余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
今日から走り抜けます
湧く観衆。熱の入る実況。
彩葉と帝が繰り広げる戦いは、これまでのツクヨミの歴史で見ても類を見ないほどの死闘だ。
誰もが固唾をのんで見守る、瞬き一つの間に目まぐるしく変化する戦闘。
「ヤチヨ」
そんな中で、かぐやが私の名前を呼んだ。
残機を使い果たした私達は、自陣で戦闘の様子を観戦しており、隣りには当然彼女が居る。
「なに?かぐや」
お互いに視線は動かさず、声だけで応じる。
「一戦目の時に言いかけた、彩葉の強さの理由……聞かせてくれる?」
言われて、やっぱりその件かと得心する。
あの帝を相手に対等に斬り合っている彩葉の動きは、もはやただの技術という言葉では説明がつかない。その姿はまさに、私が言った通り限界を超えている。
「いいよ。後でって、約束だったしね」
どうやって話そうか。
彩葉の圧倒的な強さの根本には、彼女の病気と余命が深く関わっている。かぐやはまだその事を知らない。
ヤチヨの口から、それを明かしてしまう訳にはいかないし、それなら本当の意味でその理由を語ることは出来ないのだろう。
でも、例えそうだとしても、かぐやには知っていて欲しい。
彩葉がなんで、こんなにも、この世界に情熱を注ぎ、全力で生きているのか。
「彩葉がこんなにも強いのは……あの子がね。この世界で、自分が失ってしまった物を見つけたからなんだよ」
「失った、もの?」
ピンと来ていない様子のかぐやに、私は微笑む。
ゆっくりと、あの子の戦いを見ながら話そう。
「話せば、長くなるんだけど……戦いの傍らで、ちょっとした御伽噺だと思って、聞いて欲しいな」
改めて語るとなれば、時は少し前にさかのぼる。
これは、私だけが知っている。小さな女の子が、この神々の世界に落ちてきて、嘘の中から本物を見つけ出す話だ。
―――去年の春。
高校への入学祝いに、兄からスマコンを贈られたその日、彩葉は初めてこの世界を訪れた。
初ログイン時のことは、今でも覚えている。
私自身が出て行けば、気持ちを抑えきれずボロを出してしまう可能性があったから、アカウント作成の対応は他のプレイヤーと同じように私の分身が行った。
けれど、この世界線でも、彩葉が変わらずツクヨミに来てくれたことが、この電子の海へとこぎ出してくれた事が何よりも嬉しかった。
そういう運命だったとは思わない。
だって、この世界の彩葉は、決められたはずの星にすら裏切られたのだから。
不思議そうに初めての仮想空間を眺め、案内に従ってアバターを作成する彩葉。
この世界に来た人は、一目でその圧巻の光景に胸を躍らせ、目を輝かせるものだけど、彩葉はそのどちらでもなく、期待すらしていないような無表情だった。
そんな彼女が、やはり私が知るのと同じ狐アバターを選んだのは、ちょっと微笑ましかった。
常夜の世界、光り輝くツクヨミに入った彩葉。
味のしないパフェ、温かみのない嘘と偽りの世界を、少女はどんな風に生きるのか、私は城の上から見守る。
しばらくすると、彩葉は何かに気付いたように自分のアバターを見下ろして、唐突に走り出した。
それはもう、全力疾走。
建物の上へ登ったり、飛んだり跳ねたりして、本当に一日目なのかって疑うような彼女の動き。
周囲から怪訝な目を向けられても、彩葉は走り続けた。
やげて、私の城にほど近い、背の高い建物の屋上に辿り着くと、彩葉はこの世界に来てから……いや、病気になってから初めて、心の底からの笑顔を見せたんだ。
『たの…しい!』
数々の心の傷と、病気との板挟みで失われてしまった、ヤチヨが何よりも好きだった笑み。
それが、戻ってきた。まだそこにあるんだと思うと、形容しきれない思いが胸の奥から、ふわふわっと熱を持ってのぼってきた。
『息が切れない。自由に動ける。すごい……すごい!ここなら、誰も私の事を知らない。”普通の人”として、過ごせるんだ……』
彼女がどれだけ願っても叶わなかったことが、この世界でなら叶う。
全てを諦め絶望した少女は、現実と切り離されたこの仮想世界だからこそ、失ったものを取り戻すことができる。
奇しくも、仮想世界に『本当の意味』なんて途方もないものを最初に見つけ出したのが、もう余命幾ばくもない少女―――そして、私の愛の全てである彩葉だった。
『これが………ヤチヨの作った、世界なんだ……』
嬉しいなんてものじゃない。
「彩葉……いろ、は……そうなんだね、あなたは、もう何年も生きられないのに……それでも、ヤチヨの……やちよの、作った世界を、愛してくれるんだ……」
いつか私が夢見た、誰かと誰かが繋がる場所。その理想の形を、彩葉が最初に見つけてくれたんだ。
誰しもが、この世界をゲーム、交流の場所、ちょっとリアルなSNSなど、娯楽の一部として捉え、あくまでサービスでコンテンツの一つとして消費されるだけだった。
誰も、もう一つの現実だなんて、壮大なビジョンを持ってこの世界を見てくれたことはなかった。
そもそもとして、もしかしたら、この世界線では、彩葉はここに来てくれないんじゃないかって、不安で仕方がなかった。
一時期は、この彩葉への気持ちすら、封印してしまおうって、彩葉が”運命の日”までにこの世界に来なかったらそうしようって、そう思っていたのに……
「失うものが、また……増えちゃったね」
なんで、もっと好きになるようなことを、あの子はするんだろう。
どれだけ手を伸ばしても、抱きしめることすら出来ない距離で、感動している間にも彩葉はどんどんこの世界を駆けていく。
ゲームが好きな彼女は、当然KASSENにも興味を示した。
ただ、ここで一つ問題が起きた。
彩葉には、いつ来るか分からない発作がある。
そのせいで、多人数戦のモードで遊ぶことを躊躇してしまったのだ。
その時ほど、過去の自分を呪ったことはない。残念そうに、諦めたように肩を落とした彩葉を見て、自分をぶん殴ってやりたくなった。
それでも、彩葉はめげなかった。
心機一転とでも言うように、完全一対一のPVP『SETSUNA』へ。
そして、驚くのはここからだった。
初めた最初の方こそ、勝ったり負けたりと、初心者らしい成長街道を歩んでいた彩葉で、私もそれを微笑みながら見ていた。
けれど、彩葉がこの世界で見出したものは、そこでも真価を発揮した。
負けてもその理由を全て分析し、最後の一瞬まで決して勝ちを諦めない。多少は醜かろうと、誰かを打ち負かそうとする本気さ。
それはもはや、ゲームを遊んでいる人のそれではない。
そう、彩葉は文字通り、魂をかけて戦っていたのだ。
病気に体を蝕まれた彼女にとって、ハンデもなにもない場所での真剣勝負は、決して負けたくないものだったのだ。
かけているものが、違うとでも言うのだろうか。
そのお陰か、彩葉はあり得ない速度で強くなっていった。
『もっと……もっと集中しないと……動くはずなんだ。この世界なら……』
彩葉は誰よりも、この世界の可能性を信じていた。
『この世界では、絶対に負けたくない』
故に、たかがワンマッチ、たったそれだけの事でさえも、彩葉は常に全力だった。
現実では出せない全力を出せるから、だけではない。
命の重みを、消えていく時間を、誰よりも理解している彩葉だからこそ、ここまで本気になれる。
負けを取り戻す時間すら惜しい彼女だからこそ……
アバターと心を一心同体にし、誰よりものめり込むことで、驚異的なプレイヤースキルを実現する。
仮想空間だからこそ、この『アバターとの一体感』とも呼べるものの差は顕著だ。
より深層まで己の芯を重ねることで、本来あるはずのラグを縮め、現実の体と同等か、或いはそれ以上の速度で反応させる。
ゲームっていうのは、基本的にのめり込んでいる奴が一番強い。一対一なら尚更だ。
そうであればある程、反応速度、操作精度、勝負勘の全てがそうでない人のそれを凌駕する。
現実で叶わないからこそ、彩葉にはそれが出来る。
卓越した反射神経でも、操作精度でもない。
この集中力こそが、彩葉の強さの秘密だ。
「そっか。彩葉は……この世界で、現実にはない、失くしちゃったものを見つけられたから、こんなに強くあれるんだね」
私が、それに気付いた時、彩葉はすでにこの世界最強の剣士になっていた。
―――それからも、私のライブに参加したり、彩葉はこの世界で、自分なりの生き方を見つけ、誰よりも真剣に向き合ってきた。
「その行きついた先が、あの強さなんだよ」
もうすぐ、彩葉と帝の勝負が終わる。
誰もが固唾をのんで見守るこの聖戦は、今後伝説の一戦として、語り継がれていくだろう。
「…………」
かぐやは、何も返答せず、じっと戦いの行く末を見守っていた。
この子の思っていることは、なんとなくわかる。だけど、敢えてそれを口に出すようなことも、頭の中で詳らかにするつもりもない。
そんなことしたら、かぐやが可哀想だもん。
同一人物云々以前に、一人の女の子として、分かってしまうんだ。今彼女が抱えている気持ちは、そんなふうに誰かが察していいものじゃないって。
かぐやの抱えているものは、かぐやだけのものだ。
他の誰の物でもない。ヤチヨにさえ、そこに踏み込む権利は無いんだ。
「彩葉、楽しそう」
「………」
帝と斬り合っている彩葉は、本当に楽しそうだった。
まるで、昔二人が並んでゲームをやっていたあの頃のよう。
「あの二人も、色々あったからね。またあんな風になれて、本当に良かった……」
家族との間で、彩葉が抱えた傷は、誰かが手を尽くしたからといって、癒せるようなものじゃない。
何度働きかけても、彩葉の心を溶かせなかったヤチヨだからこそ分かる。
それでも、かぐやが来る以前に、彩葉を想い、優しくしてくれた人は居た。
それに気付けなかった悲しみの分だけ、今の彩葉は後悔している。
去った過去と同じように、例えかぐやであっても、一度塗られた絵の具を消してあげることは出来ない。
でもね、かぐや。
「…………っ」
そんなに、思い詰めなくたっていいんだよ。
だってかぐやが、
『決着ー!死闘の結果はなんと、相打ち!かぐや・いろP、死力を尽くしてあの黒鬼と引き分けて見せたー!』
そんな彩葉を優しく包み込んで、心の氷を溶かしてくれたから、あの二人はまた『兄妹』になることが出来たんだ。
かぐやじゃなきゃダメだった。
「……終わったね」
試合が終わった事で、行動制限のバリアが解除される。
私は立ち上がってかぐやの傍まで行くと、その金髪をそっと撫でた。
「かぐやなら、きっと大丈夫だよ……ヤッチョが保証してあげる」
こうしてみると、本当に小さい子供みたい。
行く先々の挫折に泣いて、大切な人の過去に自らの心すら痛めて、それでもこの子は彩葉が好きなんだ。
――ふふっ、可愛いな。
「ヤチヨカップの優勝者発表があるから、私はもう行くね。かぐやも、辛い事とかあったら、なんでも相談して。ヤチヨはいつでも、二人の味方だから」
こんなの月見ヤチヨらしくない。肩入れしすぎだ。
でも、これでいい。だってもう私は、この世界でどうありたいかを決めたから。
「……ありがと」
あらま、感謝されちゃった。
やっぱりいいな、かぐやって。
もしこの月夜に願う事があるとすれば、一つだ。
この二人の行く末が、永遠に幸せであって欲しい。
□
『いと大義~~☆』
ヤチヨがツクヨミの上空に浮かぶ。
空を泳ぐ巨大なエイのような姿が大会終了を祝福する。いつもミニライブが行われる広場には、ヤチヨカップの参加者や大勢のリスナーが集結していた。
『とーっても楽しいKASSENでした。そして、たった今!ヤチヨカップの投票を締め切ったよ。これから集計!』
FUSHIの目が光り輝き。
無数の投票を集計していく。その様子を、わたしは祈るような面持ちで見つめていた。
「……終わっちゃったね」
名残惜しむような彩葉の言葉に、かぐやは首肯する。
「大丈夫。絶対に優勝してる」
あまりにも多くの事があったこの期間、それはかぐやにとってこれ以上ないくらいに充実していて、同時に泣きたいくらいの情感に溢れていた。
それを、ここで終わらせたくない。
『それでは、ヤッチョとコラボる人を発表!』
――だから、お願い。
夜空に出現した巨大なホロスクリーンに、ツクヨミの全ユーザーが注目する。参加者を表す棒グラフが伸びていって、やはり、最後にはかぐや・いろPとブラックオニキスのレースとなる。
わたしと、彩葉。
二人で並んで同じ場所を見つめるこの時間が、これからもずっと続いて欲しい。
わたしがこの星に落ち、とある少女に拾われたあの日。湿っぽく、儚げで、それでいて綺麗な笑い方をするあなたを、わたしはすぐに好きになった。
人知れず苦しむあなたを見て、どうしても幸せにしたくなったんだ。
抱えているものの大きさも、秘密の箱の中身もまだ知らない、そんなわたしでも、彩葉をもっともっと好きになりたい。
―――彼女の”本当の笑顔”を見たい。
『ヤチヨカップの優勝者は~~』
一度、ブラックオニキスの得票数が上回る。
肩を落としかけたその時、横から彗星のように『かぐや・いろP』が追い上げ、追い抜く。
決まった。勝った。
それでもまだ、ファン達の想いを表す塔は背を伸ばしていく。
〈なんか、いいねあの二人!〉
〈私推しちゃおっかな〉
〈この子みてると元気になる〉
〈かぐや姫の守護神いろPつよすぎw〉
〈二人が並んでるだけで幸せ〉
〈最強!狐先生かっこよすぎ!〉
〈サマーソルトで矢を弾いた……だと?なにあのカッコよすぎるスーパープレイ?〉
〈っぱいろPこそ、俺らSETSUNA勢の先生だよな〉
〈かぐやとヤチヨとの連携完璧じゃん、これまじで黒鬼に勝てるんじゃ……〉
〈帝との一騎打ちマジ?〉
〈のいらいと刺し違えたかぐヤチえぐ〉
〈うますぎうますぎ〉
〈凄すぎて涙出てきた〉
〈当然のように空中で戦うのやめてもろて〉
〈空中ワイヤートラップからの鉄拳って……〉
〈完全に人間やめてる(歓喜)〉
〈でもいろPの拳はちょっとうらやま〉
〈いったー!〉
〈マジか!?〉
〈帝とタイマンで引き分けまで持ってくの凄すぎ!〉
〈俺達の憧れたKASSEN〉
〈ずっと見てた!このかぐや・いろPコンビ最高!〉
涙が、溢れてくる。
今日一番の歓声が上がる。
「っ、いろはぁーーー!」
「え、かぐ……わっ!?」
目いっぱいの喜びで彩葉を抱きしめる。
優勝した。やった。やれたんだ。
行けるっていう自信はあった。諦めたことなんて、一度もなかった。それでも、心の中の、どこかでは、無理なんじゃないかって思うこともやっぱりあって。
「うぅっ、やった……やっだよ゛ぉぉぉーーー!」
「ちょっ、泣くほど?いやそれくらい嬉しいのは分かるけど……」
頭を撫でられると、もっと嬉しくなる。
かぐやだけじゃ絶対に無理だった。彩葉が居たから、こんなにも全力になれたし、彩葉とわたしの二人で頑張ったから、この栄冠を掴めたんだ。
「でも……そうだよね。本当に、私たち……優勝、したんだ」
彩葉は今も夢見心地なのか、事実を吟味するように呟く。
「おめでとう。かぐやちゃん、彩葉」
二人で喜びを分かち合っていると、いつの間にかすぐ目の前まで来ていた帝から声をかけられた。そうだ、勝負の結果は引き分けだったけど、結婚の件はどうなるんだろう。
いやいや、無効だ。無効に決まってる。
なんて言ってこようと拒否しようと身構えていると、帝は予想外の言葉を口にした。
「勝っても負けてもっていう約束だったけど……勝負が引き分けで、ヤチヨカップまでこれじゃあな。俺達の負けだよ」
「え?」
まさかの、相手の方から負けを認めてきたのだ。
そりゃ、元々黒鬼にとって有利な戦いだったのはそうだし、かぐや達はヤチヨの加入と、彩葉の反則級の強さで、どうにか引き分けまで持って行った形だ。
大金星も大金星。
加えて、ヤチヨカップまで優勝したのだし、見方によっては、こっちの勝ちと誇ってもいいかもしれない。
しかし、それをまさか、あの黒鬼の方から言われるなんて思わなかった。
「ま、元々無理に結婚するつもりなんてねーし」
「だよな!」
ぶっちゃけ本気で言ってると思ってた節がない訳じゃないが、終わり良ければ総て良しだ。
「それで?お願いってなんだ、彩葉」
帝は彩葉に視線を移すと、そんな事を言った。
お願い?彩葉から帝に?
なんの話だろう。そう言えば、二人は兄妹だと言うから、家族仲で交わした話だろうか。てか、この赤鬼の中身があのいけすかない黒髪ボーイだとは、意外……でもないか。なんか妙にしっくりくる。
そんな事を考えていると、彩葉は少し悩んだ後、こう口にした。
「……引っ越しするから、保証人になってほしい」
「うぇ?」
「へー」
彩葉の言った内容に、わたしは困惑の声を、帝は興味深げに口角を上げた。
引っ越し。保証人。もしかしなくても、この前彩葉が倒れた日にした話のことだ。あの時は、保証人が居ないから無理と言っていた彼女の言葉と、その申し出は繋がる。
――彩葉、ずっと気にしてくれてたんだ……
「家ごと買わなくていいの?」
「家ごと!その手があったか!」
「ないわ!たく、これだから成金は……」
帝の提案に乗ろうとすると、すかさず彩葉が待ったをかけた。
そうなると、引っ越し先はあのデザイナーズマンションになるだろう。今住んでいるワンルームも思い出深い場所だけど、背に腹は代えられない。
「それで、えっと……いい?」
「ああ、勿論。妹からきってのお願いだしな。お兄ちゃんに任せな」
どうやら話もまとまったみたい。
二人の間に何があったのか、かぐやには分からない。朝日が彩葉の家に来る時も、ご飯食べてちょっと世間話でもしたら帰っちゃうから、そこまで深く話した事は無いのだ。
ただ、いつも彩葉は、兄と目を合わせようとしなかった。
それが、今はちゃんと向き合えている。
まるで憑き物がひとつ取れたようなその表情を見て、この勝負をやって良かったと、改めて思った。
「つーわけで、俺はファンのとこ戻るわ。またな、二人とも。彩葉、体には気を付けろよ」
「うん。ありがとう。お兄ちゃん」
満足したのか、帝は踵を返しログアウトした。
勝負は引き分け、大会も負けたのに、本人はそれ以上に満足して帰っていった。彩葉との対決はそれだけ本人にとって大きなものだったんだろう。
今回は彩葉の個人技が上手くハマって、それをわたしとヤチヨでバックアップする形だったけど、次やる時はかぐやも一緒に戦いたい。
その為にも、もっと練習して、彩葉の隣に立てるくらいにならないと。
密かにそんな決意を固めていると、
「ふったりとも~!」
結果発表を終えたヤチヨが空から降りてきた。
飛び込んできて、かぐやと彩葉をぎゅっと一緒に抱きしめる。
「よーきかな~。二人とも、頑張ったね!」
ヤチヨがここまで喜んでくれているのを見ると、妙な照れ臭さを感じる。
彼女が、さっき言ってくれた言葉はずっと胸の中に残っている。かぐやもこの短い時間で少なからずヤチヨの事を、
「やるじゃねーか、マグレに頼る天才だな!」
不遜な面持ちでそういうFUSHI。
けれど、これは否定できない部分も多い。
「まあ、今回の勝負は彩葉とヤチヨに助けられっぱなしだったしね~。どうやったら、二人みたいに上手く動けるのかな?」
彩葉は多人数戦は初心者でも、個人の強さがこのツクヨミ全ユーザーで見てもトップクラスで、ヤチヨは管理者の名に恥じない、なんでもこなせるオールラウンダーといった印象だった。
かぐやは、二人に助けられっぱなしで、作戦を考える方面に関しては役にたっただろうけど、全体的に力不足を感じずにはいられない。
「練習あるのみ」
「日々の努力の玉藻の前だね~」
「うぅ~、やっぱそれしかないか……」
コツとか聞く前に練習しろってことか、がんばろ。
とは言っても、ヤチヨはともかく、彩葉みたいな動きをできるようになるビジョンだけは全く浮かばない。
「ふふっ、そんなに悩まなくても大丈夫だよ。さっきの勝負でもそうだったけどね。かぐやは、かぐやだから強いんだなって、ヤチヨは思ったよ」
「ちぇっ、結局月並みな感想なんだよなー」
良い事を言っているようで、何も言っていない。具体的にどうとかってないんだろうか。
ジトっとした目で訴えてみるも、ヤチヨは微笑を浮かべてひらりと躱すのみ。
「……さーて、ここからはクライマックスに向けて、誰も知らない未知の展開へと入っていくかも。後半戦突入ってやつかな?どんな結末になっても、この物語を、ヤチヨは最後まで見届けるから」
ツクヨミの光り輝く街を背に、ヤチヨが静かにそう言った。
いつものテキトーな口上かなって思えど、その声音に芝居じみた様子はない。その言葉の意味を、推し量る事はできない。
彩葉を見ると、僅かに俯いている。
「ここから先へ、進む覚悟は、できた?」
「……できたよ。こんなとこで止まってたら、置いてかれて終わっちゃうからね」
分からない。
それなのに、何かとても大事なことを示し合わせているように見えて仕方がなかった。