『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』   作:夜幻

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第7話 二人きりの帰り道

 

「じゃあ、また明日!」

 

四葉が元気よく手を振った。

 

「またね、神城君」

 

一花も笑顔で手を振る。

 

「……また明日」

 

三玖は小さく頭を下げる。

 

「じゃあね」

 

二乃はそっけなく言いながらも、軽く手を上げた。

 

「はい。皆さん、また明日」

 

五月が丁寧に頭を下げる。

 

「おう。また明日な」

 

蓮も手を振る。

 

五人の姉妹は、駅へ向かう道を歩いていった。

 

蓮も反対方向へ向かおうとした。

 

そのとき。

 

「あの……」

 

後ろから声がした。

 

「ん?」

 

振り返る。

 

五月だった。

 

「どうした?」

 

「……」

 

五月は少し迷うように視線を泳がせる。

 

「その……」

 

「?」

 

「今日は……」

 

一度言葉を止めて。

 

「一緒に帰りませんか?」

 

「……」

 

蓮は目を瞬かせた。

 

「俺と?」

 

「はい」

 

「いいけど」

 

「……ありがとうございます」

 

五月が少しだけ笑う。

 

二人は並んで歩き始めた。

 

夕方の街は、昼間より少し静かだった。

 

学校帰りの生徒。

 

買い物袋を持った人。

 

自転車で通り過ぎる学生。

 

そんな日常の風景の中を、蓮と五月は歩いていた。

 

「……」

 

「……」

 

なぜか二人とも無言だった。

 

蓮は横目で五月を見る。

 

赤みの強い長い髪が、歩くたびに揺れている。

 

大きなアホ毛も、風に合わせてぴょこぴょこと動いていた。

 

星型のヘアピンが夕陽を反射している。

 

「……」

 

「神城君?」

 

「え?」

 

「先ほどから、私を見ていませんか?」

 

「……」

 

バレた。

 

「いや、その」

 

「?」

 

「髪、綺麗だなと思って」

 

「……!」

 

五月の顔が一気に赤くなる。

 

「な、何を急に……」

 

「いや、本当にそう思っただけで」

 

「……」

 

五月は髪を手で整える。

 

「……ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

「でも……」

 

「ん?」

 

「そういうことを急に言うのは、少しずるいと思います」

 

「ずるい?」

 

「はい」

 

五月は俯く。

 

「心の準備ができません」

 

「……ごめん」

 

「謝らないでください」

 

「どっちだよ」

 

「……」

 

五月は少し笑った。

 

「神城君は、不思議な人ですね」

 

「また言われた」

 

「褒めています」

 

「ならいいか」

 

二人の間に、柔らかな空気が流れた。

 

しばらく歩いたところで。

 

五月が立ち止まった。

 

「……あ」

 

「どうした?」

 

五月の視線の先。

 

そこには小さなパン屋があった。

 

店頭に並ぶ焼きたてのパン。

 

甘い香りが、通りまで漂っている。

 

「……」

 

五月がじっと見ている。

 

蓮はその横顔を見た。

 

「……食べたい?」

 

「……」

 

五月は黙っている。

 

「五月?」

 

「……」

 

「食べたいんだろ?」

 

「……はい」

 

小さな声。

 

「正直でよろしい」

 

「からかわないでください」

 

「ごめん」

 

「……でも」

 

五月はパン屋を見る。

 

「今日は、勉強を頑張りました」

 

「そうだな」

 

「四葉さんにも教えていました」

 

「そうだな」

 

「三玖さんにも」

 

「うん」

 

「二乃さんにも」

 

「うん」

 

「一花さんにも……」

 

「うん」

 

五月は真剣な顔で言った。

 

「ですから、少しくらい食べてもいいと思うんです」

 

「……」

 

蓮は笑った。

 

「好きなの選べよ」

 

「え?」

 

「今日は俺が奢る」

 

「ですが……」

 

「勉強頑張ったご褒美」

 

「……」

 

五月の目が輝く。

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

「では……!」

 

五月は店に入っていく。

 

蓮も後を追う。

 

数分後。

 

「……」

 

蓮は両手に紙袋を持っていた。

 

「……五月」

 

「はい」

 

「これ全部食うの?」

 

「はい」

 

「……」

 

「何か?」

 

「いや」

 

蓮は苦笑する。

 

「いい食べっぷりだなと思って」

 

「食べることは大切です」

 

「さっきも聞いたな、それ」

 

「重要なことですから」

 

五月は真剣だった。

 

店を出る。

 

五月は買ったパンを一つ手に持っている。

 

「いただきます」

 

「どうぞ」

 

ぱくっ。

 

「……おいしいです」

 

幸せそうな顔。

 

蓮は思わず笑う。

 

「そんなに美味い?」

 

「はい」

 

「ならよかった」

 

「……」

 

五月はパンを食べながら、少しだけ蓮を見る。

 

「神城君」

 

「ん?」

 

「今日は……」

 

「うん」

 

「ありがとうございました」

 

「パン?」

 

「それもですが」

 

五月は少し考える。

 

「勉強を教えてくださったこと」

 

「別にいいって」

 

「それから……」

 

少し間が空く。

 

「一緒に帰ってくださったことです」

 

「……」

 

「私」

 

五月は歩きながら言葉を続ける。

 

「五人でいることは、とても楽しいです」

 

「うん」

 

「一花姉さんは優しいですし、二乃は料理が上手です。三玖は静かですが、一緒にいて落ち着きます。四葉はいつも明るくて……」

 

「そうだな」

 

「でも」

 

五月が少しだけ声を落とす。

 

「五人でいると、どうしても自分のことを後回しにしてしまうことがあります」

 

「……」

 

「勉強も、もっと頑張らなければと思います」

 

「うん」

 

「姉妹に迷惑をかけたくありませんから」

 

「五月」

 

「はい」

 

「頑張りすぎなくていいんじゃないか?」

 

「……」

 

五月が足を止めた。

 

「どうしてですか?」

 

「だってさ」

 

蓮は五月を見る。

 

「頑張るのは大事だけど、頑張りすぎて苦しくなったら意味ないだろ」

 

「……」

 

「分からないところがあったら、誰かに聞けばいい」

 

「……」

 

「俺でもいいし」

 

「……」

 

五月は黙っている。

 

そして。

 

「……神城君」

 

「ん?」

 

「私は……」

 

五月は少しだけ顔を上げる。

 

「神城君に聞いてもいいんですか?」

 

「もちろん」

 

「何度でも?」

 

「ああ」

 

「迷惑ではありませんか?」

 

「全然」

 

「……」

 

五月の表情が、ゆっくりと柔らかくなる。

 

「……ありがとうございます」

 

「だから、そんなに気にするなって」

 

「はい」

 

五月は小さく頷く。

 

「では……」

 

「ん?」

 

「これからも、頼ってしまうかもしれません」

 

「いつでもどうぞ」

 

「……はい」

 

五月が笑った。

 

二人は再び歩き始める。

 

少しだけ距離が近い。

 

肩が触れそうなほど。

 

五月が、ふと呟いた。

 

「……神城君」

 

「ん?」

 

「私」

 

「うん」

 

「神城君と一緒にいると……」

 

そこで言葉が止まる。

 

「……?」

 

「……落ち着きます」

 

「……」

 

蓮は一瞬、何も言えなかった。

 

胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 

「……そっか」

 

「はい」

 

「俺も」

 

「……」

 

五月がこちらを見る。

 

「五月といると、楽しいよ」

 

「……!」

 

五月の頬が赤くなる。

 

「そ、そうですか」

 

「ああ」

 

「……それなら」

 

五月は前を向く。

 

「よかったです」

 

その横顔は。

 

とても嬉しそうだった。

 

やがて。

 

二人が分かれる場所まで来た。

 

「じゃあ、ここで」

 

「はい」

 

五月が立ち止まる。

 

「今日はありがとうございました」

 

「こっちこそ」

 

「また明日」

 

「また明日」

 

五月は一歩進む。

 

そして。

 

「……神城君」

 

「ん?」

 

振り返る。

 

「明日も……」

 

五月は少しだけ恥ずかしそうに笑った。

 

「一緒に勉強してくださいね」

 

「ああ」

 

「約束です」

 

「約束」

 

蓮が笑う。

 

五月も笑う。

 

そして彼女は、ゆっくりと家へ向かって歩き出した。

 

蓮はその背中を見送る。

 

「……」

 

胸の奥が温かい。

 

前世で読んだ物語。

 

その中にいた中野五月。

 

自分が知っていた彼女は。

 

もっと不器用で。

 

もっと悩んで。

 

もっと遠回りをする女の子だった。

 

けれど今。

 

自分の隣で笑っている五月は。

 

漫画の中のキャラクターではない。

 

一人の女の子だ。

 

「……俺、本当に五月のことが好きなのかもな」

 

口から出た言葉に。

 

自分で驚く。

 

「……」

 

蓮は顔を真っ赤にした。

 

「いやいやいや!」

 

誰もいない道で、頭を抱える。

 

「早すぎるだろ!」

 

自分でツッコミを入れる。

 

けれど。

 

頬の緩みは、どうしても止まらなかった。

 

その頃。

 

少し離れた場所。

 

五月は一人で歩いていた。

 

「……」

 

胸に手を当てる。

 

なぜだろう。

 

心臓が、いつもより少しだけ速い。

 

「……神城君」

 

名前を呟く。

 

そして。

 

「……明日も、楽しみです」

 

五月は小さく笑った。

 

二人の距離は。

 

まだ、恋人と呼べるほど近くない。

 

それでも。

 

昨日より今日。

 

今日より明日。

 

少しずつ。

 

確実に。

 

二人だけの時間は増えていった。

 

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