デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
「ボクたちがきたからもう安心、いまたすけるよー」
「ってもうバレてんぞーー長耳!」
「ナガミミ、うしろうしろっ!」
依然逆さにぶら下がり呑気に顔をだす長耳のデジモンに、牢の中からレオとパタモンは必死に目線を背後に送ってアピールする。
そう、既に牢の上にぶら下がり尻を見せる、その長耳のデジモンの存在はバレていた。先ほどの大泣きと喧嘩の声に引き寄せられたであろうアグモンたちが、現場に戻ってきていたのだ。
「もうっ、ナガミミじゃないよテリアモンだよ。──あ」
「うおっ!?」
顎を大きく開け放たれたアグモンの技【ベビーフレイム】が、不審なデジモンに向かい容赦なく飛んでくる。
『なにやってるテリアモン、早くその牢から離れるんだ!』
すると突然、レオたちの聞いたことのない若々しい男の声が、テリアモンのことを強い口調で呼びかけた。
「あ、なるほどそうかー。って遅いよジェン〜」
「お前が急に走ってはぐれたからだろテリアモン」
茂みから飛び出し現れたのは、オレンジ色のシャツを纏った、少しクセのある紺色の短髪の男だった。そして、向かってきた火を避け牢の前から離れたテリアモンは、今出てきた彼のことを親しげにジェンと呼んだ。
「てへっ。それより敵、多いよジェン」
「あぁ。なら、POWデータセット……これでおそらく、いくぞ」
「ジェンならモーマンタイっ」
敵は成長期のアグモンとはいえ総勢五体。こちらの動きが見つかった以上、攻撃的な姿勢を見せる敵を鎮圧するには、テリアモンの進化を試すしかない。
ジェンは、デジヴァイスQに保存していたデータをロードし、進化するために必要な条件を積み満たしていく。そしてテリアモンの応援を受けて、最後に彼が、不安げにもその手に取ったのは──。
「プロトカードスラッシュ! ──【超進化プラグイン:Dca】!」
武術の型のような手慣れた素速い動作でデジヴァイスQに、今指先に挟んだ謎の白いカードを、ジェンは切り付けるように擦った。
【テリアモン ──Evolution──> ガルゴモン】
デジヴァイスQに試作のカードを擦り付け刻まれた、緑のプラズマの軌跡。テリアモンは全身を包む眩い光と共に、データを再構築し、成熟期のガルゴモンへと進化を遂げた。
一方、火炎攻撃で熱された鉄柵の一本に、後ろ手でロープを擦り付ける学ランの男、レオ。彼は今進化し現れた、二丁のガトリングを両腕に備えた獣型のデジモンの姿、それとジェンの動作を息を飲み見つめていた。
「なんだ!? 妙なキレのいいルーティン決めて進化しやがったぞアイツら!? 長耳のテリ坊とかいうやつが、あんなイカした武器まで?」
しかし珍しい進化シーンを呑気に鑑賞している場合ではない。レオは炙ったロープを強引に解き、すぐさま相棒のパタモンを拘束するロープも解いた。
「っうぉお……こうしちゃいられねぇ! こっちもフラストレーションばっちし溜まってんだ、よーしパタ坊俺たちも!」
「おう、レオ! っあれ……? なんか……腹が減ってぇ……」
「っておいいい!?」
意気揚々と狭苦しい牢の中を飛び出そうとしたものの、相棒のパタモンはすっかり腹が減って進化できないようだ。
懐に隠していたデジヴァイスQを手にしながら、レオはその場にずっこけた。
「はは……進化の条件には食事も重要だね……そうだ、これをっ!」
「あーーっ、それボクが後で食べようとおもってたおやつーーッ! ダダダダダダダッッ!」
テリアモンがむすっとした顔で突然ガトリングを乱射すると、黒いアグモンたちが慌てて木の裏側に退避していく。
ジェンは気ままなパートナーデジモンのご機嫌には構わず、背負っていたリュックのサイドポケットから、細長いお菓子の袋を一つ放り投げた。
レオは鉄柵越しに手を伸ばし、パスされたそれを落とさずに掴み受け取った。
「おお!? ナイスだサンキュー! 誰だか知らねぇが今は恩に切るぜ! さぁパタ坊、食ったら即行で進化だ!」
「すんすんっ……てりやき味……?」
「いいから嗅いでないで、とっとと食えッ!」
無駄に慎重に匂いを嗅ぎながら、小さな羽をぱたつかせるパタモン。果たして、てりやき味のビスケットのお味は──?
タスクの森の深部では、樹木の陰に身を隠しながらのデジモンたちの激しい撃ち合い合戦がつづいていた。
すると、ナワバリの地形を上手く利用し応戦していたアグモンの一匹が、突然顔を出し暴れつづけていたガルゴモンに指を差した。
「あ、えんがちょ!」
「ダダダダッ──え? がちょーん!? わわわーーーーさいあくーー」
足元を見下ろしたガルゴモンは踏みつけてしまった汚らしい置き土産に気づき、慌てて足を振るい乱す。
「けへっ、こいつムチャクチャだー! おい今のうちにおまえ、村のみんな呼んでこいッ!」
「わ、わかったー! わっ!?」
銃を乱射していたガルゴモンの動きが止まった今のうちだと、アグモンたちは仲間の一匹に村からの援軍を呼んでくるように言った。
だがその時、誰も訪れない秘密の森の奥に突如姿を現したのは、彼らアグモンたちの見たことのある人間の姿だった。
「──無駄よ。村のみんなからはもう全部話をきいて、説得を終えたわ。だからそのイタズラに勤しんでいるのは、あなたたちだけよ。今やめれば、まだ引き返すことはできるわ」
橘砂雪、彼女であった。突然現れた彼女はアグモンの村の皆を説得し、かつ企んでいた悪事を見抜いたと静かに豪語する。
「う、うそだ!」
当然、アグモン五匹組はそんな現実を受け入れられない。砂雪の語った言葉を嘘だと強い語気で切り捨てた。
「もうやめようよ、アイツらからサユキィーたちが助けてくれるって約束したんだー」
しかし、砂雪の隣に姿を現したのは新たな三匹のアグモンたち。ユキアグモンを模したペイントが剥げ白いまだら模様になったアグモンと、目尻を悲しげに下げた黒いアグモンたちの姿だった。
「おっ、おまえら、裏切るのか! わかった、さてはおまえらだけこっそり逃げるつもりだなぁー!」
村のアグモンたちからのまさかの裏切り発言に、それでも五匹組のアグモンたちは激しく疑い反発する。
先ほどまでの撃ち合いの戦闘模様が一転して、今度は激しい口論に変わる。
今、村のアグモンたちを引き連れて現れた一人の人間に、この場の皆が注目せざるを得なかった。
「あっ、あれは……」
「どうしたのレオ? あの子、しりあい? ──あ、ましゃか……」
レオは両手で掴んだ鉄柵ごしに、その藤色髪の女性の横顔を食い入るように見つめていた。
ビスケットのクズを口元につけたパタモンは、相棒のただならぬ様子に何かを察したようで。
「アイツら……? もしかすると何か事情がありそうだ……ガルゴモン」
「うんわかってるよジェン」
汚れた足をぱっぱと払ったガルゴモンは、ジェンの呼びかけで落ち着きを取り戻し静かに息を潜めた。何かあればいつでも両手に装着したそのガトリングをぶっ放す構えだ。
一方、牢の中でロープに縛られたままのユキアグモンは、「ンーンー!」と唸りながら倒れた身を捩り暴れていた。砂雪も横目で密かに一瞬、そんな捕まったユキアグモンのことを視界に入れた。
「たとえ何が降ってこようとも、私は逃げない。それを約束するわ」
対峙する砂雪と、木の陰から出てきた五匹のアグモンたち。砂雪は反発しながらも狼狽える彼らに、そう言い両手をゆっくりと前に伸ばした。
「っ……ぅぅぅうるさーーーーい!」
しかし、一匹のアグモンが叫びながら正面に立つ彼女に向けて、そのやり場のない怒りのまま口から火炎を放った。
静寂を破り放たれたまさかの攻撃に誰もが驚く中、その刹那にも一人の漢だけは本能のままに動き出していた。
「高山
「レオーーーーっ!」
砂雪を狙った火炎を飛び出し真正面から受け止めたのはなんと──レオ、本名を名乗り上げ、今地に膝をつき倒れた一人の漢だった。
体から煙を上げ倒れゆくレオに、相棒のパタモンが絶叫する。
「がっ、ガルゴモン……」
「もっ、モーマンタイ……だといいなー……」
計算外の無茶な行動で不意に射線に入り込まれたため、ガルゴモンは構えていたそのガトリングの引き金を引けなかった。
大の字で豪快に倒れていく大男の姿を見て、ジェンとガルゴモンは同じように引き攣った表情で固まってしまう。
「……大丈夫!」
「れお、レオっ! しっかりするんだー、いつもはそんなヤワじゃないだろーー! かっこ悪いぞーーオトコだろーー!」
砂雪とパタモンが先程のベビーフレイムの直撃で倒れた男、レオのことをその大きな体を揺すりながら心配する。
戦闘そして口論の末に行き着いたまさかの結末と犠牲に、周りの誰もが唖然と息を呑む。
だがその時だった。混沌としたその森の地の上空に、バリバリと不吉な音が鳴り響いた。
不穏な色をした曇天はやがて卵の殻が破れるように砕け、突然、大きな影が森の地を支配した。
そして割れた天の隙間から降り注ぐ得体の知れない緑の巨体が、今、激しく地に降り立ち、真下で慄き見上げていたアグモンたちを踏み潰すように蹴散らした。
地を抉り、土煙を撒き散らし、ド派手に現れたのは巨大な恐竜型のデジモンだった。
「うるさいぞっ雑魚どもッ、誰だオレたちの眠りを妨げるバカなやつは! ……んー? 見かけないツラだな、オマエラか? あたたたぁ……キノウ飲みすぎたぜチクショウ……!」
凄んだかと思えば、タスクモンは頭をぶんぶんと横に辛そうに振った。詳しい経緯は不明だが、まだ酔いの覚めないご様子だ。
「なんだ、空……いやこのワームホールの別エリアから降ってきたのか? 【タスクモン】……パワータイプの成熟期か。今距離を取るわけにも……ガルゴモン!」
「おっけー、先手必勝ダダダダダダッッ!」
ガルゴモンはジェンの意図を汲み、構えていた両手のガトリングを容赦なくその緑の巨竜に向けて、ご挨拶とばかりにぶっ放した。
「デジタルだからかしら、大きくてもなんとか運べるわっ」
「あぁっ、助かります!」
砂雪は即座に思考を切り替え、自分の盾になったレオのことをなんとか担ぎ、戦闘を始めたジェンたちの邪魔にならないように避難する。
今はタスクモンを早く倒すことを優先したいジェンも、砂雪に素早く頷き感謝の言葉を返した。
終始動揺していたパタモンだったが、今吹き飛ばされ倒れた黒いアグモンのすぐ近くに落ちていた錆びた鍵束を見つけると、急ぎそのアイテムの元へと短い四つ足で駆けた。
そしてその鍵を咥えてまたせっせと走り、小さな羽を器用に使い、閉じ込められていたユキアグモンの牢を開けた。
じわりと凍らせていたロープを自力で解いたユキアグモンは、すぐさま小さな牢の中を飛び出し、砂雪の元へとまっしぐらに駆け寄っていく。
「サユキぃーーーーっ! 絶対来てくれるって思ってたよ! さぁさぁ、ぼくたちも進化しよう! ぼくもうなんだか暴れないと気がスまないよ!」
さっそく自由を得たユキアグモンはその場に飛び跳ねながら、「進化しよう」と、パートナーの砂雪に向かい猛烈にアピールをした。牢に閉じ込められていたことや、進化するガルゴモンの暴れっぷりを見て、相当なフラストレーションが溜まっていたようだ。
「そうね、分かったわ! ──ん」
「どうしたのサユキぃ? はやくはやくー」
「進化、どうやるんだっけ?」
「サ、サユキ!? うーんぼくもそんなのわかんないけど! なんかピカってなるやつで! ナノモンをカチコチにぶっとばしたときみたいにーー!」
「ごめんなさいユキアグモン……。実はさっきからこれが、故障気味で調子が悪いの。だから今無理に進化をすると、なんとなく危ない気がするわ」
砂雪がおもむろに取り出して見せたデジヴァイスQ。あの村の祭壇での赤い光の後、彼女のデジヴァイスは故障してしまったのだと言う。今指先でタップし操作したホログラムヴィジョンも、途切れ途切れに歪んで映っていた。
「ええ、そんなぁーーーー!」
当然進化する気でいたユキアグモンは両手で頭を抱えた後、がっくりと肩を落とす。
「この丸いデジヴァイスに慣れていないなら、安定して進化できなくて無理もないよ。それより今は逃げて避難を! ──来たっ、ガルゴモンそこだっ!」
「わかってるー!」
【ATTACK ORDER──ダムダムアッパー】
真っ直ぐに猛進し仕掛けてきたタスクモンに、ジェンはタイミングを見計らいガルゴモンに強く叫んだ。そして、握っていたデジヴァイスQをここぞとばかりに鋭く天に突き上げた。
「ぐはぁっ!? ──このッ……カスがーーーー! おかげで酔いがさめたぜえええ、どけぇオレはとまんねぇ!」
顎下から突き上げる必殺のアッパーは炸裂した、だがタスクモンは一瞬足を止め怯みつつも、倒れない。
想定外の敵のタフさに、ジェンは歯を食いしばり苦肉の策で白いカードをデジヴァイスQに切ろうとする。
そして、タスクモンが肩を突き出しそこに備わる大きな角で、ガルゴモンに手痛い反撃をぶつけようとしたその瞬間──。
『可愛い顔してやるじゃない──【ラピッドバースト】!』
「ぐぉおああっっ!?」
突如、左方から激しく流れる高速の光弾が、無防備だったタスクモンの横っ面に鮮やかな小爆発を重ね突き刺さった。
「【赤い衝撃】の咲夜レーナとウルヴァモン、派手におっぱじまってるようだけど、加勢しても文句ないわねっ!」
土を蹴散らしながらバイクを急停止し、今ヘルメットを脱ぎ見えたのは、揺れる赤髪のポニーテール。星の入った赤のライダースーツを纏った快活な声な持ち主、その名は咲夜レーナ。
銀毛を靡かせ、両手の武装アームからクールに白煙を垂れ流す。サイボーグの獣型、パートナーデジモンのウルヴァモンと共に、颯爽とターゲットのいる現場に登場した。