余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
さあ、カーテンコールの後をご鑑賞あれ。
第1話:彩葉お帰りパーティー‼
歌が聞こえてきた。
私がかぐやに贈った曲。この音楽と一緒に、明るい未来を描きどこまでも歩いていって欲しいという願いを込め、同時に『私の本音』を宿したたった一つのオリジン。
――昨日の続き。
何もない暗闇の空間で揺らめく意識。遠いの微睡みの中でも、
――夢見たかった。
あぁ、この部分……懐かしいな、そういえば書き直したんだっけ。かぐやがくれた歌詞では『喋りたかった』だったけど、決戦ライブの本番前にかぐやと話し合って、この歌詞にしたんだ。
こっちの方が、私とかぐやらしいかなって。
――本音を聞かせて。
本音、か。言えなかったこと、結構あるんだよね。大切なことは遺言書にしっかり書いたけど、私の想いは便せん一枚で綴り切れるほど小さなものじゃないから。
――ただ叶えてみたい、から……
願いは決まってる。
かぐやとヤチヨ、二人と永遠に一緒に居たい。
光と一緒に歌声と青い景色が溢れてくる。あの日の続きはどんな色をしてるんだろう。見たい。見たいよ。そこに、私も行きたい。
皆と笑い合って、泣いて、苦しむことがあっても、戦う事があっても、その全部を大切にしながら――――生きていきたい。
――この、一瞬を最高のパーティーにしよう。
光の五線譜が私の意識を包み『こっちだよ』って道を示してくれる。誰かが『行ってこい』『走れ』と背中を押してくれる。
走った。暗闇に包まれた道でも迷うことはない。ずっと先に標たる光があるから。
やがて終端が見える。七色に輝く電柱があって、その扉を勢い任せに打ち破った。
✧・゚: *✧・゚:*
「ん……」
――えっ、嘘。
意識がある。人として何千回と当たり前に繰り返した覚醒するという動作。
同時に私には二度と訪れるはずのない朝。
確かに訪れたはずの結末を覚えている私はただひたすらに困惑した。
けれど、体を起こして周囲を見回すと、そこに……私が生涯をかけて愛した二人が居た。
「かぐや……ヤチヨ?」
声が出る。名前を呼べる。
また呼べた。
白衣を着ているかぐや。背格好や顔立ちはあの日のままなのに、ちょっと大人っぽくなったかぐや。
綺麗だなぁ。なんてのんきに思っていると、かぐやは手に持っていたタブレットとか何もかもを放り出して飛びついてきた。
「いろは?……いろは……いろは……なの?あ、あぁ……やっと……あぁぁ……ぁ、うぁ、ああああああぁぁぁああ!」
胸に顔を埋め、堰を切ったように大泣きするかぐや。
そんな彼女を頭を撫でながらヤチヨを見ると、彼女もまた感極まったかのように口元を手で覆い肩を震わせていた。
「ふふっ、泣きすぎ……また壁ドンされても知らないよ」
もっとも、こんないかにもハイテクっぽい研究施設らしき場所に、壁ドンしてくる隣人が居るとは思えないが……
この子と出会ったあの日のように優しく撫でる。
時間の経過を肌で感じる。
人とも容姿は変わってないのに、雰囲気は目に見えて分かるくらい変わっているから。
あの日の続き。
そこに辿り着いた意味を私は正確に理解する。
――そっか……かぐや、本当に諦めなかったんだ。
遺言書に綴ったことは、どうやら本当に実現してしまったらしい。今の私って多分普通の人間じゃないよね。
電子生命体?
かぐやとヤチヨと同じ月人ってやつなのかな。
いや、今はそんなことどっちでもいいか。
だって、かぐやを見てよ。こんなにも可愛い。それだけで良いんだ。
「やっと、ここまで来れた……」
やがて、顔を上げたかぐやは私の手に頬づりして、ニンマリ笑った。
「おかえり、彩葉」
長旅を終えた勇者のような穏やかさで、かぐやはそう言った。
「ただいま、かぐや」
私も答えた。ここまで頑張ってくれた二人に、ありったけの愛と感謝を込めて。
■
帰って来たって言うとイマイチぴんとこない。
何せ、私からすれば最後の瞬間を迎え次に目を覚ましたら寝台の上だった訳で、言わば眠りから覚めたようなもの。
その間に何か夢をみたような感じはするけど、あくまで夢であるからかあまり思い出せない。
だから、経過した時間をかぐやから聞かされた時は流石に驚いた。
現在は西暦二〇四六年、わたしが死んでからちょうど十五年が経っているらしい。
十五年……十五年だ。
そんなにも長い間、わたしはずっと眠っていた。一回死んでいるのだから当たり前だし、むしろこうして再び目を開くことができた事が奇跡なんだ。
それでも思ってしまう。
皆、元気にしてるかなって。
月人であるかぐやですらここまで変わったんだ。きっと、大切な人達はもっと変わってるはずで……
――五月二十日。
目覚めてから一週間と少しの時間が経過したその日が、私が十五年ぶりに外へ出れる最初の日となった。
最初の一週間は……体と人格の適合に関する細かい調整に加えて、しっかりと体を馴染ませる為のリハビリ。
不測の事態があった際すぐに対応できるように、どうしても研究所から出るわけにはいかず、外部の人間との面会もできなかった。
ようやく今日、私は『月見研究所』の敷地から外へ出て、お天道様を直に拝むことができた。
「調子はどう?彩葉」
「うん……大丈夫。かぐやが念入り過ぎるってくらい完璧に調整してくれたからね」
「そっか、良かった……じゃあ、そろそろ帰ろっか。わたし達の家に……」
右にはかぐや、左にはヤチヨ。
三人で並んで家路を辿る。
それは、私からしても感慨深い。死ぬ前は、結局入院してから最期まで一度も帰ることが出来なかった。
帰りたかった。またあの家で三人で過ごしたかった。
それがようやく叶う。
まさか十五年もかかるなんて思わなかったけど……
さて、家につくまでの間にざっくりではあるが『かぐや達の話』をしよう。
私が死んだ後、かぐやはすぐに私を甦らせるために動き始めた。
戸籍などはヤチヨの助けを借りて『月見かぐや』の名前を得ると、高卒資格を取って大学へ。
そこから院を経て二人で”月見研究所”を設立。かぐやはそこの所長になった。
月人の超スペックな頭脳によって、瞬く間に義体研究を進める。
実際、最初の八年でヤチヨの体を作るのには成功したと言っていた。
けれど、ここからが長かったらしい。
詳しくなにがあったかは教えてくれなかったけど、私の義体を作るのはそれはもう難航したと。
かぐやだけじゃない。
芦花も、真実も、お兄ちゃんも――
それぞれ自分達の道を歩んでいる。
どういう感じになったかは、本人達に会って直接聞くように勧められ私も頷いた。
今歩いているのも立川市内であり、全体的には見慣れた景色だけれど、やはりどことなく変わっている。
ふと見ると記憶の中の景色から、パズルのピースが欠けたみたいに店や建物が消えていたりするのだ。
それら一つひとつは小さな変化でも、街の空気は否応なく私が生きてた頃とは変わっていて、まるで自分だけが過去の世界に取り残されているように感じてしまう。
「街……結構変わったね。まるで浦島太郎だ」
「そだね~。無くなった建物もあれば新しくできたものもあるし、ヤッチョ達からすれば、そういうのは時間を経て緩やかに変わってきたものなんだけど……彩葉からすれば、突然何もかもが変わっちゃったように見えちゃうよね」
十五年居なかっただけでここまで変わってしまう。
街がこんなに変わってるなら、皆だってきっと……
「大丈夫だよ、彩葉」
ふと、かぐやが手を握ってくれる。
「皆、ちゃんと覚えてるよ。あの頃のことは、少しも忘れてない。例え世界が彩葉を置いていっても、わたし達は絶対に置いてかない。一緒に行くって、約束したもんね」
「……そうだね。こんな事でナーバスになってても仕方ないか」
高校生の頃のまま、完璧に再現された義体。
爪先から指先に至るまで違和感がなくて、作り物っぽさが欠片もないが故に今もここで生きているように感じてしまう。
だけど、それは違う。
私は一度死んだ。人としての生を終え、酒寄彩葉は確かにあの日――この世界から居なくなったんだ。
ここに居るのは、私でない”私”。
無論、偽物やコピーだなんて言うつもりはない。さっきの言葉と矛盾するようだが、例え人でなしになろうと私は私だ。
私のことを『誰でもない酒寄彩葉』だと言ってくれたヤチヨの言葉も、『またね』と言ってくれたかぐやの想いも、ちゃんと胸の中にある。
今の私に大事なのは、受け入れる覚悟だ。
もしそれが出来なければ、かぐやは自分の行いを一生責め続けることになる。この世に再び、私という故人を降ろしてしまった罪と一緒に。
そんなの嫌だ。
ムカつく。
それならいっそのこと――
笑ってやるのさ。
「まっ、幸いなことに空の色も風の涼しさも一緒だしね。はぁ~、十五年ぶりの春風きもちい」
肌を撫でる風の独特な匂い。
そこに感じる心地よさは何も変わってない。
この身に病巣はなく、理不尽な発作に苦しむことはない。
体が軽い。それはまるで、ツクヨミで私の魂を受けれ入れてくれた『狐少女』の体のよう。
「体感だと二週間ぶりなんじゃないの?」
「気分だよ気分。懐かしいって感じがするの」
時の進みを感じると、気分の上でも帰って来たって感覚になる。
プラスもマイナスもないまっさらなゼロを抱いて、息を吸って吐いてってすれば……ほら、穏やかな気持ちになれるでしょ。
研究所から歩いて三十分ほどすると、見覚えのある建物が見えてきた。
かぐやと私が住んでいたタワーマンションだ。
足を止めて「まだ……あそこに住んでるんだね」と言うと、かぐやはにんまり笑って「帰りたいっていう願い……叶えたかったからさ」と返した。
そうだ。帰りたくて仕方が無かった。
病室で毎日、叶いもしないのに、かぐやを困らせるだけって分かってるのに「
十五年ぶりの成就。
それを叶えてくれたのはやっぱりかぐやだった。
綺麗なエントランスに清潔感のある廊下。
エレベーターに乗って階を上がっていくと緊張してくる。
家に帰るだけ、なにもおかしいことじゃない。
嬉しい事じゃないか。
それなのに、こうもソワソワしてしまうのはさっきかぐやが言った言葉が原因である。
『今日はみんな家に居るんだよ?彩葉のお帰りパーティーやろうって話になってね!』
なんと総出のお出迎えらしい。
いやいや待て待て、心の準備ができてない。
だって私、故人だよ。
十五年前に死んだ小娘。
そんな人が今になって現れて、どんなことになるかなんて想像もつかない。
「緊張してるね~、彩葉」
「そりゃそうだよ……どんな顔して会えばいいのかなんて、分からないし……」
遂に玄関の前まで来てしまって、かぐやは鍵をあけると私を一瞥した。
こんな時まで私を案じ、私に合わせてくれる。
あの花火大会の日に、私の手を引いてエスコートしてくれたみたいに。
――覚悟……は、なんか違うか。
首肯すると、かぐやは微笑んで扉を開いた。
そこには、十五年前と全然変わってない玄関からリビングにかけての廊下があって、一歩足を踏み入れれば親しみある香りが身を包む。
涙腺が熱くなる。
でも、まだ……泣いちゃダメ。
「ずっと、言いたかったんだ」
かぐやとヤチヨは先に家に上がると言った。
「「おかえり、彩葉!」」
そう言われて初めて、ようやく帰って来たんだって思えた。
またここに居られる。当たり前のように日常を紡いで行ける。その時、びりびりに破れちゃったはずの未来予想図が継がれて元通りになった。
「ただいま……!」
満面の笑みで答えた。
靴を脱いで床に素足をつくと、なんとも形容し難い感慨が溢れ出てくる。
廊下を一歩ずつ進みリビングと廊下を隔てる扉がそこにはあって、その先にはきっと私を待っている人達が居る。
今度こそ迷わずに、私自身の意思と手によって開く。
きいっと音が鳴って、そこにはこれまた見慣れたリビング。
けど、今日はちょっと狭苦しかった。
何故ならそこには私の知る大切な人達が居たから。
彼、彼女たちの視線が一斉にこっちを向いた。
立派な大人、それでも一目でわかった。
芦花、真実、お兄ちゃん……
――嗚呼……ほんとに、みんなだ。
「……彩葉、なの?」
目を見開き潤ませて、おずおずと芦花が歩み寄ってくる。
私の親友は十五年の時を経てとても綺麗になっていた。
[b:「えっと……久しぶり、っていえばいいのかな。綺麗になったね、芦花」]
「っ、彩葉!」
そんな彼女を直視しているのがちょっぴり恥ずかしくて頬をかくと、体が温かな感触に包まれた。痛いくらいに抱きしめられる。
耐えるような嗚咽から、子供みたいな泣き声に。
大泣きする芦花を見るのなんて初めてで、私は戸惑いながらも抱きしめ返す。
そうしていると、真実やお兄ちゃんもこっちに来る。
二人とも上手く笑い切れないような、独特な微笑みを浮かべている。変なの、そういう顔する人達じゃなかったでしょうに。
「ほんまに、帰って来るなんてな……かぐやちゃんがめちゃくちゃ頑張ってて、俺らもそれを信じて待ってたからさ。色々、言う事とか考えてたのによ……」
大人になったお兄ちゃんは、在りし日のお父さんにとても似ていた。
こういう感じになるんだ。
年齢は三十代後半のはずなのに、見た目は二十後半くらいに若々しく見えるのは流石だけど。
「彩葉ぁぁぁあああ゛ーー!」
「わわっ、真実!?」
たまらないといった様子で真実も抱き着いてきた。
「うわぁぁぁああん!彩葉だ、本当に彩葉だぁ……」
湿っぽい雰囲気を吹き飛ばすような号泣。
ぺたぺたと顔を触って、その姿に、なんだかこっちまで泣けてきて。
そこで気付いた。
私が残していった人達が、この十五年どんな思いで過ごしてきたのか……
こんなに時間が経っても忘れずに居てくれるくらいに、愛されていたことを……
彼女達が思い描いていたはずの未来、一緒に居たいと思っていただろう場所で、その隣にはいつも私だけが居なくて。
卒業式とか、成人式とか、色々と……あったはずなんだ。
「ごめん……みんな……置いてって、ごめんね……」
過ぎ去った昔日は決して取り戻せない。
ずっと実感が無かった。
私が死ぬことで、私を大切に思ってくれる人達が泣いてくれることくらいは分かっていたんだけど、それがどれだけ痛くて悲しいことなのかって事が……
極論を言えば、私自身の悲しみは『あの時』をもって一度終わっている。
けれど、残された人達の苦しみは永遠に続く。
終わってくれないんだ。
何かある度に、そこに酒寄彩葉も居たらって思い浮かべることになる。
十五年。
それだけの時間を経て、ようやく分かった。
死ぬってどういうことなのか――
✧・゚: *✧・゚:*
感動の再会の後、始まったお帰りパーティー。
そこで私は――
「はぁあ……久しぶりの彩葉サイコー。可愛すぎるぅ」
「本当にあの頃のままじゃん。どれだけ時間が経っても綺麗すぎ」
「あははっ」
両隣に座った芦花と真実に撫でられ続けていた。
二人とも綺麗で美しい大人の女性になっていて、片や私は高校二年の時の姿なものだから、捉えようによっては姪を可愛がる親類である。
「ほら彩葉、こっちのケーキ。凄く美味しいお店のやつでね。食べさせてあげる」
「あー!芦花ずるい!」
その二人の間でこじんまりと。
やられてる当人は恥ずかしくて仕方がないけど、これまでの二人の悲しみを思えば甘んじて受け入れる他ない。
私を愛でるくらいで少しでも癒されるなら、むしろ本望だ。
今は耐え……なんて思っていると。
「こらこら、二人とも……気持ちは痛いくらい分かるけど、彩葉が困っちゃってるよ?」
ヤチヨが助け舟を出してくれた。
こういう事を思うのは良くないと分かりつつも、ナイスと心の中でサムズアップを送ってしまう。
「あっ、ごめん、彩葉。ついはしゃいじゃって……」
「ごめんねぇ、彩葉……」
「ううん、それだけ二人が私の事を大切にしてくれてるって事だし……ちょっと恥ずかしいのはそうだけど、迷惑だなんて思ってないよ」
真実に関しては昔もこんなノリだったしな。
二人とも、ある程度触れ合ったことで一先ず満足したのか私を捕えていた腕を離す。
「また今度、三人で遊ぼうよ。昔みたいに……さ」
「……うん!」
「約束だよ!」
ソファーから立ち上がってそう言うと、二人は笑顔で頷いてくれた。
――さてと、そろそろ構ってやるとしますか。
上から目線なのはご愛嬌。私はテーブルの方でかぐやと晩酌を決め込んでる兄のところへ行く。
「それでさー。あっ、彩葉!」
「お、あっちはもういいのか?」
「うん、一先ずね。そっちは楽しんでる?」
軽い調子でのやり取り。
他の誰とも違う兄妹ならではの距離感。
「おうよ。かぐやちゃんと酒を飲めるなんて贅沢……!楽しくないわけないだろ?」
「お兄ちゃん、まだその感じ変わってないんだ……」
変わらないと言えば安心ではあるのかな。
十五年経ってもかぐや推しは健在なようだ。
まあ私も、ヤチヨの正体を知った後も新しく芽生えた愛情とは別に、推しとしての感情は変わらなかったから気持ちは分かるけど。
「朝日ってばずっとこれなんだよ~。ホント凄いよね」
「まあな、かぐや道じゃ誰にも負けない自信がある」
無理してる感じでもない。
本当に今を楽しんでるって感じの兄を見て胸をなでおろす。
兄はいつも私の病気について、自分のことを責めていた。だから、私が死んだ後のことを思うと心配で仕方が無かったんだ。
「そっか……なんか安心したよ。お兄ちゃん、変なところで思い詰める所あるからさ」
言うと、兄はまるでお父さんがしていたみたいな笑みを浮かべてこう返す。
「まあ、な。そりゃ荒れた時期もあったけど……かぐやちゃんが彩葉を取り戻す為に頑張ってるの見たら……いつか帰ってきたお前に、顔向けできない俺では居たくなかったんだ」
生きていた頃に何度も見た兄としての顔。
一回死んだって私がこの人の妹であるということは変わらないらしい。
「ふふっ、いつまで経っても兄貴面」
「何十年経っても、俺はお前のお兄ちゃんだからな」
にっと笑う。
背丈も容姿も変わった癖に、こういうとこだけ一緒なのはずるい。
でも、今ならいいかと思って、気になっていたことを訊いた。
「お兄ちゃん、ね……じゃあ、お母さんは?」
そう、今日この場に居ない人。
お母さんの姿が見えないのだ。理由はなんとなく予想がつくけど、それでもちゃんと聞いてみたかった。
「あの人は……元気には、してねぇな。このパーティーも誘いはしたけど『私が行ったら空気が悪くなるだろうから』って断られたよ。そういうとこ、ほんと変わってねぇの」
「あー、なんか想像つく」
さっき兄が言った通りに合わせる顔がないとでも思っているのだろう。
母は、きっと私が死んだのは自分のせいだと思っている。
一面を切り取ればその通りだし、私も別にそれを否定するつもりはない。
だからって、その当人が生き返ってもまだ気にして会いに来ないのは、なんとも困った性分だと思う。
「彩葉があの人の事を恨んでないなら……悪いけど、そっちから会いに行ってやってくれ。そん時は俺も一緒に行くからさ」
「分かってる。かぐやとヤチヨも連れて……近いうちにね」
生前も含めて、東京に越してきてからはお盆や正月も一度も帰省してないし、そろそろ里帰りするのも悪くないだろう。
久しぶりに故郷の景色も見ておきたい。
今なら、あの場所に対して『帰る』と言葉にする事もできる。
何より病気という枷が無くなった今なら、どこへだって行けるんだから。
「……なんか、湿っぽい雰囲気になっちゃったね。よし、この話はここで一旦おしまい。ねえ、お兄ちゃん。久しぶりにゲームしようよ」
「いいぞ。この十五年で新作も沢山出たし、ハードも新しくなったからな。オススメを教えてやるよ」
「マジ?いいねー、早速やろ!」
「よっしゃ!コントローラーを取りな、妹よ」
傍らから「食器とかの片付け終わったらかぐやもやるー!」とかぐやが手を挙げている。
すぐに参戦したいだろうに、私と兄に二人の時間を作ろうという気遣いに心の中で感謝して、私は兄と一緒にテレビの前に陣取る。
「えっ、なにこのハード!?かっこよ」
「だろ?仮想空間と接続する機能もあって、これ一個あればKASSENもできるんだ」
一応これでも廃人ゲーマーとしての自覚がある私としては、十五年で進化したゲームハードなんて興奮しないわけがない。
デザインがかっこよくなったコントローラーを兄から受け取って、起動したのは古き良きシリーズ物の対戦ゲームだ。
「トレモは?」
「いい。やりながら覚える」
あぐらをかいてクッションの上に座ると、隣りから突き出された拳に私も応じて拳を合わせる。
「えっ?キツネ先生と帝様のゲーム対決じゃん!」
「配信したら万バズ間違いなしだね~」
芦花や真実、ヤチヨも観衆として集まり始める。
今でもその恥ずかしい呼び方が健在なのは抗議したいところだけど、今は目の前の勝負に集中だ。
「なあ、彩葉。そのコントローラーの持ち方、今なんて呼ばれてると思う?」
言われて、私は首を傾げる。
「え、クローとか……モン〇ン持ちじゃないの?」
「違う。KASSEN持ちだ」
「うっそ……これがジェネギャってやつか」
そうだよな。
十五年も経ったら死語も増えてるだろうし、今日日きかない表現や単語が脳内辞典の先頭に登録されてるとそういう事もあるのか。
それに気分を良くしたのか、兄はにやついて言った。
「これでも、十五年間プロとしてやってきたからな。悪いが、全勝させてもらうぜ」
「言ってろ。絶対泣かせてやるから」
対戦開始。
最初こそ操作やシステムの違いに苦戦して、手も足も出ない時間が続いたが、基礎の操作を覚えれば過去作をかなり遊んだ分ある程度は動けるようになる。
スティックをカチャッと弾き、ボタンを正確に入力。
繊細な操作にも義体の指は思い通りについてくる。
こうしてゲームをやってると改めて思うが、この指が人工的に作り出された物だって事に驚きを隠せない。
二時間ほどすれば、そこからは勝って負けての繰り返しだ。
「なにっ!?なんだそのキャラコン!」
「そっちこそなにその理不尽な連携!」
肩肘が力むこの感覚。生きてるって感じだ。
KASSENで遊びまくったあの日々を思い出す。
「次はヤッチョの番ね~。彩葉が相手でも手加減しないよ」
「望むところだよ」
そのうち、交代でローテーションする。
こうして何時間もゲームしてても体調が悪くならない上に、発作も起きない。やばい、天国過ぎる。あの頃もこれだったら、私どんだけ上手くなれたんだろ。
いや……それだとむしろ、あそこまで強くなれなかったか。
非常に癪だけど、私が強くなれたのは病気があったからだ。
強くならざる得なかったとも言える。
けど、今はその強さのお陰でこんなに楽しい。
それよりも――だ。
「いぇーい!またかぐやちゃんの勝ち!ぶいっ!」
「こいつ……なんでこんなに、強くなってんの?」
かぐやに全然勝てない。
この銀髪混じりの金髪娘、十五年の間に腕上げすぎ。研究に掛かり切りだったんじゃないのか。
「まあ……あの頃はアルティメットかぐやちゃんの本領を半分も出せてなかったからね~。今はこの通り、ですから!」
「そのドヤ顔だけは少しも変わってないようで安心したよ」
もうちょい練習したら勝てる自信はあるし、仮想空間での対戦なら負けないだろうけど、それでも今すぐに倒すのは無理そうだ。
恐るべし宇宙人。
そうして、あの頃みたいに皆ではしゃいで笑って――
深夜の三時。
それぞれが帰宅し、私は久しぶりに自室のベランダで風を感じていた。部屋の中では布団でかぐやがスヤスヤと眠っている。
「お疲れ様」
声がかかる。
ヤチヨだ。
「ヤチヨもね」
本当に楽しいパーティーだった。
皆幸せそうで、受け入れてもらえるか少し不安に思っていたのが嘘みたい。
「楽しかったね。パーティー」
そう言うと、ヤチヨは首肯する。
「うん、本当に久しぶり。あんなに楽しい時間は……」
感慨深げに紡がれた”久しぶり”という言葉。その重みはとても無視できるようなものじゃなくて、私はおそるおそる訊ねた。
「……そうなの?かぐやとか、全然変わってない感じで笑ってたけど……」
「そう見えてたなら……多分それは、彩葉が居たからだよ」
言葉を失う。
その言い方じゃ、まるでかぐやがこの十五年全然笑えなかったというようにも聞こえたから。
「かぐやはね。彩葉が戻って来てから、本っ当に……楽しそうに笑ってたんだ。まるで、十五年分の笑顔を取り戻すみたいに……」
それはもはや確定的な言葉だった。
十五年の間にどういう事があったのか、簡潔には伝えられてたけど、どれだけ聞いても詳しくは話してくれなかった。
誤魔化しの笑顔を浮かべてはぐらかすかぐやに、私も強くは追及できなかった。
「この十五年は、表面上は笑っててもどこか寂しそうで……その辛さを埋めるように、無茶ばっかりして……」
ヤチヨはかぐやの事をずっと見ていたはずだ。
私はヤチヨにも遺言書を残したのだけれど、その中には『かぐやの事をお願いします』とも書いたから、彼女はそれを違えず果たしたんだ。
「ヤチヨじゃ、本当の笑顔は引き出せなかった。まあ、ヤチヨ自身も
泣いてるみたいな笑み。
私という人間は、彼女に一体何度そんな顔をさせたのだろう。
言葉を聞くたびに感じる十五年の重み。同時に、共感する事しかできない遠さ。
「それでも……」
言いたかった。
私だから言えることがあるはずなんだ。
「かぐやを支えてきたのは、ヤチヨでしょ」
「っ……」
私が言ってあげなきゃ、誰が言ってあげられるんだ。
お疲れ様。今まで頑張ったね。これは私だけが二人に贈ることのできる言葉だ。
認めてあげて欲しい。かぐやにも、ヤチヨにも、これまでしてきたことや積み上げてきたものを。
――私がここに居るでしょ。
「傲慢に聞こえちゃうかもだけど、かぐやが私の居ない世界で……嘘でも、繕ったものでも笑えてたのなら、それはヤチヨが居たからだよ」
かぐやは『酒寄彩葉の居ない世界』で笑えるような子じゃない。
例えばそれが、未来で必ず再会できるなら話は違うかもしれないけど、この場合はそうじゃない。
本来、死者である私は未来のどこにも居ない。
何もしなければ、絶対に再会は叶わない。居ないんだ。どこを探しても大切な人は……
「ヤチヨは、かぐやの気持ちをちゃんと聞いたの?いや……改めて訊ねなくたって、かぐやは沢山の感謝を伝えてたはずだよ」
「それは……」
かぐやは愛情深い女の子だ。
私に対してもそうだったように、好きな人にはちゃんと好きと言えるし、感謝していれば必ずそれを伝える。
かぐやからしてみれば、辛い時にずっと隣りに居て支えてくれた姉みたいな人に、感謝してないわけがない。
もしもその立ち位置が私だったら――ヤチヨの存在はこれ以上ない救いになっただろうから。
「憐れむ必要なんてない。自分を責めるなんて以ての外……それでも足りないなら、私から言ってあげる」
青色彩の目を見つめて言う。
「今まで、かぐやを支えてくれてありがとう。私、そんな
潤んだ水面から雫がこぼれる。
ヤチヨだって辛かったろうに、しんどかっただろうに、彼女は自分の悲しみを抑えてでもやり切ったんだ。
もう報われていいでしょ。
「ははっ、もう……彩葉には、敵わないなぁ……」
これからは、私が二人を幸せにしたい。
何ができるかは分からないけど、時間なら沢山あるんだから色々と模索していこう。
「ふわぁ……二人とも、ベランダで何話してるの……って、ヤチヨ?え、泣いてるの?大丈夫?」
眠気眼を擦りながら起きたかぐやがベランダに出てきて、ヤチヨを見るとぎょっとして心配そうに寄り添った。
おろおろと手を右往左往とさせて、そんな姿を見てやっぱりと得心する。
――ほら、こんなに愛されてるじゃん。
「彩葉に泣かされた……」
「はっ!?」
ちょっと待ってなんで私なの?
驚いてる間にかぐやがジトっとした目で見てくる。
「彩葉ぁ~、ヤチヨってば泣き虫なんだから手加減してあげてよ」
「泣き虫じゃないし……それで言うなら、かぐやの方がだし……」
「また言ってるよ……かぐやが無理した時に泣きながら『もう休んで』って言ってきたの、かぐや忘れてないからね?」
十五年で築き上げた絆の形。
あまりにも尊い絵に思わず頬が緩んでしまう。
「二人とも……」
呼ぶと、二人がこっちを向いた。
今日は満月だ。
決意を話すならこれ以上のロケーションはない。
「私、決めた」
ただ生き返って『はい終わり』じゃない。私だって、これから色々とやっていきたい。
何をしようとか、将来の夢とか希望とか、そういうのはまだ分からないけど『意思』だけはいつだって確固として決まってる。
「どんなことがあっても、私が二人を幸せにする。二人がしてくれた分だけじゃない。その何倍も、私だって頑張るから」
十五年前だってそう言いたかった。
だけど、言えなかった。
できないから。
今はそうじゃない。私がちゃんと本気になればできる。
「っ~~~!彩葉ぁーー!」
かぐやが抱き着いてくる。
ヤチヨもそっと寄り添って身を寄せてくる。
「じゃあさ、ライブしようよ!復活ライブ!ツクヨミと現実の同時開催で!」
「いろP活動再開の告知にもなるし、ヤッチョもそれさんせ~!一週間後とかどう?」
「早くない!?練習とかしたいからせめて一ヶ月はちょうだい!」
楽しいな。
今から、未来が待ち遠しい。
どんなことをしよう。何でもできる。
これまでにできなかったことも、これからしたいことも、それらを隔てるものはどこにもない。
その末に、見つけられたらいいな。
私の――夢を。
蛇足編開始。
次回から散らかった要素の回収に入ります。