喧噪とも少し違う騒がしさと静けさが混在したこの場所は、21区にほど近いK社の検問所だ。
ガラス一枚で左右に隔てられた2つの空間は対照的な光景が広がる。右側ではスムーズに人々が行き交い、左側では何時間、何十時間後の自分の番を健気に待つ長蛇の列。列の周りには、黒を基調とした緑のラインの入る装備に身を包んだK社の検問所職員が決まった配置に就いて取り囲むように監視していた。路地裏の住民と巣の住民の違いが格差として表れている。
相変わらずといった光景だな。そんなに待ったところで、入れる人間なんざ1割にも満たないっていうのに。
と、言っても彼らをバカにはできないな。実際、路地裏は住みやすい環境とは言えないし。というよりか、明日どころか、今日も生きられるか分からないんだ。少しでも安心して生きていたい気持ちは分かる。
白い床と天井。それは清潔感というよりは殺風景な整い方をしていて、頭上の天井から吊るされた表示板は、無機質に緑色の背景に文字を映し出している。そこに書かれているのは、禁止事項から待ち時間の情報まで千差万別だ。床のラインは、人を検問所のカウンターへと導くように引かれ、どこか病院っぽさのあるK社らしさが分かりやすく見て取れる。
私はK社からの依頼で検問所の警備を引き受けている身だ。
……まあ、実態は使い捨ての鉄砲玉に近いというのは脇に置かないとこの仕事はやっていけないが。
私達みたいなのは、ジークフリートなんかとは違いスター性もないのだからしょうがないと割り切ろう。
「ふぅ……ん?」
壁に背を預け、口から紫煙を吐き出しながら、ふと、鏡のように自分の姿を映すガラスに目が行った。
ボサボサの銀色の髪を1本にまとめて背中に垂らし、タバコを咥え、カーゴパンツにワイシャツ、上からハーネスベルトを着けトレンチコートを羽織っている。靴は、G社の球が内蔵されたブーツを履き、首にはQ社の文字が刻まれたマフラーを巻いている。右手にだけ手袋をして、コートの袖と手袋の隙間から銀色に光を反射する義体が見え、黒鉄色の重厚な鞘に収められた剣はハーネスで背中から吊り下げる姿は1級フィクサーというにはだらしなく、その階級に伴うはずの貫禄を感じさせない。
そんな姿を嘲笑するかのように自分を見る黄色く生気のない瞳がガラスに映る。
我ながら惨めな姿だと思う。失って要らなくなってから、かつて欲しかったものが揃うなんて……皮肉なものね。
「あいつなら、もっと髪とか気を使えって言ってくれるかな……」
ガラスに映る自分の姿から目を外し、以前よりも少しだけ警戒が強くなった検問所の中を観察する。
どこかのバカ共が暴れたのが原因らしいが……確か、その時はジークフリートがその場を収めたって聞いたな。
今回は、だいぶピリピリしているな。と言っても、ここはいつもしているが。それは21区からの密輸が絶えないからだけど……。
そんな訳もあってここはいつも職員の顔が険しい。
表示板に映る時間を見てみれば、あと数十分もしたら今回の依頼は終わる頃になる。そんなことを思っていると、検問所の左側が騒がしくなった。どうやら、何か禁止物を密輸しようとして職員に止められたようだ。
少し職員と話した後、男は意を決したように、職員から手荷物を奪い返して検問所を抜けようとした。職員の1人が無線に定型文とも言える要請を吹き込んだ。
「コードオレンジ。コードオレンジ。禁忌K128違反発生。トロンボサイト支援要請。繰り返す、トロンボサイト……」
「お知らせします。コードオレンジ。コードオレンジ。循環四棟、検問所25番。トロンボサイト、ルーコサイト……」
少し遅れてアナウンスと共に甲高い警報音が検問所内部に響き、オレンジ色にランプが点灯。厚い鉄門は次々と閉まり、ぞろぞろと職員が集まり男を取り囲み捕らえようとする。
だが、粗悪品とはいえ強化施術をしているんだろう。息を切らし、荷物を抱えながらも男の方が速く、包囲される前に職員たちの間を抜けたのが見える。どうやら、自分の出番のようらしい。
「ふぅ……よっと」
紫煙を吐きながら壁に背を預けていた状態から姿勢を直し、逃げる男の所へと駆けだす。警報を聞いて慌てて逃げ出す人々に当たらないように壁や天井を駆け、検問所の出口へと走る男の首を後ろから掴み、そのまま体重を乗せて地面へと叩きつけ、首に手刀を力を込めつつも若干弱めに当てる。
粗悪品とは言っても強化施術。この程度で死ぬことはないだろう。男の後ろ襟を摘んで職員に引き渡し、退勤処理をして検問所を後にした。
検問所からの帰路。11区の裏路地はネオンの街とでも言うようにその光が至るところにある汚れやゴミ、落書きなど、まさしく裏路地と言うに相応しい物たちを照らす。
数々の建物に設置された室外機から発せられる熱が路地裏の中に熱を籠もらせているのもあって、ここは少し暑苦しい。
タバコをふかしながら歩き、ネオンの中を抜けていく。しばらくすれば目の前に古い戸建ての小さな事務所が見えてきた。壁には「ルナージェント事務所」と書かれた小さな看板がかけられている。
事務所の扉を開けて入るとすぐ、2つのソファーがテーブルを挟み向かい合うように並べられ、奥にはデスクと椅子が2つ配置されているのが見える。事務所の扉を閉め、剣を脇に置き、140時間勤務を終えて疲労を溜め込んだ身体を椅子に預ける。
疲れたぁ。140時間とか最初は正気を疑ったけど報酬が良かったし、5時間ごとに休憩もあったし……しょうがないか。風呂……は明日でいっか。特段依頼もないし。今……は眠い……し、寝ちゃお。
どれぐらい寝ていただろうか。鈍い意識のまま重い体を起こし、シャワーを浴びる。慎ましい自分の胸を撫で息を整える。頭の中に響く煩い耳鳴りとあいつの声を、シャワーを頭からかぶり洗い流す。風呂から上がり、濡れた肢体をタオルで拭う。
「あ~だる……」
仕事着に袖を通し、タバコに火をつける。タバコの紫煙が肺を満たすと耳鳴りが止んだ。タバコを口に咥えたまま安いインスタントコーヒーを用意して、大量の砂糖を入れて胃に流し込む。しばらくすれば、鈍っていた思考が冴えてきた。
新しい依頼を探さないと。しばらくは昨日までの報酬で問題ないけど、義体の整備分を考えるとそんなに長くは保たないだろうし。
憂鬱な気分でデスクチェアに腰を下ろし、届いていた手紙や雑誌などに目を通す。こういった下らないようなものには案外、仕事につながるような何かが書かれていたりすることがあるのだ。
まあ、多少時間が空くだろうが、K社から依頼が下りてくるだろうし必要以上に心配する必要はないか。K社に頼りっきりっていうのは性に合わないから仕事は探すけど。
そうやって時間を潰していると誰かが事務所の戸を叩く。切羽詰まっているのか、繰り返し強く事務所の扉を叩いている。
面倒事の予感を胸に抱えながらも事務所の扉を開けてやると左腕に傷を負った少年が倒れ込むように中へ入ってきた。
あ~、やっぱり面倒事だったな〜……クソッ。見捨てるのも寝覚めが悪いし、話だけでも聞いてやるか。
「おい、大丈夫じゃないだろうがソファまで移動してもらうぞ。玄関に居座られても困るからな」
「も、もちろんです」
声をかけると何とか立ち上がり歩こうとするが足取りがおぼつかない。怪我のしていない右腕側から肩を貸してソファーまで運ぶ。
ソファまで移動させながら少年の姿を観察する。黒いジャケットにベイカーパンツ、腰には剣が収められていない鞘を下ろしている。左腕の傷が目立っているが、全身に細かい傷が見受けられる。
フィクサーか、工房の職員か、はたまた別の面倒な組織の構成員か。どれにしても面倒……まあ、服装からして指の所属じゃなさそうなのはせめてもの救いだな。
「自分で手当てぐらいできるだろ?」
「ありがとうございます」
デスク近くの棚から応急処置キットを取り出し、少年の座るソファの目の前にあるテーブルの上に置く。
応急措置キットを使い処置を始めたのを見て反対側のソファに座り、舐められない様にあえて威圧的に話な話し方をする。
「私はエレノア。1級フィクサー、ルナージェント事務所のエレノアだ。で、ここに来た目的を話してもらおうか……」