余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
彩葉が、話してくれないのなんて知ってた。
厳重な鍵と、鎖で閉ざされた箱。
それ以外の物はなんでも与えてくれるあの子が、唯一絶対に明かしてくれない秘密。
目の前で、彩葉が倒れた時、心臓が止まったかと思った。
全ての時間が止まって、その瞬間を永遠にも感じる。
駆け寄って抱き起こした少女の目は固く閉じられ、呼吸は浅く、かぐやの呼びかけにも応じない。
――どうしよう。どうしよう……
状況だけ見れば、すぐにでも救急車を呼んで、病院に連れていくべきだ。
むしろ、それ以外の選択肢なんてあり得ないとすら言える。
でも、彩葉が『ダメ』って言ったんだ。
縋るような目で、苦しそうな声で『それだけは嫌だ』と、かぐやに。
気が付けば、タクシーを呼んで、あのアパートに帰っていた。
この炎天下の中、彼女をおぶってアパートの階段をのぼるのはしんどかったけど、一刻も早く彼女を休ませてあげたくて、その一心で足を前に出した。
寝かせてから、しばらくして、彼女は目を覚ました。
そこで、ようやく心を支配していた強張りは解け、一安心。でも、そこで終わりではない。
倒れる直前に彩葉が見せた苦しみ方は、尋常ではなかった。
胸を押さえる手、焦点の合わない目、薄く繰り返す不完全な呼吸。
彼女は初めて、なりふり構わずかぐやの前で薬を飲んだ。
それら一連の出来事は、どう考えたって見過ごせる領域じゃない。だから、目を覚ました彩葉を見て、改めて病院に行こうって言った。
けれども、彩葉は一向に首を縦に振らない。
その往生際の悪さを前に、かぐやは初めて、心の中が、ぐつぐつと煮える感覚を感じた。
――ありえない。
もう、限界だった。
いつまで、こんな思いをし続ければいいのだろうか。
ひとけの無いところで、一人苦しみに耐える彩葉。その姿に何度も、胸が張り裂けそうになった。
けれども今度は、目の前で倒れたのだ。それがどれだけ怖かったと思う?
かぐやは、彩葉が大好きなんだ。
この子が苦しみに喘ぐ様を、私はあと何度見せられるのだろう。
それに終わりはやってくるの?あるとしたら、それはいつ?理由も知らず、訳も分からず、かぐやはずっと都合の良いお人形さんみたいに黙ってなきゃいけないの?
――ふざけないでよ。
『そもそも彩葉ってさ、本当に体が弱いだけなの?』
その問いは、これまで積もらせた想いから漏れ出た、ほぼ衝動的なものだった。
言った後に感じたのは、遂に聞いてしまったという罪悪感と、ようやく聞けたという安心だ。
その相反する二つの感傷を抱えて、それでも今のかぐやなら、もしかしたらって思ってた部分はある。関係が深まり、絆もより強固になった”今なら”と……
秘密の全ては明かしてくれないにしても、慌てたり、怒ったり、しつこいかぐやに対して、多少は感情的にはなってくれるんじゃないかって、そう考えていた。
かぐやはただ、彼女の柔らかい部分に触れたっていう実感が欲しかったんだ。
しかしそれが、壮大な自惚れだったことを、思い知る。
『だから、深刻に考え過ぎだって……本当に、そういうのじゃないから……』
彩葉は困ったように笑って、目を逸らし、誤魔化しの言葉を放った。
何も、変わっていなかった。
かぐやが来たばかりの頃、無邪気にそれについて訊いた時と、彼女の反応は何一つ変わらない。
顔色一つ、声音一つ。
今まで色んな人にそうして来たであろうやり方で、彩葉はかぐやを拒絶した。
そこで、わたしは絶望した。
所詮かぐやの存在なんて、彩葉にとってその程度のものだったんだと、そう突きつけられたようで、自嘲にも似た笑みがこぼれた。
でもよかった。そのお陰でちゃんと笑えた。
彩葉は、笑ってるかぐやが好きみたいだから………
別に、彩葉を困らせたい訳じゃなかった。だから、それ以上は追及しなかった、お行儀よく引き下がった。
違うな。それ以上なにか聞いて、本当の意味で、線が切れちゃうのが怖かったんだ。
怒られても、何ならぶたれても、かぐやは良かった。それでも、彼女との繋がりが、消えちゃうのだけは耐えられない。
だから、そうならなくて良かった。
大丈夫。きっと、またチャンスは……
チャンス、は………
――もう……やだ……
そんな希望的観測は、なんの慰めにもならない。
かぐやの心は、暗闇の中でずっと泣いていた。
✧・゚: *✧・゚:*
あんな事があっても、かぐやと彩葉の関係性は変わらない。
ここまで来て、こんないざこざ一つで、よそよそしくなったりなんて出来るはずもなく、辛い心を隠して、それでも彩葉の温もりを求めた。
けれど、そういう無理のツケは何処かで巡ってくるもので。
「かぐやちゃん?おーい、かぐやちゃーん。聞こえてる?」
呆然としていた思考を呼び戻したのは、芦花の呼びかける声だった。
「ん……?あー、ごめん。なんだったっけ?」
こういう感じで、集中できていない事があれから増えた。
配信は別モードでやってるからかいつも通り振るまえてるけど、日常生活でのそれはまあ結構酷くて、この前なんて初めて料理を焦がしてしまった。
「……かぐや。最近、ぼーっとしてることが増えたけど、大丈夫?もしかして、連日の配信活動で疲れてるとか?」
心配そうに聞いてくれる真実に、かぐやはいつも通りの笑顔を貼り付けて見せる。
「え?いやいや、全っ然!ちょーっと次の配信のネタ考えててさ!ヤチヨカップも、もう少しで終わっちゃうし!」
虚勢や空元気。
かぐやには縁がないものだと思っていた事が、こうして当然のように出来ているのは何とも皮肉なものだ。
「無理してないならいいんだけどさ。でもまあ、案の定ランキングは下馬評通りの黒鬼独走状態だよね~。終盤でこの差は、流石にもう巻き返しはキツイかな」
芦花の言った通り、黒鬼は現状2位とすら相当な大差を付けての独走状態だ。
対して『かぐや・いろP』はTOP10にすら入れていない。2位までなら革新的なバズりで逆転を狙えなくもないが、それでも黒鬼をここから追い越すのはかなり難しい。
「むー、どうすればいいのだー!」
でも、諦めたくない。
負けたくないという対抗心以上に、かぐやには目的と目標がある。
彩葉を一瞥すると、彼女は両肩をすくめてお手上げの恰好をとった。
「いっそのこと、帝にゲーム対決を申し込むのはどう?世紀の竹取り合戦とかさ」
芦花の出した案に、かぐやは頷きかけるが、そこに彩葉が待ったをかけた。
「いやいや、それこそ無謀でしょ。受けてくれるかはともかく、相手はトッププロだよ?やったって、ボコボコにされるのがオチだって……」
「彩葉……」
否定できない。
かぐやも研究の為に何度か帝のゲームプレイ動画は見たけど、あの腕前はちょっと上手い程度のゲーマーが敵うレベルではない。
かぐや達にも全くチャンスがない訳ではないんだけど……
「狐先生なら?」
「勘弁してよ……あと、その名前で呼ばないで」
真実が狐ポーズで彩葉をちゃかすと、彼女は首を横に振ってソファーに腰かけた。
今言われたように、かぐや達にチャンスがあるとすれば、それは彩葉だ。
かぐや争奪戦の時に見せたあの動きなら、或いは、帝にも一矢報いることができるかもしれない。
でも、かぐやは彩葉を頼るつもりはない。
この前倒れたのもそうだし、体調を崩しがちな彩葉にこれ以上ワガママを言って負担を増やしたくないのだ。
「……まっ、仕方ないか」
誰にも聞こえない声量で、息をついた。
悔しい。ああ、悔しいさ。でも、これ以上なにかする手立てはなく、かぐやが無理をすればそのしわ寄せは彩葉に行く。
初心者にしては、よくやった。
もし第二回があれば、確実に優勝を狙えるラインではある。
それで満足しよう。
――そうは思っても、やっぱり悔しさと、やるせなさは消えない。
胸中にあるのは、せめてお迎えが来る前に、彩葉に一生に一度の『最高のプレゼント』をあげたかったという後悔。
多分、かぐやに次はない。
なんとなくわかる。これは最初で最後のチャンスだったんだ。
それを物に出来なかった。以上でも以下でもなく、その事実が全てだ。
諦める。
その言葉を思い浮かべるだけで、様々な感情が浮かんでは消えるを繰り返して、拳をぎゅっと握った。
その時。
「わっ、びっくりした。なんだメールか……」
目の前に突然、巻物のアイコンが出現した。
メールだ。なんだろうと思ってアイコンをタップして封を開くと、その内容に思わず目を見開く。
「えっ?うそ……これ」
改めて差出人を確認し、再び内容に目を通し、フリーズする。
「かぐや?どったの?って、うわああああああ!?」
そこで訝しんだ真実が横からメールの内容を覗き見て、素っ頓狂な悲鳴を上げた。そうなると、彩葉と芦花も何事かと駆け寄ってくる。
「は?待って、え……本当に言ってる?」
「うわぁ、マジか。噂をすればなんとやらじゃん」
彩葉と芦花の二人も驚愕の声を上げた。
メールの差出人は何を隠そうあの『BlackonyX 帝アキラ』であり、その内容はざっくり言うとKASSENで竹取り合戦をしようというものだ。
ついでに負けたら結婚しろとかふざけた事まで書いている始末。
「す、すごいよ、かぐや!あの帝様から直々にコラボ依頼だよ!」
「それに、これは一発逆転のチャンスかもね。もし勝負に勝ったりしたら……」
興奮冷めやらぬ様子の真実と、このコラボの旨味について語る芦花。
二人の言っていることはまさしくその通りで、追い上げ困難なこの状況においては、渡りに舟とも言っていい提案だ。
文字通り、最後のチャンス。
乗らない手は無いし、かぐやとしてもこの直接対決の形は望むところだ。
けど………
「良かったね。かぐや」
柔らかく笑う彩葉を見て、口を噤んだ。
彼女は、本当に自分のことのように、喜んでくれている。かぐやが一言「やる」と言えば、背中を押し、全力でサポートしてくれるだろう。
予定を空けて、一緒に戦ってくれるのは間違いない。
「……………」
でもそれが、素直に喜べない原因のひとつでもある。
「かぐや?」
黙り込んだわたしに、首を傾げる彩葉。
果たしてこの一大イベントに、彼女を巻き込んでいい物か、わたしは測りかねていた。
楽しそうなことを見つけては、やりたい気持ちを優先した結果どうなったのか、かぐやはもう何度も見てきた。
苦しむのが、かぐやならいい。
けれど、彩葉がそうなるのは、耐えられない。
「……断ろうかなって」
「え?」
その困惑は、一体誰の物だったのか、彩葉なのか或いは全員のものかもしれない。
俯いて出した答えは、夢への片道切符を自らゴミ箱に捨てるがごとき所業だ。
普段のかぐやなら、絶対にありえない選択。そうさせたのは、胸の中にすっかり居着いてしまった恐怖に他ならない。
「な、なんで?せっかく向こうから誘ってくれてるんだよ?芦花が言った通り、ここで上手くやれば逆転だってできるかもしれない。かぐや、優勝したいってずっと言ってたじゃん」
その優勝したい理由が、あなたの為だってことに、この子は本当に気付いているのかな。
そりゃ勿論、かぐや自身の為でもある。
けれど、彩葉への想いの方がずっと強くて、これが無ければここまで本気にはなれなかった。
これに乗って、仮にランキングで一位になったとしても、また彩葉に負担をかけて倒れたりしたら、かぐやはどんな顔をすればいい?
そんなの、喜べるわけがない。
「彩葉がさっき言ったんだよ。相手はトッププロだって……彩葉が居ればともかく、かぐやの集められるメンバーじゃ、勝てっこないって……」
「は?ちょっと待って、なんで私が参加しないことになってるの?するよ。しないわけじゃないじゃん」
彩葉なら、こう言ってくれる。
彼女だって、何も自分から進んでこんな大舞台にたって戦いたくはないだろう。それでも、わたしの気持ちを優先してくれる。
自分のことなんて、顧みずに……
「ダメ」
わたしはそれに、明確なNOで返す。
「彩葉。前に聞いた時も、多人数戦はやりたくないって言ってたじゃん。無理しなくていいよ」
「それとこれとは話が違う。これは、個人が趣味の範囲でやるランクマッチじゃない。かぐやの夢がかかった大事な場面で、そんな事言う訳ないでしょ」
「へぇ……またいつ、倒れちゃうかもわかんないのに?」
「!……」
言いたくもない暴言を口にして、視線を落とす。今日の彩葉はこうでも言わないと、引き下がってくれる気がしなかった。
芦花も真実も、入る隙間を見つけられず黙って成り行きを見守っている。
痛い沈黙の中で、これでいいんだと、胸中で呟く。
こういう空気は嫌いだ。早く、さっきまでの調子に戻りたい。さて、何を言ってリセットしようか考えていると、
「はあ、この子は全く……仕方ない。強硬手段で行くか」
「ん、彩葉?」
彩葉がなにやら手元で操作し始めた。
数秒して、彼女が「はい」とよこしてきたホロウィンドウを見て、かぐやは目を見開いた。
なんと、そこには既に帝アキラへと返信されたコラボ承諾のメールが表示されていたからだ。
「ちょっ、なに勝手に返してんの!かぐや、断るって言ったじゃん!早く取り消して!」
「出来る訳ないでしょ。もう送っちゃったんだし」
なんて強引な……
正直、彩葉がここまでやるとは思わなかった。いつもかぐやの意見を聞いてくれて、尊重してくれる。ダメな時は叱ってくれて、良い事をしたら褒めてくれる。
そんな彼女らしからぬ、強引に外堀を埋めるような行為に、かぐやは何も言えなかった。
「なんで……そこまで……」
訳が分からない。
こんな事は今までになかった。どうしていいのか分からなくて、罰の悪い思いだけが積もって、それが頭を重くして、視線を下げようとすると、それを彩葉の両手が頬に添えられて止められた。
「……今まで、散々あんたの前で情けない姿を見せて、迷惑をかけて……信じて欲しいだなんて、言える立場じゃないのは分かってる。でもね……」
翡翠色の瞳が、強くわたしを見通した。
「私は、やりたくもない事の為に、ここまで言わないよ」
両頬に添えられた手が下げられて、両手をそっと握った。
指と指を絡めて、伝わらないはずの温度がそこにあって、縮まらない距離の合間で、本当の想いは絡み合って艶めかしい温かさに満ちていく。
「私が、かぐやと一緒に遊びたいから……楽しみたいから、こうして、かぐやを怒らせるって分かってても、無茶苦茶しちゃうの。ねっ、ワガママでごめんね」
やめて。
お願いだからやめてよ。
そんな事言って、かぐやをどうしたいの。
どうせまた、悲しい思いをして、泣いて、後悔するんだ。
ここで交わした、こんな尊い会話すらも、悔やむ未来がなによりも怖いから、前に進むのもやめようって思ったのに、何でそういう時に限って手を引こうとするの……
「許して。かぐや」
そんなこと言われたら、かぐやは何も言えなくなるって分かってるくせに、彩葉は意地悪だ。
それでも心地よいと思ってしまう辺り、わたしも重症だ。大切に思うほど、こうやって繋がる度に、痛みは増すって分かってるのに、それでも彼女を求めてしまう。
「…………いいよ」
かぐやはすっかり、意思の弱い女の子になってしまった。
この女の子にダメにされてしまった。
彼女は、かぐや姫を篭絡した罪人だ。さながら、わたしは罪人を好きになってしまったお姫様。そこにある禁断の想いが紡ぐのは、サクセスストーリーも顔負けな御伽噺。
情けない顔を見せたくなくて、今度こそ目を逸らす。
どっちにしても、彩葉はニヤついてるだろう。
視線の先にいる友人二人も微笑んでいる。
悔しいな。
もうヤだって嘆いても、どれだけ後悔しても、かぐやは同じ場所に帰ってきてしまう。
きっとこの先、一生変わらないんだろうな。生きてる限りは、そういう堂々巡りを繰り返すのだろうと、ほわっと浮ついた感情の中で、思った。
□
私の独断専行によって、難攻不落のかぐや姫の感情防壁を突破して、なんとかBlackonyXとのコラボ対戦が実現した。
三対三の竹取り合戦で行う、実質的なヤチヨカップの最終決戦だ。
もちろん、私もかぐやのパートナーとして参加する。
「我ながら……らしくない事をしたもんだよね」
思い出すのは、かぐやが『断ろうかな』と言った時の事。
あの時は、本当に驚いた。こんな渡りに舟みたいな提案を、断ろうだなんて言い出すんだもの。
そんな、普段の彼女じゃ絶対にあり得ない選択と言葉。それを言わせたのは、間違いなく私だ。考えるまでもなく、心当たりなんて山のようにある。
私が何を言っても、私が原因である以上は彼女が意思を変える事は無い。
じゃあ、ここで私まで諦めるのか、何もしないのかって自問した時に、返ってきたのは先日あの人から送られた一つの言葉だった。
『どうか。あの子のことを、遠ざけないであげて。かぐやがまた、彩葉と遊びたがってるって思ったら、今度は彩葉から手を差し伸べてあげるの』
今こそ、その時だ。ここを逃せば、私達は一生その事を後悔することになる。何もかもがダメになるような気がして、私はかぐやの意思を無視し、半場強引にでも約束を取り付けた。
一か八か、彼女に嫌われても文句は言えないような勝手な行動だ。
結果としてそれは、最善の選択だった。
かぐやはちゃんと、笑ってくれたんだ。
後はもう、この竹取り合戦に全力で挑むだけ―――
しかしここでネックになってくるのは、やはりあの『発作』だ。
私が、やりたくても多人数戦を今までやれなかった原因であり、これを放置した状態で参戦するわけにはいかない。
「あんまりこれ、飲みたくないんだけどなぁ……」
青いポーチから取り出したのは、量が半分ほど減った錠剤だ。
袋には『抑制剤』と書かれている。
虎の子ではないが、これが私の今回の生命線だ。
私の発作は基本的に、いつ来るか分からない。
数日連続で頻繫に来ることもあれば、週に二回か三回と軽い時もある。基本的な対処法は、痛み止めを飲んで安静にすること。
しかし、生きていれば絶対に外してはいけない用というのが往々にして存在する。
最近だとその最たる例が、かぐやのライブなどだ。
そこで伴奏をしている最中に、発作で途中退席など絶対に許されない。
そこで出てくるのが、この『抑制剤』だ。
飲めば、服用した時点から半日の間だけ発作が出なくしてくれる薬で、かぐやと一緒にイベントに出席する際などは主にこれを飲んで出ている。
なら、普段からこれを飲めばいいという話になるのだが、そう簡単にはいかない。
私の病気は、余命宣告すらされるほどの難病だ。発作の苦しみも、制御の難しさも、身をもって知っている。
それを無理やり事前に抑え込もうというのだから、当然それ相応の代償はある。
「明日は一日布団の中で安静確定だけど……まあ、仕方ないよね。やるって言ったんだし……」
副作用だ。
この薬は、飲むと半日発作を抑えられる代わりに、翌日に酷い体調不良に襲われる。
それはもう、起き上がるのも困難なほどの苦しみであり、ずっと軽度の発作に襲われるような感覚に近い。
―――これがあるから、常用なんてできないし、ヤチヨのミニライブの時も飲めなかった。
あの時は、次の日に学校もバイトもあったから、たった三十分かそこらの間に、来るかも分からない発作のためにそこまでは出来なかった。
後になって『飲んでおけよアホ』と思ったりもしたけど、結局はあの時会い損ねたお陰で、今はヤチヨと秘密の逢瀬ができている。
それでも、今回だけは、飲むしかない。
副作用は、つらい。
本当に辛いんだ。
それも、唐突に来るものではなく、来るって分かっていて、自分でその原因となる薬を飲まなければいけない。
その精神的なストレスは、筆舌に尽くし難いものだ。
「よし、やろう」
だとしても、それを耐えられてしまえるくらいに、かぐやとの時間は私にとって心地よく、最高なんだ。
かぐやは既に、ツクヨミに潜っている。
目を閉じた彼女の隣に座って、私も目を閉じた。