デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
「あれ……寝ていた……かしら」
オートパイロットのデータ移動の負荷により体が疲労していたのかもしれない。砂雪が眠りからぼんやりと目を覚ますと、近くには大きな葉っぱを扇ぐ二匹の黒いアグモンが付いていた。
「ん──そういえば、ユキアグモンはどこに?」
宴の音頭はまだ耳に鳴りつづいていた。祭壇の頂上で身を起こした砂雪は、近辺に見当たらなかったユキアグモンのことを探そうとする。
「あーサユキィー。ぼくだよ、ぼくがユキアグモン! サユキィーのためにおいしい食べ物、いっぱい持ってきたんだー」
すると、祭壇の階段を駆け上ってきた足音と共に、白いアグモンがたくさんの食べ物を両手に抱えて姿を現した。
「あぁそこにいたのね。食べ物ありがとう。──あれ、ユキアグモン。あなた目の下にくまができているわ?」
砂雪は白いアグモンが抱えていた果物を一つ手に受け取ると、そう正面に顔を覗き込みながら首を傾げた。
「くま? わわわわわ、なな、なんでもない! なおったからダイジョーブ!」
慌てた様子で駆け寄った黒い二匹のアグモンが、白いアグモンの全身を持っていた大きな葉っぱで覆い隠した。そして葉っぱの目隠しをどけ、もう一度顔を見せた時には、目の下にあった不可解な黒いクマはすっかりと白く消えていた。
なんだか様子がおかしいユキアグモンのことをしばらく見つめた後──砂雪は手にしていた赤い果実に、おもむろに目を落とす。彼女の目には、その果実が何故だか白い絵の具のようなもので汚れているように見えた。
「そうね……とりあえず十分休ませてもらったから、そろそろこの村からシティを探しに向かいたいわ。宴のとき、この近くにあると朧げに聞いたのだけど?」
「だめだめ外は今とっても危険! まっ、まだここにいたほうがいいかなーー……あっぐあっぐあぐっ! な、なんてっ!」
体から白い汗を流しながら必死にそう説くユキアグモンと、再び葉を扇ぎ、旅人の彼女に心地よい風を送る黒いアグモンたち。
砂雪は今置かれた混沌とした状況を寝ぼけた頭に整理しつつ、ゆっくりと自分の顎に手を当てた。
(ここはアーカイブ大陸のどこかの村? 少し、空が狭い感じがするのは何故かしら。……ユキアグモンはまたどこかで遊んでいるのだと思うけど。そういえばこれは……本当に、オートパイロットの負荷かしら? この感じ、私の勘違いじゃなければ、さっきからむしろ……パワーがうずうずと漲るような──)
なんとか必死に悪事を誤魔化そうとしていた白と黒のアグモンたちの動きが、急にピタリと止まった。そして一転して全員、驚愕で目を丸くした──。
次の瞬間、顎に添えられていた砂雪の左手の甲が、前触れもなくとてつもなく眩い赤い光を発した。
「──!」
光る手を押さえ込もうとしても、熱い何かが地の方から際限なく溢れてくる。
藤色の長髪が、逆流してきた得体の知れないパワーの奔流に乱れて踊りつづけている。それでも砂雪は激しい光の中で目を見開きながら、もう片方の手でデジヴァイスQを握りしめた。
やがて石の祭壇が震え上がるように揺れ、燭台の火よりも赤いオーラを燦然と照らし出す。
愉快な踊りをやめた黒いアグモンたちが一斉に、太陽の如く照りつけたその頂上を仰ぎ見たのだった──。
▽
《WH78──タスクの森》にて。
黒いデジモンの集団が、白いデジモンを担ぎ上げながら怪しい森の奥を歩いていく。
やがて、うるさい口にまでロープを厳重に縛られたその白いアグモンは、小さな牢屋に雑に放り込まれた。
それで用を済ませた黒いアグモンたちは、それぞれ新鮮な野糞を置き土産に、尻尾をご機嫌に振りながらその場を去っていく。
今アグモンたちが去っていったその鬱蒼とした森の深き場所には、何の用途か、大きい牢屋と小さい牢屋が雑に置かれていた。
灰色髪のかかった耳をぴくりと動かす。
既に大きい牢屋の中にロープで身を縛られていた学ランの男は、寝たふりをしていた己の身を起こした。そして、今激しい物音の鳴った小さな牢屋を鉄柵ごしの視界に睨んだ。
「な、なんだ。仲間割れか……? うぉっ!? アイツらこんなところにクソまでしていきやがって! まったく覚えとけよ……ってこいつ……! なんか白くねぇか?」
学ランの男は、見たことのない白いアグモンのことを覗き込みながら、怪訝な表情を浮かべた。仲間割れというよりは、仲間はずれか。その一匹の白いアグモンは見るからに当たり前だが、黒い連中とはまた異なるデジモンのように見えたのだった。
「すんすんっ……レオ。あの白いアグモン、なんだか嗅いだことのない人間のにおいがするっ」
羽を動かし灰色髪の頭上に今乗ったパタモンが、「すんすん」と鼻を鳴らし、学ランの男──レオにそう告げた。
「人間? ってことはあれは俺たちと同じセイントの相棒デジモンだってのか? なら、人間の方がここに捕まって放り込まれた時……チャンスかもしれねぇ……。──おいパタ坊」
「あぁ、レオ!」
「うわああああああああん」
顎に手を当てるレオの目は真上を向き、頭に乗ったパタモンは真下に聳える男の顔を見つめ、確かめ合うように頷いた。
だがその時、突然彼らの背後から耳に響く泣き声が大ボリュームで聞こえてきた。
目と目で熱い会話をしていたパタモンと学ランの男のすぐ後ろ、一匹のギザモンに抱きつきながら牢の中で泣き喚く子供の声だ。
「おい、いきなり泣くなよガキ小僧。まったくなんでこんな面倒なことに……。くそっ、あの黒いアグモンのやつら道案内とかぬかして騙しやがって、見てろよここを出たら全員タダじゃ済ませねぇぞ! おいだから泣くなって」
「うわああああんうわああぁ──……」
そもそもとして学ランの男レオは、後ろで絶賛泣き喚いているこの迷子の子供のことを、シティからここまで依頼を受けてパタモンと一緒に探しにきたのだった。
それがあの黒いアグモンたちに騙されて、一緒に牢の中に放り込まれる羽目になったのだから、今になってまた不甲斐なさと怒りがレオの中に込み上げてきていた。
しかし、いつまでも泣き声が止まらない。おまけに子供とひっついていたギザモンまで一緒になって泣き始めた。
レオに兄弟はいないので、こんな時の子供のなだめ方など知る由もなく。それでも怒鳴ると余計に泣くとだけは分かったので、困った声で「泣くな」と繰り返すのが精一杯だった。
これでは神がかり的な脱出の計画も集中して練れやしない。いつしか怒りよりも、どうやって子供を静かに泣きやませるかに、一人の男の思考がシフトしていく。
そして、なるたけひそひそ声で話しかけ、レオは頭上に居座る相棒のパタモンに助けを求めた。
(おいパタ坊、なんかこう……ガキを一発で泣き止ませる魔法の言葉とか搦手の技はねぇのかーっ?)
(オレだってここまで小さい人間のこどもの相手はしたことないし……エアーショットじゃ無茶だよレオ……オレ泣かれるのなんだか苦手だよ〜……早くそっちでなんとかしてよ!)
(バカ言え、俺は一人っ子の高校生だぞ! デジモンで言えばまだ成長期! 日夜戦いに飢え明け暮れてるってのに、幼年期の子守りなんてしてられるか?)
(え、そのでかさでまだ成熟期じゃなかったの!?)
(あぁ!? てめぇパタ坊ッ、このブルーのボタンが燦然と輝く青龍学園のイカした学ランが目に入んねぇのか!)
(オトコの証……だっけ? んーーでも? 成長期でもらえる証なら、レオもまだまだ大したことないんだね? なぁーんだ、ハハっ)
「うぐっ!? んだとこの……! 全身コッペパンみたいな見た目しやがって!」
「オレがコッペパン!? レオ……なんだか分からないけど今すごいムカついた!」
「いててて!? っておいショボい羽でばたばた目を叩くなーーっ!? こっ、このコッペタモン!」
「コッペタモンって何さああああああ! いくらレオでももう許さないパタパタバタバタっっ!」
「うわああああああああああん!」
牢の中は大渋滞の大混乱、そして大騒動。助言を求めた人間とパートナーのデジモンの会話は、いつしかどうしてか悪口をぶつけ合う喧嘩にまで発展していた。
さらにそれを一度涙を引っ込めた顔で見ていた子供は、火のついたふたりの喧嘩模様に呼応するように、また存分に泣き喚き始めてしまった。
もはや事態は収拾がつかないと思われた、その時──。
『しーっ、モーマンタイっ』
枯れない泣き声と鉄の軋む音が鳴りつづける騒がしい牢屋に、突如として響いたのは、愛嬌のあるやわらかい声。
子供が泣き止み、パタモンと学ランの男が暴れ回っていた喧嘩をやめて、寝転びながら振り返る。
見ればそこには、牢屋の天井から一匹のデジモンが、特徴的な長い耳を垂らしながら逆さにぶら下がっていた。
つぶらな瞳に白いお顔、緑の模様が体に描かれたそのデジモンの名は──テリアモン。キュートな耳を手を振るように揺らしながら、魔法の言葉をつぶやいていた。