が少しだけ照れたように俯く。
「ありがとうございます」
「じゃあ、ご褒美だな」
「!」
五月が顔を上げる。
「好きなものを奢っていただけるんですよね?」
「覚えてたのか」
「もちろんです」
即答だった。
「何食べたい?」
「……」
五月は真剣な顔で考え始める。
「ラーメン……」
「おっ」
「カレー……」
「うん」
「ハンバーグ……」
「……」
「パフェも捨てがたいです」
「食事とデザートを同列で考えるなよ」
「重要な問題です」
「数学より真剣じゃん」
「当然です」
五月は胸を張った。
そのとき。
ガラッ。
教室の扉が開いた。
「五月ー?」
四葉だった。
「……あ」
五月の動きが止まる。
四葉は教室の中を見回し。
そして。
蓮と五月が並んで座っていることに気づいた。
「……」
「……」
「……?」
四葉が首を傾げる。
「何してるんですか?」
「勉強」
五月が答える。
「二人で?」
「はい」
「毎日?」
「……」
五月が止まった。
四葉の目が丸くなる。
「毎日なんですか!?」
「声が大きい!」
五月が慌てて立ち上がった。
「ちょっと待ってください、四葉!」
「えっ、でも昨日も一緒に帰ってましたよね?」
「それは……」
「一昨日も放課後に一緒にいました!」
「四葉!」
「え?」
四葉が首を傾げる。
「違うんですか?」
「……」
五月は黙り込んだ。
「……」
「……」
蓮は嫌な予感がした。
「五月」
「なんでしょう」
「これ、言い訳するほど怪しくなるやつだぞ」
「分かっています!」
「分かってるんだ……」
四葉は目を輝かせた。
「もしかして!」
「違います」
五月が即座に遮る。
「まだ何も言ってませんよ!?」
「何を考えているか分かります!」
「じゃあ言わなくていいです!」
「はい!」
四葉は元気よく頷いた。
しかし。
この騒ぎを聞きつけて。
さらに二人がやってきた。
「ちょっと、何騒いでるの?」
二乃。
その後ろには三玖もいる。
「……五月」
三玖が五月を見る。
「何してるの?」
「勉強です」
「……蓮と?」
「はい」
「二人で?」
「……はい」
三玖の目が少しだけ細くなった。
「へぇ」
「なんですか、その反応は」
「別に」
「絶対何か思っていますよね?」
「思ってない」
「……」
「……」
「思ってますよね?」
「少し」
「やっぱり!」
その横で二乃が腕を組む。
「ふーん」
「二乃まで……」
「別に?」
二乃は五月と蓮を交互に見る。
「最近、放課後になると五月がいなくなると思ったら……」
「……」
「こんなところで男と二人きりねぇ」
「男と二人きりという言い方はやめてください!」
五月が真っ赤になる。
「だって男じゃない」
「そうですけど!」
「じゃあ何?」
「神城君です!」
「それを男って言うのよ」
「……!」
五月が言葉に詰まった。
蓮は思わず吹き出した。
「ははっ」
「神城君!」
「悪い悪い」
「笑い事ではありません!」
「いや、二乃の言い方が面白くて」
「そこ笑うところじゃないでしょ」
二乃が蓮を睨む。
「それにしても、あんた」
「俺?」
「五月に勉強教えてるの?」
「ああ」
「ふーん」
「なんだよ」
「……別に」
二乃は少し考える。
「まあ、五月が自分から頼んでるならいいけど」
「二乃……」
「何よ」
「ありがとうございます」
「礼を言われるほどじゃないわよ」
二乃は顔を逸らした。
「妹が勉強するようになったんだから、それくらいはね」
三玖がぽつりと言う。
「五月、最近ちょっと楽しそう」
「……!」
五月が固まる。
「そう?」
「うん」
三玖は淡々と答える。
「前より勉強の話をするようになった」
「……」
「それに」
三玖は蓮を見る。
「神城君と話してるとき、五月はよく笑ってる」
「……!」
五月の顔が一気に赤くなった。
「み、三玖!」
「事実」
「そういうことを言わないでください!」
「なんで?」
「なんでもです!」
「……ふーん」
三玖は首を傾げた。
「じゃあ、神城君」
「ん?」
「五月のこと、よろしく」
「え?」
三玖は真剣な顔だった。
「五月、頑張り屋だから」
「……ああ」
蓮も頷く。
「分かってる」
「ならいい」
「三玖……」
五月が少しだけ驚いたように三玖を見る。
そのとき。
「へぇ~」
一花が教室の入口から顔を出した。
「なんか楽しそうじゃん」
「一花!?」
「お姉さん、聞いちゃった」
一花は楽しそうに笑う。
「五月が毎日、神城君と勉強してるんだって?」
「……」
「……」
五月が俯く。
「……はい」
「ふふっ」
一花は五月の隣まで歩いてくる。
「よかったね、五月」
「え?」
「勉強教えてくれる人が見つかって」
「……」
「それに、なんだか嬉しそうだし」
「そんなことありません」
「本当に?」
「本当です」
「じゃあ、神城君」
「俺?」
一花がニヤニヤしながら聞く。
「五月って、勉強中どんな感じ?」
「真面目だぞ」
「ほかには?」
「よく頑張る」
「ほかには?」
「……食べる」
「やっぱり」
一花が笑う。
「五月らしいね」
「余計なことを言わないでください!」
「でもさ」
一花が少しだけ優しい顔になる。
「五月が楽しそうなら、お姉さんは嬉しいよ」
「……一花」
「だから、これからもよろしくね」
「……はい」
五月は小さく頷いた。
その場にいた四葉が突然手を挙げる。
「はい!」
「何?」
「私も勉強したいです!」
「え?」
「神城さん、私にも教えてください!」
「もちろんいいけど」
「やったー!」
四葉が飛び跳ねる。
「私、数学苦手なんですよ!」
「知ってる」
「なぜ!?」
「顔に書いてある」
「そんなー!」
四葉が頭を抱える。
「私、そんなに分かりやすいですか!?」
「かなり」
「うう……」
その横で三玖が手を挙げる。
「私も」
「三玖も?」
「うん」
「歴史なら教えてほしい」
「歴史?」
「戦国時代」
三玖の目が少し輝く。
「神城君、詳しそうだから」
「まあ、それなりに」
「……じゃあ、お願い」
「おう」
さらに。
「ちょっと待って」
二乃が口を挟む。
「あたしまで勉強する流れになってない?」
「二乃は?」
「……」
二乃は腕を組む。
「別に、あたしはいいわよ」
「そう?」
「でも」
二乃は蓮を指差す。
「五月ばっかり贔屓したら許さないから」
「贔屓?」
「そうよ」
「してないって」
「ならいいけど」
一花が笑う。
「じゃあ、五人で勉強会?」
「楽しそうです!」
四葉が両手を上げる。
「私は賛成」
三玖も頷く。
二乃も肩をすくめる。
「まあ、たまになら」
そして。
全員の視線が五月に集まる。
「……」
五月は黙っていた。
「五月?」
四葉が呼ぶ。
「……」
「どうしました?」
「……私は」
五月がちらりと蓮を見る。
「……」
そして、小さく息を吐いた。
「別に、構いません」
「やったー!」
四葉が喜ぶ。
しかし。
蓮には分かった。
五月はほんの少しだけ。
残念そうだった。
「……」
蓮も少しだけ笑う。
「まあ、五人でやるのも楽しそうだな」
「……はい」
五月は笑って答えた。
その表情は明るい。
けれど。
ほんの少しだけ。
蓮には寂しそうにも見えた。
そして翌日。
放課後の教室には。
六人分の机が並んでいた。
「じゃあ、まず数学から!」
四葉が元気よく宣言する。
「待って。私、数学より歴史がいい」
三玖が言う。
「私は数学です」
五月が続ける。
「あたしは料理の勉強がしたいんだけど」
二乃が言う。
「それは学校でやらなくてよくない?」
一花が笑う。
「じゃあ、神城君」
「ん?」
「どうする?」
五人の視線が蓮に集まる。
蓮は頭を抱えた。
「……俺、一人しかいないんだけど」
「「「「「知ってます」」」」」
五人の声が重なった。
「……だよな」
こうして。
蓮の静かな放課後は。
あっという間に終わりを告げた。
ただ一つ。
蓮は知らなかった。
この「五人との勉強会」が。
これから始まる五つ子との日々を、大きく変えていくことを。