『五等分の花嫁 〜転生した俺は、五月の笑顔を守るために動き出す〜』 作:夜幻
休日。
朝。
神城蓮はベッドの上で大きく伸びをした。
「……よく寝た」
カーテンを開ける。
窓から差し込む日差しが、部屋の中を明るく照らした。
「今日は休みか……」
学校はない。
勉強会もない。
つまり。
「暇だな」
蓮はベッドに倒れ込んだ。
「……いや、何かしろよ俺」
自分で自分にツッコミを入れる。
せっかくの休日。
部屋でゴロゴロして終わるのももったいない。
「よし」
蓮は着替えることにした。
昼前。
蓮は駅前の商店街を歩いていた。
目的は特にない。
本屋でも覗いて。
適当に昼飯を食べて。
帰る。
それくらいの予定だった。
「……ん?」
商店街の角を曲がったところで。
見覚えのある赤い髪が目に入った。
「……五月?」
赤みの強いロングヘア。
ぴょこんと跳ねた大きなアホ毛。
両側の髪につけた星型のヘアピン。
間違えるはずがない。
中野五月だった。
ただ。
「……」
五月は一人で。
店の前に立っていた。
しかも。
その視線は。
ショーケースの中に釘付けだった。
「……」
蓮は思わず苦笑する。
「やっぱり食べ物か」
五月がショーケースを見つめている。
そこには、色とりどりのケーキが並んでいた。
「……」
五月は一歩近づく。
「……」
さらに一歩。
そして。
「……」
ガラスに顔を近づける。
「近い近い」
思わず声をかける。
「ひゃっ!?」
五月が飛び上がった。
「か、神城君!?」
「驚かせてごめん」
「い、いえ……」
五月は胸に手を当てる。
「びっくりしました」
「それより」
蓮はショーケースを見る。
「そんなにケーキ食べたいの?」
「……」
五月は黙った。
「?」
「……はい」
小さな声。
「ものすごく」
「正直だな」
「ですが」
五月は少し恥ずかしそうにする。
「今日は節約しようと思っていたので……」
「なるほど」
「見るだけです」
「……」
蓮はショーケースを見る。
ケーキ一個くらいなら。
「買えば?」
「え?」
「俺が奢る」
「いけません!」
五月が即座に首を横に振る。
「そんなに何度も奢っていただくわけにはいきません」
「別にいいって」
「よくありません」
「じゃあ――」
蓮は少し考える。
「一緒に食べる?」
「……」
五月が固まる。
「一緒に?」
「ああ」
「……」
「嫌ならいいけど」
「いえ!」
五月が勢いよく首を横に振った。
「嫌ではありません!」
「じゃあ決まり」
「……はい」
五月は少し恥ずかしそうに頷いた。
二人はケーキを買い。
商店街の近くにある小さな公園へ向かった。
ベンチに並んで座る。
「いただきます」
五月が嬉しそうに手を合わせる。
「いただきます」
蓮も続く。
五月がケーキを一口。
「……!」
目が輝く。
「おいしいです……!」
「そんなに?」
「はい!」
もう一口。
「……」
さらに一口。
「……」
蓮が気づいたときには。
ケーキの半分が消えていた。
「早っ!」
「?」
五月が顔を上げる。
「どうしました?」
「いや……」
蓮は笑う。
「本当に食べるの速いな」
「おいしいですから」
「理由になってないだろ」
「なっています」
五月は真剣だった。
「神城君は、休日は何をしているんですか?」
「俺?」
「はい」
「今日は特に予定なかったから、ぶらぶらしてた」
「そうなのですか?」
「うん」
「では……」
五月は少し考える。
「私と会わなかったら?」
「本屋行って、昼飯食って帰ってたと思う」
「……」
「どうした?」
「いえ」
五月はケーキを食べながら。
「偶然って、不思議ですね」
「確かにな」
「私も今日は、たまたまここに来ただけです」
「そうなの?」
「はい」
「何しに?」
「……」
五月は少し恥ずかしそうに。
「新しい参考書を買いに」
「真面目だな」
「勉強は大事ですから」
「休日まで勉強か」
「はい」
「偉いな」
「……」
五月が少し嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
「褒めると本当に嬉しそうだな」
「……褒められるのは嬉しいです」
「そっか」
蓮は笑った。
「じゃあ、これからも頑張れ」
「はい」
ケーキを食べ終わる。
「ごちそうさまでした」
五月が手を合わせる。
「どういたしまして」
「……」
五月が空になった箱を見る。
「もう一つ……」
「ん?」
「いえ」
「食べたい?」
「……」
「顔に出てる」
「……はい」
「じゃあ、もう一個買う?」
「いけません!」
「なんで?」
「今日は一つと決めていました」
「偉いじゃん」
「ですが……」
五月はケーキの箱を見る。
「……」
「……」
蓮は笑いを堪える。
「五月」
「はい」
「もう一個食べたいなら、食べてもいいぞ」
「……」
「我慢しすぎるのも良くないだろ」
「……」
五月はしばらく悩んだ。
そして。
「……では」
「うん」
「もう一つだけ」
「よし」
「ありがとうございます!」
五月は嬉しそうに立ち上がった。
「……」
蓮は思う。
本当に食べるのが好きなんだな。
でも。
その笑顔を見ると。
「まあ、いいか」
そんな気持ちになった。
二個目のケーキを食べ終えた頃。
五月がふと口を開いた。
「神城君」
「ん?」
「今日……楽しいです」
「俺も」
「……」
「休日にこうやって誰かと過ごすの、久しぶりだから」
「そうなのですか?」
「うん」
五月は少し驚いた顔をした。
「神城君にも、そういうことがあるんですね」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「何でもできる人だと思っています」
「……」
「勉強もできますし、運動もできますし、人に教えるのも上手です」
「いや、そんな――」
「それに」
五月が蓮を見る。
「優しいです」
「……」
蓮の顔が赤くなる。
「……そういうの、反則だろ」
「え?」
「何でもない」
「?」
五月は首を傾げる。
その後。
二人は本屋へ向かった。
五月は参考書を真剣に選んでいる。
「これと……これ」
「二冊買うの?」
「はい」
「頑張るなあ」
「せっかく教えていただいているので」
「俺は別に――」
「私が頑張りたいんです」
五月は参考書を胸に抱えた。
「もっと勉強ができるようになりたいです」
「……」
蓮はその表情を見る。
冗談でもない。
誰かに言われたからでもない。
本気で頑張ろうとしている。
「……じゃあ」
蓮は笑う。
「俺も付き合うよ」
「え?」
「勉強」
「……」
五月の目が少し大きくなる。
「これからも?」
「ああ」
「……」
五月は参考書を抱えたまま。
嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
本屋を出る。
夕方には少し早い時間。
駅へ向かって二人で歩く。
「そういえば」
五月が言う。
「はい?」
「今日は、姉妹には秘密にしておきませんか?」
「え?」
蓮が驚く。
「なんで?」
「……」
五月は少しだけ頬を赤くする。
「その……」
「うん」
「二人で会っていたことを知られると……」
「またからかわれる?」
「……はい」
「なるほど」
蓮は笑った。
「じゃあ秘密な」
「はい」
五月が嬉しそうに頷く。
「二人だけの秘密です」
「……」
その言葉に。
蓮の心臓が跳ねた。
「……二人だけの秘密、か」
「はい」
「なんかいいな」
「……私もです」
二人は顔を見合わせる。
そして。
同時に笑った。
駅前。
「じゃあ、また明日」
「はい」
「参考書、ちゃんと使えよ」
「もちろんです」
「無理しすぎるなよ」
「はい」
「ちゃんと寝ろよ」
「神城君は、お父さんみたいですね」
「そこまで言う?」
五月がくすっと笑う。
「では……」
「うん」
「また明日」
「また明日」
五月が歩き出す。
数歩進んだところで。
「神城君!」
「ん?」
振り返る。
「今日は……」
五月は少しだけ恥ずかしそうに。
「誘ってくださって、ありがとうございました」
「こっちこそ」
「……はい」
五月は笑った。
そして今度こそ。
家へ向かって歩いていった。
蓮も反対方向へ歩き出す。
「……」
足取りが軽い。
今日は偶然だった。
本当に偶然。
それなのに。
「また会いたいな」
自然とそんな言葉が出てきた。
一方。
帰宅した五月は。
「ただいま戻りました」
「おかえり、五月」
一花が声をかける。
「今日はどこ行ってたの?」
「……」
五月が固まる。
「?」
二乃が振り返る。
「どうしたの?」
「……いえ」
「なんか嬉しそうじゃない?」
一花が笑う。
「そう?」
「うん」
「……」
五月は少し考えて。
「今日は、いい休日でした」
「へぇ」
一花の目が細くなる。
「何かあった?」
「……」
五月は答えない。
ただ。
口元だけが。
ほんの少し。
嬉しそうに緩んでいた。
その日の夜。
ベッドの中。
五月は昼間の出来事を思い出していた。
一緒にケーキを食べた。
本屋にも行った。
勉強の話もした。
そして。
『二人だけの秘密です』
自分で言った言葉を思い出す。
「……」
五月の顔が赤くなる。
「……二人だけの、秘密」
枕に顔を埋める。
「……なんだか、嬉しいです」
まだ。
五月自身は。
その気持ちを恋だとは知らない。
ただ。
神城蓮と過ごす時間が。
少しずつ。
大切なものになっていることだけは。
もう、気づき始めていた。