デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
このおもちゃの店にデジモンを探しにきた覚えはない。立ち寄った店の主と思われるトイアグモンに話しかけられた砂雪は、突然の質問に困惑する。
「えっと」
『おそらく、こちらかな?」
「あッ、ガルゴモンとウルヴァモンだー! わー、今日いっしょに戦ったんだー! ねぇねぇっきみ、レーナもジェンリャも見せてみせて!」
店番のトイアグモンはカウンターに二つのぬいぐるみを取り出して並べる。はしゃぐユキアグモンが言うように、それらは今日共闘したジェンとレーナのパートナーデジモンたちを、可愛くデフォルメし模したものだった。
『これは〝デジぬい〟と言ってね。ふふふ……あいにく、モンのつくデジモンしか取り扱っていないんだ。──そこの右手の棚に飾っているさ』
「うわーほんとだーー! ぼくの知らないデジモンがこんなにいっぱい!」
そう言われ砂雪たちが振り向いた右手側には、沢山のデジぬいが棚の上下の段いっぱいに陳列されていた。
棚に近寄ったサユキは今なんとなく気になり手に取ったデジぬいのことを、カウンターに向き直り聞いてみた。
「……この子は?」
『【シマユニモン】:成熟期。ユニコーンのデータ因子を色濃く取り込んだデジモン。ペガサスのように空は飛べないが大地を駆け抜ける強靭な健脚を持つ。必殺技はラスターショット。女の子の膝の上で眠るのが好き、ちなみにデジモンに性別はないとされているが……本当だろうか? ふふふ』
シマユニモンのことを聞き終えると、砂雪はまた違うデジぬいを乗せたもう片方の手を軽く持ち上げてみる。
『【エアドラモン】:成熟期。大空を羽ばたく巨大な翼を持つ竜デジモン。白面を被ったようにも見えるその神秘的な姿から、神の化けた存在、あるいは神に近い存在とも言われている。必殺技は、スピニングニードル。とても珍しいデジモンさ、会えたらその日はラッキーだね』
砂雪が手に取ったぬいぐるみを一目見るなり、トイアグモンはまるで図鑑を読み上げるかのようにすらすらと解説してみせた。
『フフ、キミはずいぶん冒険感に満ちたセンスの持ち主だね。──あるいは、こういうのも』
「それは……?」
『【グレイモン】──成熟期、恐竜型デジモン。躾の難しい攻撃的で凶暴なデジモンだが、手懐けられればこれほど心強い味方はいない。派生する進化先も強力なものばかり、まさに最強の遺伝子を持つデジモンの一体さ。──必殺技はご存じ、メガフレイム』
トイアグモンの手でカウンターの上にコトンと置かれたのは、恐竜のぬいぐるみ。オレンジ色の頑強な体に、三つの角をあしらえた茶色い兜をかぶったような姿形。二足で立ち上がる、堂々たる進化を遂げたそのデジモンの名はグレイモン。
「それが、グレイモン……」
「ねぇねぇ、サユキぃ……」
「なに? ユキアグモン?」
「ぼく……その、グレイモンに……なったほうが、よかったのかな?」
ユキアグモンが何故そんなことを聞いてきたのか。一角獣や翼竜をモチーフにしたシマユニモンとエアドラモンからは感じなかったが──きっと自分と同じ、その恐竜の姿にどこかピンとくるものがあったのだろう。
「──ユキアグモンが望むのなら、それもいいわ。でも、私は今はユキダルモンになって戦ってくれたあなたが好きよ。これからもあなたの自由に進化してほしい、そう思っているわ」
体の色や体格は全然違うが、ユキアグモンの成長した姿をどことなくグレイモンに重ね想像しなかったと言えば嘘になる。
それでも砂雪はユキダルモンに進化し戦うユキアグモンの姿を、「好き」とはっきりと声に出し答えた。
「サユキぃ! うん、見ててね! ぼくきっと! またすぐに進化できるようにがんば──」
「ナニソレ、子どもみたいに甘えんぼね」
ユキアグモンが興奮気味にさらなる進化の決意を、大声で叫んでいた最中──突如、割り込み聞こえたその棘ついた言葉は空耳だろうか。
客である砂雪とユキアグモンがカウンターの方を振り返ると、トイアグモンがハッと口元を押さえる。
『失礼──。【ユキダルモン】、ワクチン種。雪のデータで全身を形づくられた氷雪タイプのデジモン。温厚で優しい性格のものが多い。必殺技は、絶対零度パンチ。──怒らせると怖いタイプのようだ、フフフ』
また声色が男性っぽく変わった。失言を軽く謝罪すると、パカパカと顎を鳴らし開くトイアグモンが今度は、聞いてもいないユキダルモンの解説を取り出したデジぬいと一緒に始めた。
「サユキをいじめるなら、ぼくは怒るよ!」
「ナニソレ、まるで言ったことないセリフなんだけ──」
『ふふふふふ。キミたちはまるで……そうだね、鞘と剣』
少しむっとした表情を見せたユキアグモン。砂雪を思いやるユキアグモンの勇ましい言葉を受けてか、トイアグモンがまた女声で刺々しい台詞を返そうとするも──すぐさま切り替わった男の声が、微笑しながら意味深な言葉を発した。
「さやとけん? ……なにぃそれ?」
今店番の怪しいデジモンから投げかけられた言葉に、砂雪は店内の隅に立てかけてあった玩具の剣をふと手に取る。そして首を傾げていたユキアグモンに剣の部分を持たせ、砂雪は軽い鞘の方を握り持った。
「つまり、こういうこと?」
『そう。今はまだ、そのようだね』
「今はまだ?」
静かに見つめる砂雪と剣を陽気に掲げるユキアグモンは、店番のトイアグモンに答えを示し見せたものの。
返答は「今はまだ」──、そんなまた意味深に聞こえるむずがゆいものだった。
『それを悪いとは言わない──それもまたキミたちふたりで歩んだ選択。何か迷ったら歩みを止めて、いつでもここに来るといい。時間はたっぷりあるのだからね。あーそうそう代金はいらない、面白い話を聞かせてくれたお礼さ、どれでも一つ持って帰っておくれ』
▽
それ以上、お客と店主が話す言葉はなかった。砂雪とユキアグモンは薄暗い静かな店の中を去っていった。
「おや、ふたりで一つのつもりだったが……やられたね? フフフ、それにお釣りまでいただけるとは……いや、これはむしろウンがいい……と言ったところか。ふふふふ」
夕陽のカウンターに並ぶウルヴァモン、ガルゴモン、その間に大きなグレイモンのデジぬいが一つ。店の隅に立て置かれていた剣が、なくなっていた。
ようやく姿を見せた黒髪の男は店の商品をざっと眺めた後、誰もいない棚の通路奥にぽつんと置かれた新鮮な置き土産を、じっと微笑を浮かべ見つめていた。
「プはぁーっ! ちょっとワタシにも話させてよ、アカツキ。ハァ……目の前の子どもたちと話せないなんて拷問! それに今日二回も!」
黒髪の男の隣で黙っていたトイアグモンが今息を大きく吐き出し、付き合っていたくだらない腹話術の遊びをやめた。そして「アカツキ」と呼んだ男へと、さっそくの苦情を叫び入れた。
「【トイアグモン】:成長期、パペット型。アグモンをまねた姿で、全身がプラスチックのブロックでできている特殊なデジモン。性格はツンデレだが実は子どもたちが大好き。必殺技は、口から放つパートナーへの溜息」
「相変わらずでたらめばっかりねその図鑑? ハァ……」
「──フフ、すまないねクリア。でも、気になる子がいると声をかけたくなるものさ」
男は図鑑を読み上げるような語りで「クリア」と呼んだトイアグモンのことを茶化す。そんな男のおふざけにも慣れていたのか、トイアグモンのクリアは得意の溜息で流した。
「ふん。それよりさっきの話、やっぱりあの子たちは推していたグレイモンになった方がよかったわけ? あなたの見立てだと?」
「さぁね。それを決めるのはあの子たちさ。それにデジモンたちみんながキミみたいにブロックのように組み立て自由、かつ器用なヘンタイってわけじゃないさ。一度選んだ進化は慣れてデータに馴染んでしまうものだからね」
例のグレイモンについてクリアに問われた黒髪の男アカツキは、独自のデジモンの進化論をユーモアを交えて語り出した。
「そんなふらふらした進化、ワタシは望んでないけど? 今度は何にする気、ヘンタイ?」
「ジブンが望んでいるんだよ。より強い〝デジモンになるため〟には、よりおもしろいデータをもっと集めないとね」
一冊のお気に入りの本を持ち出し、狭いカウンターを抜け出して店内を彷徨き始めたアカツキは、鋭い目つきでトイアグモンのクリアへと振り返る。
「あーあ、ヤなセイント引いちゃったー。ハズレハズレ、さっきのユキアグモンがうらやましい。ワタシも好きに進化したーーい! かっこよくて強くてかわいくておもしろーーいデジモンにーー!」
「アハハ、パートナーと呼べと言ったろ? この本の、子供たちのように」
カウンターの上にブロックの顎を乗せ大声で駄々をこね出したクリアのことを、アカツキは訂正の言葉を添えて笑い返した。
「フフフ……さぁ、そろそろ始めるとするか。激動の第二章を──」
アカツキという名の男は、開いていた白紙のページの本をパタりと閉じた。その表紙には「デジタルワールドの冒険──」と題されていた。
ここはDワールド、デジタルワールドとは異なる未知の混在する世界。オレンジに燃え上がるスターシティの夕日はまだ沈まない。