『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』 作:夜幻
翌朝。
「……おはようございます」
教室に入った五月は、いつもと変わらない声で挨拶をした。
「おはよー、五月!」
四葉が手を振る。
「おはよう」
三玖も続く。
「おはよ、五月」
二乃が振り返る。
一花は机に頬杖をつきながら、五月を見る。
「おはよ、五月」
「はい。おはようございます」
いつも通り。
何も変わらない。
……少なくとも。
本人はそう思っていた。
「……」
五月は席につく。
鞄を机の横に置く。
教科書を取り出す。
そして。
ちらり。
隣の席を見る。
「……」
まだ空いている。
「……」
もう一度見る。
「五月」
「はい!?」
突然声をかけられ、五月は肩を跳ねさせた。
一花がニヤリと笑う。
「そんなに気になる?」
「な、何がですか?」
「隣の席」
「……」
五月は黙る。
「神城君、まだ来てないね」
「……そうですね」
「待ってる?」
「待っていません」
即答。
「ふーん」
一花は楽しそうに笑った。
数分後。
ガラッ。
「おはよう!」
蓮が教室に入ってきた。
「おはようございます!」
五月が勢いよく顔を上げる。
「……」
一花。
「……」
二乃。
「……」
三玖。
「……」
四葉。
全員が五月を見る。
「……?」
五月は不思議そうに首を傾げた。
「どうしました?」
「いや」
一花が笑う。
「別に?」
「……?」
五月はますます首を傾げる。
蓮が席につく。
「おはよう、五月」
「おはようございます、神城君」
「昨日の問題、どうだった?」
「全部復習しました」
「おお、偉い」
「……」
五月が少し嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
「今日も帰りにやるか?」
「はい!」
その瞬間。
四葉が机を叩いた。
「やっぱり!」
「うわっ!」
「五月、神城さんと勉強するの楽しみにしてますよね!?」
「……!」
五月の顔が赤くなる。
「そ、そんなことは……」
「だって今、すごく嬉しそうでした!」
「普通です!」
「普通じゃないです!」
「普通です!」
「普通ですよ!」
「どっちなんだよ!」
蓮が思わず突っ込む。
一花が笑い出した。
「ふふっ。五月、分かりやすいね」
「一花姉さんまで……」
二乃も呆れたように言う。
「確かに最近、機嫌いいわよね」
「そうですか?」
「そうよ」
三玖が淡々と頷く。
「昨日も帰ってきてから、ずっと上機嫌だった」
「……三玖」
「何?」
「それは言わないでください」
「事実だから」
「……」
五月は机に突っ伏した。
「もう……」
昼休み。
五人はいつものように一緒に昼食を食べていた。
「いただきます!」
四葉が元気よく手を合わせる。
「いただきます」
一花、二乃、三玖、五月も続く。
五月は弁当を開く。
「……」
しかし。
一口食べたところで。
「そういえば」
一花が五月を見る。
「昨日、神城君と帰ったんでしょ?」
「……」
五月の箸が止まった。
「はい」
「何か話した?」
「勉強のことです」
「それだけ?」
「……」
五月が少し考える。
「パン屋さんにも寄りました」
四人の動きが止まる。
「パン屋?」
二乃が聞き返す。
「はい」
「二人で?」
「はい」
「……」
一花が口元を押さえる。
三玖が五月を見る。
四葉が目を輝かせる。
「デートですか!?」
「違います!」
五月が即座に否定する。
「勉強を頑張ったので、ご褒美にパンを買っていただいただけです!」
「神城君が奢ってくれたの?」
「はい」
「何個?」
「……」
五月が視線を逸らす。
「……四個です」
「四個!?」
四葉が驚く。
「一人で!?」
「はい」
「すごいです!」
「そこ褒めるところ?」
二乃が呆れる。
一花は笑っている。
「五月らしいねぇ」
「……」
五月は少し頬を膨らませる。
「食べることは大切です」
「またそれ言ってる」
三玖がぼそっと呟いた。
「……でも」
三玖が少し考える。
「パンを食べたことより」
「?」
「神城君に奢ってもらったことのほうが嬉しそうだった」
「……!」
五月の顔が真っ赤になる。
「そ、そんなことはありません!」
「そう?」
「はい!」
「……ふーん」
三玖はそれ以上追及しなかった。
放課後。
昨日と同じように。
五人と蓮が教室に集まる。
「よし」
蓮が黒板の前に立つ。
「今日は何からやる?」
「数学!」
四葉と五月が同時に手を挙げた。
「じゃあ数学から」
「はい!」
「はい!」
二人が嬉しそうに返事をする。
蓮は黒板に問題を書く。
「まず、この問題」
「……」
五月が集中してノートを書く。
四葉も必死に書いている。
「ここまで分かる?」
「はい!」
「はい!」
「じゃあ次――」
「神城さん!」
四葉が手を挙げる。
「ここです!」
「うん」
蓮が四葉のところへ行く。
その間。
五月は一人で問題を解いていた。
そして。
「……」
五月はちらりと蓮を見る。
四葉に教えている。
「……」
また問題を見る。
「……」
また蓮を見る。
「……」
何故か落ち着かない。
「……五月」
三玖の声。
「はい?」
「神城君が気になる?」
「……!」
五月が固まる。
「ち、違います」
「そう」
三玖はそれ以上言わない。
しかし。
五月は気になって仕方がない。
「……」
蓮が四葉に説明している。
「ここをこうすると――」
「なるほど!」
四葉が頷く。
「分かりました!」
「よかった」
蓮が笑う。
「……」
五月の胸が、少しだけざわついた。
「五月?」
「はい!」
「この問題、できた?」
「……」
五月は自分のノートを見る。
「はい!」
「見せて」
「どうぞ」
蓮がノートを確認する。
「正解」
「……!」
「昨日よりずっと速い」
「……ありがとうございます」
「頑張ってるな」
「……はい」
五月は嬉しそうに笑った。
その瞬間。
二乃がぼそっと言う。
「……分かりやす」
「何がですか?」
「なんでもない」
「?」
一花も笑っている。
「五月ってさ」
「はい」
「神城君に褒められると、すごく嬉しそうだよね」
「……」
五月の顔が赤くなる。
「そ、そういうことでは……」
「じゃあ、嬉しくない?」
「……」
「?」
「……嬉しいです」
小さな声。
「ほら」
一花が笑う。
「やっぱり」
「ですが!」
五月は慌てて付け足す。
「勉強を頑張って褒めていただいたので、嬉しいだけです!」
「うんうん」
一花は笑顔で頷く。
「そういうことにしておこうか」
「……」
五月は何も言い返せなかった。
勉強会が終わる。
「じゃあ、また明日」
四葉が手を振る。
「またね」
一花も続く。
「……また明日」
三玖。
「じゃあね」
二乃。
そして。
「神城君」
五月が振り返る。
「はい?」
「……」
少し迷って。
「今日も、ありがとうございました」
「おう」
「明日も……」
「もちろん」
「……はい」
五月は笑った。
四人が先に帰っていく。
蓮と五月だけが教室に残る。
「……」
「……」
静かな教室。
「じゃあ、俺たちも帰るか」
「はい」
二人で廊下を歩く。
すると。
「五月」
「はい?」
「最近、なんか楽しそうだな」
「……!」
五月が足を止める。
「そうでしょうか?」
「ああ」
「……」
五月は少し考える。
「そうかもしれません」
「やっぱり?」
「はい」
五月は夕暮れの窓を見る。
「学校に来るのが、少し楽しみになりました」
「それは良かった」
「……神城君」
「ん?」
「神城君がいるから、かもしれません」
「……」
蓮の足が止まった。
五月も立ち止まる。
「……」
二人の視線が重なる。
五月の頬が、少し赤い。
「……なんて」
「……」
「すみません。変なことを言いました」
「いや」
蓮は慌てて首を振る。
「嬉しいよ」
「……」
「俺も、五月と会えるの楽しみだから」
「……!」
五月の顔が一気に赤くなる。
「そ、そうですか」
「ああ」
「……」
「……」
二人とも黙る。
けれど。
どちらも嫌ではなかった。
少し離れた廊下の角。
「……」
一花がこっそり顔を出していた。
その隣には二乃、三玖、四葉。
「……」
四人は黙って二人の様子を見ている。
四葉が小声で言う。
「……なんだか、いい雰囲気ですね」
「そうね」
二乃が腕を組む。
「五月、完全に意識してるじゃない」
「……うん」
三玖も頷く。
一花は楽しそうに笑った。
「ふふっ」
「一花姉さん?」
「いやぁ」
一花は四人を見る。
「これは、しばらく見守る価値がありそうだなって」
「?」
四葉が首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
「そのうち分かるよ」
「?」
その頃。
何も知らない蓮と五月は。
並んで帰り道を歩いていた。
五月の胸の中には。
まだ名前のついていない感情があった。
そして蓮も。
その感情を、少しずつ自覚し始めていた。
二人の関係は。
「勉強を教える友達」から。
少しずつ。
それだけではないものへと。
変わり始めていた。