余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
最終的にたどりついた答えは、酷くありきたりなものだった。
病気であろうと、命が短かろうと、想い人が宇宙人であろうと、別れの運命が決まっていようと……私は私、酒寄彩葉でしかないんだ。
どれだけ背伸びしても、それ以外にはなれやしない。
ご立派でカッコイイ主人公や、可愛くて純情なヒロインなど夢のまた夢だ。
自分勝手で最低な、一人の少女。
大切な人に悲しい思いをして欲しくないと口にしながら、結局は『忘れないで』『死ぬまでずっと一緒に居て欲しい』『一人は嫌』と叫んでいる。
本当にいつまで経っても変わらない。
でも、そんな私のままでも戦っていいと、覚悟なんてなくてもいいと……それが分かれば、重かったはずの一歩は案外簡単に踏み出せた。
ラストバトルの場に足を踏み入れると、初期リスからライドに乗って全速力で飛んだ。
無数の月人達が私を包囲してくるが関係ない。
ライドを器用に操って被弾を避け、接敵はなるべく最小限に、遠距離攻撃は全て剣で弾く。
今の私には『かぐや』しか見えていなかった。
ボロボロになってでも戦うあの子の隣りに立ちたい。
私とあの子は、今までもずっとそうだった。
背中合わせの逢瀬。お互いの目を本当の意味で見つめ合うことすら出来ない癖に、それでも離れたくなくて、目を閉じて、手を繋ぎ、指を絡めあう。
そういう距離感が心地よくて、ずっと浸って、溺れ死んでしまいたかった。
けど、かぐやはそれを望まない。
今でもあの子は、明日も私と会う為に命を懸けて走ってる。
――ねえ、かぐや。
今なら言える。
――あなたの声がとても綺麗で……まっすぐな目が美しくて……私、すぐ好きになっちゃった。
彼女と出会ったその時から、私の心の在り処や幸せな未来の形は決まっていたんだと思う。
一目惚れだったんだ。
ぞっこんだった。
そうじゃないと、短い命がこんなにも切なく高ぶることなんてないでしょ。
これが私の最期になってもいい。
例え命を使い果たしたとしても、かぐやに『好き』だと伝えたい。
恋に盲目の乙女のような無鉄砲さで突っ込んだ先には、危機的な戦場が待っていた。かぐやとヤチヨがピンチだ。
さあ酒寄彩葉、どうする?
「私のお姫様を……泣かせるなっ!」
陣形を張っていた七福神数体を切り裂き、ウルトを放つ。ライトエフェクトを纏った斬撃が飛翔し、それを追いかけるようにライドから飛び降りる。
一際大きな神獣。ヤチヨを掴むその不遜な腕に、飛翔斬と連撃を合わせたラッシュを刻む。
怯んだ獣の腕が離れ、ヤチヨが力なく落ちていく。
「ヤチヨ!」
空中でキャッチしお姫様だっこの格好で、戻ってきたライドに飛び乗る。
「いろ、は?」
青い色彩の瞳が驚きに見開かれ、私の名を呼んだ。
間に合った。その事に安堵しながらも、ふっと安心させるように微笑みかけると女神の白い肌に朱色がさした。
「ヤチヨ……私達のために、こんなになって……」
あんなに必死そうなヤチヨを見たのは、長い推し活人生の中でも初めてだった。
なにが彼女をそうまでさせるのか、
――やっぱり、ヤチヨは……
その答えを多分私は知ってる。一応あの曲を作った本人だし、なんも感じてなかったわけじゃない。
それでも、頭の中で組み上がっていく可能性に、私は敢えて触れないようにしていた。
彼女の事は時が来るのを待とうと。
「ごめんね。ずっと頼りっぱなしで……ヤチヨだって、辛かったはずなのに……」
それ以外の言葉はいらない。
私の言ったことの意味を察したのだろう。ヤチヨは息をのむと戸惑いながら顔を俯かせた。
そんな彼女を伴い降り立つ。
ゆっくりとヤチヨを下ろすと、大切な人の声が聞こえた。
「彩葉っ!」
輝きを内包した瞳は、周囲の敵なんて視界にすら入っていないといった様子で私だけを映している。
私の傍まで駆けてきたかぐやは、泣きそうな顔で笑っていた。
「ごめん、かぐや。遅くなった」
綺麗な着物をボロボロにして、それでも自らの足で立つ姿は、色っぽさの中に怜悧な凛々しさを宿していて、もはや彼女を童と称することは出来ない。
再び、恋に落ちそうになる。
カッコイイ……本当に、何度私を夢中にさせれば気が済むんだろう。
「ううん、嬉しい。あぁ困ったな……かぐやが全部やっつけて、彩葉をメロメロにしちゃう予定だったのに……」
それなら大丈夫。もう私はかぐやにメロメロだから。
「何言ってんのよ……いつだって、私はかぐやに夢中だよ。出会った時から、ずっと……」
告白する。
戦場のど真ん中で、周りは敵だらけなのに、両手で彼女の手に重ね、伝えたかったことを――
「好きだよ。世界で一番愛してる、かぐや」
満たされる。嗚呼、こんなに良いんだ好意を伝えるのって。
体がふわふわって熱に浮かされて、有頂天になる。
今なら、世界全て……いや、宇宙全てを敵に回しても勝てちゃいそう。
「私も一緒に戦う。聞くまでも無いと思うけど……まだ行けるよね?」
目端から散った雫がきらりと光る。
「っ……うん!」
そうだよ、そういう顔を見たかったの。
綺麗で可愛くて、美しいかぐや。明日も、その先も、ずっと見ていたい。
視線を移し、見据える先はこの物語のラストボス。強力な取り巻きを携え悠々と佇む姿は、なるほど確かに凄まじい迫力だ。
「二人とも、援護をお願い」
一歩前に出て、最奥までのルートを導き出す。
コールドの存在しない、討ち取るか取られるかの真剣勝負。曲の切り替わりが第二バトルの開始を告げる。
――『Reply』。
私が、かぐやに送った曲。これで、最後にしようと思っていた。
「奥のアイツは、私が叩く!」
今は、絶対にそんなの嫌だ。
まだまだ、もっともっと、私はかぐやの曲を作る。十年かけても、二十年かけても、歌い切れないくらいの贈り物を送るんだ。
私が死んだ後も、その隣りで、彼女の一番で在り続ける。
それが、私の選んだエンディング。それが叶わない運命なんて砕け散ればいい。
「ふふん、かぐやちゃんにお任せあれ。必ず、彩葉を連れて行ってみせるよ。ね、ヤチヨ」
「うんうん、ヤッチョ達の本気を見せたげようじゃない」
三人で並び立つと、観客たちの歓声が聞こえる。
『狐先生が立ったぁぁあああ!』と乙事照がおかしくなったテンションで叫び、普段なら恥ずかしくて仕方がないその呼び名も、今だけは万能感にも似た自信を与えてくれる。
「よし、やるよ!」
駆けだす。
三人に対して、敵は十も百も千も居る。戦力差は絶望的。けれど、不思議と脅威には感じない。
これまで数多のKASSENプレイヤーの心をへし折ってきた技量は伊達じゃないって所を見せてやる。
降り注ぐ光弾を躱す避ける、襲い掛かってくる灯篭頭は斬り伏せ、時には足場にして利用する。
この数の多さは大したものだが、道中の敵を無視して先に進むだけなら、ちょっと難しいシューティングゲームに過ぎない。
レーザー光線を跳躍して避けた先で、天女のような七福神が左右から挟み込むように現れ棍棒を振るってくる。
通常なら不可避の体勢。負けるのを待つのみの詰み的状況だが、
――挟み撃ち。良い連携だけど……遅いね。
それはこっちが反応できてない前提での話だ。
咄嗟に身を捻り二体の武器の僅かな間に身体を通す。力も技も、早さが伴わなければ形無しだ。
私に攻撃を当てたければ、意識外から反応できない速度の連携を決めることだ。
そう心の中で吐き捨てて、片方にワイヤーを飛ばして接近しつつ胴体を一刀両断し、もう片方には剣を投擲。
剣は寸分たがわずテンニョに突き刺さり、更にその剣に繋がったワイヤーを用いて高速で接近する。
「せやぁッ!」
ささった剣の底部にドロップキック。
二体の撃破によって散った花吹雪に身を隠しながら剣を回収し、繋げて即座に放り投げる。
エメラルドグリーンのライトエフェクトを纏い飛ぶブーメラン回転刃が三体の灯篭頭をごぼう抜きにする。
「かぐや!」
呼ぶと、その軌道上にかぐやが現れた。
同時に、私はクラウチングスタートの体勢からダッシュ。
「彩葉!」
彼女もハンマーを投げてそれが金剛の七福神に命中、跳ねて宙を舞ったハンマーに向かって跳躍し柄を掴む。
そのまま振り降ろした鉄槌によって金剛が反撃する前に撃破。
かぐやは受け取った剣を二刀流に切り替えて、銃撃と斬撃を駆使して次々と灯篭頭を屠る。
速い。それにキレもある。
即興の武器交換だったけど、かぐやは使い慣れてないはずの二刀流をこれでもかと使いこなす。
負けていられない。
「こういう武器はあんまり得意じゃないんだけど……ねッ!」
遠心力を乗せた打撃、打撃、打撃。
ハンマーのように大振りで取り回しの効かないポールウェポンは、足技やアクロバットがやりづらい分回避には工夫をこらす必要があるけど、剣とは違って一撃で敵を倒せるから、厚い防御を突破するならこれ以上の武器は無い。
面白いくらい簡単に敵が消し飛ぶ。ちょっと癖になりそうだ。
そして、この攻撃力なら――あの獣を倒せる。
「来たね。一番強そうなの」
天空から降ってきた二本の杖槌を、ジェット噴射で回避。
衝撃波にも受け身を取って対応する。
この神獣のパワーとスピードは、チートコードを使ったかぐやですら手こずるレベルだ。
他の七福神と違って動きのキレも段違い。
ここまで来ると一見無敵なように思えるが、実はコイツには致命的な弱点が存在する。
「あんた、パワーもスピードも大したもんだけどね……」
不敵に笑い、獣の胴体の下に滑り込みミサイルをぶっ放す。
そこからジェット噴射を器用に操って、獣の足に槌で一撃加えてすぐさま上空に回り込み、大上段からとびきりの一撃をお見舞いする。
「的がでかすぎ」
この一連のコンボに、奴は図体がでかいせいで追いつけていない。
巨体であるが故に足場は無数にあり、ゼロ距離で纏わりつくことを徹底すれば幾らでも翻弄できる。
息もつかせぬコンボにラッシュ。
ジェット噴射を
そこで、神獣もならばと攻め手を変える。
なかなか攻撃が当たらないことに痺れを切らし杖槌を振りかぶった。
範囲攻撃が来る。
おそらく、あの二本の杖を地面につきたてるつもりなのだ。
先程、杖による攻撃を避けた際に受けた衝撃波を思い出し、予備動作でそう判断するが、それでも私は距離を取らず、むしろ身体を回転させながら獣の全身に攻撃を放ち続ける。
「さっきはよくもやってくれたね~」
だって、コイツの相手は私だけじゃない。
刹那、ズガァンと鈍い打突の音が響いて、獣の顎が突きあげられた。
振るわれた傘の切っ先が鋭利に光る。
ヤチヨだ。
「ナイスタイミング!」
「こいつにはさっきの借りがあるからね。ヤッチョも一緒にやるよ!」
お助けバフを持ったヤチヨの一撃が、巨体を大きく仰け反らせて攻撃を中断させた。
そこへ間髪入れずにミサイルで追撃し、ヤチヨも回転させた傘の斬撃を放つ。
爆裂と斬撃の連続攻撃で獣は復帰できないでいる。
ヤチヨとの連携によって、単純に増えた手数は着実に神獣を追い詰める。
「これで……落ちろ!」
詰めにハンマーのウルトを直撃させる。
防御もままならず受けた事で、神獣の巨体が幻想的な花吹雪をフィールド一杯に散らせた。
だがこれでようやく残機一つ。
すぐに復活してくる。
ジェット噴射を起動してヤチヨと一緒に先へ進んでいたかぐやに追いつく。
「かぐや、これ返す!」
「りょー!」
すかさずハンマーを投げると、かぐやも剣を投げて、再び武器の交換が完了する。
あと少し。
将はもう目の前だ。しかしその分、七福神を含めた敵の反撃も熾烈を極める。
――流石に……そう簡単には抜けれないか。
最後の防衛線を前にして、ようやくかぐやと合流する。
「ラストアタック!かぐや、一緒にお願い!」
「わかった!」
コンビネーションを組んで、一気に攻勢を仕掛ける。
極限の集中力で全方位からの攻撃をカバーし、かぐやと密着しそうな程にすれすれの距離で連携し、防御と攻撃を同時に行う。
かぐやの背中に手をついて飛び越えながら、死角から襲ってきた灯篭頭を蹴り飛ばす。
そこからかぐやが隙をカバーするように前に出て、飛んできた光線をガード。
――凄い、一緒に戦うの初めてなのに……少しも乱れない。
阿吽の呼吸。
ブラックオニキスとの戦いの時もかぐやとは別行動が多く、その後も一緒にKASSENで遊ぶことはなかったから、本当の意味でコンビネーションを組むのはこれが初めてなのだ。
それなのに、かぐやの動きが全部わかる。
そして、かぐやも私の動きを全部わかってくれる。
今ならどこまでも飛んでいけそう。
まるで羽が生えたみたいだ。
超神速の戦闘を越えて、遂に鬼気迫る領域へと入る。
なりふり構っていられなくなった敵の集中砲火が飛んでくる、が――
「っ、やぁぁぁああああ!!!」
迫ってくる光の前に銀髪の少女が割り込んだ。
「ヤチヨ!?」
それをヤチヨが全身全霊のガードで守ってくれた。
「行って、二人とも!」
頷き、前を向く。
一歩が重い。その度に死線を飛び越える。
更に五体以上の七福神が一気呵成に道を阻むが、その絶望的な陣形に飛翔してきた輝く矢が穴をあけ、大剣が切り開いた。
――乃依と、雷だ。
私もかぐやも、もはや回避も防御も切り捨てて走る。
復活してきた神獣が巨体を盾に聳えんばかりの壁となり、杖を振り下ろしても尚意に介さない。
「おぉりゃああ!」
その一撃は、頼りになる兄が止めてくれる。
「行けっ、彩葉!」
帝アキラと神獣が上空で飛び回り、一騎打ち。
赤い炎を纏った黒鬼は神獣が私達を追随するのを許さない。
――ありがとう、お兄ちゃん。
間合いはすぐそこ。
だが、その時背筋に悪寒が走る。咄嗟にかぐやの手を握ってアンカーを射出し、ワイヤーを引いて空へと逃げた。
「なっ!」
「うっそぉ!?」
足場にしていた道に四方八方からレーザーが飛んできて消し飛んだのだ。
周囲には足場にできるような灯篭頭も居ない、かぐやのジェット噴射で飛ぶしかないと即座に判断を下す。
「かぐ……っ!」
だが、それすらも月人は読んでいたと言わんばかりに、親玉はその巨大な両手から無数の光弾を射出した。
――やばっ。
回避は不可能。
頭を高速で回転させ、即座に起死回生の一手を選び出そうとした。だが、その『一手』はすでに私達に差し伸べられていた。
「彩葉!」
「かぐや!」
芦花と真実。
二人の親友が後ろから私達を追い抜き、チートコードの付与されたそれぞれの持つ範囲攻撃で無数の光弾を一掃したのだ。
そして、芦花が私を、真実がかぐやの手を掴む。
「「いっけぇ!!」」
詰めに至る最後の一手。
二人のアシストによって飛んだ私とかぐやの前に障壁はない。
かぐやが私の腕を取りジェット噴射によって高度を上げていき、親玉の上を取る。やっと届いた頂点でありったけの叫びを響かせた。
「決めて!彩葉ぁ!」
勢い十分。
これ以上ない加速。
背中を押してくれた皆の言葉を胸に、私は全てのゲージを消費して三発の飛翔斬を飛ばす。
――これで、終わらせる。
コードを入力。視界に赤が走り、尻尾が九つに分かれる。
「はあぁぁぁぁあああああ゛!!」
裂帛の気合いを迸らせて、飛翔斬と二刀を組み合わせた連撃を放つ。
この世界で積み上げてきた技術と閃きの全てを駆使し、ほぼ一瞬のうちに何十もの剣閃が刻まれる。
遂に巨大な月人の体勢が崩れ、怯んだ。
「これで……終わりだッ!」
振りかぶった剣を振り下ろす。
少しの拮抗の後に巨体を縦一文字に一閃し、斬撃の軌跡が光り輝く。
極光が四散し、やがて耐えかねたように、フィールド全体を包み込むほどの華々を散らし敵将が消し飛んだ。
■
白い花が降る。
将を取ったことで他の七福神や灯篭頭は動きを止め、決着の二文字が私達の勝利を確定させた。
「……勝った……」
そうこぼしたのは、かぐやかヤチヨか。
二人はぽかんと口を開けて、しばらくその幻想的な景色を見つめていた。音楽は終わって、観衆からの拍手が鳴り響いている。
そこには、チートコードにまつわるかぐや達への批判の色は無く、文字通りの完全勝利を実感たっぷりに祝福していた。
「ねえ、勝ったよ。彩葉、ヤチヨ……かぐや達、勝ったんだよ!?」
「……うん、本当に……勝てちゃった。運命、越えちゃった……」
かぐやは飛び跳ねて喜び、ヤチヨは未だ信じられないといった様子で余韻をかみしめている。
そんな光景が、これ以上ないくらい嬉しくて愛しい。
けれど、いかんともし難い疲れが肩にのしかかって、倒れそうになるのを吐息ひとつでこらえる。
私も、今回は流石に疲れた。月からの迎えがとてつもない相手なのは分かっていたけど、あそこまで全力を出しても尚ギリギリとは……
でも、勝ちは勝ちだ。
「やったな、彩葉。最後の斬撃……マジで凄かったよ。やっぱお前、つえぇわ」
お兄ちゃんが突き出した拳に、私も拳を合わせる。
「そっちこそ……あの戦いで最後まで一回も残機を落とさないなんて、どんなバグよ?」
「そりゃ、妹の前でカッコ悪いとこは見せられないからな。それに……難易度で言えば、前にお前と戦った時の方がキツかった!」
「あぁ、それは同じかも……」
途中からの参戦だった上に、仲間の助けがあったとはいえ、私は今回一度も残機を落としていない。
対してブラックオニキスとの対決の時は、相打ちの末にきっちり三機全部削られた。
単純比較はできないけど、そもそも今回みたいなのは理不尽すぎて楽しくない。
「それ言えちゃうの、多分この世界で二人だけだよ……」
「うんうん、私も芦花も最後とか残機一個のHPミリだったし!」
芦花と真実が歩いてきて、そう言う。二人は、疲労を滲ませた様子で苦笑を浮かべていた。
「芦花、真実……二人とも、今回はありがとう。最後のアシスト、本当に助かった。あれがなかったら勝てなかった」
皆が集まってくれた経緯は知らないけど、きっとかぐやの頼みを聞いてここに来てくれたのだろう。
それも、自分達の立場もなにもかもかなぐり捨てて戦ってくれた。
「いいよ。私も真実も、自分達がしたくしてしたことだし……ただし、帰ったら……彩葉の隠してること、私達にも話してね」
隠していること、その単語に顔を上げる。
芦花も真実も、いつもと同じだった。
変わらない、親友としての顔で笑ってくれている。何を聞いても変わらない。変わってあげないとでも言いたげに。
「……分かった」
そう答えることが、私が示せる最大限の誠意だ。
ずっと私を大切にしてくれた二人に、これ以上不誠実なことはしたくないし、何より今なら信じられる。
大丈夫だって思えるんだ。
「彩葉ぁーー!」
そうして和んでいると、元気な声と一緒に華奢な腕が抱き着いてきた。
「来てくれて……ありがどお゛ぉ……カッコよかったよぉお!」
泣いてる。
号泣だ。
わんわん泣いて、恥も外聞もなく涙を流して、本当にこの子は……
「ほらほら、泣かないの。私が立ち上がれたのは、かぐやの頑張る姿を見たからだよ。あんたの気持ちが、私を動かしたの」
向き直って、正面から抱きしめる。
嗚咽まじりに手を背に回したかぐやから、温度は伝わってこない。早く、かぐやの部屋に行って実物の彼女を感じたい。
けれど、まだダメ。
勝ったからといって、全部が終わった訳じゃない。
『困ったことになりましたね』
全員の顔がそちらを見た。
空から、降りてくるのはさっき私が斬った月人側の将だ。
比較的小さなサイズになった宇宙人が私達の前に立った。
『そちらへご迷惑をおかけしたお詫びとして、敢えてあなた達の形式に則ったのですが……まさか、この様なことになるとは……』
ノイズ混じりの機械音が脳内に直接語り掛けてくる。
どうやらこの敗北は彼らにとっても予想外のものだったらしい。
「あんた達の敗因、教えてあげようか?」
『参考までに聞かせていただきましょう』
言うと、月人は案外素直に耳を傾けた。
感情の伴わない能面に、私はきっぱりと言い放った。
「ゲームへの理解不足」
『……は?』
その言葉に、月人は訳がわからないといった様子で首を傾げた。
「ぷっ……彩葉、おま……くくく……」
帝はこらえきれず吹き出し笑っている。
そんな彼を無視して、私は大まじめな顔でその訳を説明した。
「あんた達は、あくまで私達にとってはラスボスでしかなかったんだよ。とてつもなく強大で、手強くて、チートみたいな強さだったけどね。……知ってる?ゲームや物語に登場する敵ってのはね。基本的には、必ず
勿論、前提条件が揃わなければ倒せないエネミーというのは無数に存在する。
だが、どんなクソゲーであっても、そこに登場するボスってのは倒すことを前提に作られている。
月人はこちらのしきたりに則って、敵として現れた。現れてしまった。大人しく、人外の存在として襲って来れば負けないのに。
「このツクヨミの……KASSENにおける敵として現れた時点で、絶対に負けないっていうのは有り得ない。そんな基本中の基本を知らなかったのが、あんた達が負けた理由だよ」
だって、ヤチヨの作った世界なんだよ、ここは。
私を虜にし、夢中にさせたあまりにも不完全で自由な世界。
そんな神ゲーにおいて、ラスボスが討伐不可能でしたなんてオチは興醒めにも程がある。
どこかに倒せる可能性があるから、難易度の高い戦いってのは楽しい。
そして、対戦ゲームってのは大抵の場合において油断した方が負ける。
改めて振り返ってみれば、向こうは負ける要素を割とてんこもりに持っていたことに気付く。
そんなだから『人の意思』なんて曖昧で不確かな底力に遅れを取るんだ。
『やはり、理解できません……が、それこそが負けた理由だと言うのなら、それが真実なのでしょうね』
分からないが、納得はした。そういう風な返答。
――と、雑談はこんな所でいいだろう。
向こうにとっても私にとっても、本題はそんなことじゃない。
『ですが……やはり、姫には帰ってきてもらわねば困ります』
私とかぐやとヤチヨを除いた、その場の全員が息をのむ。
「それは……どうしても?そっちが勝手に来て、負けたのに?」
『はい。あなた方地球の人々からすれば、勝手な言い分であるのは分かっております。しかし、我々にとっても月の存亡にかかわる重要事項です。ご理解いただきたい』
分かっていた。
向こうはあくまで余興として、納得性を上げるためにこちらのやり方に付き合っただけで、その気になればかぐやを取り戻すくらい訳ないのだ。
それこそ……私を殺して、かぐやを奪い返すくらいの事は簡単にやってのける。
「彩葉、あとはかぐやに任せて」
そこで、ようやくかぐやが口を開いた。
覚悟を決めた表情だ。
しかし、それが諦めの類いではないと分かっているから、私も特になにも言わず肩をその場を譲った。
「ごめんね。仕事を勝手に放り出して、居なくなったりして……そっちの皆には、申し訳ないと思ってるよ」
『なら……』
「でも、ごめん。かぐやはもう、帰るつもりはない」
きっぱりと言うと、月人は怒りを見せるでも呆れるでもなく、
『故郷を捨てるというのですか?”退屈でつまらない”という、たったそれだけの理由で……我々が滅ぶのはどうでもいいと?』
情に訴えかけているのではない。
あくまでも事実を言っているだけ。
実際、客観的に見ればかぐやのしようとしているのはそういうことだ。
「……言い訳は、しないよ」
かぐやは目を伏せ、憂いを帯びた声音で決定的な言葉を吐いた。
それは訣別と同義であり、故郷を、生まれ育った場所への明確な反意に他ならない。
『残念です……やはり――』
「でも、それだけで終わらせるつもりもない」
今度こそ落胆の色を浮かべた月人の言葉をかぐやは遮った。
月人は『まだ何かあるのか?』とかぐやの顔を見つめる。
「かぐやだって、何もせずに待ってたわけじゃない。悩んで、悩んで、なやんで……どうしたら、このままこの場所に居られるのかって、沢山考えた」
彼女だって、多くの苦しみを抱え葛藤したのだろう。
月人の問いに肯定の意を示したが、それはあくまでもかぐやなりのケジメであって本心じゃない。
どうでもいいはずがない。四六時中あのブレスレットを外さない程に故郷を大切に思ってるかぐやが、なんとも思ってないわけがない。
でも、それより大切なものがあった。
だから、彼女はこっち側の道を選んだ。
「見て欲しいものがあるの」
かぐやがそう言ってなにやらコンソールを呼び出して操作すると、彼女の隣に光が集まって一人分のシルエットを作り出す。
そうして現れたのは、先程までステージで歌っていた着物姿のかぐやだった。
『?ただの分体がどうし……っ!?』
月人はその『かぐや』を見て、初めて驚愕を浮かべた。
「ヤチヨの記憶を継いだ後、できるようになったんだけどね。この子なら、かぐやの業務が終わるまでの代わりを務められると思う」
『……あなたは一体、何者ですか?』
なんだか話が壮大になってきた。
つまりあそこに居る着物姿のかぐやは、ただの分身ではなく『かぐやと同じ仕事がこなせる特別仕様』ということかな。
しかし、何故月人の方はそれにここまで驚いているのだろう。
「ただの
微笑んでそう言ったかぐやの纏う神秘性に、喉がきゅっとしまる。
あの月人ですらも気圧されているように見える。
『こんな事ができるのなら……わざわざああして、戦う必要はなかったでしょう?』
「それはあなた達への敬意だよ。理由がどうであれ、こっちのやり方に合わせてくれたんだから、かぐやも従わないと……それに、これをあの戦いの前に明かしたら、あなた達は是が非でもかぐやを取り戻そうとするか……応じなければ、消そうとした。違う?」
月人はなにも答えない。
沈黙とは時に言葉よりも雄弁に語るというが、まさか宇宙人にまで通用するとは。
「複製に留まらない……新しい魂を作り出せる技術なんて、それこそ月の『姫』しか持ちえない。そんな存在を、あなた達がほっとくはずがないよね」
そこまで語ると、かぐやは淡い苦笑を浮かべて、罰が悪そうに視線を斜め下へ向けた。
「そうして、お互いの領域が焼け野原になるまで戦うことになる……そんなの、かぐやは嫌だった。だから、これが唯一の道だった」
ひとしきり語ったのか、そこでかぐやは言葉を区切った。
月人は沈黙したまま、かぐやの分身を見ている。
どうやら話はついたらしい。
その証拠にかぐやはにっと笑ってこう言った。
「何より……どうせ越えるなら、ちゃんと勝って終わりたいじゃん!」
ふっと笑ってしまう。
その言い方だと、別に楽な方法なんて幾らでもあったと言っているようなものだ。
しかし、かぐやはそのどれもを選ばず、敢えて運命に立ち向かう道を選択した。
その結果として、恐らくそれらのどの道よりも得難いものを彼女は手に入れた。
『……姫より帰還の命が下りました』
月人はやがてそう口にした。
安堵に胸をなでおろす。その言葉をもって、ようやくかぐやの戦いは終わったのだ。
かぐやも満足気に頷く。
「そっ、気を付けて帰ってね。あっ、でも待って……その前に……」
金色の髪を揺らして、もう一人の自分へと向きなおる。
「君には迷惑をかけるね。後で、必ず迎えにいくから……そっちのことは、お願い」
分身は言葉もなく柔らかに笑って首肯した。
意思がある。私には難しいことはよく分からないけど、あの子もきっと私達と同じように魂や感情を持っているのだろう。
『姫からは、
「えっ、彩葉、そうなの?」
「いやいや私に聞かないでよ。分かる訳ないじゃん」
まったく訳がわからない。
因果とか運命とかなんだとか、私のような余命僅かなか弱い小娘には感知しえない縁遠い話である。
頭に入れない、考えないのが適切だと判断して、言われたことは右から左へ流す。
それこそ、私には関係のないことだ。
かぐやと一緒に戦い、勝利した。
その事実だけが私にとって重要なのだから。
月人はそれ以上言葉を交わすことなく、深々と一礼し、分身のかぐやを連れて夜の空へと消えていった。
花の雨も止み、訪れるのは終演だ。
かぐやが観客に向けて挨拶をしている。
私はそっとスマコンを切ってログアウト。戻ってきた自室の光景と同時にわずかに頭痛がして顔をしかめながらも、椅子から立ち上がる。
「かぐや……」
ふらつく足で、部屋を出て、隣へ。
――かぐや。
今すぐ会いたい。
「かぐや!」
扉を開けると、そこにはちゃんとかぐやが居た。
「彩葉……?」
終演の挨拶も終わったのか、スマコンを切っており、驚いた様子で私を見ている。
私はつんのめって、不格好な歩みで彼女のもとへ行き、ぎゅっと抱きついた。
「あっ……あぁ……」
かぐやだ。
この温もり、かぐやだ。
間違いない。ここに居る。消えてない。明日も一緒に居られる。
「……よしよし、大丈夫だよ。かぐやは、ここに居るよ」
頭を撫でてくれる手がこんなにも心地いい。
自嘲する。やっぱり、不安だったんじゃん。
強がって、手伝うだけとか、帰った方がいいとか言っておいて、まだここに居るって分かったらこんなに泣いてさ。
あの幻覚に発破をかけてもらえてなかったら、どうするつもりだったんだ。
「かぐや……」
なんでも伝えたかった。
伝えられないのが嫌だった。
それが悲しいことなんだって分かったら、もう止めることはできない。
顔を上げて、かぐやの綺麗な目を見つめて、熱っぽくなった吐息まじりに告白した。
「大好き」
今度は私の方から口づけする。
かぐやは一瞬ぽかんとした後、頬を薄紅色にして嬉しそうに微笑む。
「かぐやも、大好き……愛してるよ、彩葉」
手を引いて、導かれる。
二人で身を投げ出した先は柔らかなベッド。
ふかふかに包まれて、仄かに切ない思いを胸に私は――約束を果たした。
✧・゚: *✧・゚:*
それから、本当に色んなことがあった。
運命の日を乗り越えたことで、かぐやと彩葉は晴れてめでたしめでたし。
その感謝の気持ちに、かぐやは大切なブレスレットを彩葉に送った。嬉しそうだったな、彩葉。
尊くも、痛いくらいに幸せな日々。
だけど、変わった事も沢山ある。
まず、ヤチヨが彩葉に秘密を話した。
彩葉はヤチヨのこと大好きだから、驚くだろーなとか思ってたら、なんと――彩葉はその事を知ってたらしい。
逆にこっちが驚かされた。
だけど、彩葉いわく「Replyを作ったのは私なんだから、気付かない方が無理がある」とのこと。
厳密に言えば、確信していたわけではなく、あくまでも察する程度のものだったらしいけど、殆ど正解なのだからそんなのは誤差だ。
因みに、いつ気付いたのかと訊くと彼女は、
「曲を作ってる途中に、なんかそんな感じがして……そっからは、点と点が繋がる感じだったかな。それに、ヤチヨとはあんなに何度も会って話したんだから……どうしたって気付くよ」
と答えて、ヤチヨのことを温かく迎えた。
その時のヤチヨといったら凄い泣き様で、かぐやがヒーローみたいに彼女を迎えに行った時と同じくらいに感極まっていた。
でも、その気持ちは分かる。
もしもかぐやがヤチヨの立場だったら、幸せすぎて死んじゃいそうだもん。
そして、彩葉から『輪廻を変えたのにヤチヨが消えない理由』について聞かれたけど、これは単純だ。
わたし達の輪廻はあくまで『並行世界の横断』だ。
幾つもの世界線を渡り鳥のように跨いで紡がれるのが、この物語の真相。
ヤチヨの記憶の中に居る彩葉が病気じゃなかったことが、それを証明している。
だから、かぐやが帰らなかったところで次のヤチヨが生まれないだけで、ここに居るヤチヨが消えるわけじゃない。
あまりにも横暴な横紙破りだなって自分でも思うけど、そういう意味をこめてかぐやは『ループを終わらせる』と啖呵を切ったのだ。
その結果として、かぐやは今もこうして彩葉の傍に居る。
だったらもう、それでいいじゃない。
その後、芦花と真実にも余命のことを打ち明けたみたいだけど、それでも二人は彩葉との接し方を変えなかった。
対等な親友のままで、体調を気遣ったりはしても、過度に遠慮したり腫れ物のように扱うといったことは絶対にしなかった。
楽しいことも、幸せなことも、数え切れないくらいあって。
けど……同じくらいに悲しい事もたくさんあった。
十一月、秋に入った辺りから、目に見えて彩葉の体調が悪化した。
最初は気圧変化だとか、季節の変わり目だからってことで、本人は気にしないでって言ってたけど、日を重ねて寒くなり出すと、体の調子は改善するどころか余計に悪くなる。
日に日に弱っていく彼女を見ていると、怖くて仕方がなかった。
十二月にもなると、しんどいのが当たり前になって、そうじゃない日の方が少なかった。
それでも、彩葉は……笑って言うんだ。
「大丈夫。まだ……まだ、一緒に居られるよ」
お互いを慰め合う日々だ。
死ぬのが怖いと泣く彩葉を抱きしめ、彩葉を失いたくないと怖がるかぐやを彩葉が癒す。
それでも、一緒に居るのを辛く思ったことは一度たりともなかった。
一月一日。
わたし達は、彩葉と一緒に新年を迎えた。
年内が山場だと聞いていて、十二月からは病院にいく頻度も多くなり、いつその時が来るのかって。
それでも、彩葉は懸命に闘病して、一つの区切りを乗り越えた。
それが自信になったのか、体調も少しずつだけど改善し始めた。
彩葉は、皆ともっと生きていたいと、かぐやとヤチヨとやりたいことを沢山するんだと、そう言っていた。
二月に入ってすぐに、彩葉のお母さんが目を覚ました。
親子の再会が叶う。
どっちも泣いてた。
彩葉のお母さんは娘を抱きしめしきりに「ありがとう……生きててくれて……ほんまに頑張ったなぁ……」って繰り返していた。
生きる希望に満ちた瞳を見ていると、かぐやも自然と前を向くことができた。
彩葉はやっぱりすごい。
そのまま、病気なんてぶっとばしちゃえ!って……
迎えた、花が咲き始める四月。
学年が上がって、高校三年生になる月。急に彩葉が立てなくなった。
それだけじゃない。
改善してたはずの体調も崖を転がり落ちるみたいに悪くなっていって……
それなのに、彩葉は悲しむでもなく、当たり散らすでもなく、ただ悟ったように日々を受け入れていた。
そんな彼女の姿が、悲惨な現実をかぐやに突きつける。
そのまま入院することになって、家に帰ることができないまま五月になる。
彩葉はいつものように「帰りたいなぁ……」って零していた。
そして、そんな彼女をこんな暗い病室に置いて帰るしかないかぐや。
家に帰ると、適当にお腹に物を入れてヤチヨに慰められながら、ソファーで眠る。
ベッドにも布団にも、彩葉の匂いがあって、そこで寝ていると、情緒が不安定になって耐えられなかった。
――五月十日。
その日はよく晴れた日で、病室から見える桜の木は落ち着きなく風に揺れ、花を散らしていた。
明日は彩葉の十八歳のお誕生日。
盛大なお祝いは、彩葉の体に障るから出来ないけど……それでも、心から彼女を祝福しようってずっと前からあれやこれやと計画を立てていた。
「彩葉……明日は、彩葉の誕生日だね」
「…………うん」
遅れて、返ってくる。
「あのね。プレゼントも、用意したんだ……彩葉、気に入ってくれるか分からないけど……」
「そ、っか……楽しみ……」
本当はダメだけど、お医者さんに無理言って今日だけは病院に泊めてもらう。
かぐやの夢だったんだ。
彩葉の歳が一つ上がる瞬間、彼女の生まれた日を誰よりも先に祝う。
かぐやと、ヤチヨと、彩葉の三人でささやかなパーティーを開くんだ。
夜までは、傍で歌を歌う。
かぐやが何か話題を振ったり言葉をかけたりすると、彩葉はどれだけ喋るのがしんどくても返事しようとしてくれるから、無理させないように最近はこうしてる。
それに、彩葉はかぐやの歌声が好きだから。
でも、大きな声を出すと彩葉も落ち着いて休めないし、病院の迷惑にもなっちゃうから子守唄のような安らかな音色。
やがて、夜になる。
開いた窓から涼しいそよ風が入って来て、カーテンを揺らす。
淡い月光がさしこみ、彼女の手首につけられたブレスレットがその光を反射していた。
デジタル時計には【11:30】と表示されていて、あと三十分で彩葉の誕生日だ。
一言目は『お誕生日おめでとう』と決めているけど、二言目や三言目は何にしようかと考えながら、窓辺で夜の桜や中庭を眺めていた。
「かぐ……や」
「ん……彩葉、どうしたの?」
彼女がか細い声でかぐやの事を呼んだ。
見ると、彩葉は虚ろな目で窓の外を見ていた。
「桜……みたい」
そう言った。
消灯時間はもうとっくに過ぎていて、外出は禁止されてる。そもそも彩葉は、お医者さんの許可なしに外に出ることはできない。
分かってる。
そのお願いは聞けない。
ダメって言わなきゃいけない。
「…………わかった。いこっか」
それでも、かぐやには彩葉のお願いを断ることなんてできなかった。
車椅子を用意して、慣れた動作で彩葉を座らせてブランケットをかける。
静かに出発しようとすると、彩葉がかぐやの袖をひっぱった。
「待、って……ヤチヨも、一緒が……いい」
「っ、そうだね。ごめん。スマコン、持ってくるね」
棚の上に置かれた彩葉のスマコンを取って、かぐやの手で彩葉の目に装着する。
かぐやもスマコンをつけると、そこにヤチヨが現れた。
「あぁ……ヤチヨ、だ……」
「彩葉……」
安心したように笑う彩葉に、ヤチヨは瞳を潤ませながらも、触れられない手でそっと彼女の頬を撫でて微笑み返した。
病室を出る。
看護師さんの巡回ルートと時間は把握しているから、かぐやちゃんにかかれば気付かれずに彩葉を連れ出すくらい簡単だ。
外に出ると、すこし冷たい風が頬を撫でた。
一面に美しい夜桜が咲いている。
街灯の僅かな光が照らす風情たっぷりな景色。
「きれい……」
彩葉は車椅子に体を預けたまま、手を伸ばし子供みたいに笑ってる。
あと五分で日付が変わる。
かぐやもヤチヨも何も言わない。
綺麗な彩葉の顔をずっと見ている。
少し進んだところで止まると、かぐやは彩葉を正面から抱きしめた。
あと一分。
「かぐや……あったかい」
「っ、うん……」
ヤチヨも彩葉の背中から身を寄せる。
寒くないように、彼女が望んだ最高の幸せをあげられるように……
幾つもの思い出が、浮かんでは消えていく。
宝箱のような日々。
「かぐや……だいすき」
あの日から、何度も繰り返してくれた言葉。
受け取る度に舞い上がりたくなるくらい嬉しくて、わって体が熱くなる。
その『好き』はわたしとヤチヨの二人だけのもの。
「ありがとう…………」
涙に濡れた声が揺れ、その瞬間に日付が変わる。
ふっと腕から力が抜けて、目が閉じた。
嗚咽が喉元を震わせ、視界が滲み、温かな雫が頬をつたう。
「お誕生日おめでとう……彩葉」
生まれて来てくれてありがとう。
かぐやを見つけてくれてありがとう。
ヤチヨを包んでくれてありがとう。
――わたしを好きでいてくれてありがとう。
愛してるよ。
またね。
十五年後――
無機質な機械音の中で、綺麗な歌声が響く。
「昨日の続き……」
白衣を揺らし、寝台の上に居る眠り姫を見つめながら、わたしは歌う。
「
今日は五月十一日。
わたしにとって忘れられない大切な日。
「本音を聞かせて」
隣で一緒に歌う銀髪の少女と頷き合う。
「ただ叶えてみたいから……」
手元のタブレットに表示されたボタンを押す。
何度も夢見た。
続きを読みたくて、たったそれだけのことが、ずっと叶わない。
つまずいて、転んで、嫌になって、泣きわめいて、それでも諦めなかった。
あなたの
――かぐやが望む未来を掴むため。
お願い、来て。
「……ん」
息をのむ。
その声は、わたしのものでも、隣に居るヤチヨのものでもない。
眠り姫は目を開けていた。不思議そうに周囲を見回して、体を起こし、驚いたようにわたし達を見ていた。
「かぐや……ヤチヨ?」
手に持っていた大事な端末もなにもかもを放り出して、とびつく勢いで抱擁する。
声を上げて泣く。
初めてこの子と出会ったあの日のように。
「ふふっ、泣きすぎ……また壁ドンされても知らないよ」
その声をずっと聴きたかった。
名前を呼んで欲しかった。
やっと、ここまで来た。
未来が開ける。再び入場した役者が笑い、拍手喝采の中で挨拶。
二人で手を取り、とても長かったほんのちょっとの道のりにピリオドを打つ。
――おかえり、彩葉。
✧・゚: *✧・゚:*
この物語はハッピーエンドだと思う?
ハチャメチャでご都合で、なんだよそれって突っ込みたくなったよね。
これが世界の全てじゃない。
物語は無限にあって、その数だけの出会いと別れがある。
どんな結果も『ありがとう』も『さよなら』も、それぞれに大切な意味があるってかぐやは思うな。
ねえ、あなたの想像する結末はどんなだった?
よければ聞かせて欲しいな。
可能性なんて多いに越した事は無いんだから。
でも、この物語は一旦ここでおしまい。
楽しかった?
え?タイトルなんか長くないって?
ああー、確かに。
そもそもなんかサブタイトルっぽいよね。
そうだなぁ、じゃあメインタイトルは―――
『Iroha GoodEnd』!!
【 彩葉の遺言書 】
どうも、グランドマスターなリアさんです。
PIXIVからの転載ではありましたが、こちらでも沢山の感想をいただけて本当に嬉しかったです。
この物語が完結出来たのは偏に彩葉、かぐや、ヤチヨの頑張りがあってこそ……
かぐやがMVP過ぎてマジで頭が上がりません。
真面目にかぐやが居なかったら話畳めなかったと思います……
番外編もあります!
その後とか省いた部分とか色々!
どうせならハーメルン限定公開の番外編とかも作ろうかなって考えたりもしてます(連載はこっちの方がやりやすいので)
素直に……評価点、お気に入り沢山いただけると番外編制作の励みになります!
(割とハーメルンの読者視点でどう映ったのか知りたい)
■設定面■
・彩葉(IF)
今作の主人公にしてヒロイン。
最強の狐先生。
彼女がその後なし得るはずだった功績や地位名誉の因果をその短い人生にぎゅっと凝縮してしまったことで生まれた運命のバグ的存在。
月人がコイツに手ぇ出したらどうなるか分からないというレベル。
あの帝がガチで対策してメタを張っても相打ちまでしか持っていけないバケモノ。
総じて謎。
幻覚彩葉はなにか知っているようだが?
(ちなみに狐先生に勝負挑んだうちの一人が乙事照で、彼も当時狐先生の戦い方のカッコよさに脳を焼かれた)
(チートコードを最後しか使わなかったのは回避の感覚がズレて逆に弱くなるから、コード提供元は幻覚彩葉)
・アルティメットかぐや(イケメンかぐや)
主人公。
あまりにもメロい。
ヤチヨの記憶を『かぐやとして』継いだことで覚醒。
この世界においてはほぼ上位存在です。それくらいしないと月人戦はどうにもならないし、輪廻をぶった切れなかった。
彼女が生まれるかどうかが本作のGoodEndルートへ行けるかどうかのトリガー。
条件
<ヤチヨ⇔かぐや好感度マックス
<彩葉の好感度マックス(デフォルト)
<本人のレベルマックス
因みにこのアルティメットかぐやは当然めちゃくちゃ強いんですが、それでも狐先生には勝てません。
・彩葉復活の真相。
かぐやが渡したブレスレットが鍵。この辺は番外編でやります。
・かぐや所長?
番外編案件etc
基本、月人戦が終わったらあとは語るのも野暮なところなので番外編エピソードにしてます。
というか僕が完結してもこの作品を書いていたかったので、敢えて書ける余白を無限に作りました。
まだまだ書きます。
新作シリーズも書きます。
ですが、ここで一旦幕!
この長い物語に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
設定についての質問等あればコメントとかでくれたら答えます。
ありがとうございました!さらばーい!