『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』 作:夜幻
「じゃあ、また明日!」
四葉が元気よく手を振った。
「またね、神城君」
一花も笑顔で手を振る。
「……また明日」
三玖は小さく頭を下げる。
「じゃあね」
二乃はそっけなく言いながらも、軽く手を上げた。
「はい。皆さん、また明日」
五月が丁寧に頭を下げる。
「おう。また明日な」
蓮も手を振る。
五人の姉妹は、駅へ向かう道を歩いていった。
蓮も反対方向へ向かおうとした。
そのとき。
「あの……」
後ろから声がした。
「ん?」
振り返る。
五月だった。
「どうした?」
「……」
五月は少し迷うように視線を泳がせる。
「その……」
「?」
「今日は……」
一度言葉を止めて。
「一緒に帰りませんか?」
「……」
蓮は目を瞬かせた。
「俺と?」
「はい」
「いいけど」
「……ありがとうございます」
五月が少しだけ笑う。
二人は並んで歩き始めた。
夕方の街は、昼間より少し静かだった。
学校帰りの生徒。
買い物袋を持った人。
自転車で通り過ぎる学生。
そんな日常の風景の中を、蓮と五月は歩いていた。
「……」
「……」
なぜか二人とも無言だった。
蓮は横目で五月を見る。
赤みの強い長い髪が、歩くたびに揺れている。
大きなアホ毛も、風に合わせてぴょこぴょこと動いていた。
星型のヘアピンが夕陽を反射している。
「……」
「神城君?」
「え?」
「先ほどから、私を見ていませんか?」
「……」
バレた。
「いや、その」
「?」
「髪、綺麗だなと思って」
「……!」
五月の顔が一気に赤くなる。
「な、何を急に……」
「いや、本当にそう思っただけで」
「……」
五月は髪を手で整える。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「でも……」
「ん?」
「そういうことを急に言うのは、少しずるいと思います」
「ずるい?」
「はい」
五月は俯く。
「心の準備ができません」
「……ごめん」
「謝らないでください」
「どっちだよ」
「……」
五月は少し笑った。
「神城君は、不思議な人ですね」
「また言われた」
「褒めています」
「ならいいか」
二人の間に、柔らかな空気が流れた。
しばらく歩いたところで。
五月が立ち止まった。
「……あ」
「どうした?」
五月の視線の先。
そこには小さなパン屋があった。
店頭に並ぶ焼きたてのパン。
甘い香りが、通りまで漂っている。
「……」
五月がじっと見ている。
蓮はその横顔を見た。
「……食べたい?」
「……」
五月は黙っている。
「五月?」
「……」
「食べたいんだろ?」
「……はい」
小さな声。
「正直でよろしい」
「からかわないでください」
「ごめん」
「……でも」
五月はパン屋を見る。
「今日は、勉強を頑張りました」
「そうだな」
「四葉さんにも教えていました」
「そうだな」
「三玖さんにも」
「うん」
「二乃さんにも」
「うん」
「一花さんにも……」
「うん」
五月は真剣な顔で言った。
「ですから、少しくらい食べてもいいと思うんです」
「……」
蓮は笑った。
「好きなの選べよ」
「え?」
「今日は俺が奢る」
「ですが……」
「勉強頑張ったご褒美」
「……」
五月の目が輝く。
「本当ですか?」
「ああ」
「では……!」
五月は店に入っていく。
蓮も後を追う。
数分後。
「……」
蓮は両手に紙袋を持っていた。
「……五月」
「はい」
「これ全部食うの?」
「はい」
「……」
「何か?」
「いや」
蓮は苦笑する。
「いい食べっぷりだなと思って」
「食べることは大切です」
「さっきも聞いたな、それ」
「重要なことですから」
五月は真剣だった。
店を出る。
五月は買ったパンを一つ手に持っている。
「いただきます」
「どうぞ」
ぱくっ。
「……おいしいです」
幸せそうな顔。
蓮は思わず笑う。
「そんなに美味い?」
「はい」
「ならよかった」
「……」
五月はパンを食べながら、少しだけ蓮を見る。
「神城君」
「ん?」
「今日は……」
「うん」
「ありがとうございました」
「パン?」
「それもですが」
五月は少し考える。
「勉強を教えてくださったこと」
「別にいいって」
「それから……」
少し間が空く。
「一緒に帰ってくださったことです」
「……」
「私」
五月は歩きながら言葉を続ける。
「五人でいることは、とても楽しいです」
「うん」
「一花姉さんは優しいですし、二乃は料理が上手です。三玖は静かですが、一緒にいて落ち着きます。四葉はいつも明るくて……」
「そうだな」
「でも」
五月が少しだけ声を落とす。
「五人でいると、どうしても自分のことを後回しにしてしまうことがあります」
「……」
「勉強も、もっと頑張らなければと思います」
「うん」
「姉妹に迷惑をかけたくありませんから」
「五月」
「はい」
「頑張りすぎなくていいんじゃないか?」
「……」
五月が足を止めた。
「どうしてですか?」
「だってさ」
蓮は五月を見る。
「頑張るのは大事だけど、頑張りすぎて苦しくなったら意味ないだろ」
「……」
「分からないところがあったら、誰かに聞けばいい」
「……」
「俺でもいいし」
「……」
五月は黙っている。
そして。
「……神城君」
「ん?」
「私は……」
五月は少しだけ顔を上げる。
「神城君に聞いてもいいんですか?」
「もちろん」
「何度でも?」
「ああ」
「迷惑ではありませんか?」
「全然」
「……」
五月の表情が、ゆっくりと柔らかくなる。
「……ありがとうございます」
「だから、そんなに気にするなって」
「はい」
五月は小さく頷く。
「では……」
「ん?」
「これからも、頼ってしまうかもしれません」
「いつでもどうぞ」
「……はい」
五月が笑った。
二人は再び歩き始める。
少しだけ距離が近い。
肩が触れそうなほど。
五月が、ふと呟いた。
「……神城君」
「ん?」
「私」
「うん」
「神城君と一緒にいると……」
そこで言葉が止まる。
「……?」
「……落ち着きます」
「……」
蓮は一瞬、何も言えなかった。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……そっか」
「はい」
「俺も」
「……」
五月がこちらを見る。
「五月といると、楽しいよ」
「……!」
五月の頬が赤くなる。
「そ、そうですか」
「ああ」
「……それなら」
五月は前を向く。
「よかったです」
その横顔は。
とても嬉しそうだった。
やがて。
二人が分かれる場所まで来た。
「じゃあ、ここで」
「はい」
五月が立ち止まる。
「今日はありがとうございました」
「こっちこそ」
「また明日」
「また明日」
五月は一歩進む。
そして。
「……神城君」
「ん?」
振り返る。
「明日も……」
五月は少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「一緒に勉強してくださいね」
「ああ」
「約束です」
「約束」
蓮が笑う。
五月も笑う。
そして彼女は、ゆっくりと家へ向かって歩き出した。
蓮はその背中を見送る。
「……」
胸の奥が温かい。
前世で読んだ物語。
その中にいた中野五月。
自分が知っていた彼女は。
もっと不器用で。
もっと悩んで。
もっと遠回りをする女の子だった。
けれど今。
自分の隣で笑っている五月は。
漫画の中のキャラクターではない。
一人の女の子だ。
「……俺、本当に五月のことが好きなのかもな」
口から出た言葉に。
自分で驚く。
「……」
蓮は顔を真っ赤にした。
「いやいやいや!」
誰もいない道で、頭を抱える。
「早すぎるだろ!」
自分でツッコミを入れる。
けれど。
頬の緩みは、どうしても止まらなかった。
その頃。
少し離れた場所。
五月は一人で歩いていた。
「……」
胸に手を当てる。
なぜだろう。
心臓が、いつもより少しだけ速い。
「……神城君」
名前を呟く。
そして。
「……明日も、楽しみです」
五月は小さく笑った。
二人の距離は。
まだ、恋人と呼べるほど近くない。
それでも。
昨日より今日。
今日より明日。
少しずつ。
確実に。
二人だけの時間は増えていった。