『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』 作:夜幻
放課後。
教室には、昨日までとは違う光景が広がっていた。
机が六つ。
そのうち五つには、五人の姉妹。
そして残り一つに、神城蓮。
「……」
蓮は教室を見回した。
「なんでこうなった?」
「昨日、みんなで勉強しようって決めたからですよ!」
四葉が元気よく答える。
「いや、それは覚えてる」
「じゃあ問題ないですね!」
「問題しかない気がするんだけど」
蓮の視線が五人を巡る。
一花は机に頬杖をついている。
二乃は教科書を開いているものの、やる気があるのか分からない。
三玖は歴史の資料集を持っている。
四葉は鉛筆を握っている。
そして。
五月は数学の教科書を開いて、真剣な顔をしていた。
「……まあ、やるか」
「はい!」
五月が元気よく返事をする。
蓮は少しだけ笑った。
「じゃあ、まずは数学から――」
「神城君」
三玖が手を挙げる。
「歴史がいい」
「……」
「数学はあとでいい」
「いや、全員の教科がバラバラだと教えられないだろ」
「じゃあ、私から」
五月が手を挙げる。
「私も数学です」
「私も数学です!」
四葉まで手を挙げる。
「……」
一花が笑った。
「お姉さんは見学でいいかな」
「勉強しろ」
「えー」
「一花も五人の一人だろ」
「神城君って、意外と厳しいね」
「普通だ」
二乃がため息をつく。
「あたしは英語」
「……」
蓮は机に突っ伏した。
「お前ら……」
「何よ」
「全員バラバラじゃねえか!」
「仕方ないでしょ」
二乃が肩をすくめる。
「苦手なものが違うんだから」
「まあ、それはそうなんだけど……」
蓮は立ち上がった。
そして黒板を見る。
「……よし」
「?」
「一人ずつやる」
「一人ずつ?」
「そう。俺が順番に回る」
四葉が手を挙げる。
「どの順番ですか?」
「……」
蓮は考えた。
「まず五月」
「!」
五月が顔を上げる。
「数学の続きからやる」
「はい!」
五月が嬉しそうに返事をする。
次に。
「四葉」
「はい!」
「数学」
「はい!」
「その次、二乃」
「英語ね」
「うん」
「その次は?」
三玖が聞く。
「三玖は歴史」
「……分かった」
最後に。
「一花」
「私は?」
「国語」
「えー。お姉さんだけ最後?」
「一番簡単そうだから」
「ひどい!」
一花が頬を膨らませる。
「私はもっと褒められて伸びるタイプなんだけど」
「じゃあ頑張れ」
「雑だなぁ」
こうして。
地獄の勉強会が始まった。
「五月、ここ」
「はい」
蓮は五月のノートを覗き込む。
「昨日やった問題と同じ考え方で解ける」
「……」
五月が鉛筆を動かす。
「ここを……こうして」
「そう」
「それから……」
「うん」
「……できました」
「正解」
「!」
五月が嬉しそうに笑う。
「やりました」
「昨日より早いぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
「……嬉しいです」
五月はノートを見つめながら、微笑んでいる。
蓮もつられて笑う。
「よし。その調子」
「はい」
「じゃあ次――」
「神城さん!」
四葉が叫んだ。
「分かりません!」
「早っ!」
「この問題です!」
「まだ二問目だぞ!?」
「分かりません!」
「分からないことをそんなに元気よく言うな!」
四葉は胸を張った。
「分からないものは分からないです!」
「威張るな!」
五月が小さく笑う。
「ふふっ」
「五月まで笑うなよ」
「すみません」
「顔が笑ってる」
「……」
五月は口元を手で隠した。
「少しだけです」
「まあいいけど」
蓮は四葉の席へ移動する。
「どこが分からない?」
「最初からです!」
「最初から!?」
「はい!」
「じゃあ、ここから」
蓮が説明を始める。
「この数字をこっちに移すと――」
「はい!」
「ここで符号が変わる」
「はい!」
「だから答えは?」
「……三!」
「正解」
「やったー!」
四葉が両手を上げる。
「分かりました!」
「よかったな」
「神城さん、教えるの上手ですね!」
「ありがとう」
「これなら私、次のテストで――」
「四葉」
「はい!」
「その前に宿題を終わらせような」
「……はい」
しゅん。
その姿を見て、一花が笑った。
「四葉、分かりやすいなぁ」
「一花姉さん!」
「怒ってる?」
「怒ってません!」
「顔に出てるよ?」
「出てません!」
「出てる」
三玖がぼそっと言う。
「三玖まで!」
教室に笑い声が広がった。
しばらくして。
「次、二乃」
「はいはい」
二乃が英語のノートを差し出す。
「ここ」
「この文?」
「そう」
蓮が問題を見る。
「これは単語の意味を覚えれば簡単」
「単語が覚えられないのよ」
「じゃあ語呂合わせにするか」
「語呂合わせ?」
「うん」
蓮がいくつかの単語を組み合わせて、覚えやすい文章を作っていく。
二乃はしばらく黙っていた。
そして。
「……なるほど」
「覚えやすいだろ?」
「確かに」
二乃は少し驚いたように目を瞬かせる。
「……あんた、教えるの上手いじゃない」
「また褒められた」
「何よ」
「いや、最近褒められることが増えたなって」
「別に普通のこと言っただけよ」
二乃は視線を逸らす。
「……ありがと」
「おう」
その様子を見ていた一花がニヤニヤする。
「二乃も素直になったねぇ」
「うるさい!」
「怒った」
「一花!」
「はいはい」
「茶化さないで!」
「ごめんごめん」
蓮は苦笑した。
「次、三玖」
「うん」
三玖が資料集を開く。
そこには戦国武将の名前が並んでいた。
「ここ」
「お、織田信長」
「うん」
三玖の表情が少し明るくなる。
「この時代の流れを知りたい」
「じゃあ、信長から説明するか」
「お願い」
蓮は三玖の隣に座った。
「まず、この時代は――」
「……」
三玖は真剣に聞いている。
「そして信長のあとに秀吉が――」
「うん」
「その後が家康」
「……」
三玖の目が輝く。
「神城君」
「ん?」
「詳しい」
「まあな」
「……好き」
「え?」
蓮が固まる。
三玖も固まった。
「……」
「……」
「……歴史が」
「あ、そっちか!」
「何を想像したの?」
「いや、何も!」
「顔に出てる」
「……」
蓮は両手で顔を覆った。
「また顔に出た……」
一花が笑いを堪えている。
二乃は呆れた顔。
四葉は意味が分からず首を傾げる。
そして五月は。
「……」
なぜか少しだけ頬を膨らませていた。
「五月?」
「なんでもありません」
「いや、なんか怒ってない?」
「怒っていません」
「……」
「本当に」
「そ、そうか」
蓮は首を傾げた。
勉強会が始まって一時間。
五人分の問題を見て。
説明して。
質問されて。
また説明して。
蓮は完全に疲れていた。
「……疲れた」
机に突っ伏す。
「お疲れ様です」
五月が言う。
「神城君、ありがとうございます」
「いや、こっちこそ」
「?」
「五人相手は想像以上に大変だった」
「でも楽しかったです」
四葉が言う。
「私も!」
二乃も頷く。
「まあ、悪くなかったわね」
三玖も。
「またやりたい」
一花は笑う。
「お姉さんは、もっと楽な教科がいいな」
「一花は途中からずっと寝てただろ」
「寝てないよ?」
「寝てた」
「ちょっと目を閉じていただけ」
「それを寝てるって言うんだよ」
「ふふっ」
また笑いが起こる。
そのとき。
五月が自分の鞄を持った。
「では、帰りましょう」
「おう」
蓮も立ち上がる。
すると。
四葉が突然叫んだ。
「神城さん!」
「ん?」
「明日もお願いします!」
「え?」
「勉強会!」
「明日も?」
「はい!」
四葉が笑顔で頷く。
二乃が続く。
「まあ、あたしもいいけど」
三玖も。
「私も」
一花も。
「お姉さんも参加しようかな」
「……」
蓮は五月を見る。
五月もこちらを見ていた。
「……私も」
小さく頷く。
「では、明日もよろしくお願いします」
「……」
蓮は少し笑った。
「分かった」
五人と過ごす放課後。
それはそれで楽しい。
けれど。
蓮は気づいてしまった。
五人に囲まれているのに。
なぜか一番気になってしまうのは。
隣にいる五月のことだった。
教室を出る。
夕方の廊下。
五人の姉妹が並んで歩いている。
その少し後ろを、蓮が歩く。
「……」
五月がちらりと振り返った。
目が合う。
「……?」
「いえ」
五月は前を向く。
それから。
ほんの少しだけ歩く速度を落とした。
蓮が隣に並ぶ。
「どうした?」
「……なんでもありません」
「またそれか」
「ふふっ」
五月が小さく笑った。
その笑顔を見て。
蓮も自然に笑う。
――五人で始まった勉強会。
その中で。
二人だけにしか分からない、小さな距離が。
また少しだけ近づいていた。