デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記)   作:山下敬雄

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第17話 アクアシティのリリス市長

「失礼しますっ! 呼ばれて来ました〝デジモンドクターの〟城戸丈ですっ! って……」

 

 アクアシティセントラルエリア、タワーウォーター七階、市長室のオートドアが開いた。

 ご丁寧にも名乗りあげたジョウは、今目に入ってきた光景に思わず苦笑しその場に立ち止まった。

 

「おぉーゴマちゃん、私の焼いたピコデビスケットを食べるかのぉ?」

「おうっ気が利くなシチョー! いっただっきま〜す!」

 

 ソファーに掛けたリリス市長は、膝の上に乗せたゴマモンに、ピコデビモンの形を模したビスケットを指で摘み与えていた。

 

「ごほんっ! 報告の前に今一度確認を、このデジタっ……じゃなかった……Dワールドからリアルワールドに帰還する方法を、本当に褒美に教えてくれるんですね! 市長っ!」

 

 気を取り直して、ジョウは報告の前に以前市長とした大事な約束が、まだ有効に働いているかどうかを確認した。

 

「もちろん口にした約束は守るわ。でもまだまだ、──足りないと言ったところね」

 

 紫のパンツスーツにジャケット、臍出しの黒いカッターシャツ。艶やかな黒髪から覗く、欠けた一対の黄金の角はアシンメトリー。そんな姿形をしたリリス市長は「約束は守る」と言いつつも同時に、約束を果たすには「足りない」とも表現した。

 

「た、足りない……」

 

 約束の褒美を授けるには、活躍と貢献度がまだ足りないと言いたいのだろうか。ジョウは驚いた表情で固まった。

 

「それにここ、いい所でしょ? もっとゆっくり皆と仲良くしてからでもいいじゃないのよ。ね、お医者様?」

 

「いい……所、ですが……」

 

 落ち着いた様子で話す市長の発言を否定はしない。このシティに住むデジモンたちは比較的友好的で穏やか。そしてデジモンドクターのジョウにとって、まだここを離れられないのも事実。

 

「あら、何か気に食わない?」

 

「オレは嫌いじゃないぜ? ここー!」

 

 ゴマモンがリリス市長の膝の上でごろんと寝返りを打ちながら、彼女の問いかけに呑気に同調する。

 

「気に食わないのはシティの雰囲気とかでは滅相もなく……はっきり言わせてもらうと……僕がここのリーダーでいるようじゃ、ダメってことです! 至急シティガードの増員と、薬とワクチン、包帯の備蓄を増やしていただきたい!」

 

 気に食わなくはないと静かに前置きしつつも、つづいて、ジョウは思いの丈をぶちまけた。どうやら彼の不満は、アクアシティに漂う和やかな雰囲気ではなく、今、彼が現場で直面しているもっと現実的な問題にあったようだ。

 

「おいジョウ! 言ってくれるじゃねぇか、なんだぁ、連日大活躍のこのゴマモン様じゃ役不足だってのかー!」

「その役不足はたぶん誤用だよゴマモン……。ごほんっ! べっ、別にそうとまでは言ってないさ」

 

 突如──市長の膝の上から飛び上がり、ローテーブルの上に乗っかったゴマモンは、ビスケットのカスを口元につけながらも反発した。

 ジョウもそこまで言ったつもりはないと、首を横に振った。

 

「じゃあ何が言いてぇんだ? さっきから強気だけど弱気じゃねぇか」

 

 そう言い、ゴマモンはジョウの顔を見上げ首を傾げる。

 

「強気だけど弱気って、またなんとなく意味はわかるけど……ごほんっ! 太古よりっ! 『備えあれば憂いなし』──と言うだろ?」

 

「タイヒラメっ、サザエあればカレイなし? なんとなく意味は……」

 

「って魚介類の話じゃなーーい!」

 

「あはははは、ゴマちゃんは天才じゃな」

 

「おう、オイラってば天才! 無敵! なんでもまかせてくれよなっ!」

 

 手を叩き喜ぶリリス市長や、ゴマモンの小ボケはさておき。立てていた左の人差し指をもう一度立て直し、ジョウは真剣な表情に戻り話をつづけた。

 

「天才なものか……つまり、このアクアシティにはもっと余裕と余力が必要だってことさ。ぎりぎりの上で保たれている平和なんて、平らで薄っぺらいって、上手いこと言うつもりはないけれど……ええっと、金魚すくいのように、いつまで続くか分かりはしないもので」

 

「それは聞き捨てならない台詞ね。住民登録されていない外敵を遮断するセキュリティウォールは万全に機能しておろう? そう破れはせぬ」

 

 リリス市長はジョウの言葉を遮り、アクアシティ全域を守るセキュリティウォールの万全さと安全性を説いた。

 

「おっしゃることは分かりますけど、それに頼りきりがむしろ危ないと思うんですよ、主に信頼性の面でっ。それにですねっ! ついさっきも成熟期の手強いムシャモンがどこからか侵入して来て、噴水広場には既にデジタマが散乱していましたし、って……そのことに「胸を痛めている」っていう先ほどの伝言は……いったい?」

 

 議論に熱が入ったのか、ジョウも中々引き下がらない。そして今日起きた噴水広場の事件のことを話すも、途中──そう言えば、メッセモンからの伝言にあった「胸を痛めている市長の姿」はどこなのかと、彼はじっと目を細めた。

 

「あぁっ。そうじゃった……あぁなんということか……うぅ……白昼堂々罪なき市井の民を辻斬りし襲うなどムシャモンめっ! 武士の風上にも置けん外道じゃ外道! うぅ……なんという、溢れては尽きぬ涙で袖が濡れてしもう──……こんなところでいいかの?」

 

「いっ、今……いいかの……!?」

 

 リリス市長は今、思い出したように手をポンと叩くと、ムシャモンへの怒りと犠牲者への悲しみを、ジョウたちに身振り手振り激しく語った。

 

 ジョウは思わず呆気に取られてしまう。

 

「ごっほん、とにかくアクアシティを守るセキュリティウォールは強固万全じゃ。セントラルエリアのここタワーウォーターからも、技術者たちがシステムの点検を日夜欠かしてはおらん。──外のシティガードの巡回がしっかりしていれば……じゃがの?」

 

 改めてセキュリティウォールが強固万全であることを重ねて説いた市長は、静かに目を細めて、目の前のジョウの顔を睨んだ。

 

「つっ、つまり……」

 

「浮かない顔じゃの? 今の報告から足りない箇所は浮き彫りになった。巡回役の増員と薬の調達は考えてあげるってこと。ゴマちゃんのためにも、のー!」

 

「のー!」

 

「ほっ……」

 

 赤いソファーから重い腰を上げ、ようやく立ち上がったリリス市長。ヒレの手を上げ、相棒にウインクをするゴマモン。「ほっ……」と安堵の息を吐いたジョウは、額から垂れていた汗を今ゆっくりと拭った。

 

 本日の市長室での報告は以上。

 ジョウとゴマモンはまだしばらくの間、シティガードのリーダーとデジモンドクター、その二足の草鞋の生活をアクアシティでつづけていくことになりそうだ。

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