デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
「【スノーゴブボルト】!」
「【ホワイトヘイル】!」
雪原の戦場で鋭い眼光で睨み、相対していた二体の成長期デジモンが今、力を高め技を撃ち合った。
やがて、小細工なしで真っ直ぐにぶつかった雪弾と氷柱。ユキアグモンの口から射出された鋭い氷柱はそのまま丸い雪弾を貫き、スノーゴブリモンの胴体に弾丸のように突き刺さった。
そして胸を穿たれたスノーゴブリモンは、そのまま膝をつきながらデータ片の光へと還った。
敵の技の残骸の雪をかぶったユキアグモンはぶるぶると、鼻先に乗っかった雪を払う。そして掴み取った勝利の喜びに両手と爪を掲げて、天に向かい吠えた。
「サユキ! 倒した、倒したよ!」
喜ぶユキアグモンは、砂雪の周りをヒヤリモンの時だったように飛び跳ね出した。
「そうね。倒した……わね」
白い小竜が今確かに青い小鬼を打ち倒した。まだ全てを飲み込めずにいる砂雪は、ふとブレザーのポケットからまだ仄かに光を放っていた機器を手に取る。
手に取った球状の機器:デジヴァイスQ、そのモニターの電光表示に目を落とすと──。
『HIYARIMON → YUKIAGUMON』
そう、文字がはっきりと記されていた。
「ユキアグモン?」
「そうぼくはユキアグモン!」
砂雪は今目の前に無邪気にいる白い小竜が、ユキアグモンという名を持つことを知った。白い小竜自身も、砂雪がつぶやいた「ユキアグモン」という名をその通りに名乗っていった。
「そうなのね。あ、じゃあヒヤリモンは一体どこに?」
矢印の意味の予想はつくものの、砂雪は念の為にヒヤリモンのこともユキアグモンに向かい聞いてみた。
「え。もちろんヒヤリモンもぼくだよ!」
「今は?」
「ユキアグモン!」
「名前まで変わっちゃうのね? やっぱり成長じゃなくて進化?」
「そう、進化したんだぼく!」
「そう。……いやでもやっぱり、この場合適切なのは成長じゃないかしら? 進化は種の集団が長い年月をかけて行われるもの……おたまじゃくしが蛙になるなら、それは成長や変態よね?」
顎に手を当てて何やら難しく考えだした砂雪に、ユキアグモンは困ったようにその場で数度、小ジャンプを繰り返した。
「へんたい……おたまじゃくし、カエル? ぼくそんなんじゃないよサユキ……? 進化だよ進化!」
「一瞬で、進化……ふふ。分かったわユキアグモン」
「うん、サユキ!」
砂雪は余計な考えと言葉遊びをやめ、ユキアグモンの言うことを信じて頷いてみせた。砂雪が微笑むと、ユキアグモンも顎を大きく開けて笑った。
成長と進化の定義に一旦区切りをつけた砂雪は、改めてこの不思議な生き物ユキアグモンとの会話を試みた。
「あなたも名前にユキがつくのね」
「あぁーっ、ほんとだ! サユキも!」
「うん。この寒冷地の環境に適応した進化、ということかしら?」
「てきおう? さっきサユキが応援してくれたから、ぼく進化できたんだよ!」
「私の応援で……私にそんな特別な力があるのかしら?」
「きっとあるよ! だってサユキがいなきゃぼくずーっと進化できなかったんだから!」
(人間、私がいないとこの子たちは進化できない……? 少なくとも2回。この子は進化したはず。ずっとということは……通常なら進化にはもっと長い時間を要するのかもしれないわね)
チャットを送った時、自分の応援。人間の干渉によりこの生物は確かに進化した。砂雪はその真偽は置いておき、今確認できる情報をユキアグモンと雑談しながら整理していった。
「それで。ここはどこなのかしら?」
「ここ? うんっ、コチコウチ!」
「ウンッ……コチコウチ?」
「ちがうよォー、コチコウチ!」
「コチコウチ? とても寒そうな……地名ね」
砂雪は辺りを見渡す──さっきの青い小鬼のモンスターは近くにはもういない。同じような雪の降る雪原がつづいているだけであった。
ここでじっとしていても自分が巻き込まれたこの怪奇現象の問題は解決しない気がする、かと言って目印になる建物のような物も辺りには存在しない。
そのまましばらく注意深く辺りに目をやると、雪の降る雪原に砂雪は一ヶ所、とある違和感を見つけた。他と比べてそこだけ雪の積もり方が不自然だったので、「何かある」と彼女は遠目にも気づいたのだった。
「あれは……」
「あ、サユキまってよー! どこいくのー!」
「ちょっとそこまで、すぐに戻るわっ」
砂雪はローファーで雪原を小走りしながらその違和感の元に近づいた。『空中に雪が積もっている──』やはり、何か透明な物体がここには存在している気がしてならない。
さらに至近まで発見した違和感に接近した砂雪は、透明な物体をそっとノックしてみた。しかし、何も起こらない──。
だが、物理的な手応えは確かに手の甲に返ってきていた。押したり横に引こうとしてみたが、それは固くて開かなかった。
そこで、思い立ったサユキはふと右のポケットからデジヴァイスQを手に取り、それを透明な壁に向かい翳してみた。すると今までうんともすんとも言わなかった透明なドアの擬装が、デジヴァイスQが発光すると共に解けた。
背後からパチパチと明るげな拍手が聞こえた。いつの間にかついてきていたユキアグモンの方に振り返り、微笑んだ砂雪はその白いデジモンの手とハイタッチを交わした。
ユキアグモンと喜びを分かち合った砂雪は、さっそく視認できるようになった薄赤色のガラス戸をタッチして開いた。すると、そこにあったのは──一台の赤い公衆電話だった。
「これは……今はめずらしい電話ボックスよね?」
薄赤色のガラスに囲われたそれは電話ボックス。何故こんな雪原の只中に電話ボックスが擬装されて置かれていたのか、疑問は尽きないものの、砂雪はボックスの中に足を踏み入れた。
「あ、お金──」
しかし、ここでお金を持っていないことを思い出した砂雪。だがそう言った後すぐに、ブレザーの左ポケットを探り、彼女は何かを一枚取り出した。
10円硬貨──今朝、友人の町子からいただいた物をそこに仕舞っていたことを思い出したのだ。
「持つべきものは、友達かもしれないわね」
「サユキ、友達? ぼくは、ぼくは?」
「あなたは……そうね? あ、この用事が終わった後で少し考えさせてくれる?」
「えぇーサユキぃ!? うーん……わかったよサユキ! 待ってるッ」
「ふふ。ありがとうユキアグモン」
未知の生物ユキアグモンが何ものであるかも知らず、とりあえず友達と答えるのは簡単かつ少し不誠実かもしれない。返事を先延ばしする事に成功した砂雪は、手にした十円硬貨をさっそく赤い電話ボックスへと投入した。
「誰にかけようかしら?」
まだ砂雪がここに来て一時間も経っていない。父は仕事で取材中、きっと忙しくて出られない。警察にかけたところで、自分ですらまだ詳しく理解できていないこの状況の説明は難しい。遭難場所がコチコウチと言っても絶対に来てくれないだろう。とすると──。
「持つべきものは友。出なければ……持っていなかったということね!」
しばらく悩んだ末に砂雪は同級生の小谷町子に電話をかけることに決め、彼女からもらった十円を返すことにした。
今、スマホは手元にない。この球状の機器のこともよく分からない。砂雪は町子の携帯番号を思い出しながら、丁寧に一つ一つ間違いがないように黒い数字のボタンを押していく。
しかし、砂雪がそう慎重に指先を動かしていた途中──不意に受話器からコールが鳴り響いた。『とうるるるる』と繰り返し鳴っている。
黒いボタンから指先を剥がした砂雪はそのままゆっくりと手を伸ばし、幾度も鳴り響く受話器を手に取った。
『デジデジ──』
「でじでじ……?」
かかってきたのは、受話器を当てた砂雪の耳元で『デジデジ』と囁く謎の男の声であった。
▼
▽
オールシティ、研究区画。エッグラボ地下3階──。
廊下を渡る軍靴の音と、鉄ドアを開ける重々しい音が響く。内藤と名乗る男がまた、茶髪の少年のいる個室へと定時の監視をしに入って来た。
「──今日の分のディスクは預かった。そうだ、デジモンを従えるセイントではないお前はデジヴァイスの研究と、ロードしたそのデータの解析をしていればいいのだ。捨てられずに済んだその知能を活かし、今はマザーの役に立て」
茶髪の少年は作業を一旦止めノートパソコンから挿入していたディスクを取り出し、それを内藤へと手渡した。見知らぬ軍服を着た筋肉質な男、内藤はブツを回収すると、淡々と少年へとそう告げた。
「……」
茶髪の少年が返事もなく無言でいると、それが睨んだ反抗的な目に見えたのか、内藤は目を細め少年のことを睨み返した。
そして内藤の後ろからは、鉱石型のデジモン、ゴツモンが現れパートナーの内藤と同じように厳つい顔で少年のことを睨む。
「なんだその目は……地獄を見たくなければ脱走するなんて思うなよ。お前の天国はここしかない。我々タクティクスの手から逃れる術など、お前にはないのだからな。飯だ」
そう言うとドア前にいた内藤は、パンと水のペットボトルなどを部屋の床へと投げ捨てた。同じようにゴツモンも石ころを一つ放り投げた。
「フンッ」
必死で飯を拾いに来た少年のことを見下しながら、内藤はゴツモンを引き連れて部屋の前から立ち去っていった。
鉄のドアが厳重に閉まる音が、少年の耳を打つ。
「ふぅっ……高圧的な人だ。しかし僕にデジヴァイスの研究なんてさせて、いったい何を考えているんでしょうか……いきなりこんな所に閉じ込められて皆目見当がつかないですね」
内藤がいなくなったのを確認すると、茶髪の少年は必死なふりをやめて床を見ていたその顔を上げた。ゆっくりと額の汗を手で拭うと、その場で軽い愚痴を呟いていた。
「それにあの軍服の人たちが崇めているマザーとは……何者なんだろう? デジモン……なのかな? あと、度々口にしていたセイントって僕の知る選ばれし子供たちとは違うのでしょうか? いや、確かにあの人は見るからに……大人……ですよね?」
少年が分かっていることは内藤をリーダーとするタクティクスと名乗る集団があることと、内藤がマザーと呼称する上の存在がいること。そしてデジモンを従える人間たちのことを、内藤がセイントと呼んでいたことだ。
「ここで研究をつづける分には、きっとまだ大した危害は加えてこないだろうけど……そもそもここはデジタルワールドなのか? いや……缶詰にされてちゃ駄目だ。先にこの世界のことをもっと知らないと、僕が何をするにも善悪の判断ができないっ。この研究もいいものなのか……」
思い悩んだ顔をしながらも、飯と一緒に床に投げ捨てられていた新たなディスクを手に取り、茶髪の少年は立ち上がった。
そしてまたノートパソコンを置いた作業机へと向かい、硬い鉄パイプの椅子に腰を下ろす。
緊張で喉が渇いていた──少年が水のペットボトルの蓋を開けようとした、その時だった。開いたノートパソコンの画面隅で、密かに自作していたプログラムに一件の光る通知が届いているのに気づいた。
「!? これは……もしものために僕の作っておいたデジコールのプログラムに、履歴じゃないリアルタイムの通話反応!? もしかして、僕の知っている誰かが!」
茶髪の少年は急いでクリックしたプログラムを起動した。そして片耳に小型のイヤホンをはめ、通話音声を拾い上げていく。
『でじでじ……?』
『ぶっぶー』
『ぶっぶー?』
『ぶっぶー』
『あ、なるほどそういうことね。もしかしてこれも』
『ぶっぶー』
『もじもじ』
『ぶっぶー』
『ヒナギク』
『ぶっぶー』
『ヒヤヒヤ』
『ぶっぶー』
「じゃなさそうですね……合言葉を知らない人だ。でも、今まさにこの世界のどこかで電話ボックスを使っている人がいる! ……どうしよう、バレるリスクはあるけれど、この方とコンタクトを取るべきでしょうか?」
音声の主は、自作プログラムに設定していた「デジデジ」の後の合言葉を知らない。それは彼女が茶髪の少年の仲間ではないことを意味していた。
だが音声の彼女は合言葉は知らないながらも、その問いかけの意図には随分早く気づいていた。決断しかねた茶髪の少年は息を呑みながらも、もう少しの時間様子を窺うことにした。
『ここはシンプルに、もしもし』
『ぶっぶー』
『ヒヤリモン』
『ぶっぶー』
『ユキアグモン』
『ぶっぶー』
『あっ、タルタル』
「あっ、惜しい! ってそんな場合じゃ──もしもし!」
いちいち肩を落としたり、拳を握りしめてクイズの答えを待っている場合じゃない。痺れを切らした茶髪の少年は、マイクのミュートを解除し自ら通話へと割り込んだ。
『え、問いかけが変わった? なるほどそういうセキュリティ、間違えすぎたようね。じゃあ──しもしも』
「しもしもじゃなくーーーー! もう合言葉はいいですからっ!」
『え、そうなのね。あ、ちなみに? デジデジ?』
「モンモンッ──です。って僕が言っても仕方がないのですが……じゃなくて、あなたは! セイントっ、いや……デジタルワールドに来た人間の方ですか!」
『ん? デジタルワールド……そうね。私は人間の橘砂雪。あなたは?』
「そうでしたね、僕は……あ(どうしよう何も考えてなかった)…………」
『……?』
少年の思った通りに音声の彼女の物腰はやわらかく、まともに話の通じる相手だった。だが、通話に出てコンタクトに成功したものの、まだ迂闊に本名を名乗る訳にはいかない。
「────K。これから僕のことは、そう呼んでください!」
沈黙を破った茶髪の少年は、とりあえず己のことを〝K〟と名乗った。
もしものために自作していたプログラム、デジコール。デジタルワールドに無秩序に点在する電話ボックスに繋がるそのプログラムで、Kは音声の主、橘砂雪とのさらなるコンタクトを試みた。