デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
最後の一撃で攻撃のデータを出力し過ぎたせいか、ユキダルモンの進化が解けた。そしてユキアグモンが、見上げていた砂雪の方へとまっしぐらに両腕を広げ、落ちてきた。
「やった、やったーーサユキやったーー」
「ええ。よく頑張ったわユキアグモンっ」
受け止め切れず転ぶ砂雪に向かい、腹からのしかかるユキアグモン。
「サユキがぼくをいっぱい応援してくれたからだよ! 最後のも、すごくチカラが湧いたんだ!」
「応援……うん──そうねっ」
元気にはしゃぐユキアグモンのひんやりとした白い背を、砂雪は一緒に寝転んだまま撫で上げた。
▽
分かち合う勝利の喜びも束の間に──、動き出したふたりは、エラー画面を表示され止まったメインコンピューターを再起動させようと試みる。
「うーん……ぼくじゃメカメカはどれがどれだか分かんないよぉサユキぃ……。どうする? ア、ぼくが氷をかじってコイツ起こすぅ? もし暴れたらその時は任せて、ぼくがもう一回進化してカチコチに!」
雪の村育ちのユキアグモンには、こんなに大きいコンピューターの正しい操作方法など分かるはずもない。だが、ユキアグモンは氷漬けにしたナノモンのことを思い出し、そのデジモンを再び起こしてあげるのはどうかと砂雪に向かい提案をした。
「いや、今は少し……そう。クールダウンさせてあげましょう。そっと」
起こしたところで、また戦うことになるのかもしれない。賢いデジモンだからこそ、喧嘩して仲直りとはすぐにはいかないだろう。そう思った砂雪は、分厚い氷に向かい顎をかっ開いていたユキアグモンに、ナノモンをそのままにしておくように言った。
ユキアグモンが大人しく自らの顎を閉じて頷いた、ちょうどその時。砂雪がポケットに仕舞っていたデジヴァイスQが振動した。
「【デジコール】? こんなアプリあったかしら?」
手に取った砂雪のデジヴァイスQの九面モニターには、【デジコール】なる謎のアプリがいつの間にかインストールされて映っていた。デジヴァイスの振動とリンクするように震え主張した赤いアプリの枠を、砂雪は迷わず指先で押してみた。すると──。
『っ、もしもし! ……やっと繋がりました! 突然かけてすみませんっ、Kです! こちらは入手したデータの精査と解析が先ほど終わったのですが、そちらで何かトラブルでも……? 幾度かかけ直したんですが通信障害がひどくてっ』
「いえ……こっちは大丈夫よ。あと、今ちょうどコンピューターに詳しい人が必要みたい。むしろグッドタイミングだわ」
アプリをタップしデジヴァイスQから聞こえてきたのは、Kの声だった。無事を伝えた砂雪はさっそくもう一度、電話相手の彼の手と頭脳を借りることにした。
▽
結局メインコンピューターの復旧作業はその分野に詳しいKに一任し、砂雪はKからの指示で部屋を物色し、今その末にとあるアイテムを手にいれることに成功したのだった。
「これが、オートパイロットM……?」
『はいっ。デジタルワールド、いえ……この世界Dワールドに指定されたいくつかの座標へと、マスターキーのようなもので接続し、楽に島や大陸間の移動ができる小型の転送装置です。おそらくそこの研究所に勤めていた人が用いていたアイテムなのでしょう。距離に比例し移動には少なくない負荷が伴いますが……成長期サイズにまで圧縮したデジモンと人間ひとり分のデータ質量ならば、理論上安定した転送は可能と僕は踏んでいます』
砂雪が両手に乗せた長財布ほどの大きさの装置の名は、【オートパイロットM】。Kの熱心で丁寧な説明によると、人とデジモンの大陸間移動を可能とする小型の転送装置。即ち、それは奇しくも砂雪がこのエリアから出るために探し求めていたアイテムと同じだったようだ。
『まずは、今復旧し、研究所のモニターに表示したワールドマップを見てください。そして、今赤く染めあげた【アーカイブ大陸】という所を目指してください。その大陸にはあなたと似た規格のデジヴァイスQの反応が、何箇所か濃く集う場所がありました』
「そうっ……! ということは、そこに人がいる可能性も」
『ありますッ、もちろん!』
「では、そこに行けばあなたは?」
『それがですね……僕のところまでは……まだ、来な……遠いようですっ』
「そう……それは残念だわ。会ってお礼もしたかったのに。──あ、じゃあ私はコチコウチには?」
てっきりこのままKご本人に会えるものだと思っていた砂雪は、少しそのことを残念がった。だが、少し言い淀んだ電話越しでの言い方に、彼には彼なりの何か隠された事情を抱えているようにも思えた。
『お礼なんてそんなっ、ええっと……ずいぶん起動履歴のない古い装置なので、帰りの便のエネルギーはなく、もう戻れないものだと思っていてください。何かやり残した用事があるならば今のうちに。あいにく僕も今はマルチタスクに追われてて、座標を設定した転送開始作業まで……そうですね……今から最大で2分、それまでしか待てません!』
「2分じゃ、このラボから出て村のみんなへの挨拶回りは無理そうね?」
『すっ、すみません!』
「いえっ。ありがとう。決心を固めるには逆にちょうどいいわ。──じゃあ少しだけユキアグモンと話してくるから、通話アプリはこのまま繋いだままね?」
砂雪はKとの会話を一旦区切り、自分のすぐ隣で待っていたユキアグモンと目を合わせた。
「ユキアグモン──あなたさえ良ければ、また私と一緒に来てくれない? ここよりも外が暖かい【アーカイブ大陸】に」
勧誘の台詞にしては少し淡々としすぎていたかもしれない。砂雪はそんなことを思いながらも、ユキアグモンに今一度大事な話を問いかけた。
「う〜〜んモジャモン村長も村のみんなのことも好きだけど……ぼくはずっと、もっと広くて寒くない世界もっ、いろいろぼうけんしてみたかったんだ! だから行こうサユキ! 【あーかい肉っ大陸】にっ! ぼくとっ!」
ユキアグモンにとって──住みなれたコチコウチで村の皆と楽しく過ごすよりも、もっと熱くワクワクする、砂雪との冒険心の方が勝った。
砂雪の鼓膜を震わせたのは、問い直す必要もない、そんな力強く澱みない元気な返事だった。
「ふふっ……決まりね。行くわ、アーカイブ大陸に。ユキアグモンと!」
『バッチリ聞こえていましたっ、決まりましたか! ユキアグモンもっ! では、ただちに座標を設定します! その小型のオートパイロットの装置を腕に巻きつけたら、なるべく壁際から離れて、物の少ない広い所に立っていてください』
ふたりのした決意の声は電話ごしにもKの耳へと伝わっていた。覚悟が決まれば後は準備を進めるだけ、Kは最後まで丁寧かつ的確に砂雪たちに指示を伝える。
「ありがとうK、分かったわ。こっちの準備は」
「カチコチにできてるぅ! はやくはやくー!」
砂雪とユキアグモンは部屋の中央でぴったりと寄り添いながら、最後の合図をじっと立ち待ちつづける。
『では……転送座標、アーカイブ大陸S-51に固定。転送開始まで……3、2、1────彼らに幸運をっ!』
砂雪が右腕に巻いた小型の装置が青白い光を帯び、ふたりの周囲の空間がぐにゃりと歪み始める。
直後──砂雪とユキアグモン、ふたりの姿は研究所内から瞬く間に消え、並び立つ一人と一匹のシルエットから霧散していく泡粒のようなデータ片の光だけが、そこに残ったのだった。
コチコウチ編(終)
次回から多くの人間と強力なデジモンたちが集うアーカイブ大陸編が始まります。お楽しみにっ!