余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
特にかぐや視点
近頃、ずっと体調が悪い。
走った訳でもないのに日常的に息切れする事が多くなり、唐突な眩暈や立ちくらみ、突発的なムカつきと、毎日のように何かしらの不調に見舞われている。
それに加えて、発作は当然のように来るし、正直言ってかなりしんどい。
今までも、特に体の調子が優れない時期というのはあったけど、ここまで酷いのは初めてだ。
そのせいで、バイトも長期的に休みをもらってしまう始末で、一緒に住んでるかぐやには当然心配をかけてしまっている。
夏バテもあるだろうが、それだけじゃない。
―――定期健診の結果は、ストレスだった。
病気の進行などの物理的なものではなく、精神的なものであると馴染みの医師は示した。
原因は、分かっている。
それを説明するためには、現在の私達の部屋の状況を説明する必要がある。
この狭苦しいワンルーム。かぐやが来る前はそれなりに片付いていた部屋も、今や彼女の買った配信道具が大部分を占領し、足の踏み場どころか息をする場所すらない。
「かぐや。流石にちょっと片付けてくれない?今の状態だと、寝る場所すらないからさ」
「あー、ごめん。分かった」
それでも、言えば一部を処分したり片付けてくれる分まだマシだが、そもそも二人で住めるような広さの部屋じゃないから、結局息する場所がないのは変わりない。
まずこれが原因の一つ。
二つ目は、これも少々仕方がない理由ではある。
ライバーである以上、かぐやの活動時間は不定期だ。昼間に配信することもあれば、当然深夜にすることもある。
こうなると、当然だが傍で寝てる私は本当に眠れない。
「おわー!!今の死んだ?え、死んだの?うわー、これ作ったやつ人の心ねえわー」
――うるさいな。
そう思っても、何も言わずに目を瞑る。
バイトを休みがちになっている私の代わりに、生活費を稼いでいるのはかぐやだ。
彼女が出演するミニライブでのギャラなどは伴奏者として私も貰っているけど、それでも彼女の稼ぎに比べれば微々たるもの。
彼女の配信に支えられているのに、その邪魔をするようなことはしたくないし、言いたくない。
つまらない意地だが、それでも私は、かぐやを尊重することをやめたくないのだ。
寝返りを打つと、床に転がっている道具にぶつかって、また眠りを妨げられる。
それでも頑張って寝る。
そんな事を繰り返していれば、体にガタが来るのも当然で、最近の体調不良に繋がってくる。
どうにかしなければならないが、どうにもできない。
真に迫る話をかぐやにすれば、病気や余命のことがバレるような気がして、余計に口は重くなる。
悪循環だ。
けれどそんな折に、かぐやからこんな提案をされた。
「彩葉!買い物に付き合ってよ!」
「買い物?いいけど……」
この真夏の猛暑の中、かぐやも私に気を遣ってか、あまり彼女から外に連れ出すようなことはしない。
そんな彼女からのお誘いと言えば、それなりに久しぶりで、正直今日も体調が悪く気はあまり乗らないが、断る理由もないので了承する。
帽子を被って、夏のカンカン照りの下、暑さのあまり一歩踏み出すのも億劫になる道筋を、私の腕にかぐやの腕を絡める形で歩く。
「はぁ……はぁ……」
小さく、吐いてと吸ってを繰り返す。
足が鉛のように重い。
少しくらいなら大丈夫だろうと出てきたはいいが、夏の猛暑は私のなけなしの体力を容赦なく奪っていく。
これは想像以上にまずい。
「彩葉、しんどい?やっぱちょっと休憩しようよ」
「だ、大丈夫。それに、あと少しで目的地なんでしょ?」
「そうだけど……」
発作は来ていないし、しんどいとは言っても、涼める場所に入って落ち着けばどうにかなるようなものだ。
貧血の前兆に近い気持ち悪さを感じながら、私は頑張って足を前に出す。
かぐやに、心配をかけたくない。
特に、彼女には一度、発作で苦しむところを見られて、酷い事を言ってしまっている。
また同じようなことになるのだけは、死んでも嫌だ。
それに、かぐやだって、私の様子には一定の疑問を持っているはず。
発作を始めとして、ただ体が弱いだけにしては、異常とも言えるような不調が多すぎる。
症状をあまり表に出し過ぎると、そこから調べられて病気が特定される可能性だってなくはない。
―――病気と余命が、彼女にバレるかもしれない。
そう思うと、体を休めることなんて出来なかった。
「あっ、ついたよ!」
「……え、不動産屋?」
かぐやが指示したのは、私でも知っている大手不動産屋だった。
訳が分からず彼女の方を見ると、彼女はあけすけにその意図を語る。
「そう!あの部屋だと物の置き場所もないし、そもそも二人で過ごすには狭すぎるでしょ?このままじゃ彩葉も中々休めないし、もう引っ越しした方が色々と早いかなって」
「だから今日は、その為の物件探しに来た……と」
筋は通っている。
確かに、そろそろあそこで過ごすのも限界なのは、私自身も思っていた事だし、遅かれ早かれの話だ。
「そういうこと!ねえねえ、こことかどう?」
かぐやが人差し指で示したのは、不動産屋が自らを拍付けするかのように表通りに出している看板。
デザイナーズタワーマンションの最上階。なんとお家賃三十五万円の高級物件のご案内であった。
「いやいや、冗談キツイって……」
「え~、いいじゃん。引っ越し費用とか家賃ならかぐやが出すからさ。それにここ、マンションなのに二階があるんだよ。部屋数も多いし、これならかぐやがうるさくしてても、彩葉だってゆっくり休めるはずだよ」
どうやら、本人も私が休息を取れていないことには気付いていたらしい。
金額的な話だけするなら、かぐやの今の稼ぎを考えれば、借りれないことはない。
しかし、配信業というのは不安定なもので、二年後三年後、或いは数ヶ月後にすら今と同じ収益を出せているとはかぎらないのが実情だ。
「それにしたって、もっと手頃なとことかあるでしょ。大体、保証人も居ないのにこんなとこ借りれるわけないじゃん」
片や女子高生。片や身元不明の宇宙人。
うん、無理だ無理。それこそ余命があと一年半しかない小娘が、こんな物件借りるってなんの冗談だって話だ。
例えば、かぐやが月に帰って、私が死んだら、この家はどうなる?考えたくない。
引っ越しは良いとしても、すぐには難しい。保証人にしたって、お兄ちゃんかお母さんに話さなければ、どうにもならないだろう。
「ほら、もう帰るよ。こういうのはちゃんと計画して…………から……」
そう思って、かぐやを連れて来た道を帰ろうとした、その時。
不意に視界がグラついた。
―――足元がおぼつかない。
立っているのもままならなくなり、その場にへたり込んでしまう。
「えっ、彩葉?大丈夫!?」
「ごめん。なんか急に……っ、あ゛!?」
息を整え、立ち上がろうとすると、そんな私へ追い打ちをかけるように胸が急速に圧迫されるような痛みが走る。
まずい。どうしよう。薬は持ってきているけど、元の体調不良のせいもあって、体が全く動かない。
だけど、かぐやの前で薬を飲むのは嫌だ。
――痛い。痛い。
そうやって変な意地を張っている間にも、発作はどんどん酷くなっていく。
体はとても熱いのに、末端は保冷剤を当てられたみたいに冷たくて、真夏なのに震えてしまいそうな寒気に襲われる。
「かっ……うっ……」
上手く、息が吸えない。吸えないということは、吐く事もできない。
「彩葉!しっかりして!やだ!彩葉!!」
かぐやの呼ぶ声が聞こえる。
耳鳴りが酷い。気持ち悪い。周囲の音が遠く聞こえる。けれど、かぐやの声だけは妙に鮮明に聞き取れた。
「どうしよう……!そうだ、救急車!」
それはダメだ。もしも病院に搬送されれば、そこで病気のことがかぐやにバレてしまうかもしれない。
それだけじゃない。
倒れたことを聞きつけた母に、実家まで連れ戻される可能性すらある。
「病院は……だ、め……」
気合で腕を上げて、かぐやの形態を持つ手を掴む。
「で、でも……」
困惑するかぐや。
どうする?どうすればいい?
薬を彼女の前で飲むのは嫌だ。でも、体には力が入らないし、胸の痛みはどんどん増していく。
――無理だ……これ以上は、本当に……死ぬ。
そこでようやく、私は諦めて口を開いた。
「………ポー、チ……」
なんとか絞り出すように声を出す。
とてもか細くて、よく耳を澄まさなければ聞き取れないような声量だった。それでも、かぐやは聞き逃さず、言葉の意味をくみ取って、私のバッグから青いポーチを取り出した。
「ポーチってこれのことだよね?ほら、開けたよ。薬、飲める?」
かぐやが開けてくれたポーチの開け口から、見慣れた錠剤を取り出す。
それをなんとか飲み込むと、かぐやが差しだしてくれたペットボトルの水を喉に通す。
薬を飲んだからといってすぐに発作が収まる訳じゃないが、耐えられないほどの激痛は、徐々にだが緩和されていく。
「すぅ……はぁ………」
息を吸って、吐く。
そのプロセスが踏めるだけで、体はとても楽になる。
けれど、発作が収まって気を抜くと、次は全身が虚脱感に包まれた。
「あ……れ?」
発作と、体の不調。
それらを経て意識を保っていられるだけの体力が残っている訳もなく、かぐやの叫び声が遠くなるのを感じながら、私は意識を手放した。
目を開くと、そこは私の部屋だった。
不動産屋の前で倒れて、そこからの記憶がない。家に居るからには、かぐやが運んでくれたのだろうけど、まさか抱えて帰ってきた訳でもないだろうし、タクシーでも使ったのだろうか。
台所の方から生活音がする。
視線をやると、かぐやのハニーゴールドの髪が見えた。
「……彩葉?」
音もなにも立てなかったはずなのに、私の目覚めに気付いたかぐやが、駆け寄ってきた。
「よ……よかったぁぁぁぁ……このまま目を覚まさなかったらどうしようって、ずっと不安で……でも、病院はダメって言ってたから……」
目に涙をためて言うかぐやに、私は苦笑する。
「お、大袈裟だよ……そんな簡単に死んだりしないから……」
実際はちゃんと死にかけてたんだけど、それはこの場では言うまい。
「うぅ……でも……まだ体、しんどいよね?」
「あぁ、うん。あまり動けそうにはないかな。けど、もう苦しくはないよ。それと……家まで運んでくれたのかぐやだよね?ありがとう」
お礼を言っている間にも、罪悪感は積もっていく。
こんなはずじゃなかった。彼女の前で薬を飲んでしまったこと。意識を失って倒れたこと。後悔は山のようにある。
体調が悪いと感じた時点で、外出を断るか、素直に休憩すれば良かった。
意地を張って、無理に取り繕おうとした結果がこれだ。
「それはいいけど……」
かぐやは、表情を曇らせると、すぐ意を決したようにこう言った。
「ねえ、やっぱ病院行こ!かぐやも一緒に付いてってあげるから!」
その申し出に私は、俯きがちに首を横に振る。
「それはダメ。お金、かかるし……」
我ながら苦しい言い訳だ。
でも、ここだけは譲れない。
この感じだと、最悪数日入院することにだってなりかねないし、家族も巻き込んで色々とごちゃつくのは目に見えている。
そのさなかで芋づる式に隠していた事がバレてしまう可能性を考えると、どうしてもその選択だけは取れない。
それに、ヤチヨカップも終盤の今、あまり長い事休みたくもない。
「お金なんて、かぐやに任せてよ!」
「言うと思った。でも、やっぱりダメだよ。ヤチヨカップも終盤だし、今私が長期間休むような事になったら、かぐやの活動にも影響が出るでしょ」
けれど、そんな説得でかぐやが納得するわけもなく、彼女は私に詰め寄った。
「そんなの……どう考えたって、彩葉の体の方が大事じゃん!それにライバー活動だって、かぐやが勝手にやってる事なんだし……」
「『勝手に』…じゃない。その稼ぎのお陰で、いま私達の生活費はまかなわれてる。とにかく何を言われても、病院に行くつもりはないよ」
きっぱりそう言うと、かぐやは、なにか言い辛そうに口ごもった。
俯いた顔に、さらさらの金糸がかかって影を作る。私は、何も言わずに彼女の言葉を待った。正確には、今の私に言えることなんて一つもないだけ。
「…………」
そうして、しばしの沈黙の後、やがてかぐやは口を開き、こう言った。
「ごめん。もう限界………そもそも彩葉ってさ、本当に体が弱いだけなの?」
ようやっと絞り出された声に、私は閉口した。
分かっていた事だ。いつかは聞かれるって……今までも、かぐやから見ておかしいと思う点は、沢山あっただろう。
「色々と、疑問に思ってたんだ。一度に飲む薬の量が多すぎるのとか……あの発作だってそう。ただ体が弱いってだけ、あんな風になったりしないの……かぐや、知ってるんだよ?」
そう。これらは、体が弱いというだけでは、説明が付かないものばかりだ。
それでも、今まで詮索せずにいてくれたのは、偏に彼女の優しさに他ならない。
彼女の立場になって考えれば、私はずいぶんと惨いことをしていたと分かる。
明らかになにかを抱えているのに、言って貰えない悔しさ、もどかしさ、悲しさ。
私の事をこんなにも好きになってくれて、大切にしてくれているかぐやが、一体どれだけ葛藤し、頭を悩ませ続けたのだろうか。
「お願い。教えて、彩葉。わたし、どんな事も受け入れる。絶対に彩葉を守るって、支えるって誓うから……彩葉が望むなら、これからも知らないフリをしてもいい。だから……!」
本当にかぐやのことを思うなら、これ以上隠しておくべきじゃない。
そんな事は分かっている。
けれど―――結局、こんな状況になっても、私という人間の本質は変わらないらしい。
「だから、深刻に考え過ぎだって……本当に、そういうのじゃないから……」
ほら、私はこうやって、当然のように嘘をつく。
「っ……!」
視界の端に映る彼女は、絶望したような表情で私を見ていた。赤い瞳を潤ませ、口を何度も開いては閉じては、言葉を探している。
いつも快活に笑うかぐやを知っているからこそ、そんな姿はあまりにも痛々しくて、直視していられなかった。
でもそうやって目を逸らしたことが、一番の過ちだったのだ。
「……………そっか。わか…った、よ」
か細くそう返答して、かぐやは台所に戻った。
今、彼女がどんな表情をしているのかは、分からない。泣いているのかもしれないし、怒っているのかもしれない。
私は、後悔した。
嘘をついた事に、じゃない。
『顔くらい、見てやれよ』
また同じ過ちを犯したこと。向き合うことから逃げて、かぐやにまで最低の態度を取った。
「……はい、卵おじや。熱いから、ふぅふぅして食べてね」
かぐやがあったかい食べ物を持ってきてくれた。
出来立ての卵おじやは湯気が立っていて、病床の身でもとても食欲をそそる。
「ん……ありがとう」
お礼を言って、器をとる。
かぐやは優しく笑っていた。でも、私にはなんで彼女がそんな表情をしているのか分からない。それは当然だ。私は逃げたのだから。
「ねえ、美味しい?」
卵おじやは、かぐやの忠告通り口がやけどしそうなくらい熱い。でも、泣きそうなくらい美味しかった。
「うん……超うまい」
「良かった。彩葉が喜んでくたら、かぐやはそれだけで満足だよ」
本当に気にしていないのか、或いは取り繕っているだけなのか、それを聞けるだけの無神経さという名の勇気は持ち合わせていない。
かぐやが、正面から隣に移動する。
肩に身を寄せて、背中をそっと擦ってくれる。
泣かないように、涙腺を締めた。そんな惨めで恥知らずなことだけは、したくなかった。
だって、一番辛いのはかぐやに決まってるから。そうじゃなければ、そんな泣きそうな、追い詰められた表情で笑ったりしない。
そして、こんな顔をさせたのは、他の誰でもない私だ。
それでも尚、彼女の優しさに甘えながら、私はこう思った。いっそのこと『さっさと死んじゃえばいいのに』って……
✧・゚: *✧・゚:*
一体、どうすればよかったの?
私の持ちうる選択肢の中に、ちゃんと正しい答えはあったのだろうか。
後になって考えても、正解は一向に見えてこない。
思考の迷路に、私は疲れ切っていた。かぐやは、あの日以降も変わらずに過ごしているけど、疑り深い私は、その笑顔の裏に何かがあるように思えてならなかった。
自分で招いたことで、あろうことか大切な人のことを疑う。
それが私だ。
何もかもが、嫌になる。
そんな自分のことが嫌いで仕方がなくて、だからといってそのマイナス感情を抱えたまま生きているのも辛くて、その自己嫌悪が私の足を『あの場所』へと向かわせた。
ツクヨミの僻地とも呼べる場所。
誰も居ない秘密の場所。
月が良く見える寂れたテラスに歩を進めると、そこにはあの日と同じように銀髪の彼女が居た。
「お、きたきた。こんにちは、彩葉~」
ヤチヨは、何でもない日常の中で、友達を迎える一幕のようにゆるゆるを手を振っている。その姿を見ると、安心する。
私は
こんな場所に、月見ヤチヨが居る訳ないって、何度もそう思っては否定され、安心するを繰り返している。
「ごめん。突然呼び出しちゃって……ヤチヨも、忙しいのに……」
「いいのいいの。彩葉とヤッチョの仲なんだから、気にしないで~」
その穏やかな笑みに、やわらかな声に、私は何度も救われてきた。
そして今夜、再び私は救われようとしている。
おずおずといった形で彼女の隣に座ると、そっと彼女の方から距離をつめてきた。肩と肩が触れ合う近さに、限界化しそうになるのを必死で押さえる。
―――あの夜……ヤチヨと出会った私は、こうして何度かこの場所で彼女と会っている。
彼女から送られてきたギフト。それは、ヤチヨへの個人メールを送ることができるアドレスで、あれを使って呼ぶと、必ず彼女はその時間通りにここに来てくれた。
やんごとない身分のお姫様に対して、なんたる不敬だろうか。
しかし、それでもやめられないのは、彼女のくれる安らぎを私という人間はとうに手放せなくなってしまっているからだ。
「それで、今日はどうしたの?」
何かあるのは既に察していたらしく、ヤチヨは少し間をおいてからそう訊ねてきた。
「……ちょっと、かぐやと色々あって……」
先日あったことを、ほぼそのままの内容でヤチヨに話す。
体調が悪くて倒れたこと、その後かぐやに酷い態度を取ってしまったこと。悔やんでも悔やみ切れないそれらの出来事を、ヤチヨは相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。
「私、かぐやに……お母さんにしたのと、同じことしちゃった……それから、あの子が私のこと、どう思ってるのかわかんなくて……」
私の話を一通り聞いたヤチヨは、たった一言で私の悩みを言語化した。
「それで……かぐやの事を信じきれなくて、前みたいにまっすぐ見れないことが、辛いんだね?」
「……うん」
頷く。
一を言えば百を理解し、その上気遣いまでしてくれる彼女には、本当に頭が上がらない。現に彼女が言ったことは、私の悩みの根幹だった。
「そうだね……ヤチヨは、彩葉じゃないから……理解できる、なんて軽々しくは言えない。けど確かな事として、それはとっても難しくて、苦しいことだっていうのは分かる。人は、常に誰かを信じて、同時に誰かに信じてもらえないと、生きていけない生き物だから」
達観した視点で語るのは、彼女がそれだけ多くのものを見て、学んできたからだろう。
私なんかよりも、ずっと追い詰められ、弱っている人のことも見てきたはずだ。
「彩葉は……かぐやが彩葉のこと、嫌いになったと思ってる?」
「…………どうだろ。そんなわけないって自信を持って言えたら、楽だったとは思う……」
相変わらず、こうして卑怯な言い方しかできない。
かぐやが私のことを嫌いになった訳がない。そんなこと、あれ以降のかぐやの事を見ていたら分かる事だ。
人は、好きでもない人のために下ごしらえまでしてご飯を作らないし、出かける直前に体調を気遣ってくれたりもしない。
分かっている。頭では分かってるんだ。
それでも、口に出してしまえば、私はそれを信じたことになる。それで、もしもそうじゃなかったら、私は耐えられない。
信じられないのを辛いと言いながら、私は自分を守るために人を疑い続ける。
けれどそんな私の卑屈さを、ヤチヨは諸共しなかった。
「だったら、それが”答え”なんじゃないかな?」
「え?」
言葉の意味が分からなくて、私は困惑の声を上げ、ヤチヨを見た。
「だって、そうじゃん。『自信を持っては言えない』っていうのは、ほぼまんまそうだって事だよ。むしろ、人の気持ちなんて、百パーセント理解するのは不可能なのに、そこまで言えるってだけで、彩葉は十分かぐやの事を信じられていると思う」
確かに、思い返してみれば、その通りである。
なんと間抜けなことだろうか。
そうだよ。『自信を持ってそうは言えない』だなんてのは、心の中では概ねそう思っている人が、言質を取らせないために使う言い方だ。
しかし、こんなはぐらかしは、この場においては何の意味もない。
ヤチヨが言う通り、八割型心中を語っているようなものだからだ。
「今すぐ、そこを明確にする必要はないよ。だけど、そのせいで自分を責めるような事はしないで」
身を寄せて、肩に触れて、華奢な手で私の手を握ってくれる。物理的にはあったかくないのに、とても温かい。
「どんなことがあっても彩葉とかぐやは大丈夫。二人の絆は、病気なんかで引き裂けるほど軽いものじゃない。ヤッチョが保証しちゃう」
「……いつも思うけど、やっぱり凄いね。ヤチヨは……」
何度称賛しても足りない。
どうして、言葉一つでここまで人の心を救えるのだろうか。
「えへへっ、そりゃまあ、これでも御年八千歳ですから♪彩葉みたいな悩みを抱えた人も、結構沢山みてきた訳ですよ。そんなヤチヨからワンポイントアドバイス!」
ヤチヨは快活な笑顔と声で、人差し指を立てた。
そして、打って変わった慈愛に満ちた笑みと声で、私がこれからどうするべきかを教えてくれた。
「どうか。あの子のことを、遠ざけないであげて。かぐやがまた、彩葉と遊びたがってるって思ったら、今度は彩葉から手を差し伸べてあげるの」
なんでも、ありきたりな事だ。
でもそれは、かぐやがこれまでずっと私にしてきてくれた事でもある。かぐやがそうやって、私の心の壁を壊してくれたから、今の私があるんだ。
「……分かった。頑張ってみる」
幸せな日々を守るために、私自身もやれることをしよう。
病気のことを言えなくても、余命のことを隠したままでも、そこにすぐに答えを出せなくても……向き合えないままのダサい私でもいい。
―――かぐやとの関係を終わらせたくない。
それだけは、私の心の中で、嘘のつきようがなく決まっていることなのだから。