デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
《スターシティ、南コモンエリア──パルモン医院》にて。
街の片隅にある小さな医院の中では、蔓の髭を生やした医者のパルモン先生が、丸椅子にちょこんと座ったパタモンに向けて診断結果を語りかけている。
「異常なし。とても頑丈なカラダネ」
「じゃ、じゃあ……」
相棒のレオの体はこれといった異常なし。アグモンから受けたベビーフレイムでも、頑丈な彼の体は無事であった。
パタモンはホっと息を吐くも、まだ油断ならない。真剣な面持ちで、つづけてパルモン先生の話に耳を傾ける。
「でも、若干メモリー領域にノイズとバグがみられたネ」
「そ、それはいったい……」
体の外傷ではなく、今度はメモリー領域への異常の話に。パタモンは息をゴクリと呑む。
「このバグ……波形は……ズバリ……恋の病ネ! デジモンたちにもマレに起こるとても危険なバグの病ネ」
「──恋!? じゃあやっぱりレオはあの子を! わわわ、タイヘンだー! 前に言ってたヒトメボレっていうやつ……こうなったレオはとにかくタイヘンなんだー!」
パルモン先生は指をさし、付添人のパタモンにそう言い切る。
「恋の病」すなわち「ヒトメボレ」──パタモンの中で相棒のレオがあの時ワームホールの中で取った突然の行動に、すべて合点がいく。
「アンシン、これを打てば一発で治るね!」
「へ……それは?」
丸椅子の上で回転しながら慌て出したパタモンに、パルモン先生はその緑の手に一本の注射器を取り出して見せた。
「イチジテキにキオクをぱぱっと消すオクスリね! コウカテキメンね!(ニンゲンにはまだ使ったことはないネ)」
「わわわ、そんな!? 何もそこまでオレは!?」
「ジャマ、取り押さえるネ!」
また落ち着きなく慌て出したパタモンを、先生は看護助手のパルモンたちに命令し、その蔓の手で取り押さえさせる。
巻きつく蔓で、椅子の上に縛り拘束されたパタモン。
そしてパルモン先生が怪しげな紫の液体が入った注射器を手にし、ゆっくりと席を立ち、患者(実験体)のいる白いカーテンを開けると──。
「……アレ? いないネ?」
開いたカーテンの先、診療台のベッドの上は既にもぬけの殻。患者の大男の姿は既にそこからいなくなっていた。
「打つネ?」
「ぶるぶるぶるぶる!?」
余っている注射を打つかと、冗談か本気か分からない緑のお顔でヤブ医者が振り返る。
蔓に巻かれたパタモンは、小刻みに震えるように必死で首と全身を横に振った。
▽
《南コモンエリア、噴水広場》にて。
何かを見つめたまま立ち止まり、険しい顔を浮かべる大きな男がいる。
物珍しい白い学ランを羽織った彼の視線をたどると、その先にはベンチで憩う長い藤色髪と、紺色のブレザーの肩が見えるある一人の人物に吸い込まれているようだった。
立ち尽くすその大男のただならぬ雰囲気と目に何かを感じ取ったのか、ザッソウモンの花屋が彼に近づき声をかけた。
「ボーイミートガールの予感! そこのお兄さんや、ザッソウモンの可愛い美味しいお花はいかが〜〜?」
「ぬう……」
売り込みの声に振り向いた男はじっと、両手に花束と一輪の花を手にするザッソウモンのことを見つめたまま──。
『ビコーン……!』──デジヴァイスQの決済音が鳴る。
一輪では安っぽくて足りない、男は花屋のザッソウモンから一本の花束を力強く握りしめ買い取った。
そして男は汚れを払った白い学ランをきめて、夕焼けのオレンジに染まる噴水の前で待つ彼女の元へと、一歩一歩大地を踏み締めるように歩んでいく。
長いまつ毛に、雪のように白い肌。どことなく儚げで端正な顔。美しく長い藤色の髪、不思議で魅力ある翠の瞳。
ベンチにぽつんと座る彼女のことが、今近づきやって来た白い学ランの男の目にはそう見えていた。
やがてその場に立ち止まり仁王立ちする男は、黙ったまま真剣な眼差しで砂雪のことを凝視していた。
商店街から抜け出して、膝の上で眠るユキアグモンとベンチで休憩していた砂雪は、今睨む男を前に、おもむろに顎に手を当て連想する。
(確かパタモンがレオって呼んでいた男の人。花束を持ってずっとこっちを見ている。皮肉? 見舞いにいかなかったのがやっぱり悪かったのかしら? いや、白い学ラン? それに赤い花ということは──)
白、それに赤のパーソナルカラーと言えば──。
持ち前の父に似た連想術と推理を脳内で働かせた砂雪は、ピンときたのか、静かに立ち上がり──やがて口を開き答えた。
「あっ、もしかしてそれ、ユキアグモンとレーナさんに?」
「あなッッえ!? あっ、あーそうなんです!」
レオは何かを口にし切り出そうとしていたが、重なった砂雪の言葉に対し、そう言い激しく頷いた。
「んにゃむん…………え? わーいぼくに! ん、でもぉ……お花なんてもらってどうするのサユキぃ?」
ベンチから目覚めたユキアグモンが、目覚めてさっそくのプレゼントに喜んだ表情を見せる。だがすぐに、花をプレゼントされる意味が分からずに困った表情を浮かべ出した。
「くんくん……あ、なんかいい匂いするぞぉーこれ!
レオの持つ花束に鼻先を近づけたユキアグモンは、匂いを嗅ぐと──なんとその赤い花弁をまとめてパクリと食べてしまった。
「ぬなァっっ!?」
これは〝彼女〟のために買った大事な花束。彼女の相棒である白いデジモンの取ったまさかの行動に驚愕し、顔を引き攣り歪めるレオ。
「ゴクン……んんっ! すごーい、ねぇねぇサユキぃこのお花ッ、ニクの味がするーー!」
「「肉……!」」
飛び上がり喜ぶユキアグモン、そのデジモンから出た「ニク」という単語にレオと砂雪は声を重ねて反応した。
「肉の花? デジタルだからこれもあり?」
「ま……マジかよ……。──マジだ」
また顎に手を当てた砂雪は便利な「デジタル理論」で、目の前の不思議を片付けようと試みる。
すると花弁を一つ摘み、消沈気味だったレオはそれを口へと頬張った。
その可愛くて美味しい花束の正体は、花屋ザッソウモンの独自に栽培する【ミートフラワー】。花の部分は極上の肉の味がし、茎と葉もサラダ感覚で食べられる。結果的にレオの選んだその花束は、デジモン、ユキアグモンにとって大変喜ばしいプレゼントになったようだ。
「あの、その学ラン、ワームホールの中で見た時よりも白いけれど?」
「じっ、実はリバーシブルでして! ははははは……!」
「まぁっ」
砂雪の気になっていたレオの学ランは、白と黒のリバーシブル仕様になっていたようだ。
学ランの裾をひらひらと泳がせて披露するレオに、静かに感心したように、砂雪は手をぽんと叩き微笑んだ。