いつからだったか。私は依頼を受けるとき、他のフィクサーと仕事をするとき、舐められないよう威圧的に話すようになった。きっとあいつがいなくなってからだ。
「私はエレノア。1級フィクサー、ルナージェント事務所のエレノアだ。で、ここに来た目的を話してもらおうか」
「は、はい。僕、僕は5級フィクサーでチャンって言います。あ、あの……ルナージェント事務所のエレノアさんなんですよね」
「う、うん。そう言ったが」
久しぶりに下手に出られると調子が狂うな。
チャンは、焦っているのかビビっているのか分からないが上ずった声で捲し立てるように言葉を紡ぐ。
「エレノアさんには、妹を助けに行くのを手伝って欲しいんです。僕は妹と2人でフィクサーをやっているんですけど、今回の依頼の最中に妹が攫われてしまって、どうやら薬指の関係者がやったみたいで、助け出そうとしたんですけど返り討ちにあってしまったんです。お願いします!早く妹を助けないと!妹を助けるのに力を貸してください!」
「……話をまとめると、妹が君の依頼の途中で誘拐された。助けたかったけど返り討ちにあった。それで私に妹の救出をお願いしたい、と」
考えたくないけど最悪、薬指と事を構えることになるな。本当なら関わりたくない案件もいいところだ。
でも、こいつの必死の表情があの時の私に重なる。こいつの顔を見ていると助けてやりたい。と、私の心が訴えかけてくるようだった。
「はぁ、分かった。その依頼受けてやるよ。ただし、依頼料はしっかり貰うからな」
「はい!それはもちろん!!」
食い気味に体を乗り出しながら返答をするチャン。せっかく応急処置したのに興奮して傷口が開いたようだ。ジャケットに血が滲む。
こいつバカなんじゃなかろうか……
「助けに行くのは良いけど、最低限の処置はしろ。傷が開いてるじゃないか」
「あっ、本当ですね。止血しないと……」
チャンが止血してる間にソファから立ち上がり準備を始める。デスクの近くの壁に立て掛けられた黒金色の重厚な鞘に収められた剣をハーネスに吊り下げると、最早慣れて違和感の無いその重さが身体にのし掛かり、一種の安心感を覚えた。
棚を漁っていると、いつしかの依頼での報酬で貰ったK社の活性アンプルがあった。
これなぁ……念のため持っていくか。使わないんじゃ宝の持ち腐れだしな。1本だけっていうのが、これがまた不安になるんだけどな……。
準備を終えてチャンの方を見ると、応急処置もほとんど終えていた。道具を応急処置キットの中へ戻し、こちらを見る。
「応急処置、終わりました」
「あいよ。ほら、さっさと出る」
2人で事務所を出ると、裏路地特有の暑苦しさと裏路地を照らすネオンの光が私達を迎えた。すっかり慣れたその眩しさを気にすることなく事務所のカギを閉め、歩き出す。
「で、場所は?」
「えっと、21区の境界近くです」
「あの辺か……12区寄り?それとも20区より?」
「12区の方が近かったと思います」
「うげっ。面倒な方じゃん」
よりによってそっちか〜。人差し指と親指が少し前に殺り合ってたって話があったよな。行きたくないなぁ。でも、依頼受けちゃったし……しょうがないか。
面倒な案件に肩を落とし、裏路地を歩く。目的地までざっくり半分程度歩いた辺りで周辺からの視線を気にするようになった。
この周りのネズミ共をどうしようか。視線を感じるようになったのは事務所から出て少し歩いた辺り、数も少しずつ増えて、ざっと30人程度か?
主に視線を受けていたのは、チャンだけど。多分、こいつらはチャンの傷を見て今なら倒せるって思った口か。装備やら内臓でも売り払うつもりなんだろうな。
どうしたものだろう……振り切るのが一番手っ取り早いが、チャンが着いて来られないだろうし……不本意だが飛んでくる火の粉は払ってやろう。
「チャン。周りの奴ら、1度追い払うぞ」
「えっ?あ、なるほど」
えー……今気づいたのかよこいつ。どうやって5級まで上がったんだよ。
足を止めてやればぞろぞろと如何にもなガラの悪い男共が建物の陰から現れる。それぞれが得意なのだろう武器を持ち、連携もクソもなく一斉に襲ってきた。
右手で鞘ごとハーネスから外して、間合いに入った奴から剣を振って殴り飛ばす。技術もへったくれもない。ただ、力任せに振り回す。剣が当たった男は鞘と剣を合わせた質量によって腕や脚があらぬ方向に曲がり、砕かれながら裏路地の壁に叩きつけられた。べちゃ、と水音が路地裏に響き、鮮血が壁に張り付く。
手足と肋骨のいくつかは折れたが死んではいない。足を引きずるなりして帰れるだろう。残りのネズミは最初の5人がやられたのを見てさっさと逃げ出していた。
鞘についた血を払い落としてハーネスに吊るし直し、地面に転がった男たちを放置して歩き出す。
「さ、行くよ」
「は、はい」
ネオンが照らす裏路地の閉じられた商店街を歩いていく。潮の匂いがしてきた。21区が近づいている証拠だ。