余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
失敗ばかりの人生。
もっとカッコイイ自分であれたらなって何度も思った。
欲しい物を欲しいと言えない。
この世でたった一人の好きな人に『愛してる』と伝えることすらできない。
自分で整えた体裁と言い訳でがんじがらめになって、今も剣を取れずにいる。
一昨日の夜、髪の色と一緒にどことなく雰囲気の変わったかぐやが帰ってきて、その瞳に宿る覚悟の大きさを悟った。
彼女の意思は、もはや私がなんと言おうと変わらない。
私はかぐやに、帰れるなら帰って欲しいと、それが一番だと語った。
死に際を見られたくない。見せたくない。
『かぐやの傷になりたくない』『私のために泣いて欲しくない』『私の居ない未来を生きさせたくない』――これらの想いだって、決して嘘ではない。
けれど、本音なのかって聞かれたら『そうではない』と答えるだろう。
人間ってのは難儀な生き物だ。
死生観だけはいっちょ前に育った今だからこそ思う。
私の本音は、多分結構シンプルだ。
頑張ったけど、努力したけど、結局は病気に負けて死んで、大切な人を置き去りにし骸となって何も言えなくなる。
そんな惨めな姿を、大好きな人に見られたくない。
嫌なんだ。
本当に、想像するだけで吐きそうになる。
そのせいで、かぐやにあんなことを言ってしまった。
なんだよ「死にたくない」って、そんなこと言ったって仕方がないでしょ。
どうしようもないって分かってたから、今まで一度たりとも言わなかったんだ。
言ったら、絶対に怖くなっちゃうじゃん。
死ぬのが怖いのなんて、当たり前だもん。
その恐怖に負けず生きられると言い張れるほど、私は私を評価していない。
胸の中で切実に抱いた本音から目を背けることは、一種の自己防衛だった。
それを丸裸にされた。
無遠慮に、人の気持ちも知らずに、あの子は「本音を聞かせて」と言った。
かぐやはまるで物語のヒーローみたいに頼もしくて、カッコイイ顔をして私の心を奪った。
今日、空が黄昏を迎えるよりも前に、かぐやは私の部屋に来て、
『待ってて、すぐに終わらせて来るから』
と言って背を向け決戦ライブへと向かった。
静まり返った部屋で、椅子に座り二つの電子チケットを見比べる。
『観覧チケット』と『特別KASSEN参加チケット』、これはかぐやから私宛に送られたメッセージに添付されていた。
これではADVゲームの選択肢だ。
傍観者になるのか、自らも大切な人の為に戦うのか。
もうすぐライブが始まる。早く決めなくちゃいけない。
私は震える指先で『観覧チケット』の方をタップし、ツクヨミにログインした。
満員となったライブの観覧席は、早くも熱気に包まれていた。
広大なKASSENステージに特設されたステージ。
これからなにが始まるのか、ここに居る人達は期待を胸に待ち侘びているのだろう。
『なんという急展開!超新星かぐやがまたしても波乱起こす!その名も決戦ライブ!月から送り込まれた迎えとの戦いが今、始まります!』
月からの刺客を撃退する。
本家『かぐや姫』のシナリオになぞらえた企画は、かぐやの思惑通りファン達の関心を集めた。
更にはヤチヨのプロデュース、黒鬼の友情出演も相まって、規模はあのコラボライブにも引けを取らない。
観衆達の奏でる喧噪のうねりの中、私はフードを被って座っていた。
今回、私は伴奏を務める出演者でもなければ、姫の為に戦う騎士でもない。
「かぐや……」
彼女に勝ってほしいのか、負けて欲しいのか、どっちなんだろう。
相反する想いがせめぎあって、その迷いは剣をなまくらにする。
どっちにしても、こんな状態じゃ戦えない。
この場に不釣り合いな悲しみにくれながら俯いていると、特大モニターに映る映像が変わって、そこにかぐやが映し出された。
『みんな、ありがとー!』
ステージの上でかぐやが手を振っている。
可愛らしい貌に浮かべた笑みには、諦観なんて少しもない。
平常運転ないつものかぐやであり、そんな姿こそが彼女が選んだ道を象徴している。
『今回のかぐやちゃんは特別仕様!歌って踊りながら、かぐやも皆と一緒に戦うよ!』
手を目いっぱい広げて言うと、瞬時、かぐやの体が光り輝く。
シルエットが二つに分かれて片方はステージの上に留まり、もう片方はKASSENの天守閣へと降りていく。
ステージに現れたのは、美しい和服を纏ったかぐや。
花も羨み、月も羞恥に顔を隠す。羽衣を着た天女のごとき雅さを纏った姫君の登場に、私まで息をのんでしまう。
だが、それだけじゃない。
天守閣に”もう一人の姫”が現れたのだ。
流麗な装飾があしらわれた赤と黒の和風衣装、手にはおなじみのハンマーを携え、戦装束と呼ぶに相応しい姿になったかぐやがそこに居た。
『いえーい!ヤチヨに教えてもらって、かぐやも分身しちゃった☆今日のライブの為に覚えたんだよ。凄いでしょ?』
すごーい!と歓声が上がる。
可愛さの中に、鋭さと強かさを秘めたかぐやから、片時も目を離すことができない。
『……かぐやは、これから大切な人の為に全力で戦います。カッコ悪いところも、見せちゃうかもしれないけど……』
そこに六つの桃が流星のように降ってきて、現れた者達に会場の熱量は更に高まる。
ヤチヨ、帝、乃依、雷、芦花、真実。勢ぞろいとなったメンバーは、まさに神とも言うべき面子だ。
その先頭で不敵に笑ったかぐやが開幕を宣言した。
『絶対に勝つ!見てて、彩葉!』
ぐっと拳を握りしめ、声がもれないように下唇をかみ、肩を震わせる。
悔しさに泣きそうになり、何度も自問自答と葛藤を繰り返す。けれど、そんな私を世界は待ってくれない。
勇者たちを迎え撃つ魔王のように、それはやってくる。
✧・゚: *✧・゚:*
告げたのは『別れの言葉』ではなく『また会おうね』の約束。
かぐやにとって、この戦いは長い人生の中で越えるべきひとつの壁に過ぎない。
まだ道半ばなんだ。
ここを越えた後こそが本番で、光り輝く未来へ辿り着くまでに様々な困難や苦しみがかぐやを待ち受けているだろう。
それでも、決めた。
例え世界が滅んでも、秩序を破ってでも、好きな人と一緒に居ようと。
かぐやは知った。大切なものの為ならそれ以外の全てを切り捨てられる不条理さもまた、かぐやの愛した人間ってやつなんだ。
――それに、かぐやは一人じゃない。
「かぐや」
ヤチヨに呼ばれて、振り返る。
そこには、こんなにも頼もしい仲間たちが居る。
「ヤチヨ……みんな……かぐやは、幸せ者だね。こんなにも……」
異物のかぐやが、宇宙人のわたしが、こんなにも多くの人から想って貰えている。
この世界のわたしは幸運だ。その想いと向き合い、応える機会があるんだから。
嬉しくて涙が出ちゃいそう。
「かぐやちゃん、泣くにはまだ早いぜ?これから、待ちに待ったラスボスとの戦いだ。君の喜怒哀楽は、その後の祝勝パーティーにとっておいてくれよ」
「帝……うん、そうだね」
彼が言う通り、泣いてる場合じゃない。
手に携えたハンマーを強く握り、背筋を伸ばし、足腰に力を入れ、大胆不敵に笑って見せる。
「ここが正念場だよ。絶対に勝とう!」
かぐやの呼びかけに、サムズアップと掛け声が返ってくる。
さて、始めよう。
―――月が空に昇る時間、彼らはやってくる。
KASSENステージの反対側を見据えると、そこに暗雲が立ち込め、まるで自陣の旗を立てるように巨大モニターに月の紋様を映し出す。
やがてそれは光のゲートなって、七福神を模したような月人が大軍と顕現した。
ご丁寧に頭上には残機表示までされており、その意図を察して微笑む。
ヤチヨの記憶から、彼らが律儀にルールに則ってくれるのも分かっている。
上等だ。その傲慢もろとも、かぐやがぶっ潰してやる。
「みんな行くよ!!」
後方のステージでかぐやの分体が歌い始める。『瞬間、シンフォニー』の始まりが開戦の合図だ。
無数の月人達の侵攻はさながら軍勢であり、あれに突っ込むなど自殺行為に等しい。
だが、防衛戦は元から考えていない。
勝機は一番奥に居る親玉を討ち取る事その一点のみ。
乃依のウルトが空を飛翔して、第一陣に風穴を開ける。
芦花や真実、乃依と雷の援護を受けながら小型の雑魚を蹴散らし、かぐや、ヤチヨ、帝のトライデントで切り込む。
そこに早速ボスクラスの七福神が三体襲ってきて、そのうち一体に帝が速攻をしかけ、残りの二体はかぐや達と会敵した。
「ここは任せて、かぐや」
先攻したのはヤチヨだ。
神の使徒が振り下ろす棍棒を軽やかなステップで躱して、生じた僅かな隙に傘でカウンター。
そこへ飛び込んできた月人のシンバル型武器による挟み込みをバックフリップで避けつつ、傘を回転させて発射する。
これによってシンバル持ちが撃破されるが、同時にヤチヨの手からは一時的に武器が消失する。
そこへ好機とばかりに棍棒持ちが接近し、横薙ぎの一撃を放つ。
しかし、それすらもヤチヨは上体を逸らすようにして回避、両手を地面についてブリッジから逆立ち、流れるようにバク転へと移行して勢いのまま中空に跳躍。
戻ってきた傘を受け取り両手で柄を握ると、大上段からの一閃を棍棒持ちの脳天に打ち込んだ。
これによって、二体の七福神が花を散らして消失する。
「すっご……」
この間僅か数秒で、ヤチヨが見せた圧倒的な動きに感嘆する。
管理者権限によるステータスの爆増は奥の手であるから、通常プレイヤーと同等のステータスだけで。
「まだまだ来るよ!止まらないで!」
「っ、わかってる!」
ヤチヨの言葉に背中を押され、全力で前へと走る。
左右も後ろも前も敵だらけ、どこを見ても安置なんてないサバイバル。
残機が落ちれば、再び天守からのスタートとなり、それは敗北を意味している。実際には、一度のミスも許されない。
「合わせるよ!」
「オッケー!」
敵の密度も数も増える。ならば次の手だ。
ヤチヨと手を繋ぎ、ハンマーのジェット噴射を起動。
瞬間的な高軌道により面倒な七福神の合間を縫って突破、更にヤチヨが遠心力を利用してかぐやをぶん投げる。
「おぉぉおりゃああああ!」
ズドォンと轟音を響かせて、琵琶のような遠距離武器を持った七福神にウルトを放つ。
地形もろとも木端微塵にする威力を受けては一溜りもない。
周囲の小型もろとも吹き飛ばし、戦場が拓けた拍子に目標を視認する。
「っ、まだ……遠い」
だいぶ進んだように思ってたけど、一番奥の親玉まではかなり距離がある。
奥歯をかみしめ、それでもめげずにヤチヨとのツーマンセルで月人の軍勢と切り結ぶ。
肢体を躍動させて反則級の攻撃を躱し、会敵した月人は即座に片付ける。
だが、奴らも学習する。
ジェット噴射やスキルを使った奇襲だって、そう何度も通じる訳じゃない。
進めば進むほど、攻めの通りは悪くなり、敵の数が増えれば当然死角も増える。
「かぐや、後ろ!」
「えっ―――がッ!?」
ヤチヨから飛んできた叫びに、考えるよりも早く反応して振り返りざまにハンマーで防御姿勢を取る。
刹那、凄まじい衝撃が駆け抜け、吹っ飛ばされた。
あのでっかい棍棒で打ち据えられたのだと認識し、地面を何度もバウンドしながら体勢を整えると、今度は上空から光線が振ってくる。
コンマ数秒の反応でハンマーのジェット噴射を使いその場を離脱すると、背後にもう一体が回り込む。
「くっ!!」
ハンマーの柄を殴って無理やりジェット噴射の軌道を変え、紙一重で奇襲を回避。
お返しとばかりに重撃のカウンターを七福神の後頭部に放ち、怯んだ巨体を足場にして足裏に力を込める。
「……ここだッ!」
やんごとなき刺客を足蹴にして跳躍。
しなやかに足を揃えたフリップジャンプ、そこから僅かな時間差でかぐやが蹴った月人に光線が殺到して爆ぜた。
狙い通り、遠距離攻撃持ちの居る大軍であるが故に、こうして数秒ディレイするだけで同士討ちを誘える。
けれど、状況は芳しくない。
こうもこっちが把握できない位置からの攻撃ばかりは繰り返されては、親玉の所へ辿り着く前にやられてしまう。
「わかってたけど、結構キツイなぁ」
いくらヤチヨの記憶を引き継ぎ進化したアルティメットかぐやちゃんとはいっても、彼我の戦力差を覆すのはそう簡単な事じゃない。
用意してきた秘策も使うにはまだ早すぎる。
――どうする?
飛んでくる弾幕と攻撃を躱しながら、思考と試行を繰り返す。
彩葉なら、こんな絶望的な状況でもどうにかしてしまうんだろうな。
止まれば集中攻撃の的になる。進めば、より危険な領域へ足を踏み入れることになる。
分かってはいたけど重い。これが、かぐやの掴もうとしている『一割』の難しさなんだ。
踏み出す一歩の難易度に、二の足を踏みそうになったその時。
「こんなとこでへこたれちゃうの?」
「っ、ヤチヨ?」
さらさらと銀髪が舞って、かぐやの前に庇うように躍り出たヤチヨが、飛んできた光線を傘で弾いた。
ヤチヨの顔には、諦めの色は欠片もない。今も尚、勝てると本気で信じている人の目と微笑み。
「絶対に勝つって言ったよね。かぐやが……ヤチヨと彩葉のことを助けてくれるんでしょ?」
手を引いて、激励するようにかぐやを支えてくれる。
「ヤチヨは、かぐやの事を信じてる」
ふっと体が軽くなる。
体の芯から溢れんばかりの自信と元気が湧いてくるんだ。
ダメだなぁ。かぐやの方こそ、助けられっぱなしだ。
「行って、かぐや」
手を離す。
ヤチヨはそこで立ち止まり、優しい目から一転し鋭い視線を周囲の月人へ向けた。
同時、仮想空間だとは思えないくらいの凄まじい圧力が彼女から放たれる。
「さぁて……そろそろ私も本気を出そうかな」
高まった緊張感の中で呟いた彼女の頭上に、『お助けモード』のカーソルが表示された。
甲高い音が鳴り、姫の姿がかき消える。
空中に一筋の残像を描いて放たれた銀色の一閃、それが彼女の放った刺突であると認識した時にはすでに月人を貫いていた。
「遅いよ。これで一体目……じゃあ次、いってみようか」
ぞくりとするような笑みを浮かべて、ヤチヨが次々と月人を屠り始める。
そこには小型も七福神も関係ない。
接近は瞬間移動に等しく、いかに強力な月人と言ってもああなった彼女の前ではなす術がない。
チーム間の戦力差によってステータスを増すヤチヨのお助け仕様。
解析対応されるとマズいから最初からは使わなかったが、それを解放したってことはここからは短期決戦だ。
見れば、帝らブラックオニキスの面々や芦花や真実もヤチヨお手製の無制限チートコードを使い始めている。
彼らの立場でそんな事をすれば、その後どうなるかなんて分かり切っている。それでも、全てを投げうってでも戦ってくれてるんだ。
後ろは見ない。
前だけを向いて、ひたすらに武器を振るう。
「うあああああぁぁあああ!」
仮想空間に響き渡る咆哮。心の中で何度もあなたの名前を呼ぶ。
――彩葉。
待っててね。
――彩葉っ。
必ずかぐやが、あなたのことを、
――彩葉っ!
助ける。守る。
あなたを脅かす恐怖も、絶望も、全部かぐやがどうにかする。
吹っ飛ばされて、囲まれて、これ以上どうしようもないってなっても、この両足は折れない。仮想空間なのにめちゃくちゃ痛くて、怖くて、苦しくても、この両目は決して閉じない。
終わりたくない。
そんな気持ちで足を叩き、立ち上がる。
目前には一際大きな七福神が佇んでいる。
確か、ズイジュウ型とか言ったっけ……二本の杖槌を携え、纏う緊張感はその他とは比べ物にならない。
「はぁ……はぁ……」
この人達には、本当に悪い事をしてると思う。
何度だって謝るよ。
でも、ごめん。かぐやは、諦めが悪いから。
「いいよ。かぐやだって……」
コードを入力する。
赤い衣装が妖々しい光を放ち、噴出した熱気が空間を歪める。
「死ぬまで――暴れてやる!!]
解放した神兎の姿で、青い炎に包まれたハンマーを構え、睨みつける。かぐやの道を邪魔する巨大な神の獣へと肉薄した。
□
『はあああああああああああああああ!!!!』
裂帛の咆哮をあげて、かぐやが巨大な神獣との死闘を繰り広げる。
チートコードを解放したかぐやは、他の七福神をものともしない強さを誇り、圧倒的な攻撃力で一心不乱に猛攻を仕掛けなぎ倒していく。
その姿は傍から見れば異常だ。
この戦いは観客からすればライブの余興に過ぎない。
そんなお遊びでチートコードやお助けモードなんて横紙破りをする彼、彼女たちへの視線は厳しい。
それでも、かぐやは歌っている。
かぐやは戦っている。
私のために、私との未来のために……
「かぐや……」
情けなく、こんな場所から名前を呼ぶことしかできない私。
覚悟も望みの大きさも、なにもかも彼女とは比べ物にならないくらいちっぽけで、矮小な酒寄彩葉。
変わったと思っていた。
変われたと信じていた。
だがこの姿は、三年前の幼き日といったい何が違う?
今すぐ剣を取って駆け付けたい。一緒に戦いたい。かぐやだって、ヤチヨ達だってそれを望んでるに決まってる。
それなのに、足が動いてくれない。
――なんでだよ。私だって……あの子のために……
『それが、あんただからだよ』
聞き馴染みのある声だった。
驚きながら隣を見ると、そこには――幼い頃の自分が居た。
「あんたは……小さい頃の、私?」
どこからどう見てもそうだ。
気付けば、あんなに居た観客は消えていて、巨大モニターの映像だけが音を発している。
驚きながら周りを見ていると、呆れるように幼い私は言う。
『変わってないね。あんたはいつもそう……肝心な時に一歩を踏み出せない。そうして伝えたいことを伝えられなかった事実に嘆いて、後になってから色んなことに気付くんだ』
その言葉は、深く胸に突き刺さった。
「…………」
何も言い返せない。
彼女の言っている事は的を得ている。
後悔なんて、幾らしても足りない。
克服した?
違う、表に出さないようにしてるだけだ。
かぐやとのことも、母とのことも、兄とのことも、芦花や真実とも、今更ああしていれば良かったと後悔しては、諦めに落ちる毎日。
きっと、今回もそうだ。
明日には、かぐやの居なくなった部屋の中で『どうして自分も戦わなかったんだろう』と無意味な自問自答を繰り返す。
『だんまり……か』
その言葉には呆れも、怒りもない。
ただただ平坦に私を見留めており、そんな目で見られたのは初めてだった。
こちらが語らぬうちは相手が好きに喋れる。
彼女は私の沈痛な気持ちなどお構いなしに、容赦なく言葉を続ける。
『失うのが怖いから、何も得ようとしない。友達の浮かべた笑顔が虚構であると知るのが嫌で、それくらいなら死ぬまでこのままで居ようって……あんたは、ずっとそんな風に思って生きてきた』
――本来の酒寄彩葉。
なるほど、言い得ている。
ナイーブで、その癖変なところで意固地で、思い込みが激しくて、ここぞって時に勇気を出せない。
大切な人の想いに救われながら、自分からは同等のなにかをあげる事もできない。
結果として『諦める事』を最善にしてしまった。
『かぐやが相手なら、私は何をされてもいいって……いっそのこと、そう言えたら楽だったよね。分かるよ』
言う事は厳しい癖に共感はしてくれるんだな。
この子はいったい誰なんだろう。
『だけど、あんたは自分が弱いことを自覚してはいても、そこまで人に寄り掛かることは出来ない。大事なことは、自分で決めたいと思ってるから』
自分で決めたい……それはそうかも。
もし病気などのせいで投げやりになっていなければ、私はきっと、誰の力も借りずに一人で生きることを最上の目標にしていたと思う。
病気になる前の私が、母と対等になろうとしていたように……
「……なんでも分かるんだね。私の事……」
『そりゃ、私はあんた自身だからね。まあ……幻影だとでも思っといてよ。会えるのもこの一回きりだしさ』
軽い調子で言う少女は、幼い見た目に反した大人びた目つきでかぐやの戦う姿を眺めている。
両者の間に沈黙が流れる。
何秒か、何分か、彼女は何の前触れもなく、だがベストなタイミングで口を開いた。
『あんたは、かぐやのこと……好き?』
「……好きだよ」
即座にそう答える。
そこだけは決して嘘をつかない。
あの子がそう言ってくれたように、私だって何度でも言おう。あの子のことが世界で一番大好きだ。
私の返答が余程嬉しかったのか、少女は初めて満足気に笑う。
『そっか。なら、お兄ちゃんのことは?』
「えっ……うーん、まあ……嫌いじゃない、かも……」
けれど、いきなり兄のことを聞かれて、それにはしどろもどろに答える。
『芦花や真実は?』
「そりゃ……好きだよ。どれだけ長い事生きても、あの二人以上の友達なんてできないと思う」
大切な人達への感情を赤裸々に告げるのは恥ずかしいけど、相手が自分と同じ見た目だからか、そこまで抵抗はない。
私の本心なんて全て分かった上で質問していると、伝わってくるからだ。
隠してもしょうがないなら、正直に話した方が心の傷は少なくて済む。
『お母さんは?』
「……………苦手」
母とのことは、今でも難しいけれど、それでも今持ってる感情をそのまま言葉にする。
どうやらそれで合っていたのか、少女は優しい目をして頷いた。
『そう、酒寄彩葉は母親のことが苦手。親友のことは大好きで、お兄ちゃんにはあまり素直になれない。そして……誰よりもかぐやのことを愛してる』
「うっ……あんた、さっきからなんなの?」
流石にいたたまれなくなって反撃する。
本心とは言え、気恥ずかしいことをわざわざ復唱しないで欲しい。踏み出せない私への嫌がらせなのだろうか。
けど、私が露骨に不満をあらわにしても小さい私は薄く笑うだけ。
『少し、思い出して欲しかったんだ』
感慨深そうに目を細め、昔日を見て懐かしむような声でそう言った。
『さっき、本来の酒寄彩葉って言ったよね。でも、それだけがあんたっていう人間の本質じゃないんだよ』
――本来の私だけが、私の本質じゃない。
言葉遊び?謎かけ?いや、この子のことだから、もっと単純なことだろう。
恐らくだがそのままの意味だ。深読みの必要すらもない。
『人って、元来持ってる性格だけが全てじゃないでしょ。弱さから逃れられない情けなさも、その弱さを抱えた上で、それでも立ちたいって足搔く姿も、全部ひっくるめてその人の魅力なんだと私は思ってる』
「そんなの……」
私の読み通り、彼女はそう言う。
でも、それは綺麗ごとだ。
現実の私がもしも彼女の語る通りの人間なら、それこそ母親を事故に遭わせることも、大切な人達を泣かせる事もなかったはず。
そうして納得していない私に対して、少女はかぐやを目線で示唆し問いを投げた。
『じゃあ……あんたは、ああやって足掻いてるかぐやが……醜くて情けない人に見える?』
「は?そんなわけないじゃん」
いきなり何を言っているんだ。
どう考えてもカッコイイって言葉しか出てこないだろう。
むしろ私からすれば、あんな人間こそ憧れの対象だ。
どんなに高価な宝石や綺麗な景色よりも、美しく輝いて見える。
『そうだね、カッコイイ。私だってそう思う。でもかぐやは、多分そんな自分を嫌ってるよ。違う?』
「あっ……」
そう言われて、彼女の言いたいことが何となくわかった。
諭された。その言葉が否応なく当てはまるような感覚は、明け方の窓辺にて戸を開ける瞬間にも似ている。
『そんなかぐやをあんたが好きなように……そういうあんたの事をかぐやも好きなんだよ』
幼い私は立ちあがって、私の前に立って両手を私の手に重ねた。
『頑張れなくてもいい。ここで座ったままでいることを選んでも、立ち上がる事を選んでも、あの子達は……きっと、あんたのことを好きでいてくれる』
どこにも根拠なんて無いのに、その言葉は胸に響いた。
納得してしまう。
例え、私がこのままなにもせず、かぐやが失意のうちに連れ去られても、誰一人として私を責めるようなことはしないだろう。
それどころか、慰めてくれるんじゃないかな。だって、そういう優しい人達のことを私は好きになったから。
『大したことなんて何もしてあげられてないし、初めて振舞った料理が
女の子らしくない声をあげて、何度転がっても強大な敵へ立ち向かうかぐや。
分かるんだ。
あの子はきっと、あんなに激しい戦いの中でも、私のことを考えてくれてる。
『病気のこととか、余命とか……かぐやとの今後について考えるのは、この戦いが終わった後でも遅くはないはずだよ』
本当に敵わない。
ただの幻覚にしてはどんだけ私のことを理解してるんだ。
粉と水のパンケーキなんて酷い物をかぐやに食べさせた覚えはないけど、それこそ本質はそこじゃない。
「……なんにも、無くても、いいの?」
私の問いに、彼女は答えない。
ただ、晴れやかな昼のお日様みたいに温かな笑みを浮かべる。
『さあ……あんたはどうする?』
その言葉を最後に、世界が再び元の色を取り戻す。
気が付けば、小さな私は居なくなっていた。
やっぱり幻覚だったのかな。いや、そんな事はこの際どうでもいい。
「……ホント、好き勝手言ってくれるよね」
おもむろに席を立つ。
フードを外すと、周囲でざわめきが起こるが、そんなの今の私にとっては些末なことだ。
「あんな焚きつけるようないい方しなくても、分かるっての」
――まあ、良い発破にはなったかな。
お陰で、大事なことに気付くことができた。
私はずっと、固定概念に縛られていたんだ。
私はもう少しで死ぬ。だけどそれは、今日明日のことじゃない。
依然として時間は少ないけれど、それでも数か月後のことだ。
まだ、かぐやと腰を据えて話をする時間くらいはある。
今その猶予をわざわざ不意にする必要は無いし、それこそ絶対に後悔する。
私は単に、かぐやと離れるきっかけを求めていただけなんだ。
いざとなった時に、自分から別れを切り出すのが怖いから。
戦うのなら、何か特別な理由が必要なんだって思い込んで、それがない私に剣を取る資格などないと決め付けていた。
全部言い訳だ。
嫌な事から逃げる為の口実でしかない。
でも、かぐやはそんな私を赦し、守ってくれるんだ。
私が怖いと言えば、抱きしめて背中を撫でてくれる。
辛いことがあったら、優しい言葉で慰めてくれる。
かぐやは私の事が好きだから、一緒に死んでほしいと言ったら死んでくれる。
優しいからじゃない。私のことが好きだからだ。
本音を言わなくても察して、それが叶うようにしてくれる。そんな彼女は、私にとっての天使であり、ヒーローだ。
だからそう、これから私がやるのは救済なんて御大層なものじゃない。
「私は手伝うだけ……そう、これでいい。だって元からそうだし……」
なんて情けない言い訳だろうか。
この期に及んで、私はやっぱり『私』でしかない。それ以外になれない。けど、それでもいいと分かったから、もういい。
「責任はとれないからね。どんだけ辛い思いをしても……恨みっこなしだよ。かぐや」
そう呟いて、私は――
□
二体、三体、六体、七体……
「十体目ぇ!」
ズドンと無慈悲に叩き潰す。
チートモードを発動させてから、一分としないうちに計十体もの七福神を屠った。それも、一番厄介な神獣を相手取りながら。
「っ、落ちろ!」
跳躍し、上を取ろうとした神獣にミサイルの集中砲火をお見舞いする。
撃ち落とされた獣はズシンと重苦しい音を立てて地面に着地すると、ならば地上からと凄まじい速度でかぐやに突っ込んでくる。
「せああああっ!!」
それに対して、かぐやも真っ向から受けて立つ。
地上、空と広大なステージを飛び回りながら、互いの武器をぶつけ合う。
異次元の三次元戦闘は幾条もの光となって煌めき、周囲の小型月人も七福神も巻き込み、彼らの消失によって舞う散華が雨あられと舞台を彩る。
壮大な演出のさなか、かぐやは超加速状態の意識下で確信した。
――抜ける!!
スピードもパワーも向こうの方が上だが、こっちは文字通り頭の中のモノが違う。
演算能力も計算速度も、処理能力という点では全てにおいてかぐやがこの獣の先を行っている。
故に、こうやってアルゴリズムを理解すれば、簡単に攻撃が捌けるようになる。
ステータスにおいて遥かに劣っているはずの帝の方が、単体としては余程大きな脅威だ。
「彩葉と比べたら……あんたなんて!」
それこそ、あの仮想空間最強の剣士にして、わたしの唯一無二のお姫様。『かぐやの彩葉』に比べれば、天と地以上の差がある。
雌雄を決するのは一瞬、コンマ一秒にも満たない僅かなタイミングに、渾身の一撃を差し込む。
「おっらぁ!!」
二槌の杖を同時に弾く。
――取った。
不可避の一撃を今まさに神獣へと放とうとした。
「かぐやちゃん!避けろォ!!!!」
……が、帝の声が聞こえ、その時、視界の端が光った。
「なっ―――」
背後には、あの親玉級の月人の顔があった。
その両手から無数の光弾が放たれ、殺到してくる。
回避、遮蔽物も足場もない上空でどうやって?
防御、この体勢からは無理。
詰み。
悲鳴をあげる間もなく、千を超える乱れ打ちに晒される。
マシンガンで撃たれているような衝撃を喰らい続け、永遠にも思える猛攻がようやく終わると、どことも知れない地面に転がっていた。
「うっ……ぅ……」
流麗だった決戦衣装はボロボロになり、チートモードで超強化されたはずのHPすら残り数ミリを切っている。
膝をつき、両手をついて、チカチカと点滅する視界で何とか前を向き、立ち上がろうと足に力を込めるが……
「あっ」
目の前に神獣が降り立ち、かぐやを覆うように影を落とす。
周囲には何体もの七福神が陣を組んで待機しており、逃げ場はどこにもない。
「そん、な……」
優勢が一転し、劣勢どころか絶望的な状況にまで転がり落ちた。
両足からも力が抜けて、抵抗する気力すらも削り取られる。
武器を持つ手が震え出す。
かぐやにとってここでの敗北は、ただの残機の消滅じゃない。
捕まればその時点で意識も、記憶も封じられ、月へと強制送還されてしまう。
それはわたしにとって、死ぬのと同じだ。
「や……やだ……」
一つのミスで、全てを棒に振ってしまった。
あとちょっとで届いたかもしれないのに。
やりきれなさと、悔しさで、泣きそうになるのを必死に我慢する。
まだ諦めちゃダメだ。
そう何度も自分を叱咤して、ようやく二本の足で立つ。
「かぐやっ!」
そこへ、包囲網の一端を崩したヤチヨが飛び込んできた。
――ヤチヨ、ダメだよ。
来てくれたのは、本当に嬉しい。
でも、無理だ。
彼女の行為は、敵の渦中に身を投げるのと同義。
いくらお助けバフを持ったヤチヨであっても、この場からかぐやを救い出すなんて……
それでも、青い色彩の目は私だけを見据えていて、決死の覚悟で救出に来てくれたのが伝わってくる。
しかし、そんな乱入者を見逃す月人ではない。
「ヤチヨ、来ちゃダメ!」
だが、叫んだ時にはもう遅かった。
ズイジュウ型の剛腕が神速で振るわれ、寸分の狂いなくヤチヨを捉えると、鷲掴みにしたまま壁面に叩き付ける。
「かはっ……この……!」
悔しそうに顔を歪めたヤチヨが藻掻くも、丸太のような腕をどかすことは到底できない。
そこでじっとしていろとでも言いたげにヤチヨを押さえ、そこへ他の七福神が迫っていく。
その意図を察して、わたしはゆるゆると手を伸ばす。
「やめて……」
ヤチヨはこのツクヨミの管理者だ。
彼らからすれば、彼女は技術的に遥かに劣るこの地球において唯一の警戒対象であり、静観するならまだしも、邪魔してくるなら真っ先に無力化したいはず。
かぐやと同じ姫であるから、酷いことはされないと思う。
それでも、触れられたくない。
だって、彼女はかぐやにとって、この世でたった一人の血をわけた家族だから。
ヤチヨはもうどうにもならないと悟ったのか、悲痛な声でかぐやに言った。
「かぐや……今のうちに、逃げて……」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
それだけは絶対に嫌。
彼女自身の頼みであっても、ヤチヨを見捨てるくらいなら、かぐやは死んだ方がマシだ。
あの子の記憶を勝手に見ておいて、そんな事が許されるわけがない。
「っ、イヤ……ヤチヨを置いて逃げるくらいなら、かぐやは……」
――負けてもいいから、戦う。
かぐやが選んだのはそういう生き方だ。何かを取り落として得るエンディングじゃなくて、全部助けての大団円。
そこに、こんな悲しい一幕はいらない。
「っ――」
やってやる。
そう決心してハンマーを握った。
「かぐやなら、そう言うと思ってたよ」
風にのって、声が響いた。
その瞬間、風が裂けるような鋭利な轟音が断続的に炸裂する。
走ったのは斬撃の光だ。
一瞬にして数体の七福神が花吹雪となって散り、ヤチヨを捕らえていた豪腕にも幾つもの傷が刻まれ、たまらず彼女を離す。
そして、落ちていくヤチヨをカラス型のライドに乗った狐少女が受け止めた。
その劇的な一幕に、かぐやの胸は熱をもってドキドキと高鳴る。
――あぁ……ほんとうに、ズルイなぁ……
このお話は、月から現れたかぐや姫が、一人の少女を助ける。そんなものにしようって、思ってた。
それなのに、こんな登場の仕方は反則だよ。
「彩葉!」
――だって、かっこよ過ぎるもん。
少女が、ふわりとそこに降り立つ。
そうやって何度でも、あなたは
ほら、ヤチヨなんて顔真っ赤だよ。
でもやっぱ、彩葉は彩葉だ。
ヤチヨをお姫様だっこした彩葉はまるで白馬の王子様みたいで、かぐやは目を潤ませながら、頼もしい笑顔を浮かべて立つ彼女のもとへと走った。
――『Reply』が始まる。