余命数年の私の元に現れたかぐや姫 作:グランドマスター・リア
待ちに待った海水浴の日。
出発の直前、わたしは最後の持ち物を確認していた。
「保冷剤よし、飲み物よし……」
小さめのクーラーバッグに暑さ対策用の品々を詰め込む。
このお出かけ、彩葉に最大限楽しんでもらう為にも、用意を怠ることは許されない。彩葉が、かぐやを想って計画してくれたんだ。どうせなら良い思い出にしたい。
そうして、チェックを終え、荷物を纏め終わったタイミングで玄関の方から声がかかった。
「かぐやー。そろそろ出るよー」
「はーい。今行く」
今日の為に買った可愛いリュックを背負う。
玄関にはすでに、清楚めな私服に身を包んだ準備万端の彩葉が立っていた。そんな彼女を見て、満足感に胸を満たすと共に、あることに気付いた。
「ふふっ……彩葉。これ、忘れ物だよ」
小さなテーブルに置かれたバケットハットを手に取って、彼女の頭に被せた。
「ん……ありがとう。危ないあぶない。完全に持ったつもりだった」
「そういうことあるよね~」
普段身につける物ほど忘れやすいとはこの事だ。
そういう一面すら微笑ましく思えてしまうかぐやは、きっと重症なんだろうな。そんな彼女を追い越して玄関扉を開くと、優しく華奢な手を握る。
「じゃっ、いこっか?」
「うん」
部屋を出ると、カンカン照りの夏空の下を歩く。
先程までクーラーの効いた室内に居たのもあって、外に出て少ししただけでじんわり汗が滲んでくる。
彩葉の方を見ると、暑そうにはしてるものの、体調の方はまだ大丈夫そうだ。
それから、駅前で芦花と真実と合流して電車に乗る。
話を聞くに、二人も彩葉と一緒に海へ行くのは初めてらしい。それもあってか、話すことには事欠かない。
特に盛り上がったのは、芦花が切り出したとある話題だった。
「かぐやちゃんの水着、私が一緒に選んだんだけどね。彩葉に可愛いって思ってもらいたいって、三時間くらい悩んじゃってさ」
「だって~……人生初の水着なんだよ?それも彩葉との海水浴!どうせなら一番似合うの着たいじゃん!」
これっきりで終わっちゃうかもしれないんだ。
かぐやからすればそれは、今世紀一番の勝負と言ってもいい。手を抜く事なんて出来る訳がない。
「そうだったんだ。じゃあ、私もかぐやの水着姿。楽しみしてるね」
その会話に、彩葉は特徴的なゆるっとした笑みを浮かべた。
最近この表情を見せられると、かぐやはいつも調子を崩されてしまう。
「っ……お、おうよ。任せとけ!」
苦し紛れに威勢よくサムズアップすると、芦花と真実は興味深げにその要素を見てひそひそと会話していた。
「意気込みの仕方が水着見せる女の子のそれじゃないね……」
「照れ隠しって言うやつ?えぇ~、かぐやかわい~」
好き放題言ってくれちゃって……まあかぐやちゃんは今日とても気分が良いのでこんなことで機嫌を損ねたりしない。
電車の窓の外には、すでに大海原が見え始めている。
目にするのも、訪れるのも初めての場所。
けれど、こんなにも高揚しているのは、きっとそれだけが理由じゃない。
彩葉と一緒に来れたから、傍に彼女が居るから、かぐやはこんな気持ちになれるんだ。
昼前に到着し、駅舎を出るとそこは平穏さを絵に描いたような街。
都心部のように背の高い建物がなく、牧歌的な雰囲気と、海辺独特の香りが心を和ませる。
ちょっと大袈裟だけど、ラブストーリー終盤に出てくる小旅行先みたいだ。日差しの降り注ぐゆるやかな街並みに、穏やかな彩葉の立ち姿が映える。
慎ましやかで、儚い少女。
そんな子をつい非日常の舞台に連れ出したくなるのは、きっと仕方がないことのはずだ。
「おー!やっと、着いたぁ!ねえ彩葉!早くいこ!」
「こらこら。楽しいのは分かったから、はしゃぎ過ぎないの。私達以外にも海水浴に来てる人は大勢いるんだから、うっかりはぐれたりしないようにね」
彩葉の言う通り、夏休みシーズン真っ只中であることもあり、海水浴客はかなり多い。
人波にさらわれるほどの混雑ではないが、油断はできない。ならばと、わたしは彩葉の手を取る。
「も~、彩葉は心配性だなぁ。それなら、こうして手を繋いどけば解決じゃん!これでかぐやは何処にも行けないよ」
「何処にも行けないじゃなくて、私が引きずられていくの間違いなんじゃ……」
手を繋ぐと、夏の暑さとは別のしっとりした温かさが伝わってくる。
これが好きだから、何度でも、ずっと、こうしていたくなるんだ。この距離から見える彩葉の穏やかな微笑みが、わたしは大好きだから。
「あの二人、相変わらずお熱いですね~」
「ですね~。真夏なのによくやるよ」
二人にそうして茶化されても、今の私にとってはむしろ調子を上げる燃料になる。
「ふふん♪かぐやと彩葉の絆は夏の暑さすら吹き飛ばせちゃうんだよ!」
そんなわたしの自信満々な言葉に、芦花と真実もおかしそうに笑ってくれる。
もうすでに楽しいし、遊びに来てよかったと思っているけど、忘れてはいけない。本番はこの後だ。
「行こ!彩葉!」
「はいはい」
彩葉の手を引いて、歩き出す。
はやる気持ちを押さえて、ペースは常に彼女がしんどくならない程度に合わせる。でも、そうする事で見えるものだってある。
普段の私なら走って通り過ぎちゃう景色も、ゆっくり進む事で、あの店のアイスクリームが美味しそうとか、珍しい物であるとか、そういう新しい物をより多く見つけることが出来る。
そうして、何かを見つける度に大切な人と共有して、その喜びを分かち合うことは、尊く心が満たされることだ。
隣り合っているのに、歩みは少しばかりわたしの方が前にあって、かぐやが手を取り、あなたを導く。そんな情景を何度夢見たことか。
今、そうあれていることが、かぐやは何よりも幸せだった。
せせらぎが聞こえる。
快晴。
太陽の光を反射する海は、画像や雑誌で見たそれよりもずっと美しい。
それを更に色付かせている要素があるとすれば、間違いなく彼女の存在に他ならない。
頭にスポーツ用サングラスをかけ、パラソル下で涼む水着姿の彩葉。あまり肌を見せたくないのか、パーカーを羽織っているけれど、彼女の魅力はその程度で隠しきれるものじゃない。
「……あの、そんなにじろじろ見られると気になるんだけど……」
居心地悪そうにそう言う彩葉に、かぐやはなんて答えようか考えて、やっぱいいやと思ったままに言葉にする。
「綺麗なものってずっと見てたいじゃないですか?」
「なぜ敬語?それに……綺麗って?こんなほっそい体が?」
そんな言い方をされて、ちょっとむっとしてしまう。
確かに彩葉の体は細い。同年代の中でも抜きん出てスタイルの良い芦花や真実と比べても、顕著といっていい程だ。
言葉を選ばずに言うなら、本人がコンプレックスに思うのも無理はない。
しかし、そもそも彩葉は美人なのだ。
肌ケアもきちんとしているし、所作から醸し出される穏やかで湿っぽい雰囲気は、艶やかな美貌と黒髪によく似合う。
ここまで素晴らしい女の子なのに、コンプレックスや欠点ひとつでそれを否定してしまうのはあまりにも忍びない話だ。
「も~、また彩葉そういう言い方する!いつも綺麗だって言ってるのに、何で分かってくんないの?」
「いやいや、それはかぐやの色眼鏡じゃん。ねえ、二人もそう思うでしょ?」
そうして彩葉の問いを向けられた芦花と真実は、お互い顔を見合わせて首を傾げた。
「うーん、私は結構かぐやちゃん寄りの意見だけどな……涼し気にそよ風に吹かれてるのが似合うっていうか。彩葉の魅力って語ると自然に詩的になるよね」
「しっとりした落ち着きある雰囲気とか、密かに人気だったりするもんね~」
賛成多数だ。
彩葉にとって嬉しい評価かどうかは置いといて、それが彼女の魅力であることは覆したようがない事実だ。
「それは……長年の心的疲労の結果というか、自然とそんな感じになっちゃっただけというか……」
称賛される事に慣れていないのか、むにゃむにゃとむずがゆそうに頬をかく。
言い返したりせず、返す言葉に困ったようなその反応こそが、その評価に起因しているのに本人は気付いているのだろうか。
「と、とにかく!私の魅力とかどうでもいいから……この話はもう終わり」
「えぇ~!?」
強制的に話を切られて、不満げに声を上げるが彩葉は取り合わない。
普段はどんな話でもちゃんと聞いてくれる彼女だからこそ、こうなるともうダメな合図だ。
それを二人も分かっているから、真実が新たな話題を投げてくれる。
「あ、それじゃあヤチヨカップの話とかどう?かぐや、今凄い勢いで伸びてるよね」
「こないだの歌配信も良かったしね」
ヤチヨカップ。わたしが優勝を目指しているヤチヨ主催の大会だ。
現在の『かぐや・いろP』チャンネルのランキングは二百位台に到達しており、ネットでは超新生、期待の新人として注目を集めている。
活動開始から一ヶ月ちょっとのド素人にしては、凄い方なのは間違いない。
「ん~、そうなんだけど……優勝には、まだまだ全っ然足りない!どうすればいいのだー!」
「かぐや。何度も言ってるけど、流石に優勝は厳しいって。そこそこの結果で満足しといた方が後でダメージ少ないよ」
「やだー!絶対に優勝できるもん!てか優勝じゃなきゃ意味ないのー!」
諫めようとする彩葉にそう返すと、彼女は肩をすくめて首を振った。
難しいのは分かっている。でも諦めたくない。このまま終わるのなんて嫌だ。
そう思って順位の表示されたスマホを睨んでいると、横から芦花が聞いてきた。
「……かぐやちゃん、なんでそんなに優勝することにこだわってるの?」
「っ……それは」
問われて、一瞬彩葉の方を見た。
わたしが優勝したい理由。それは、あのミニライブで彩葉に遮られて言いそびれたことであり、その後付け加えられた物も含めて、彩葉が関係している。
でも、それを本人の前で言うのは、なんか嫌だ。
言葉を探していると、芦花と真実は察したふうな仕草をして、わたしより先に口を開いた。
「まあ、頑張る理由なんて人それぞれだからねー。それにかぐや、歌もゲームもめっちゃ上手いし、案外優勝っていうのも夢じゃないかも!」
「そ、そうだよね!うんうん、かぐやちゃん天っ才歌姫ですから!」
真実から出された助け舟という名の賞賛に、ここは素直に乗っかっておく。
「オリジナル曲もよかったしさ。あれ、彩葉が作ったやつなんでしょ?彩葉、可愛い上に天才すぎ」
「うっ、また私の話に……」
どうにかわたしが優勝したい理由から話が逸れて、有耶無耶になってくれたことに一安心する。
無論、それはそれとして彩葉が天才で可愛いのは事実だ。
オリジナル曲も、昔作ったやつのアレンジとはいえかなり好評で『かぐや・いろP』の人気上昇に一役買っているのは間違いない。
「あ、あれは昔つくったやつだから……」
照れくさそうに苦笑する彩葉に、わたしは密かに微笑する。
嬉しそうにしてる彩葉を見ていると、かぐやも嬉しくなる。
わたしと出会ったばかりの頃の彩葉からかなり変わったように思うが、多分だけどこれが本来の彼女の姿なんだろう。
「彩葉が出る回は、配信でも大人気なんだよねー。そうそう、彩葉知ってる?歌配信でもさ、彩葉の伴奏聴きに来てる人も居るくらいなんだよ」
「え!?なにそれ初耳なんだけど……」
彩葉が配信に姿を見せるのは完全に不定期だが、だからこそレア回のような位置づけになっている。
加えて、KASSENでの超絶テクに、作曲をこなしつつ伴奏もやっていることもあって、そのハイスペックさに惹かれた人が、わたしとは別に彼女のファンになることも少なくない。
「それ、私も知ってる。えっと……確か彩葉のファンが急増したのって、『かぐや争奪KASSEN』で彩葉が百人のリスナーを全員一対一で完封したことが発端だったよね?」
「そそっ。あの時の彩葉、本当にかっこよかったなぁ」
「もう私はなんも反応しない……しないから……」
わたしへの求婚コメントが殺到した際に、彩葉に勝てたらいいよって言って、百人の先着で対戦者を募ったことがあった。
その時、彩葉が並みいる挑戦者をほぼ全員完封したことで、純粋にその強さに惹かれたゲーマーが彼女のファンになったという形だ。
彩葉がKASSENで遊ぶところは、あまり見れない。
彼女自身、最近はわたしの活動の補佐にかかりきりで、元々ゲームに充てていた時間を相当に削っているらしく、当然といえば当然だった。
だが、そのたまに見れる彩葉は―――なんというか、凄い。
普段じゃ想像も付かないくらい目つきが鋭くなって、雰囲気も攻撃的になる。
こう言うのはなんだが、普通のプレイヤーとは『本気さ』の度合いがまるで違うように見えるのだ。
全力全開の更にその先。その熱さは、まるで自らの命を削って戦っているんじゃないかと思える程で、そんな姿に惹かれる人が多いのも納得ではある。
そこで、真実が彩葉にこんなことを言った。
「流石は『SETSUNA』の狐先生ですなー」
「ちょっ、真実!その呼び方はやめてって!」
「狐先生?なにそれ?」
馴染みのない単語だった。
いや、聞いた事が全くない訳ではない。配信で彩葉に関する話題が出たとき、チャットに何度かその単語が書き込まれたことがあった。
その時は意味が分からなかったから気にも留めなかったけど、彩葉に関係することなら知りたい。
「か、かぐやは知らなくていい」
「えー、教えてよー!かぐやと彩葉の仲じゃん!」
それなのに、そうやって突き放してくる彩葉の腰に抱き着く形で催促する。
「ダメ!これだけは絶対に嫌!」
「ケチー!なんでよー!」
「ダメ!ダメダメダメダメダメ!」
ぐぬぬ、えらく強情な彩葉だ。
しかし気になるものは気になる。見た感じ恥ずかしがっているだけで、本気で嫌がっている感じでもない。これなら食い下がればなんとかならないかな。
「そんなこと言わないでさ。教えてよー!ねえってばー!」
しつこく纏わりついてみる。
こうしてじゃれ合う時間もかぐやにとってはご褒美タイムのようなもので、彩葉も本気で拒絶するような事はしないから、ついつい甘えてしまう。
「ああー、もう!暑いしやかましい!大体、なんでそんなに知りた………」
けれど―――いつだって、訪れるのは突然だ。
そう、いつもわたしは大事なことを全部忘れて、自分のやりたいことを優先してしまう。
馬鹿で、考えなしなかぐやは、そうやって何度も繰り返す。
今までだって、何度もそういう事があった。分かっていたはずだ。楽しければ楽しいほどに、彼女の体はそれに付いてこれなくてガタが来てしまうのだ。
「ねえ、いろ………え?彩葉?」
突然黙ってしまった彩葉に、わたしはようやく気が付く。
目は斜め下の何もない場所を見つめて、短く息を吐いて、右手を胸に当てている。
「彩葉?だいじょう―――」
「っ!!」
翡翠色の瞳が揺れた。その一秒後、彼女は無理やりわたしを押しのけると、血相を変えて自分のカバンを開き、そこから覚束ない手つきで”青いポーチ”を取り出した。
「ごめん!ちょっと席外すね!すぐ戻るから!」
「あっ、ちょっと!彩葉!?」
芦花が困惑した様子で手を伸ばすが、彼女は脇目も振らずに走り去ってしまう。
遠ざかっていく後ろ姿に、わたしは思い出す。人けのない場所で、胸を押さえて苦しむ彩葉。弾かれた手。かぐやを睨みつける目。初めてきいた怒鳴り声。
殆ど、本能のようなものだった。
そのまま行かせるのはダメだって直感が叫び、それが頭に届いた時にはすでに足を前に踏み出していた。
「……かぐや、心配だから様子見てくる!二人はここに居て!」
「え!かぐやまで!?」
怖かった。
追いかけた所で何ができるわけでもない。それでも、わたしの居ない所で、彼女が一人苦しみ、泣いていると考えると、怖くて仕方がなかった。
せめて、見守るくらいはしたい。
そう思って、彩葉が走り去った方向へと向かう。
「確か、この辺に………居た!」
屋台にもなっている建物の裏手。そこに彩葉の姿があった。
彼女に見つからないように慎重に様子をうかがうと、僅かにすすり泣く声が聞こえてくる。
「っ……なんで………いっつも……こういう時に………」
胸が、張り裂けそうだった。
うずくまって背を丸め、誰にも見つからないように声を押し殺して耐える姿は、あまりにも痛々しい。
こんなにも、彼女は苦しんでいる。誰よりも笑っていて欲しい人が、そこで泣いているのだ。
――それなのに、かぐやはこんなところでなにをしているの?
足は、少しも動かない。彼女から見つからないように息を殺して、苦しむ様を盗み見ているだけだ。
本当に大切なら、今すぐにでも突撃して、拒絶されてでも手を差し伸べるべきなのに、現実として、わたしという臆病者はこんな所で突っ立っているだけ。
「お願いだから……私の体なら………少しは、私の言うこと……聞いてよ」
その間にも、嗚咽をもらしながら、か細く嘆き続ける彩葉。
あの彩葉がどうしようもなく泣いてしまうほどの苦しみなんて、かぐやには想像も付かない。
楽しい時間のお陰で、鳴りを潜めていたはずの無力感が、かぐやの心を再び苛む。
いっそのこと、変わってあげられたら、なんて傲慢な考えを抱いて、そんな恥知らずな自分にすら吐き気を覚える。
結局、ここでわたしがどれだけ心を痛めたところで、彩葉には届かないし、彼女の痛みが和らぐわけじゃない。
それどころか、この後戻ってきた彩葉に気を遣わせてしまう事態にすらなりかねない。
マイナスな思考が、頭の中でぐるぐると回る。
せめて見守りたいと、そう思ってここに来たのに、辛くて仕方がなくて、予定調和のようにわたしは耐えきる事が出来ずに根をあげた。
――戻ろう。
あれこれとそれっぽい理由を付けて、最後には逃げることを選ぶ。
そりゃわたしだって、彩葉を助けたいよ。でも、ダメなんだ。
どうしても、忘れることができない。
こういう状況に直面し、何かしなきゃ、助けに行かなきゃって思う度に、あの時の彩葉の怒声が脳裏によみがえって、わたしの足を地面に縫い留める。
それなのに、去ろうとすると途端に軽くなる足取りに、惨め過ぎて泣きそうになる。
今日も今日とて、かぐやは無力なまま。
だけど、いつもと違う事が一つ。
「せっかく………」
そこで彩葉が呟いた言葉だけは、妙に鮮明に聞こえた。
「かぐやが……楽しんでくれてたのに………」
目を見開く。
叫び出したい衝動を押さえながら、その場から抜け出した。
涙がとめどなく流れる。
どれだけ拭っても、止まってくれない。
やがて、口から出た言葉は、何よりも今の自分を表す言葉だった。
「最っ低………」
もう自分自身を構成するなにもかもが嫌だった。
それでも、一人で孤独に傷を抱えられるほど、わたしは強くなくて、一直線に芦花と真実の居る場所へと戻る。
当然、二人は温かくわたしを迎えてくれた。
励ましてくれもくれた。
でも、その優しさがなによりも痛かった。
彩葉は、今もまだ、とてつもない苦しみを一人で背負って泣いている。それはきっと、この思い出を楽しいままで終わらせる為だ。
なのに、自分ばっかりこうやって人に甘えて、癒されようとするばかりか、彼女のそんな涙ぐましい努力まで踏みにじる。
それは、無力であることよりも、更に酷い。
そこでわたしは自覚した。
今まで誤魔化してきたことに、ようやく答えを得た。
私は、わたしのことが……大嫌いだ。