余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
秒で三連休が終わった。
これが世に言う幸運というやつで、数年ぶりに私は連休中に一度も自己嫌悪で泣くことがなかった。
月から来たという少女のことで必死だったと言えばその通りで、別に私の心根が変わったわけじゃない。
一度一人になって、考えたりすると、価値、意味、それらの取り留めもない思考がおもりみたいに足に絡みついてどんどん沈んでいく。
構図としては、そんな私を唐突に現れたこの少女が必死に引っ張り上げている状態だ。
という事は、私はまだまだ無価値で無意味なままで……
ただ、生きる意味くらいはありそうだ。何故なら、あの少女が傍に居るからだ。
目を覚ます。
来ないで欲しいと願った朝だ。
学校に行きたくないからじゃない。休みが終わるのが嫌だったからじゃない。ずっと夜のままなら、それこそ死んだように丸まっていても、誰も気に留めないから。
「……あれ?あの子は……」
ふと気づく、昨日一緒に寝たはずの少女が居ない。
ベランダを見ても、収納を見ても、デスクの下にも、何処にもいない。
「居ない……どこにも……そっか、そうだよね。あんなおかしな出来事、現実的に考えて有り得ない。あんな幻覚を三日も見るなんて、とうとうおかしくなっちゃったのかな……」
肩を落として、力なくその場にへたり込んだ。
やっと、何か、得られた気がした。何かを壊す事しか出来なかった人生で、ようやく私にも”何かをするチャンス”が巡って来たと、そう思ったんだ。
それらは、蒙昧にして卑しい私の妄想に過ぎなかった。
罰が、当たったのかな。
生きる意味を、自分で作るのではなく他人に求め、依存したから。
あの子を助けたその行為と、面倒を見る事によって、悦に浸ろうとした罰。でも、私にだって言い分はある。
私は只、酒寄彩葉にも意味があったって言いたかっただけなんだ。誰にも愛されなくていいから、せめて誰かを救ったという結果によって、確かな自分を欲した。
それは、そんなに馬鹿で、責められるような悪い願いだったのかな。
「もう、分かんない……」
それでも、泣きたいのに、泣けない。
あるべき熱を失ったように、死んでしまった器官は僅かながらも、感情の雫をこぼすのを許さない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ―――
「ここに居るよ~」
キイっと音が鳴って、台所下の戸棚が空いてそこから少女が現れた。
悪ふざけのつもりだったのだろうか、戸棚から這い出て、からからと笑いながらそういう少女に、私は体の力がドッと抜ける感覚がした。
「いやぁ、こういう狭い場所って案外落ち着く……え?ど、どうしたの?」
少女もそんな私の様子から何かを感じたのか、すぐに心配そうに私に駆け寄ってきた。
「えっと、大丈夫?お腹痛いの?それとも……どっか苦しい?」
覗き込んでくる表情は、心の底から私の身を案じているようだった。
そんな彼女に私は口を噤んで、目を逸らして、何事もなかったかのように立ち上がった。
「……ううん。何でもない」
嗚呼、嫌いだな。
なんで、心配してくれてるのにこういう反応しか返せないんだろう。ありがとう、とか、もっと色々あるだろうになんだよ”何でもない”って、そんな反応されたら向こうだって困るだろ。
そもそも―――
「そっか!何でもないならヨシ!良かったぁ……彩葉が苦しそうにしてたら、わたしもヤだからさ」
「………」
少女は、笑っていた。
何事もなかったかのように、一秒前の心配すらなかったかのように、私の無事を喜んでいる。こういう時、大抵の人は何か言いたそうにしながらも”大丈夫ならいいよ”とか言って、引き下がる。
その時の顔が、言葉と一致していない態度が、私は嫌いだった。
そうさせたのは自分だってわかっていながら、そんな事を思う私自身はもっと嫌だった。
しかし、この子のリアクションに裏表はない。
すべてが本物。それらは噓偽りなき、等身大の気持ち。
触ってみると柔らかくて、しばらく私にはご無沙汰だった欲しかったものの一つで、この子は、仮に今の展開で私の言葉に納得いってなかったら、私の気持ちなんてお構いなしに食い下がっただろう。
それが分かって、私は……
「そう……でも、もう台所の下とかに隠れるのはやめてよ」
柄にもなく、嬉しかった。
嬉しい。これが?
ああそっか、こういう感覚だったな。嬉しいって、ずっと忘れていた。
学校に行く準備をする。
持ち物を確認。中でも薬を入れたポーチは一番大事だ。これがないと、本当に死ぬ可能性だってある。
あの子は、タブレットでヤチヨの配信を見ている。これ誰?と聞かれては、月見ヤチヨで設定はどうちゃらこうちゃらと口癖のように返す。
ああ、そうだ。
学校にはこの子を連れていけないから、ご飯作っとかないと……
何がいいかな。
そういやホットケーキミックス残ってるし、パンケーキでいいか。
フライパンと材料を用意して、慣れた手つきで作る。
以前までは節約の為に粉と水のパンケーキという、超画期的な節約料理を食べていたのだが、様子を見にきた兄に見つかってめちゃくちゃ怒られたので、今は作るにしても普通に材料を用意している。
と、考えながら作っている間に完成し、時間もちょうど家を出る頃合いだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「ええー!どこいくの!?」
「学校。日本の女子高生は、毎日そこに通わなきゃいけないの。言っとくけど連れてけないよ」
そう言うと、少女は私の手を引っ張って駄々をこねた。
「ヤああ!一緒居て!」
やかましい。
うるさいし頭に響く。
でも、そういう後先考えず自分勝手に言葉を吐いてくれた方が、今の私にとっては居心地良く感じるから不思議だ。周りから気を遣われ過ぎて、その方が嫌になったのは否めないが……
「無理。学校休めない」
しかし、無理なものは無理だ。
私の体の事を考えれば、確かに一日二日休むくらい誰も文句を言わないだろう。けれど、それをするとまるで、私がこの人生を壊し尽くした病気を肯定しているみたいで、そんな事を想像するだけで吐き気がする。
「なんで?学校ってそんなに大事なの?」
大事……か。
どうなんだろうな。
別に、通わないのが嫌なだけで、その場所にそこまでの未練があるかというと難しい。芦花や真実といった親友に会える時間は大切だけど、逆に言えばそれだけだ。
「……どうだろうね。大事……では、ないと思う」
「じゃあ―――」
「でも、休みたくない」
スッと、少女が黙った。
これは私の意地みたいなものだ。とうの昔に諦めた癖に、だからといって病気に負けるのも嫌だって言うささやかな抵抗。
それを辞めた瞬間、私は人ではない何かに落ちるような気がして、怖い。
「……ごめん。パンケーキは作っといたし、ゲームもあるやつなら好きにしていいから、おとなしく留守番してて……」
そう言って少女の手を解いて、家を出る。
最後に「あっ」という声が聞こえたのも、聞いてないふりをして、私は行きたいのかどうかも分からない学校へ、進みたくもない通学路を歩いた。
✧・゚: *✧・゚:*
その日の放課後は、あの子のことが心配で早々に帰ろうと思ったけど、その前に芦花と真実に捕まった。
そう言えば、二人がテスト勉強のお礼にパンケーキを奢ってくれるというので、約束していたのを思い出して、ドタキャンする訳にも行かず二人と共に学校を出る。
「彩葉は進路どうするの?」
ふいに、芦花がそんな事を聞いてきた。
「進路?いや、まだ何も考えてないけど……」
考えるつもりがない……訳ではないとは、思う。
余命宣告を受け、高校卒業までが山場だとは伝えられたが、それを乗り越えれば十年二十年と元気に生きられる可能性だってある。
仮にそうなった時、遊び惚けていて何もできていませんでしたでは困るので、勉強だって体育以外はオール10評価を貰えるくらいにはしている。
「やっぱ音楽系とか?それともプロゲーマーとか?」
真実の問いに私は首を横に振る。
「いやいや……私なんかにはそんな、無理だって」
「え~、でも……この前もランクマッチで配信中にプロ倒してたじゃん」
彼女が言う通り、私がやっているゲーム。仮想空間ツクヨミで圧倒的人気を博しているPVPゲーム『KASSEN』における私の実力は、野良試合においてはプロにも通用している。
野良試合の時点であまり指標にはならないが、実力自体はそれなりであるとは思う。
とはいえ、勉強とバイト以外の時間を全部それに当ててたら、そりゃ多少は上手くて当たり前だとしか思わない。
「色々と、中途半端には出来るんだけどね。どうも、何かに必死に打ち込もうとはまだ思えないんだよね」
「あ~、わかる。そういうのある人は羨ましいけど、まだよくわかんないよね」
第一、こんなすぐ死ぬ人間に夢とかないだろうって話だ。
強いて言うなら、生き残ることがそれに当たるのかな。
けどこれも、ちょっと違和感があって、今の私は別にそこまで必死になってまで生きたいとは思っていないのだ。
死にたくないとは、流石に思う。
しかしそれは、生きたいという願いと同義ではない。
死にたくないと、生きたいには、とても大きな差がある。
どうにでもなれ。これが一番しっくりくる。
「……彩葉。大丈夫?」
そこで、芦花が聞いてきた。心配そうな顔をしている。
「え?なに、突然……なんかあった?」
「いや……なんか彩葉、最近ずっと……苦しそう?っていうのかな。無理してる感じがして……」
驚いた。
学校ではうまく隠せているつもりだったけど、芦花はその片鱗を感じ取っているようだ。真実も頷いている所を見るに、この二人にはバレかけている。
「気のせいだよ。ちょっと疲れてるのは事実だけど、それだけ……」
癖付いた語り口で誤魔化すと、芦花は顔を曇らせた。
なんでそんな顔をするんだろう。心配かけたくなくて吐いた言葉は、より親友の顔を曇らせている。
「そっか……それなら、いいんだけどさ」
言いたい事を飲み込んだようだ。
分かるよ。そう言う人を何度も見てきた。そういう所を見る度に、言いたい事があるなら言えばいいのにって思って、勝手に落胆している自分が居る。
「ま、まあまあ二人とも!そんな顔してたら、これから食べるパンケーキが美味しくなくなっちゃうよ?ほら、笑顔でいこー!」
真実が雰囲気を盛り上げようと空元気を放って、私はそれに便乗して笑顔を作る。
そこでぱたりと区切って、別の話に移った。なんとなく、三人の間で、その話題にはもう触れないでおこうという不文律が出来たような気がする。
そのまま二人に連れられて向かったカフェは、モダンな街並みに馴染んだおしゃれな店構えをしていた。
真新しく、客も程良く入っていて雰囲気がいい。
話題になるのも頷ける。
柄にもなくちょっと楽しみになりながら、店内に入った。その時だった。
「んっ……」
ズキリと胸に走った。
鼓動が鮮明になっていく、体全体から血の気がひいて、指先から温度が失せていくこの感覚は、この数年間私を苦しめ続けた発作の予兆で間違いない。
「ごめん、二人とも……先に席ついてて」
「え?彩葉?」
慌ててそう言って、私はお手洗いの方へ向かう。
ついで、心臓を掴まれるような激痛が体を蝕む。
早く早くと、運よく空いてた個室に入って、バッグを開き薬が入っているポーチを取り出して痛み止めの錠剤を口に放り込み、ペットボトルの水を飲む。
「うぅ……ふ、ヒュー……はぁ……」
胸を撫でて、深呼吸を繰り返す。
薬は痛みを即座に抑えるような即効性があるものじゃなく、徐々に沈めていくようなものだ。すでに発作が始まり、発現した痛みが引くにはそれなりの時間がかかる。
だからこそ、本来なら発作が出るのを感じた時点ですぐにでも薬を飲むべきなのだ。
「……何度、経験しても、慣れないな……」
今回はまだ、そこまで時間がかからなかったからマシな方だけど、学校で出た時は場合によってはもっと酷い思いをする。
そうやって苦しい思いをしても、自ら一人になることを選んでいる以上は誰も助けてはくれない。
そうやって一人で痛みに耐えるのは、どんなに長い間この病気と向き合ってきても、辛い。
「……良かった。おさまってきた」
額に滲んだ汗をハンカチで拭う。
発作がおさまったのを感じると、ポーチをバッグにしまって二人のもとへ戻る。
「あっ、彩葉ー!こっちこっち」
フロアに出るとテーブル席の一角から真実が手を振っているのが見えて、私は微笑みを浮かべる。
「ごめん、二人とも……席取るの任せちゃって」
「いいのいいの。それくらいお安い御用ですって!ねっ、芦花」
「うん。彩葉には普段から沢山お世話になってるし、今日だって、この前のテスト対策のお礼だからね」
そんな二人に心の中でもう一度お礼を言って、席に着く。
やっぱり、この二人には病気のことを知られたくない。もし知られてしまえば、二人は優しいからきっと今まで以上に気を遣ってくれるだろうし、何かあった時は助けてくれる。
だけどそれは、私達の関係が、これまで通りではなくなることを意味している。
それが、私には耐えられない。
ワガママかもしれないけど、私は”今の形”がいいのだ。
二人の接し方が変わってしまうのだけは、絶対に嫌だ。
「彩葉は何にする?」
「んー、私は……」
なにより、二人にそんな重荷を背負わせたくない。
高校さえ卒業してしまえば、例え連絡が付かなくなっても疎遠になったという程度で済ませられるし、二人もそこまで気にしないだろう。
二人が、私の事を忘れてしまってもいい。
だからせめて、今だけはこのままで居させてください。
「彩葉ノートで赤点回避記念!」
「ご査収くださ~い」
「あ、ありがとう」
目の前には、キラキラとしたオーラを纏う美味しそうなパンケーキが置かれている。
これ一つで高校生からしたらそれなりのお値段なのに、当然のように奢ってくれる二人に、私はほんのりと淡い微笑みを浮かべる。
いつもなら、食べることに楽しみなんて見出せないけど、今日ばかりは違うかもしれない。
「いただきま……」
お礼の品にありつこうとしたその時、横から伸びて来た手に握られていたフォークが一番上のトッピングが一番豪華に盛られた生地を掠め取った。
「はぐ……むぐむぐ……んまぁ!」
反射的に顔を横に向けると、そこにはここに居るはずのない少女が居た。
✧・゚: *✧・゚:*
少女、改め……かぐや。
友達とのひと時に現れた闖入者である彼女を連れて、私は二人に謝って店を出てひとけのない所まで来た。
その間も、上機嫌に色々喋っているかぐやに、私は立ち止まってゆるりと目を向けた。
「……なんで、ここに居んの?」
それだけ聞くと、かぐやはふてくされた顔で言った。
「だって、つまんなかったんだもん」
つまんなかった。
そりゃそうか。あんな狭い部屋で、パンケーキとゲームだけ与えられても、退屈なのは当たり前だ。お留守番しておいて、とは言ったけど、別にかぐやはそれに頷いた訳じゃない。
私から一方的に押し込めただけだ。
そもそも、彼女を拾ったのは私のエゴであり、私の責任だ。
蔑ろにした私に非はあれど、かぐやを責める権利なんてありはしない。
「そっか……そりゃそうだよね。ごめん」
息を吐く。
きっしょいなぁ、私って人間は……
自分がいかに至らぬ人間であるかを自覚して、肩を落とした私。そんな姿をどう受け取ったのか、かぐやはこう言った。
「……怒んないの?」
「は?怒る?なんで?」
本当に意味が分からなかった。
客観的に見て、かぐやに悪い所があったようには思えない。危ないから家で待っておいてと言ったのはそうだが、抜け出した彼女の言い分を考えれば、その辺もちゃんとしなかった私のせいだ。
「言いつけ、破ったから」
「言いつけって……それは、ただ私から一方的に言っただけの事で、あんたには別に守る義務なんて無いでしょ」
この子は何が言いたいのだろうか。
退屈だったから家を抜け出して、怒られないならそれでいいじゃないか。
「でも、かぐや……家に転がり込んで、世話になってるから……」
「それくらいは聞くべきって?そう思うなら家で待ってて欲しかったけど……でも、転がり込んだって言うのは違う。あんたを受け入れたのは、私の責任。それは、あんたが後ろめたく思う事じゃないよ」
そこで、私はこの子が何を考えているのか何となく察した。
なるほど、これは怒られることをしたと思ったのに、怒られなかったときの子供のそれだ。子供だって罪悪感は感じるし、短くはあるが善悪のものさしはある。
悪い事をしたら、怒られる。では、怒られないとモヤモヤが残って、こうしてちぐはぐな事を言う訳だ。
そう思うと、案外目の前の欲深怪獣も可愛らしい小娘に見えてくる。
「……そんな顔しないでよ」
言って、かぐやの頭をなでる。
初めて、人の頭を撫でた。こんな感じなんだなって、場違いな感想を抱く。
「私は、あんたが悪い事をしたならちゃんとダメって言うし、本心を偽ることが……無いとは言わないけど、少なくとも今言ったことは全部本当だよ。かぐやにも、かぐやの考え方があるのは分かる。自分の心との向き合い方なんて、他人に説けるほど大人じゃないけどさ」
ああ、ダメだ。
こんな事を言ったら、いつか取り返しのつかない事になる。そう分かっていながら、私は目を伏せて言った。
「私の言葉は、私の心として、ちゃんと聞いてそのままに受け取って欲しい」
どの口が、本当にどの口が言うんだ。
誰の心も受け取らず、誰にも心を見せて来なかった私がそれを言うのか。傲慢、恥知らず、最低だ。それでもこの子を相手に、いつもみたいにていのいい誤魔化しをするのは、無理だった。
「……彩葉は、優しいね」
「冗談。全然、そんなことないよ」
優しいなんて、私には過ぎた評価だ。
これはそんな高尚な精神ではなく、自分勝手なだけだ。他人への距離の置き方を、優しさと捉えられるのはあまり気分の良い物じゃない。
しかしどうやら、かぐやの起こした波乱はここに留まらないらしい。
私がいつもの自己嫌悪に心の中でため息を付いていると、その隙を見てかぐやがコンタクトレンズ型のデバイスを突き出した。
「ねえ、彩葉。これどうやって使うの?」
「スマコン?私の持ってきたの?」
確かに部屋にあるものは何でも使っていいとは言ったが……
流石に人のスマコンを使うのは衛生的にもやめて欲しくはある。だが、そんな心配がまさしく見当違いであることを一秒後の私は知る。
「ううん、彩葉のPCで買った」
ほう……?
ささっと神速でスマホを取り出して、ウォレットを確認する。そこには脅威の十万円越えの前日比、請求元を見ると某通販サイトとスーパーが表示されている。
なるほど、そう来たか。
いやぁ、そう来たか。
ふむふむ、そう来たか。
「…………」
別に、何か目的があって貯めてたわけじゃない。
習慣的に、そうしていただけだ。生活費をバイト代から払っているとは言っても、節約すれば月のうちに無理なく幾らか貯めることは出来る。
とは言え、思う所がない訳ではなく、これは私が文字通り命を削って稼いだお金だ。
悲しい、のかな。
しかし、お金を貯めた所で果たして、私はどうしたかったのだろう。きっと、私の性格的に死ぬまでに使い切ることがないお金だ。
それなら、この子の散財に消えたとしてもそれは、良いか悪いかで言えば悪いが、目くじらを立てるほど感情的にはなれない。
生活費は別口に入れてあるし、そっちが困窮する事もない。
「……あのさ」
でも、ここで何も言わないとそれこそ彼女の為にならない。
だから、私は至って平坦でありながら、真面目な声で彼女に言った。
「これは、本当にダメだよ。絶対に……」