余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
新たな道へと進もうとしているかぐやが遂に本当の意味で出会います
――自分でハッピーエンドにする!
噓つき。
――そんでハッピーエンドまで彩葉も連れてく、一緒に!
出来もしない事を言うな。
四畳半の部屋で決めた何も知らない童の宣言に、彩葉は『ハッピーエンドいらない、フツーのエンドで結構です』と言って、相手にしなかった。
でも、彼女の言ったことは正しかったんだ。
――うそうそうそ!そんなわけないでしょ?
嘘つきはあんただよ。
吐いた甘い蜜で、消えない傷を大好きな人に与えて、それで満足なわけ?
ハッピーな話を書こうとして、上手く書けないことに気付いた時には、もう何もかも手遅れだった。
私はひとり、辿り着いた遠い過去の世界で、何度も絶望して、後悔を積み重ねて『なんで』と『どうして』と『会いたい』を何千回も繰り返した。
ボロボロになって、何度も壊れたいと願って、それでも希望を忘れずにいられたのは、再び未来で
再会できれば、報われると思っていた。
もう一度だけ、その姿を、声を感じることができれば、それ以外は何もいらないって本気で思ってたんだ。
―――さあ、結果はどうだったでしょうか?
言うまでも無く、最悪だ。
これのどこが、ハッピーなのかな。
私の大好きな人が、孤独に泣いて、色と感覚を無くしたあの瞬間、自分のやってきた事が全て無駄だったように思えてならなかった。
届けた『Remember』は、どれだけ彼女の心を癒せただろうか。
虚しさだけが胸の中に積もっていって、なにをしても心の底から笑う事なんて出来やしない。
上っ面だけの仮面のような笑みを張り付けて、『月見ヤチヨ』という鍍金を纏った声で歌って、抱いていた理念すらも自らの手で貶めている。
数千年私の待ち望んでいた世界は、私が想像していたよりもずっと苦くて、悲しい色をしていた。
チャットを通して、どれだけの言葉を彩葉に送っても、少しの意味もない。
なにもできない私。
どうしようもない私。
ハッピーエンドに連れてくと言ったくせに、何一つ上手に出来やしない。
最低だ。
私は、私自身のことを絶対に許せない。
私は、私のことが大嫌いだ。
だから、私は、わたしを―――
「本当に、それでいいのか?ヤチヨ」
やるせなさと悔しさに満ちたFUSHIの問いに私は、歪な決意を滲ませた声で答える。
「もう決めたことだよ。これが、二人が幸せにできる唯一の道だから……」
彩葉に、かぐやの存在は不可欠だ。
今、彼女の前からかぐやが消えてしまったら、誰も報われないエンディングが訪れてしまう。
私一人のちっぽけな力で、それが回避できるなんて傲慢を吐くつもりはない。
私はいつだって無力だ。ここぞって所で役に立たない、意気地がない、根性が足りない。
だからこそ、少しでもいい。二人の為にこの命を使えるのなら、それは私にとって最高の幸せなんだ。
大丈夫。
私はすでに、この世界で唯一無二の希望を貰った。後は、自分で決めた結末へ歩いていくだけ。
「……彩葉、かぐや。二人とも……ヤチヨが、必ずなんとかしてみせるからね」
広げた両手の上には、とても大事な二つの贈り物がある。
これをくれた二人の女の子は、私にとって命よりも大切な人達なの。
未来永劫とまでは言わないから、せめて、ささやかなエピローグくらいは幸せに過ごして欲しい。
その為なら、ヤチヨはなんだってできる。
折角手に入れた今も、未来も、捨てたって構わない。
例え、もう一度同じ事を繰り返すことになっても……
□
手を伸ばそうとした。嫌だって言いたかった。
かぐやがどうにかするって、だから安心してって、そう自信満々に言い張りたかったのに肝心の言葉は出てこない。
花火の後、月明かりの下で『死ぬんだ、私』と言ったあなたの、憑き物が取れたような笑顔が、わたしには何もできないって現実を突きつける。
それでも、嫌なものは嫌で、このまま終わってしまうのだけはどうしても納得できなかった。
例え、運命付けられていても、逃れることができないとしても、かぐやがくじけてしまったら、そこで終わりなんだ。
『決戦ライブ!かぐや引退の危機!?』
そう銘打ったライブを発表する。準備は、月へ帰ることが分かった時から、密かに進めていた。
――かぐやは、戦う。
これは独り善がりの決意だ。自分勝手な自己満足だ。誰かの為だなんて、そんな殊勝なものじゃない。
ドロドロしてて、全然綺麗じゃなくて、あまりにも身勝手すぎる恋心。
『かぐや姫』であるわたしが、課せられた使命を放り出せば、どんなに酷い結末が待っているか想像もつかない。
故に、こんなのはただのワガママだ。
たった一人の為に、わたしは全てを壊す道を選ぶ。運命も世界も、決められた役割も、全部だ。
二度と、あんな顔をさせたくない。
彩葉が『良かった』と呟いた時、どうしようもなく泣きたくなった。
誰だって、死ぬ時は好きな人と一緒に居たい。看取って欲しい。かぐやだって、もし死ぬのなら彩葉と一緒がいい。
それなのに、彩葉はそんな未来は嫌だと、かぐやが苦しむのならいらないと、本気で思ってくれてる。
自らが『独りで死ぬ未来』に安心する。そんな、あまりにも歪な優しさ。
でもそれが、たまらなく愛おしい。
月人との戦いを乗り越えたところで、一緒に居られる時間は限られてる。
看取る勇気があるのか、心の準備はできてるのか、そんなのわかんないよ。もしかしたら、彩葉が死んだ後、わたしも彼女を追うかもしれない。
それくらい好きだもん。
彩葉が居ない世界なんて、想像もしたくない。そんな世界で生きていくなんて、考えるだけでゾッとする。
来たるべき日から、音のない、彩のない世界に取り残されるのはわたしなんだ。
結末がほろ悲しいものであるのは、変えられないのかも……けどそれは、月へ帰っても同じことだ。
もはやあの場所に、わたしの求めるものは何一つとしてない。
帰ったところで、彩葉が死ぬ運命も、そこに大切な人が居ないってことも、変わりはしないんだ。
それなら、一秒でも長く、あなたと一緒に居たい。
想いを寄せた人と、少しでも長く共に在りたいと願うのは、そんなに馬鹿で罪なことだろうか。
いや、罪でもなんでもいい。
この世界に神様が居て、どんなに罰せられようとかまわない。
わたしは―――運命に抗います。
■
昨日も今日も晴天だ。窓から差し込む陽の光が心地よくて、ソファーに寝転がっていると、ついつい寝てしまいそうになる。
三日後に、わたしを攫う刺客がこの世界にやってくるとは思えないくらい、平和な日和。
それを嵐の前の静けさと、物語上では言うのだろうけど、かぐやは敢えて『なんてことない日常』と呼びたい。
いつも通り、お昼になったらご飯を作って、出来上がったら彩葉を呼びに行く。
部屋の前まで来ると、ノックしようとして、寸前で手が止まる。
今、彩葉はとても大事な作業をしている。
『決戦ライブ』のメインテーマを飾るのは、彩葉が現在制作している新曲で、今日で仕上げに入ると、朝に彼女は言っていた。
幼少期に父と共作し、続きは作れないと言っていたのに、わざわざかぐやの為に、形を変えて完成させようとしてくれてる。
邪魔したくない。けれど、ご飯はちゃんと食べてほしい。最近、彩葉は座り作業であっても長時間は続けられないんだ。
様子を見ようと部屋を覗いた時、苦しそうにうずくまっているのを見かけたのだって、一度や二度じゃない。
昨夜の『来年まで生きられないかもしれない』という言葉が、如実に現実味を帯びるような、体力の低下。
ならせめて、少しでも食事をとって、休憩を挟んだ方が本人の為にもなる。
「彩葉、ご飯できたよ。部屋、入るね」
そう言って部屋に入ると、やはり彩葉は、モニターに映し出された作曲画面と真剣な表情で向かい合っていた。
綺麗な顔。目つきも普段よりちょっと厳しめで、見惚れてしまいそうになる。
「調子はどう?」
ゆっくりと傍に寄って聞いてみると、彩葉は視線は動かさず声だけで返答する。
「もう殆ど出来たよ。細かい所を修正したら完成、なんだけど……」
「うん?」
俯いた彩葉に、首を傾げる。
どうしたんだろう。大部分の制作は終わってるって話だし、アイデアに行き詰まっているわけではないだろう。
本人の雰囲気からして、納得のいかない部分があるって感じでもなさそうだ。
「……この曲の歌詞、かぐやに作って欲しくてさ」
「えっ」
思いもよらない内容に、わたしは逡巡する。
これは、彩葉とその父が、一緒に作った大切な曲だ。
まだ病気にもなってなくて、大好きな父親が居て、家族も周囲の環境も温かかった頃の数少ない形見のようなもの。
そんな大切な場所に、かぐやが触れてしまっていいのかわからなかった。
「……彩葉は、それでいいの?」
そんな曖昧な訊き方しかできない。
ちょっと前のわたしなら、言われなくても勝手に歌詞を考えて、彩葉に押し付けていた。
自分でも、臆病になったと思う。いちいち、思考のフェーズに迷いが挟まるようになった。
これでいいのかな。傷つけたくない。
そういった感情はなかなか制御が効かなくて、過剰に暴走して、必要以上に怖がってしまうことも少なくない。
その怯えが、逆に彩葉を傷つけてしまうこともある。
「この曲を、作り直すきっかけをくれたのはかぐやだからね。私達にとっての宝物になるこれを……私は、二人で形にしていきたい」
そんなかぐやすらも『いいよ』って肯定してくれる彩葉。
その言葉の裏に隠れた『最後』を予感させる気配に、敢えて見ない振りをして、わたしはぐっと手を握る。
「わかった。絶対に、最高の歌詞を考えるよ」
「ふふっ、ありがとう。スマホ貸して、楽曲のデータ入れるから」
言われて、スマホを渡すとPCと接続して音源に起こした楽曲のデータを端末に落とす。
その間の短い静寂すらも、互いの息遣いを感じる時間のように思えて、心地いい。
「これで、よしっと……はい、返すね」
「うん」
差しだされたスマホを受け取り、胸の前で抱きしめる。
「そんじゃ、お昼にしよっか。その為に呼びに来てくれたんでしょ?」
「そうそう!今日はエビピラフだよ~。腕によりをかけて作りました!」
彩葉はPCをスリープ状態にすると、椅子から立って軽く伸びをし、わたしと一緒に部屋を出て、あったかいランチの用意された一階へと降りて行った。
お昼を食べ終えて、彩葉が作業に戻るのを見届けると、かぐやも自分の部屋でやるべきことをする。
さっそく歌詞を作ろう。とびっきりキラキラしていて、彩葉のイメージに沿って儚く、音色に乗って大切な誰かの顔が思い浮かぶような、そんな詩にしたい。
イヤホンをつけて、『新曲_かぐやへ』と名付けられた楽曲を再生する。
飛び跳ねてしまいそうなくらいに楽しくて、それでいてちょっぴり切ない、今を楽しみながら、過ぎ去った思い出を懐かしむような、そんな曲だ。
それにしても『かぐやへ』かぁ。
わたしのために作ってくれた曲、わたしへ贈るために作られた曲。そう反芻するたび頬が緩む。
この曲を聴いてたら、彩葉の思い出の中に、かぐやも居るんだって思えて、感傷が優しく刺激される。
かぐやと過ごしてきた時間は、紡いだ記憶は、彩葉にとって、こんなにもキラキラの色をしているんだ。
まるで宝箱。足の踏み場もなかった、あの四畳半みたい。
――あ、サビに入った。
「この一瞬を、最高のパーティーにしよ~~♪」
自然と思い浮かんだ歌詞を口ずさめば、強めのアップテンポにかぐやの歌が融け込んでゆく。夢中になってしまう。
「……あれ?」
けれどその時、あったかくなった空気に水を差すみたいに、声が漏れた。
違和感が脳裏を掠める。
幻視された宝箱はそこにはなく、視界は嫌に明瞭。
夢から覚めた、とでもいいだろうか。とにかくそれくらい、
「今の、どこかで……」
曲を十秒流す。
再びサビが流れ始める。かぐやの好きなアップテンポ。かぐやの大好きなメロディ。自然と心が安らぎ、胸が切なくなるような爽快感。
終わり際に尾を引かれるような儚さ。
作られたばかりの、かぐやのための曲。
それなのに、この喉にひっかかって、上手く出てこない感じ。
「この一瞬をー……やっぱり、まただ」
口ずさもうとすると、それはより強くなる。
繰り返すほどに、最初は小さかったものが大きくなり、不定形だったものが形を持ち、輪郭を露わにする。
――そうだ、初めて彩葉とこの曲を聴いた時も、同じような事を思ったんだ。
確かその当時は、もっと芯に近いことを口にした気がする。そう、思い出した。
「既視感……?」
今度はちゃんと捉えた。
あの曲は……そう。荒んだ心がたちまち穏やかになって、悲しい気持ちも苦しい気持ちも、温かな毛布に包まれる。
涙なんてひっこんで、すやすやと眠っちゃいそうになるんだ。
彩葉と出会った夜、一目であなたの事を好きになった。
かぐやにとって、人生でたった一度きりの花が咲いた日。
花の彩は薄い青、雨粒に湿った花弁はまるで梅雨に咲く紫陽花。物憂げな雰囲気に、儚い微笑み、そんなかんばせをどうしようもなく『綺麗だ』と思ってしまった。
そんなあなたが歌ってくれた子守唄。
その歌の名は『Remember』。
「大切なメロディは流れてるよ……うん、同じだ。でも、なんで……」
ヤチヨのデビュー曲だ。
わたしも彩葉ほどじゃないけど、何回か聴いている。これはかぐやにとっても、大切な思い出の曲だから。
けど、彩葉が盗作するとは思えない。
本人も、気付いてる様子すらなかった。だとしたら、無意識に似てしまったとか?
彩葉はこの曲を、何百回とリピートしている。そういう事も往々にして起こり得るだろう。
ただ影響を受けただけ、そう考えるのが自然だ。
…………いや待て、違う。有り得ない。
この曲は、彩葉とお父さんが大昔に共作した楽曲だ。それこそ、ヤチヨがデビューするよりもずっと前。
「偶然の一致、なんだよね?」
彩葉から聞いた限りだと、この曲はずっとこのノートPCの中に眠っていたらしいし、それしか考えられない。
だが、理屈ではそうでも本心は別だ。
魂とも言える部分が『もっと深く考えろ』『かぐやは重大な見逃しをしている』と囁く。
「……ダメだなぁ。そんな答えじゃ、ちっとも納得できないや」
歌詞を考えるのも忘れて、そうやって何分も黙ったまま思考に耽る。
時にぶつぶつと何事かを呟きながら、僅かなヒントから見つけた点を以って線を紡ぐ。けれども、繋がった端から、壁が現れては途切れてしまう。
彩葉なら、ここまで気付いても『よくあること』で片付けるだろう。
こんな事に、ここまで執着するかぐやがおかしいんだ。
それでもいいよ。だって……
「だって……こんなの、絶対になんかあるじゃん!」
有り得ない?考えられない?
馬鹿を言え。かぐやがここに居る事こそが、あらゆる非現実への反例だ。荒唐無稽でも、万に一つもないとしても、想像を絶する絵空事でも―――
”わたし”があると言ったらある。
残念だったね、かぐやは解き明かしちゃうよ。
前提問題すら解かない階段飛ばしだろうと、それくらいやってのけなきゃ理想を越えることなんて出来やしない。
もう少し、ちょっと、余計な思考は挟むな、そろそろ見えてきそうなんだ。
あと一歩ってところ、未だ
「…………ヤチヨ?」
女神の名前を、口にした。
同時に、全ての要素が調和する。
長い、とても長かったように思う。
辿り着くまでに、千年はかかったんじゃないだろうか。実際は一時間とかそこらなのに、体感ではそれくらいに感じた。
なのに、どうしてかな……”早い”という自己評価を下したくなる。
「ああ……そっか。なんとなく、分かった気がする」
答えは光となって収束する。
一度端っこを捉えたらあっけない。答えへと繋がるヒントを手繰り寄せる度に、くすぐったいような、それでいて、とっっっても温かい気持ちになる。
『かぐやなら、きっと大丈夫だよ……ヤッチョが保証してあげる』
どうして、会ったばかりのわたしの事をあんなに気にかけてくれたのか。
『ここからはクライマックスに向けて、誰も知らない未知の展開へと入っていくかも。後半戦突入ってやつかな?どんな結末になっても、この物語を、ヤチヨは最後まで見届けるから』
あの時は分からなかった言葉の意味も、ようやく分かったよ。
『こらこら、こういうのは、もっと大切な人にあげるもんなんだよ』
『二人とも、素敵な贈り物をありがとう。ヤッチョ、何千年でも大切にするから!』
あの時は、そんなに大袈裟な喜び方をしてくれるのが、唯々嬉しかった。今にしてみればそれは、誇張でもなんでもない彼女の本心だったんだ。
『ふざけないで』
『かぐや、さっきからずっとそう。結果ばかり見て、かぐやが彩葉にしてくれたことを、全部無視してる』
『お願いだから……私達の恩人を、貶めるようなことを……居なきゃよかったなんて、言わないで』
わたしがしんどい時、寄り添ってくれた。わたしのために怒ってくれた。 ってくれた。
家族なんて居ないわたしに、本物のお姉ちゃんができたみたいだった。
そんなヤチヨが抱く思いも過去も分からなかったあの時より、かぐやも少しはあの子に近づけたのかな。
『消させたりなんて、しないよ』
月の事とか、信じてくれたよね。
どうにかして欲しいってあなたにお願いした時、なんであんな辛そうな顔してたのか、全部はまだ分かってないけど、それはきっとこれから分かるんだよね。
そうして、決定的な記憶へ。
この言葉が、わたしの中で二つの存在を結びつけたんだ。
『子守唄も、まずいパンケーキも……幸福なことも、ちょっと不幸なことも、二人一緒なら全部かけがえのない思い出になる。ねえ、かぐや。よく聞いて。ヤチヨは、そんな二人にずっと幸せでいて欲しい』
馬鹿だなぁ。ほんと、肝心な所で抜けてるんだから。
それさ、かぐやしか知らない事だよ。それを自分の事みたいに……
言葉に詰まった時に、斜め下を見る癖も、かぐやと同じだ。
そんなのもう、答えじゃん。
それだけじゃない。
黒鬼とのKASSENの時も、初めて一緒に戦ったはずなのに、まるで
いちいちかぐやの内心を当てて、諭してきてさ。
図星をつかれ、その共感があまりに的を射ているものだから、悔しいのに救われたんだっけ。
それに、なんと言っても顔だ。二つ結びの髪をおろした姿を想像すると、驚くほど瓜二つになることに気付く。
笑った顔も、わざとらしく嘘泣きする姿も、それらを思い浮かべる度に『なんで気付かなかったんだろう』って疑問が湧いてくるくらい。
幾つもの情景、そんな中で、最後に出てくるのは”あの言葉”だ。
『どうするかは、言えない。言えないけど……絶対にヤチヨがなんとかする』
慈しみと勇気と、決意に満ちた表情。
なんであの時、あんなにも彼女の言葉の意味を知らなくちゃいけないって思ったのか、予感の本質はかぐやの胸の中にあったんだね。
そして、その先にある月見ヤチヨがやろうとしていること。
「……会わなきゃ。ヤチヨに……」
わたしにはやるべき事がある。彩葉とのハッピーエンドのために、彩葉のために全部を尽くすって決めた。
決めたけど……ヤチヨは『二人のために』って言ってくれたんだ。
そんな彼女の内側を知って尚、見て見ぬふりをしてそっぽを向いた先にあるのが、わたしの目指した世界なの?
断じて否だ。
彩葉との未来のためにも、このままにしちゃいけない。
だってヤチヨは、彩葉にとっての大切な人でもあるから。
「ごめん。彩葉、ちょっとだけ行ってくる」
歌詞を作ると言っておいて、別の事をしようとするわたしを許して欲しい。
代わりに絶対、あのお姫様を捕まえて帰ってくる。
決意を胸に、スマコンを付けて、ツクヨミへログインした。
✧・゚: *✧・゚:*
ツクヨミのメインストリート、特大モニターには従来と同じようにヤチヨの配信が流れている。
何人かは足を止めてそれを見てるけど、あそこに映っているのは録画か再放送だ。
ヤチヨの無数に近い配信を全て追いかけてるわけじゃないけど、何となく、かぐやには分かる。
ノリが同じだからかな。
ただ、あのヤチヨが、何の理由もなく大事な配信を録画で誤魔化すような真似をするとは思えない。多少忙しかろうと、その気になれば分身だって出来るんだ。
メッセージも送ったけど、既読すら付かない。
彼女の身に、何か起こっていると考えるのにそう時間はかからなかった。
「たくっ、『なんでも相談して』って……『きっとまた、すぐに会える』って、言った癖に……!」
闇雲に探したところで、会えないのは分かってる。
それなら、あの場所ならどうだろうか。
記憶を頼りに、数日前と同じ道筋を辿る。
メインストリートの光に背を向け、暗がりに包まれた一角から入り組んだ路地へと入る。
灯篭に照らされた独特な空気感の場所を駆け抜け、やがて再び、あの綺麗な場所に出た。
「……ここにも、居ない」
月に照らされた小さなテラス、ヤチヨが大切だと言っていたそこにも、お姫様の姿はない。
肩を落とす。彼女にとって安らぎの場であるここなら、もしかしたと思ったけど、そう簡単にはいかないみたいだ。
こうなって初めて、身分差ってやつを実感する。
ヤチヨが電子世界の姫君であり、その城がこのツクヨミであるなら、彼女の方から全ての路を閉じ、わたし達を拒絶することなんて容易にできる。
会わなきゃいけないのに、その術がない。
或いは、世界中を探せば、見つけ出せるのかな。
ダメだ。そんな時間、かぐやには……
「へこたれるのか。お前ともあろう奴が、こんな道半ばで……」
背後から、生意気な声が聞こえた。
振り向くと、そこにはいつもヤチヨと一緒にいる、白いウミウシが居た。
「えっ、FUSHI?なんで、あんたが……」
単独で行動しているのなんて、初めて見た。
目を丸くしたかぐやを、ウミウシは言葉もなく見つめている。試すような、伺うような視線を向けられて、わたしはようやくハッとした。
「そうだ。ねえ、あんたなら知ってんでしょ?教えてよ、ヤチヨの居場所」
場所、シチュエーション、タイミング、さっきのセリフからして、かぐやと会う為に現れたのは間違いない。
それに、かぐやがヤチヨを探してるのだって知ってるはず……それならこのウミウシは、さながら行き詰った主人公を導くキーパーソン。
今この場において、この小さな存在だけが、あのお姫様の元に繋がる鍵。
「……会って、どうするつもりだ」
静かに、そう言い放ったウミウシにわたしは言う。
「まずは答え合わせ、かな。その後かぐやがどうするかは、ヤチヨの返答次第だよ」
かぐやはまだ、ヤチヨのことを全然知らない。
答え合わせをして、わたしと彼女の関係がハッキリしたら、そこからようやく『月見ヤチヨ』という少女の物語を知っていく事になる。
その末に、かぐやがどんな選択をするのかは、わたし自身にもわからない。
全てはルートの始点に立ってからの御話だ。
「ヤチヨを傷つけるつもりか?」
「……場合によっては、そうなるかもしれないね。かぐやはヤチヨじゃないから、あの子の気持ちも、未来も断言はできない。でも……」
良かれと思ってした行動が、その善意が、誰かを苦しめ傷つけることだってあるのを、かぐやは嫌というほど知っている。
幸せな未来を選ぼうとすること自体、大切な人の想いを踏みにじる行為かもしれないんだ。
「かぐやは、諦めないって決めたから……」
怖い。震える。
それでも、望むものの為に手を伸ばすって決めた。
やる前から諦めて、大切な人が悲しむ未来を甘んじて受け入れるほど、かぐやはお利口さんじゃない。
「かぐやはヤチヨじゃない……か。お前がそれを言うんだな」
感慨深そうに言ったFUSHI。
ありのまま、わたしの本音たる想いを伝えた。これでダメなら、本当に八方塞がり。また一から考え直しだ。
「……目を開けてみろ」
「え?」
唐突に告げられ、一瞬意味がわからなかったけど、恐るおそる現実の方で瞼を開けてみる。
ツクヨミから自動的にログアウトし、現実の景色が飛び込んできた。
すると、部屋にはなんとFUSHIが居た。
AR機能を利用したバーチャル映像なのはすぐに分かったけど、それにしても何故現実に居るのだろう。
「こっちだ」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
速攻で部屋着から着替えて、部屋を出る。
FUSHIは自室からわたしが出てきたのを確認すると、玄関口に向かって行き、わたしもそれを追いかける。
リビングを抜けようとすると、
「ん?かぐや、どっか行くの?」
声がかかった。
ピタッと足が止まり、視線を横に向けると、キッチンに彩葉が立っていた。
冷蔵庫からお茶を出しているのを見るに、飲み物でも取りに来たのだろう。
「彩葉……」
別に、そうだよと一言告げれば良いだけなのに、何故かすぐに返答できなかった。
歌詞作りを後回しにしてる罪悪感からか、或いは、彩葉を一人で家に置いて出かけることへの躊躇いか。
「えっと、どうかした?」
覗き込んでくる。
綺麗な翡翠色の瞳。
本当なら、片刻だって離れたくない。
彩葉とかぐやの時間は限られてる。わたしがヤチヨを探す時間も、彩葉との触れ合いに使う選択肢だって当然あるし、普通はそうするべきだ。
「…………」
彩葉以外に手を伸ばすことが、とても不義理なことに思えて、言葉を声に出そうとするほどに罰が悪くなる。
そうでなくとも、わたしが目を離してる間に、彩葉の身になにかあったら……
あーだこーだと、うだうだと、そんなわたしを見かねてか、彩葉はいつもみたいに笑って言った。
「なるべく、暗くなる前に帰って来なよ」
「っ……!」
しょうがないとでも言いたげに、微笑を浮かべて乱れた服の首元を整えてくれた。
「ただコンビニに行くだけ……とかじゃないのは、私にも分かるよ。本当なら、一緒に行きたい。でも、私ってほら、走れないからさ」
悔しそうなのに、芯のある声。
今まで、病弱なことを語る時の彩葉の声には、大なり小なりの劣等感が見え隠れしていたのに、今はちっともそれがない。
本当に、彼女は強くなった。かぐやなんかよりも、ずっと。
「かぐやがそういう顔をしてる時は、なにか大切な物の為に走ろうとしてる時……私は、いつだってそんなあんたの背中を押してあげたい」
違う。かぐやが走るのは、どんな時も彩葉のためだ。
わたしの行動原理から、あなたが外れるなんてあり得ない。
かぐやが必死になれるのは、前を向けるのは、いつも彩葉のおかげ。
「そんな顔しないで。私は大丈夫だから」
口癖みたいな『大丈夫』に、かぐやは顔を歪めそうになって必死に我慢する。
「ほんとうに……彩葉には、敵わないなぁ……」
結局、かぐやが彩葉の先を歩けることはないんだって、しみじみと実感する。
彼女の言葉が原動力になって、力が溢れ出す。勇気が実り、花になって咲き誇り、わたしの強さになって、あなたの未来を守るから。
「じゃあ、ちょっとだけ……行ってくるね。できるだけ早く、帰って来るから」
「うん、いってらっしゃい。気を付けてね」
互いのおでこをくっつけて、十分に英気を養うと、わたしは今度こそFUSHIの後を追って、リビングから短い廊下を抜ける。
玄関で待っていたFUSHIは、何も言わずに扉をすり抜けて外に出ていったので、わたしもそれに付いて家を飛び出す。
FUSHIは現実世界をまるで自らの庭みたいにすいすいと泳ぐように進み、電車に乗って、見知らぬ街についたら坂を下り、住宅街を抜けて、とあるマンションへとかぐやを導いた。
「ここって……ただのマンション、だよね」
なんの変哲もないマンションの一室。
まさかここにヤチヨが住んでいるとでも言うのだろうか。
だとしたら拍子抜けもいい所だけど、かぐやの疑念のこもった視線を受けても、FUSHIは一切口を利かない。
FUSHIはまたしても扉をすり抜けて部屋の中に入った。数秒して、カチャリと音がして、ドアノブを回すと鍵が開いていた。
「おじゃましまーす……」
ゆっくりと、扉を押す。
こもったような熱に迎えられる。冷房の冷えた空気と混ざったような独特の暑さだ。
そこは言うなれば、サーバールームのような様相を呈していた。
大量の機器とケーブルが六畳かそこらの一室に雑然と敷き詰められている。
「……なに?この部屋……すごくハイテクっぽいけど……」
見回すと、なんだか散らかり方が妙にかぐやの部屋と似ている気がする。
幾度目かの既視感に、近頃はそんなことばっかりだなとため息をつく。
特に印象的なのは、部屋の奥にある大型の水槽。
水に浸された、独特の形状をしたオーパーツ……いやいや待て。
「……は?嘘……これって……」
タケノコ状のフォルムというか、実際に巨大なタケノコの姿をしている。纏っている不可思議な雰囲気は、この地球には異物でも、かぐやにとっては慣れ親しんだもの。
『もと光る竹』と呼ばれているそれが、エアーの吹かれる水の中に安置されていた。
でも、なんだか様子がおかしい。これは勘と知識の半々だが、多分これ、壊れてる。
完全に破損しているわけじゃないみたいだけど、機能不全は間違いなく起こしてる。
繋がっている無数のケーブルはまるで生命維持装置、人間でいう点滴のチューブみたい。
水槽に手で触れると、鼓動が聞こえてくるんだ。その痛々しい姿に、むっと口を結んでしまう。
かぐやだから分かる。この中に居る『誰か』は、とても寂しい想いをしてる。電子生命体としての枷から抜け出せず、甘い物は食べられないし、誰かを抱きしめた時の……あの幸せな温度を感じることもできない。
「……もと光る、竹?ってことは、やっぱり……」
このタケノコ状の物体は、かぐやがこの世界に来る時に乗ってきた舟だ。
当然、この世界の既存の技術では到底作る事なんてできない超技術の代物である。
この世に一つしかないはずのものが、ここにもう一つ存在している。これが意味する事は、つまり……
「ここからツクヨミに入れ」
「……分かった」
とにもかくにも、その答えはこれから”彼女”に聞けばいい。
FUSHIの言葉に従って瞼を閉じ、ツクヨミへログインする。
向こう側へと体が引っ張られるような感覚。いつもと少しだけ違うのは、その時間だ。ゲーム風に例えるなら、本来は入れない領域へアクセスしているみたいな長さ。
「……」
仮想と現実を繋ぐトンネルを抜けて、目を開くと、そこは見たこともない場所だった。
灯篭が淡い光を放ち、窓から垣間見える外の景色からしても、大分高層に位置する部屋なのが伺える。
――綺麗で厳かで、居心地の良さそうな、特別なところ。お姫様の私室って感じ。
まさに、わたしの目の前で背を向けて座っている、少女の。
「ヤチヨ」
銀色の髪をおろした後ろ姿には、一瞬似たような誰かが重なる。それでも見間違うことはない。
名を呼ばれた少女は、おもむろに振り返った。
嗚呼、やっぱりそうだ。
こうしてその姿を目にすると、言葉での答え合わせなんて必要ないくらいに、確信を持ててしまう。
髪型だけじゃない。
雰囲気も、取り繕うのをやめたからか、とても分かりやすい。
「……ヤチヨは、かぐやだったんだね」
ようやく、わたしはそこに辿り着いた。